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魔王少女はそうとは知らずに騎士になる  作者: ユタニ
第一章

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60/112

60.廃神殿の任務(1)


見習期間終了より一週間後、ハナノはフジノと共にアレクセイの執務室へ呼び出されていた。


「無事に見習いも取れたし、ハナノにも帝都巡回以外の任務をしてもらおうと思ってるんだ」

そう言って、アレクセイが微笑む。


「本当ですか?」

ハナノは顔を輝かした。

「うん」

「やったあ!」

「さっそく一個お願いしようかなと思ってて、」

「どんな内容ですか?」

そう聞いたのはフジノだ。フジノは用心深くアレクセイを窺う。


「簡単なものだよ。帝都の精霊の森にある廃神殿の魔物避けの結界を張り直すっていう任務」

アレクセイはそう言ってからごそごそと地図を取り出した。

帝都周辺のその地図を指で辿り、

「ここが城で騎士団ね。帝都の精霊の森は帝都の北側にこう広がってて、目的の廃神殿はここ」

アレクセイは精霊の森の東端の浅い部分を指し示す。


「馬で駆けたら二時間くらいで廃神殿への森の入り口に着ける。そこからは徒歩で小一時間。早朝に出発すれば日帰りで帰って来れるよ。出発は三日後でどうだろう?」


「はい。構いませんが、フジノと二人で……という事でしょうか?」

いよいよ任務で精霊の森に行けそうだという事でハナノはワクワクもしたが同時に不安にもなる。

アレクセイは『廃神殿の魔物避けの結界を張り直す』と言ったけれどハナノは結界の張り直しなんて出来ない。


フジノは天才だからきっと出来るのだろうが、それにしても新人二人で任務を任されるというのは心細い。わざわざ結界を張っているという事は廃神殿は重要な場所なのだろう。


「ああ、ごめん。不安にさせたね。僕も行くんだ」

アレクセイの言葉にハナノはほっと胸を撫で下ろした。

「よかったあ。アレクセイ団長も一緒ならなんの憂いもありません!背後はお任せください」

「うん。森の浅い所とはいえ低級の魔物は出るだろうからハナノに任せてみようかと思ってる。お手並み拝見だね。もちろん危なそうなら加勢するから」

「はい!」


「そんな簡単な日帰りの任務なのに、何でわざわざアレクセイ団長が行くんですか?」

元気いっぱいに返事をしたハナノの横でフジノは訝しげな顔だ。


「結界の張り直しといっても、結界は魔道具によって維持されてるから魔道具を取り替えるだけなんだよ。ただ取り替える魔道具は貴重なもので携帯が副団長以上にしか許されてない。だから行くのは僕かサーシャになる。サーシャにはこないだ遠方の任務をお願いした所だし僕が行こうかなって」

アレクセイの説明にフジノは「ふーん」と相槌をうつ。


「僕一人で行ってもいいんだけどハナノの森デビューにはちょうどいいかな、と思ってさ」

「確かにちょうどいいですね」

「ふふ、うん。それで僕とハナノでデートでもよかったんだけどフジノはもちろん付いて来るよね?」

「は?当たり前ですよ。行くに決まってます」

フジノがどすの利いた低音で返したのでハナノはフジノの袖を引いた。


「フジ、落ち着いて」

「落ち着いてるよ。もちろん僕も行きます」

「だよねー。という訳でフジノも入れて三人で行こう」

「ところでどうして廃神殿なのに魔物避けの結界なんか張ってるんですか?」

フジノの問いにハナノもそういえば何故だろうと疑問に思う。


「廃神殿が築かれたのは何百年も前で、今は神殿としての機能はないけど信仰の対象ではあるから時々祈りに来る人がいるんだよ。でも廃神殿ってそもそも自然の中で魔力が停滞している場所なんだ。だからこそ神殿だったんだろうけどね。そういう所は魔物も集まる。祈りを捧げる人が襲われる事故が多発したから魔物避けの結界を張ってるんだ」


「へええ」

「常時人を置く訳にはいかないから結界を維持する魔道具を本殿の祭壇に納めているんだけど、年に1回程度取り替えないと効果が切れちゃうんだよ」

「なるほど」

「最近は祈る人もほとんどいないらしいから、そろそろやめてもいいかもしれないけどね。こういうのって一度始めると止め時が難しいよね」

「あー、文句言う人出てきますよね」

「そうなんだよねー。ま、そういう気軽な任務だからのんびり行こうね」

そうしてハナノの初の帝都の巡回以外の任務が決まった。



❋❋❋

 

そして三日後の早朝、ハナノは馬上の人となっていた。

「ふふふふふ」

出発してからニマニマが止まらない。


「ハナ、遠足じゃないんだからさ。顔、引き締めて」

フジノが注意してくる。


「ごめん、つい。ちゃんとした初任務だし、浮かれちゃって」

「まあ今はただの遠乗りだけどね。森は近いんだから気は引き締めてよ」

廃神殿は帝都の精霊の森の東端に位置する。そこまでは森の縁に沿って馬で駆けるだけなので、現在ハナノとフジノとアレクセイは朝の清々しい気配の中、遠乗りをしているだけだ。帝都の中心地は既に抜けているためまばらな民家と田園地帯が広がっている。

この調子があと一時間ほど続く。

ハナノ達は一度短い休憩を取った以外は足を止める事なく馬を進めた。


騎士団を出てきっかり二時間後、帝都の精霊の森の東の外れに着く。持参した軽食を食べて、その後も和やかに森の中を小一時間歩いて廃神殿に到着した。


この小一時間で遭遇するはずの魔物とはハナノが対峙してみる事になっていたので、ハナノは緊張しながら期待半分、不安半分で歩いていたのだが結局一匹の魔物にも遭遇しなかった。

どこにでもいるはずの幼虫型の魔物ワームすら出てこない。

 

「うーん、何にも出会わないまま着いちゃったね。何だか、静かすぎて怖いんだけど」

アレクセイが言う。


「ここはいつもこんな感じですか?」

そう聞いたのはフジノだ。

「いや、東の外れと言っても精霊の森だからね。魔物避けの結界の範囲は廃神殿だけだし、帝都の巡回の時くらいは出るはずだよ。ワームもいないなんて異様だな」

アレクセイはちらりとハナノを見た。


「なら、変ですね。魔物避けも使ってないのにワームも来ないのは」

フジノもちらりとハナノを見る。


「あ、でも前にラッシュ団長と来た時もこんな感じでしたよ。あの時は高位の精霊が出てきてたからでしたけど、今回も何か出るんでしょうか?」

二人の視線を感じてハナノはきょろきょろと辺りを見回す。


「ラッシュとの時もワームも出なかったの?」

「はい!」

「そっか……」

「…………」

ハナノの返事にアレクセイとフジノは黙り込んだ。

ハナノはちょっと不安になる。


「あの……ワームも出ないのはあんまり良くない予兆とかですか?」

「いや、そういう訳ではないよ。まあ、そんな日もあるんだろうね。さ、とにかく着いたよ。ここが廃神殿」

アレクセイは不安そうなハナノに気付いて、にっこりした。

三人が着いたのは、森が唐突に途切れて広場のようになっている場所だった。

広場の中央に大理石でできた床と崩れた柱、所々に階段のようなものが残されている。どうやらこれが神殿の名残りのようだ。


「あれ、結界、切れちゃってるね」

アレクセイが広場を横切りながら言った。

「えっ、大丈夫なんですか?」

「うーん、あんまり良くはないけど……ちょっと来るタイミングが遅かったみたいだね。とにかくすぐ本殿に行って張り直そうか。えーと、まず、入り口の石を探さないとダメなんだ。そこから本殿に行けるからね」

アレクセイはそう言いながら、すたすたと廃神殿にも足を踏み入れる。その後にハナノとフジノは続いた。


「本殿が別にあるんですか?」

「ここが造られたのはおそらく数百年から千年は前らしくてね、上のこれは飾りで本殿は地下にあるんだ」

「地下?」 

「うん。凄い技術だよね。古代には今はもう失われた魔法がたくさんあったから。さて石……どんなだったかなあ、三年ぶりだから記憶があやふやだな」

「石を探すんですね?」

「うん、魔方陣が組み込まれてる石。それに魔力を注げば移動の魔方陣が発動して地下の本殿に行けるんだ。すごいよねえ、昔の人は。そんなの作ってしかも残ってるんだよ」

「昔は、魔力が多い人がもっといたんですよね」

「ハナノはよく知ってるねえ、そうらしいよ。魔力が数百あるのは普通だったみたい。さ、石だよ、まずは石」

アレクセイが辺りを見回しながら歩きだす。ハナノもその後に続いた。フジノも「魔方陣が残ってるなんて凄いな、魔力溜まりだからかな」なんてぶつぶつ言いながら手近な石や柱の残骸を見て回っている。



(入り口の石ねえ……)

ハナノはアレクセイの後を歩きながら、何となく近くの台座の上にあった大きな玉子みたいな石を右手で触った。


ぱあっ

触った途端、ハナノの足元に魔方陣が浮き出て青白く光った。

「えっ?」

びっくりしていると、アレクセイが振り向く。

「うわっ、ハナノ、それが入り口の石! えっ? 発動させたの!?」

アレクセイはそう言いながら、間一髪という感じで魔方陣に滑り込んだ。

すぐにアレクセイがぐっとハナノの肩を抱いて引き寄せる。

「ええっ?」

「じっとしてて、放り出される」

ハナノは何が何だか分からないまま、とりあえず言われた通りした。

アレクセイが後方のフジノに叫んだ。

「三十分で戻るから!」


その後すぐに青白い光が二人を包み、ハナノは眩しさで何も見えなくなって、眩しさのせいなのか前も後ろも分からなくなった。

 

(え?)

自分がぐるぐると回されているような感覚がして、上下も分からなくなる。

(ええ?)

足が地面に着かない、頭からまっ逆さまに落ちていくような感覚になった。

 

(怖い)

ハナノが身を縮めると、肩を掴むアレクセイの手に力が入った。

その感覚しか感じられない。

もはや眩しいのか真っ暗なのかも分からない。


ハナノは自分の肩を掴むアレクセイの手をぎゅっと握った。アレクセイはこんなにかわいいのに、その手はちゃんと男の人の手で安心する。


「ハナノ、大丈夫だよ」

アレクセイの声が聞こえる。落ち着く声だ。ハナノは少しだけ肩の力を抜いた。

ぐるぐる回されていたのが無くなっていく。

足が地面に着いているのを感じられるようになった。


「ハナノ、目を開けなさい」

アレクセイに言われて、ハナノは自分が目をつむっている事に気付いた。

こわごわ目を開ける。


(あれ?)

目を開けたのに真っ暗だ。

 

「暗い?」

「ああ、灯りをつけるね」

アレクセイはどこから出したのか小さなランプを灯す。本殿が地下だからあらかじめ準備していたようだ。

周囲がぼんやりと明るくなった。


「ここが本殿ですか?」

そこは薄暗い、石造りの巨大な神殿の回廊だった。

ハナノでは抱えきれないような太い柱が等間隔に並んでいる。

天井がどこにあるのかは高いのと、暗いので見えない。


「ここが、廃神殿の地下の本殿への道。入り口の石から入れるんだけど、誰かが入ってる間は入り口が閉じちゃうんだよ、危なかったね」

アレクセイが説明してくれる。


ハナノは今の説明を反芻してみた。

「…………」

ここに1人で来ていたかもしれないと思うと、ちょっとぞっとする。

アレクセイがいてくれて、本当に良かった。


「フジノ、置いてきちゃったね」

「あ」

「まあ、フジノなら心配ないか。それにしてもハナノはどうやって石に魔力を注いだの?」

「ええっ? 私が注いだんですか?」

「えっ、自覚なしなの?」

「自覚も何も魔力の注ぎ方なんて知りません。魔力も注げるほどないですよ」


「うーん、そうなの?そうかあ。そうだよね。あ、でも剣の補強も同じ感じか、無意識に注いでるのかな?…………とりあえず、その検証は置いといて今は進もうか。フジノには三十分で戻るって言ってるからね」

「はい」

ハナノとアレクセイは回廊を進みだした。

 

「三十分で戻れるんですか?」

「うん、もうまっすぐ歩くだけ、行き止まりに魔道具があるから取り替えてそこに出口の石もあるから来た時と同じように帰る。あ、ちょっとした足止めはあるんだけど」

アレクセイがそう言い、回廊の奥から岩が擦れるような音が響いてきた。

とても大きな物が動いているような音だ。


「……足止め、はあの音と関係あります?」

あるんだろうな、と思いながらハナノは聞いた。

音はこちらに向かってきている。


「あるよ。もうすぐ遭遇するね。ランプはハナノに持っててもらおうか」

「はい」

「あんまり離れすぎないように、でも下がっててね」

「はい!」


そして、ハナノとアレクセイは二体のゴーレムと遭遇した。

 





 


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