64.閑話 ヨハンの話
お待たせしました(待ってた方がいらっしゃれば嬉しいな)!
ぼちぼち改稿を開始してます。金曜日の夕方にあげていきますのでよろしくお願いします。
ヨハンは今年、帝国騎士団の第六団に配属された新人騎士だ。
ヨハンの身分は平民だ。騎士団の入団に際して身分は考慮されないが、一般的に平民が入団するのは難しいと言われている。
平民の子供は貴族の子供のように小さい頃から剣を習う環境がないし、魔法が使える者も貴族より少ないからだ。
そんな中ヨハンは試験に受かった。ヨハンは幸運にも剣を学ぶ機会があったからだ。
ヨハンの父親は庭師で、その父が出入りしている男爵家の坊っちゃんが騎士になった。坊っちゃんは父に付いて屋敷に顔を出すヨハンに時々剣の稽古をつけてくれるようになったのだ。だからヨハンには剣の心得があった。
ヨハンは体格も良く才能もあり、稽古をつけてくれた坊っちゃんは筋がいいと褒めてくれた。
数年後には坊っちゃんの勧めもあってヨハンは帝国騎士団の入団試験を受け、見事に試験を突破した上に帝都駐屯の第六団へと配属された、という訳である。
そんなヨハンは騎士団の任命式の後、お世話になった男爵家の坊っちゃんへと挨拶へ向かった。
坊っちゃんは皇室直属のエリート部署、第二団に所属している。
「トルド様ーっ、僕、第六団配属でした!」
人混みの中、坊っちゃんことトルドを見つけたヨハンは笑顔で報告する。トルドは一緒にいたショートカットの女性騎士に何かを告げるとヨハンの方まで来てくれた。
「ヨハン! 良かったな」
「はい! 全部トルド様のおかげです」
「お前が頑張ったからだろ、帝都に残れるならお父上とお母上も喜ぶな」
「本当にありがとうございました、トルド様。感謝してもしきれません」
「そんな大袈裟にすんなよ。ところで、ヨハン」
ここでトルドは笑みを消すといつになく真剣な様子になってこう告げた。
「お前は今日から騎士になったんだから、俺とは同僚だ。もう主従じゃない、先輩後輩だけどな。だから“様”を付けるのは止めろ」
「…………」
ヨハンはちょっと感動した。
そうなのだ。トルドにはこういうところがあるのだ。
軽薄そうだし、年の割には幼稚だし、チャラいし、実はびびりだし、噂好きでお喋りだけど、たまにこういう男気を見せるトルドをヨハンはけっこう好いている。
「はい。トルドさん」
「おう」
ヨハンが言い直すとトルドはにっと笑った。
ヨハンは晴れやかな気持ちで第六団へと向かった。
そしてヨハンは第六団と合流した後に騎士団の男子寮に入る。ルームメイトは今回の入団試験主席のフジノ・デイバンだった。
「初めまして、ヨハンです。第六団に配属されたんだ、よろしくね」
寮の部屋でフジノと顔を合わせをして、ヨハンはドキドキしながら挨拶した。
フジノは説明会の時から注目の的だったから、ヨハンは一方的にフジノの事を知っていた。
入団試験の主席合格者で、
試験当日にはもう合格が決まっていて、第三団長が直々に面談したらしいとか、
第二団長が入団した時以来の逸材で、他の団長達からも既に一目置かれているらしいとか、
噂に疎いヨハンにも聞こえてくるくらい、すごい噂になっている。
ヨハンはそんなすごい同期とルームメイトなるなんて、と緊張していたし、ワクワクもしていた。
「ふーん、僕はフジノ・デイバン。第二団配属だよ」
フジノはちらりとヨハンを見て、全く興味なさそうにおざなりに自己紹介をしてきた。
「よろしくフジノ、お昼は食堂へ行ってみる?」
「あ、うん。でも君とは行かないよ。僕のことは気にしないで、じゃ」
フジノは冷たくそう言うと、荷物だけ置いてさっさっと行ってしまった。
「…………」
あまりの冷たさに、ヨハンはびっくりした。
そしてちょっとショックだった。
(あんなにも素っ気ないのは僕が平民だからだろうか、それとも魔法が使えないからだろうか)
そんな風に考えて二日間くらい悶々と過ごしたのだが、その内にフジノが冷たいのは自分に対してだけじゃないと気付く。
フジノは皆に冷たかった。
同期の中にはフジノと近づきになりたい者達がけっこうたくさんいた。何といっても入団試験主席だし、魔法も剣も群を抜いている。
憧れや興味の対象だったし、将来絶対に出世するだろうから今から仲良くしておこうという打算も働く。
純粋に興味を持つ者、ちやほやとまとわりつく者、いろんな思惑の者がフジノに近づいたがフジノは全てを相手にしなかった。
フジノがにこやかに会話をするのは双子の妹のハナノだけだった。
(僕だけじゃないんだ)
ヨハンはほっと胸を撫で下ろす。
人のよいヨハンはある意味平等なフジノに好感すら持った。
入団五日目にしてフジノは筋金入りのシスコンだとひそひそと言われるようになるが、本人は全く気にしていない。
休憩時間や自由時間はハナノが何してようと、どこにいようと、誰といようと、ハナノの側にはフジノがいていろいろと世話を焼いていた。
その妹のハナノだが、こちらはフジノとは違い愛嬌のあるいい子である。
自分にもこんな妹がいたら同じように世話を焼くだろうな、とヨハンは思う。
ハナノ・デイバンは完全に小動物、もしくは小人だ。表情や雰囲気は明るくて、くるくるとよく動いて可愛らしい。
そんなハナノはフジノと同じくエリートの集まりであるはずの第二団に配属されているが、なぜそこにハナノが配属されたのかは謎である。
ハナノはいい子だが、騎士としての実力はというと、普通より少し劣るものだからだ。
でもヨハンも含めてほとんどの同期は嫌味なんかは言わない。ハナノ本人がすごく気にしているのを知っているからだ。
研修が始まった当初は、一部の幼稚な奴がハナノに絡んだり陰口をたたいたりしていたがそれは徐々になくなった。
いつでも訓練に前向きで頑張っているハナノを見るとむしろ応援したくなるからだろう。
それにハナノは魔物や薬草に関しては教師ですら舌をまく知識を持っていて、そこは素直にすごいと思えた。
そして普段の様子からは想像できないけれど、テーブルマナーなんかもいちおうきちんと出来て、平民のヨハンからすると感心する。
魔力がないらしいので魔法は全く使えないが、同期の4分の3程は魔法が使えないのでそれはあまり気にならない。
ハナノの剣技については弱っちいと言うしかない。でも、一生懸命ではある。
今日だって、
「ヨハン、手を抜いたら怒るからね」
ヨハンと模擬試合で対峙したハナノはきりっとしながらそう言った。
「ハナノ、でも僕が本気でいったらすぐ終わるよ」
ヨハンが正直に答えるとハナノはぐっと詰まった。
魔法が使えないヨハンのような騎士達は、剣一本で試験に受かっている。帝都の騎士団への配属希望者は多く、ここに配属されているのは必然的に成績の良かった者なのだ。
二人の実力差は歴然としていた。加えてヨハンとハナノでは体格差も大きい。勝負はあっけなくつくだろう。
「……それでも、本気できて」
ハナノは悔しそうにそう言うと、打ち込んできた。
ヨハンは軽く受け流す。
型は悪くはないのだが、重さがないから脅威はない。
そもそも小柄だから、大柄な自分相手に正攻法で来ること自体が間違っているんだよなあ、とヨハンは思う。
同じ女性騎士でも第三団に配属されたローラならヨハンだってこうはいかない。
ローラは女性にしては長身で、その太刀筋はパワフルだ。そして剣に魔法をかけている。
魔法は強化や軽量化といったかけっぱなしの魔法ではない。ローラは剣を振りながら細かく彼女の得意とする重力の魔法をかけてくるのだ。
軽く振られたはずの剣が受ける瞬間に早く重くなる。
魔法に詳しい同期によると、動きながらちょこちょこ魔法をかけるのは至難の技のようで、ローラ自身の才能はもちろん、かなりの努力をしたに違いないとのこと。
ヨハンはローラに模擬試合でけっこう負けている。ヨハンだけではない、同期の男性騎士達は大体ローラに負けている。
そんな中、フジノはローラにも負けなしだ。一度コツを聞いてみると「慣れだね」と一言だけ言われた。
「ヨハン! 考えごとしないでよ!」
ハナノの声にヨハンは我に返る。
目前のハナノに目を戻すと、ハナノはぷりぷり怒りながら剣を振っていた。
「ハナノ、せめてフェイント入れないと」
ヨハンはハナノの剣を弾きながら、アドバイスをしてあげた。
「手え抜かないでって言ったよ? 打ち込んできてよ」
弾かれてるだけで、腕力が削られてきてるハナノが強がる。
ヨハンはここで本気で打ち込んでいった。
左、左、もうひとつ左!
カアンッ
ハナノの剣を弾いて、すぐ返す刀でハナノの首を狙い、寸止めした。
「…………参りました」
上目遣いで、ヨハンを睨みながらハナノが宣言する。
申し訳ないけど、睨まれても全然怖くはない。
むしろ可愛い。
打ち合いで頬を上気させ、悔しさで強く光る焦げ茶色の瞳でそんな風に見上げられてヨハンはちょっとドキッとした。
でもこのタイミングで「可愛いね」なんて絶対に言わない。言ったらきっと口をきいてもらえなくなるだろう。
ヨハンは無言で礼をした。
色恋にかなり鈍いと自覚しているヨハンですらこうなのだから、ハナノは同期の間でちょっとモテている。
小柄な子がタイプだという男は一定数いるし、そうじゃなくてもハナノの真っ直ぐな様子には好感が持てる。ほとんどの奴らはマスコット的な感じでの好意だろうけれど一部は本気だ。
でも、ヨハン達は騎士だからそんな下心を持ってハナノに近付いたりはしない。あくまでも、同期の騎士としてきちんと接している。
そう、ヨハン達は清廉潔白な騎士だからだ。
下心付きでハナノに近付いたらフジノが怖そうだから、では決してない。
いつだったか休憩時間中にローラがハナノにどんな人と結婚したいか聞いていた。
ハナノは「うーん、そういうのまだ分からないけど、フジノより強い人でないと、結婚は認めないって言われてる。フジノから」と答えた。
隣のフジノは「とりあえず僕と決闘はしてもらうよね」と圧のある笑顔で言っていてかなり怖かったのだが、別にそのせいではない。
そしてこの時“フジノより強い奴探すのは難しくない?”と、聞いていた全員が思ったはずだ。
フジノは同期との模擬試合は今のところ負けなしである。
模擬試合は魔法が使える者はその使用も許可されているのだが、フジノは魔法は使わない。
剣だけで同期の誰にも一度も負けないのだ。その剣捌きを見ていると、先輩騎士にも負けないのだろうと思う。
剣に魔法をかけてる訳ではないのに、その太刀筋は早くて重い。
ひゅっと横に振ってるだけなのに、威力が違う。
体つきは騎士としては細身な方だから、体重の乗せ方や剣の振り方が上手いんだろう。
そういうのってもうセンスだ。経験でも上手くなるのだろうけどフジノに関してはセンスだとヨハンは思う。
魔法もすごい。
試験で出した、炎の竜巻はヨハンも遠目で見た。
あれは凄かった。
魔法の演習は、専用の演習場で魔法が使える者達だけでする。参加している同期によるとフジノは皆が全力で出す大きさの炎を平然と出現させて形を自由自在に操る余裕があるらしい。
「あいつの本気の魔法なんて見た事ない。底が知れないよ」と魔法演習に参加している奴らは言う。
(ハナノが結婚するには、団長レベルの騎士に見初められるしかないんじゃないだろうか)
ヨハンはそんなことを考えながらハナノにフェイントについてアドバイスをしてあげた。
さて、フジノが冷たいのを気にしなくなったヨハンは淡々とフジノと付き合っている。
朝、ヨハンが起きる頃にはフジノはいない。
きちんと整えられたベッドがあるだけだ。
夜、フジノの就寝時間は早い。
「ねえ、もう寝るから電気消して」
さっさと寝支度をしたフジノが不満げに言う。
ヨハンはすぐ電気を消してあげる。
そしていつも思う。
フジノはヨハンの名前を知っているのだろうか、と。
(知らないかもな。別に、いいけどさ)
フジノからしたらヨハンなんて会話するのもめんどうな同期なのだろう。名前を覚えても意味はない。
最初の頃は、ちょこちょこ話しかけたりしていたけれど最近は諦めた。
別にヨハンだって、特別に仲良くしたい訳ではないのだ。
(そら、ちょっと、憧れてはいるけどさ。魔法をあえて使わないで模擬試合するとか、かっこいいな、とは思うし。剣の稽古をもっとフジノとしてみたいな、とは思ってるけど……)
ちょっとだ。
本当に、ちょっとだ。
それにフジノの代わりにハナノがヨハンを気にかけてくれる。
「ヨハン、フジノと部屋が一緒で大丈夫? 感じ悪いでしょう、ごめんね」
時々、そう言って謝ってまでくれる。だからそんなには気にしていない。
全然、気にしていない。
そして見習い期間が一ヶ月ほど過ぎた頃、フジノは新人なのに第二団のウルフザン討伐に参加して、しっかり活躍して帰ってきた。
ヨハンはぎこちなくフジノに「お帰り」と伝えた。
その夜、
「ヨハン、もう寝るから電気消して」
「えっ?」
フジノがヨハンの名前を呼び、ヨハンはびっくりした。
「フジノ。僕の名前、知ってたの?」
「何言ってるの? 知ってるよ」
「そう、そうなんだ」
「君、剣はわりと使えるよね」
「えっ? あ、うん、ありがとう」
「もう寝るから、電気消して」
ヨハンはすぐに電気を消してあげて、何だかちょっと嬉しくなりながら床についた。




