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魔王少女はそうとは知らずに騎士になる  作者: ユタニ
第二章

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69.生贄を捧げる湖(1)


案内されたハナノの部屋はフジノの居た部屋と同じく広くて過ごしやすそうな部屋だった。

広いベットの上で、大切な片割れの妹はぐったりと寝ていた。


「…………フジノ?」

フジノが枕元に立つとハナノはうっすらと目を開けた。

「ごめん、起こした?」

「ううん……熱でしんどくてちゃんと寝れないだけ。それより本当に生きてる……よかったあ」

ハナノがほうっと脱力する。


「何言ってるんだよ。生きてるよ」

「だってすごい血だったよ。顔色も真っ白でさ……アレクセイ団長が助けてくれたの?」

「あー……うん。まあ、そんな感じ」

どうやらハナノは自分がしたことを覚えていないようだ。この様子だと前世のことも思い出していないだろう。フジノは安堵した後で、適当に誤魔化した。


「そっかあ……やっぱり団長はすごいね。ごめんね、大変な時に熱出して倒れたみたいで」

「気にしないで。とにかく寝てしっかり治しなよ」

「うん、そうする」

「僕は任務が入ったから出掛けるけど、僕がいなくてもちゃんと寝るんだよ」

「何才だと思ってるの? フジがいなくても寝れるよ」

ハナノはそう言ってむくれたが、高熱のせいでこちらを睨む目は弱々しい。

フジノは歯がゆい思いで布団をかけ直して、ポンポンと優しく叩いた。


「ほら、寝てなよ」

「うん、フジノを見たら安心した。なんか寝れそうだよ……」

言いながらハナノが目を閉じる。

しばらくすると小さな寝息が聞こえだした。眠りはフジノが部屋に入ってきた時よりも明らかに深そうだ。ハナノの眠りが浅かったのは熱のせいだけではなく、フジノが心配だったせいもあるのだろう。


この部屋は帝国騎士団の団長用宿舎の一室で、今は外してくれているがハナノには侍女が交代で付いてくれている。宿舎を利用する団長達の中で唯一の女性セシルも定期的に様子を見に来るらしい。

アレクセイは「ハナノのことは僕が責任を持つから」と言っていた。その言葉を信じようとフジノは思う。


「行ってくるね」

フジノは眠る妹にそう告げると部屋を後にした。







 

  

❋❋❋


竜馬が地面を蹴る。

景色がすごい速さで流れていく。


竜馬は足の長い大きな蜥蜴でドラゴンの派生種だ。灰色の鱗で包まれ背中には翼もある。翼は小さく、羽ばたいて空を飛ぶことはできないが、速度を付けてジャンプした後に滑空することはできる。


フジノは竜馬の首の後ろに専用の鞍を固定して乗っていた。手綱もあり、時々方向を修正してやる。

風や時折飛んでくる小石や枝を防ぐために、フジノは自分の前面にシールド魔法を展開していた。


竜馬がだんっと後ろ足を大きく踏み込んだ、スピードがついてきたので滑空するようだ。

ふわりと浮遊感がして振動がなくなる。竜馬が地面スレスレを滑空しだしたのだ。

ぐんっと速さが増した。

ひゅうううっと耳許で風が渦巻き、景色が線になって流れる。


「……ははっ」

フジノは思わず笑い声をあげた。

騎士団内の小さな雑木林でハナノと竜馬に乗っていた時はあまり速度はだせなかったので、全速力の竜馬に乗るのは前世以来だ。

正直、楽しい。

 

「あははっ」

フジノはまだ15才の少年である。

魔力は桁違いに多いし、天才だし、変な記憶や使命感はあるし、そのせいでひねくれているし、来週には16才の成人を迎えたりもするが、楽しいものは楽しい。


そしてフジノ本人は気付いていないが、物心ついた時から一人で抱えていたハナノのことがアレクセイに共有され、しかも守ると告げられたのはフジノの心をずいぶんと軽くしていた。

フジノはまだ騎士団に頼ることを決断していなかったが、それでも頼れる場所だと言われたのは大きな安心をもたらしていた。

 

フジノは竜馬の騎乗を心から楽しんだ。

こんな風に無邪気に声をあげて笑うのは久しぶりだった。

竜馬の背中の鱗は太陽の光に照らされて虹色に輝いて見えた。



前方を別の竜馬で行く第二団副団長サーシャが、水色の髪をなびかせちらりと振り返る。

サーシャの眼鏡の奥の細い目は少し意外そうにフジノを見た後、また前に向き直った。



竜馬で駆けてきっちり三日目の朝、目的の村の近くまで来るとフジノとサーシャは街道沿いの騎士団所有の小さな小屋へと立ち寄った。そこには近隣の騎士団より馬と厩務員が派遣されていた。


このまま竜馬で村に向かっては村人達が怯えるのでここからは馬で向かうのだ。

竜馬を小屋の中に繋いで、厩務員の騎士に竜馬の餌の説明と小屋へは基本的に立ち入らないように注意をしてから馬に乗り換える。


馬に乗り換えて緩やかに村へと向かいながら、サーシャが説明を始めた。

「これから向かう村はブルードラゴンの住処とされている湖の近くにあります。村ではブルードラゴンは強い信仰の元となっていて十年ほど前までは年に一度、生贄を捧げての儀式までしていました」

「…………」

その村の事をフジノは知っていた。前世のルドルフの時に訪れた事があるのだ。


他者に対して排他的でかなり胸くその悪い村だったと記憶している。

偏執的なドラゴン崇拝を持ち、ルドルフの時代の生贄はなんと乙女である少女と決められていた。

当時より人間の生贄はたとえ死体であっても禁忌だったのだが、その村では村ぐるみで人攫いまでして生贄の少女を確保していた。

それにエルフの森を出てきたばかりのラグノアが捕まったのだ。村人達は良い生贄が手に入ったと大喜びで、そんな現場にたまたま居合わせたルドルフとユリアンがラグノアを助け出したのがラグノアとの出会いである。


いろいろあった挙げ句に村長や補佐役なんかは当時の騎士団に突きだされた。

そしてそれ以降はドラゴンへの儀式は形だけのものになっている筈だ。


「十年前までやってた儀式の生贄って動物ですよね?」

当然、そうだろうと思ってフジノは聞いた。 

「人間の少女です」

サーシャはさらりとそう答えた。


「は?」

(嘘だろ、止めてなかったのか?)

フジノの背中を嫌な感触が伝う。


「食べられたり殺される訳ではありませんよ。ブルードラゴンは色を好むので、一晩捧げられるだけです」

「それくらいは知ってます」

ムカムカしながらフジノは言った。

それは前世でもそうだった。そして前世では生贄の少女は村人達によって翌朝に命も奪われていた。さすがに命を奪うのは止めたようだ。


「何でも知ってますねー」

「そんなのいいんですか?」

ダメに決まっている。


「ダメに決まってますよ。捧げるのが命であれ、純潔であれ悪魔の召喚に結び付きますからね。そもそも少女の生贄なんて、悪魔の召喚云々の以前に倫理的に許されることではありません」

サーシャの声は最後の方は明らかな怒りが混じっていた。

 

この男がここまで感情を出すのは珍しい。フジノがまじまじとサーシャを見ると、サーシャはかちゃりと眼鏡を直して怒気を引っ込めた。


「そして今は動物であっても生贄を用いた儀式は推奨されていません」

「そうなんですね」

「そういうのは知らないんですねー。まあそんな中乙女を捧げていたので、村は十年前に騎士団に摘発されました。ですが信仰心を奪う事は出来ないので真っ当な形での儀式の継続は認めています。年に一度ドラゴンへの儀式を行う時は騎士団が立ち会うんですよ。今回の任務はその立ち会いです。あ、ドラゴンへの儀式と言ってもブルードラゴンは出てきませんから安心してくださいね」

「知ってます。こっちが一方的に奉ってるだけでしょう」

ドラゴンがわざわざ人間相手に姿を現すわけがない。出てくるのは、よっぽど興味深い時や自分の縄張りに害があると判断した時だけだ。


「それにしても、そういう形式的な立ち会いならわざわざ帝都から来なくてもよくないですか? 近くの騎士団から来ればいいですよね」

帝都からだと、馬なら来るだけで十日はかかる。非効率だ。フジノの問いにサーシャは少し声をひそめた。


「いつもはそうしてるんですが、今回はちょっと違うんです。二週間程前に村の関係者が孤児院から魔力の多い少女を買い取ったという情報が騎士団に入りました」

「それって……」

生贄用ではないか? という考えが浮かぶ。


「目的は分かりませんけどね、でもあの村で孤児を迎える理由なんてないんです。二つほど裕福な家はありますが」

「またドラゴンに捧げるつもりなんですね?」

「そうかなあ、とは思います。なので今回は少数精鋭で私達が向かうんですよ」

「……その村、いっそ焼き払えないんですか?」

低い声でフジノは言った。

どんどん腹がたってくる。

前世の時代から今に至るまで、村に関係のない少女を犠牲にしてドラゴンへ捧げて、のうのうと暮らしている様に吐き気すらする。


おまけにドラゴンから見返りはないのだ。そもそもブルードラゴンがただの人間の少女を気に入るわけがない、気に入ったとして何のお礼もないだろう。だからこれはただの信仰心からくる愚行だ。


「流石にそういう訳にはいきませんね。十年前、生贄として捧げられた少女の中には対価を貰っていた者もいました。ブルードラゴンは選り好みするので誰でも手を出すわけではありません。というかほとんどの少女には見向きもしません。多くの方が一晩湖で放置されていただけだったんです。それに摘発以降の村は良い方向に変わってもいます。今回のたれ込みも村の内部からなんですよ。ドラゴンへの畏怖や敬意はあるけれど儀式の在り方に反対している村人もいるんです」


「だから、ね」と宥めるようサーシャは締めくくった。

「ね、じゃないですよ。女の子が夜に放置されるだけでも十分ひどい事です。しかももしドラゴンがやって来たら身体を差し出すんでしょう、最悪です」

「そうですねー」

「そうですねって……」

間延びした相槌にイライラするフジノにサーシャは微笑んだ。

そして冷たい声で言った。

「フジノ、私も最悪だとは思ってますよ?」


「…………すみません」

フジノはついさっき怒りを滲ませていたサーシャを思い出す。この人だって憤っているに違いないのに嫌な態度を取ってしまった。

 

「構いませんよ。まだその少女を生贄にするのかは分かりませんし、とりあえずはいつも通りに真っ当な儀式の立ち会いをしてから探りましょう。あ、そうだ、私の髪色はこちらでは目立つので魔法で変えますね」

確かに水色の髪色は珍しい。辺境の村では目立つだろう。

サーシャは言いながら魔法を使い、水色の髪の毛を黒色に変えた。



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