59.見習い期間の終了(3)
ハナノはお酒で理性は飛ぶが本人にとっては残念なことに、記憶が飛ぶタイプではなかった。
祝賀会の翌朝、酷い頭痛と共に起きたハナノは起床と同時にぼんやりと昨夜の事を思い出した。
「…………」
さあっと顔を青くするハナノ。
ハナノは震える手でローラを起こした。
「ローラ、起きて。ねえ、起きて」
ローラがもぞもぞと身動いでパチリと目を開ける。真っ青なハナノを認めるとさっと半身を起こしてくれた。
「おはよう、ハナ。大丈夫?」
「うん、ローラが言ってるのがフィジカル的な事なら大丈夫。頭痛はすごいけど全然そっちは大丈夫。メンタル的な事なら、だいぶガタガタしてる」
「あら、もしかして昨日のこと覚えてるの?」
とても意外そうにローラが言った。
「え?うん……多分。この記憶が正しい自信はないし出来たら間違いであって欲しいけど…………ねえローラ、私は昨日なにした?」
「フジノに抱きついて私の手にキスしたわね。その後はサーバルさんとカノンさんに抱きついて、アレクセイ団長と恋人繋ぎしてたわ」
「ひょおお……記憶通りいぃ」
ハナノの顔色は真っ白になった。
「大丈夫よ。そんなに大した事じゃないわよ」
「……ローラ、自分が同じ事してたら大した事じゃないって言える?」
「無理よ。恥ずかしくて部屋から出れないわね」
「くああっ」
ハナノは頭を抱えてしゃがみ込む。
「やっちゃった事は仕方ないわよ。酔っ払ってたんだし誰も怒ってなかったわよ」
「うう……とりあえず、無理矢理キスしてごめん、ローラ」
「いいのよ。びっくりはしたけど気にしてないわ」
「ううう、ほんとにごめん」
「大丈夫だってば。多分、みんなも気にしてないわよ」
「私が気にするよう、サーバルさんはともかく、カノンさんとアレクセイ団長にベタベタしたなんて恥ずかしすぎる。どんな顔して会ったらいいんだろ?」
こうやって思い出すだけで顔から火を吹くくらいに恥ずかしい。
過去に戻って、過去の自分を止めたい。何とかして止めたい。
「……でしょうねえ。せめてハナの記憶が飛んでたら良かったのにね。あ、覚えてないことにしたら?」
「無理だよ、もう恥ずかしくてまともに顔見れない自信があるもん、謝った方がましだよ」
「あはは、じゃあすぱっと謝っちゃいなさい。きっとすぐ許してくれるわよ」
「はあああああ…………覚えている以上、それしかないよね」
「あ、そういえば、昨夜ハナノの行動で一番傷付いてたのはトルドさんだからね」
ローラが思い出し笑いと共に言う。
「……へ? なんで? トルドさんには何もしてないよ。そもそもトルドさん近くに居たっけ?」
「うわあ、可哀想。ねえハナ。昨日の酔っ払ったハナは好きな人に抱きついちゃってたのよね」
「う、うん。そうだと思う」
そういう風に確認されると恥ずかしいけど、きっとそうだ。抱きつきながら幸せでふわふわしていたのも覚えている。
「やっぱりそうよね。まあ皆そうだと思ってはいたの。そしてねトルドさんはハナのすぐ近くに居たのに、ハナはトルドさんを無視してカノンさんの所に行ったのよ。ハナが寝てから食堂に戻ったけど落ち込んでたわよ。『自分が直の先輩なのに何でカノンに負けんだ』って」
「ええ、そんな事言われても酔っぱらってたし、しょうがないよ」
ハナノがそう言うと、ローラはニヤリとした。
「カノンさんが好きなのかあ。ハナって、ああいうキラキラ王子系がタイプだったのねえ」
「ええっ? ちがっ、違うよローラ! そういう好きとかじゃないよ!」
ハナノの顔がかあっと熱くなる。
何だこれ。
「はいはい」
「ちがうってば、ちがうよ?」
「あの人はハナにはレベルが高いと思うわよ」
「ローラ! ち・が・う・よ! やめてよう、謝りに行けなくなるじゃん!」
そんな風に言われると変に意識してしまうではないか。止めてほしい。ますます恥ずかしい。
ハナノが必死に否定しているとローラがニヤリをやめて普通の笑顔になった。
「ごめん、ごめん、からかっただけよ。分かってるわよ。ハナはきっと外見が優しげというか甘めの顔に好感持つんだと思うわよ。フジノがそういう顔だから親近感湧くんじゃない?」
「……そうなの?」
「そうよ。気にせずにしっかり謝ってきなさい」
「うん」
という訳で、ハナノは朝一番にサーバルの部屋を訪ねて謝り、昼食時に食堂でカノンに平身低頭して謝った。
「お、ハナノ! ついに告白か?」
「頑張れよお!」
食堂は人の出入りが多い。昨夜の事を知っている騎士達ががんがんに野次を飛ばしてくる。
「違います! 謝罪です!」
ハナノは怒って訂正した。
「お、ハナノぉ。逢い引きか?」
「謝罪です!」
「お、ハナノじゃん。ついに、」
「謝罪です!」
ハエのように飛び回る騎士達を一通り追い払うと、ハナノはカノンに向き直ってもう一度頭を下げた。
「昨日は本当にすみませんでした。カノンさん」
「ハナノ、何度も言うけど全然気にしてないから顔を上げて」
キラキラの銀髪は今日もキラキラしていて、よくこんな人に鼻血も出さずに抱きつけたもんだとハナノは思う。
「ごめんなさい」
「本当に平気なんだよ。俺、姪っこいるからああいうの慣れてるし、それと変わらないよ」
「姪っこ、ですか……」
優しく微笑んだカノンの言葉にハナノは引っ掛かるものを感じて聞いてみた。
「因みに姪っこさんっておいくつですか?」
「五才。すごく可愛いよ。『おじさん、しゅきー』って」
カノンが慈愛に満ちた笑顔で答える。
がーん。
ハナノはショックを受けた。
さすがにこれは、がーん、だ。
ハナノは十五才、花も恥じらうはずの乙女である。五才と一緒にはしないで欲しい。
「カノンさん! 私はこれでも十五才です。もうすぐ成人なんですよ? 姪っこさんとは違います!」
「もちろん知ってるよ、同じくらい可愛いってことだよ」
「可愛さはいらないんです!」
「そうなの?」
「目指すのは凛々しい騎士です!」
「でもせっかく可愛いのに」
「騎士なんですよ!可愛さはいりません!」
謝るはずだったのに、だあん、とテーブルを叩いてハナノは主張した。
そこへ再び野次が入る。
「ねえ、痴話喧嘩中?」
「謝罪ですっ!」
ハナノが鋭く否定して振り向くとそこ居たのはアレクセイだった。
「うわおっ、アレクセイ団長!」
ハナノはびっくりだ。でもすぐに謝罪モードに切り替える。
「アレクセイ団長も昨夜はすみませんでした! 団長に宴会を中座させて部屋まで送っていただいたとローラから聞いてます」
「ああ、昨夜の謝罪中だったんだね。僕の事は気にしないで。僕よりローラが大変そうだったし」
「ローラには朝一番で謝りました。団長には手をずっと繋いでいただいたようで、多大なご迷惑おかけしました」
ハナノは深々と頭を下げた。
「大丈夫だよ。ああいうの、実家に帰った時は寝る前の姪っこにもよくしてあげてるしね」
アレクセイがにっこりする。
ん?デジャブだ。
「…………因みに姪っ子さんて、おいくつですか?」
「三才! 可愛いよー」
アレクセイの笑顔が輝く。
(さんさい…………)
そして再び大きなショックを受けるハナノ。
カノンが堪えきれずにくっくっと笑い出した。
「アレクセイ団長、それ、さっきの痴話喧嘩の原因です」
「えっ、姪っこが? なんで?」
「アレクセイ団長! 私は騎士なんですよ! 可愛さは求めてないんです!」
ハナノはぷるぷると拳を握りしめて怒った。




