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魔王少女はそうとは知らずに騎士になる  作者: ユタニ
第一章

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53/112

53.非番の一日 〜勇者の広場(2)〜


ハナノ達は勇者の像からほど近いカフェのテラス席へと移動した。


「僕はココアで」

ウェイターにランチを頼み、飲み物も進められてフジノはメニューをほとんど見ずにそう即答する。

「私はレモンティーで、ハナは?」

「りんごジュースで」

ウェイターは畏まりましたと言って去っていく。

程なく各々のサンドイッチが来て、フジノとローラが魔法の使い方について議論する横でハナノはぼんやりと勇者の像を眺めた。


(なんだか知ってる人みたいなんだよなあ)

この懐かしい気持ちは何だろうか。

勇者は知り合いの誰かに似ているだろうかと思案してみるが、心当たりはない。

ふいに『だからもう泣くな』という声が蘇る。優しげな男の声だ。

 

「?」

辺りを見回すが誰もハナノに声をかけてはいない。 

今のは何だろうと首を傾げていると、フジノがハナノの後方を見て、あっと小さく声をあげた。


「ハナ……サーバルさんだ」

フジノがなぜか小声で言う。

「えっ?どこどこ?」

ハナノはすぐに男の声の事は忘れた。

敬愛する先輩を探そうと嬉しそうにキョロキョロするが、そんなハナノをフジノは、しーっと静かにするように人差し指を口にあてて止める。


「ハナ、静かに! あれは……デートじゃないかな」

「ええっ!?」

(デートだと? ますます気になるじゃん!)


「で、でえと!」

ハナノはちゃんと小声で驚きの声をあげた。

「格好はデートとは思えないけど。でも雰囲気はそんな感じねえ」

そう言ったのはローラだ。

ローラもフジノの目線をさりげなく追って、サーバルを視界に捉えたらしい。


「ええっ、だからどこ? 教えてよー。ちゃんとそっと見るから」

ハナノは自分だけサーバルのデートを目撃できてなくて歯がゆくなる。


「ハナの後ろ、三つくらい先のテーブルよ」

ローラが教えてくれてハナノはそうっと肩ごしに振り返った。

すぐに三つ先のテラス席にこちらに背を向けて座っているサーバルを見つける。

つんつんした赤い髪に馴染みのある後ろ姿、少し見える横顔からは楽しそうな顔が窺えた。


サーバルも今日は非番のようで、騎士服ではなくて私服だった。

上は墨黒の綿のシャツで、精緻な赤いカサブランカが大胆に何本も描かれている。下は細身の白いジーンズのようだ。

耳にはいつも着けている小ぶりの金のフープピアスではなく、黒い針のようなピアスが揺れていた。


ほうっとため息を吐くハナノ。

「かあっこいぃ……なにあのかっこいいシャツ」


カサブランカの赤とサーバルの髪色がリンクしていて素敵だし、サーバルの浅黒い肌には墨黒がとても良く映える。茎や葉の緑色の差し色も素敵だ。


(すごくかっこいい。めちゃめちゃかっこいい。あんな柄シャツ、一体どこで買うんだろう)


感嘆するハナノにローラは怪訝な顔をした。

「あれがかっこいいの? かなり独特なファッションセンスだと思うわよ?」

「え、そうなの?めちゃめちゃかっこいいよ。ちょっと悪そうなのがすごくいいよね。あの袖まくってるのとか堪らないよね。」

おまけにまくった袖から覗くのは華奢な腕ではなくて、女性にしてはしっかりして筋ばった腕だ。

(くうーー、私も早くあんな腕になりたい)

悶えるハナノ。


「完全に平民男性の、しかも酒場とかでの格好だと思うけど。サーバルさんって確かハント子爵のご令嬢でしょう?」

「そうなの?」

「そのはずよ。まあ、確かにドレスアップしている姿はちょっと想像しにくいけど、それにしてもあれは完全にチンピラじゃない? お相手はしっかりした貴族みたいだけど」


そこで初めてハナノは、サーバルの向かい、こちらに顔を向けて座っている男性を見た。


サーバルの向かいの男はミルクティー色のくせ毛のすごい美形の男だった。作り物の美術品のような顔だが柔らかな表情のせいで冷たさはなく寧ろ甘さが引き立っている。あんまりに美しいので、カフェの女性客達が時々ちらちらと男を見ていた。

男の年齢はサーバルよりも年上のようだ。20代後半から30ちょいという所だろうか。

着ている物は薄い緑色のシャツに白のベストとスラックスと気軽なものだが一目で良いものだと分かる。

座っている様子や雰囲気は優雅で美しく、ローラの言う通り絶対に貴族だ。


(すごい美形。キラキラ感がカノンさん級だ……しかも、カノンさんより更に甘い)

ハナノはサーバルのお相手がキラキラ甘口王子なのにびっくりした。


男の体つきは均整はとれているが普段騎士達を見慣れているハナノからすると、かなり細身に感じる。

サーバルの恋人についてなんて聞いた事はなかったが、もしいるならばガチムチのマッチョな男がしっくりくる。ほっそりキラキラ甘口王子は意外でしかなかった。


キラキラ甘口王子の瞳はうっとりと愛しげにサーバルだけを見つめていて、ハナノや周囲の女性客が自分をちらちら見ている事には全く気付いていないようだ。

サーバルはいつもの様子で楽しげにしゃべっていて、男はうんうんと一言も漏らすまいという様子で聞き入っている。


「わあ……なんか、男の人がサーバルさんにベタ惚れって感じがするけど」

フジノがちょっと気まずそうに言う。


「そんな感じねえ、それにしてもサーバルさんがああいう男性を選ぶなんて何だか意外ね。絵画に描かれてる天使みたいだわ」

「ローラすごい。その言い方、すごく腑に落ちる」

ハナノは“天使”の例えに感心した。

何よりキラキラ甘口王子よりずっと品のある言い方だ。


ここでキラキラ甘口王子改め天使が蕩けるような笑みを浮かべると、おそらくしょうがないなあと言いながらサーバルの方へ手を伸ばした。


(きゃあーー!)

ハナノは心の中で黄色い悲鳴をあげる。

天使が手を伸ばしてサーバルの口元に付いたクリームを拭ったのだ。


(うわあ、恋愛小説みたい! どうするのそれ、その手についたクリームどうするの!)

恋愛小説ならここはペロリと舐めるところだ。


(どうするのぉ!)

ハナノを筆頭にドキドキしながら見守る三人だったが、天使は指に付けたクリームを舐めずにきちんとナプキンで拭き取った。


(くぅっ、それはそれでいいな! 常識的でいいな!)

再び悶えるハナノ。


「甘いわねえ」

ローラは平然としていて、フジノは、うわあ、という感じで少し顔を赤くした。


「あら、席をたつみたいよ」

ここでサーバルと天使が立ち上がる。


「あっ、こっち来る」

「大変。ハナ、顔を伏せなさい」

「え? 何で?」

「何でって後輩にデート見られてたなんて嫌でしょう?しかもあんな甘いやつ。私なら恥ずかしいわよ」

確かに、めっちゃ恥ずかしいと思う。

ハナノはさっと下を向いた。

三人で息を殺して俯いていたのだが、


「あれ、ハナノじゃん」

あっさりサーバルに見つかってしまった。

しかもハナノだけだ。何で自分だけ見つかったんだろうと考えてハナノは思い出す。

そうだ、私今騎士服着てるんだ、と。

非番の日なのにハナノは今日も騎士服だ。カフェのテラス席に騎士服が座ってたら、とても見つけやすいだろう。


「……サーバルさん、こんにちは」

ハナノはテーブルの下に身を隠すんだったと後悔しながら、名前を呼ばれて仕方なく顔をあげた。

「何してんだ、あれ?非番だよな、何で騎士服……お、フジノもいるじゃん。そっちの子も騎士団の子だよな」


「こんにちは、サーバルさん」

「こんにちは、第三団のローラ・アルビンスタインです」

フジノとローラも顔をあげる。


「騎士団の子達なのかい?」

ここで天使が口を開く。声も透き通るような美声だ。さすが天使、声も美しい。

「うん、指導係に任命されたって言ったろ? こっちの二人が今年のうちの新人」

「そうか。私のサーバルがお世話になっているね」

天使がキラキラ笑顔で言ってくる。


(おお! このキラキラ笑顔。カノンさんでしか見たことないやつ)

カノンのお陰で耐性のできているハナノは余裕で天使の笑顔を受け止めた。

そして天使の発した“私のサーバル”にはドキドキする。これは独占欲とか所有欲というやつではないだろうか。


「いえいえ、とんでもないです。お世話になっているのはこちらです。ハナノ・デイバンといいます」

「僕はフジノ・デイバンです」

ドキドキしながらもきちんと挨拶を返した。


「あ、双子なんだよ、こいつら」

「そうなんだね。顔立ちが同じだね。私はリロイ・ハントだ」

天使が名乗る。


(ん? ハント?)

ハナノは天使の家名がさっきローラから聞いたサーバルの家名と同じだと気付いた。


(ということは家族? あれ?でも全然似てない)

 

「……サーバルさんの旦那さんですか?」

思わずハナノがそう聞くと、サーバルは目を点にしてリロイは可笑しそうに、でも嬉しそうに笑った。




「…………父だ」

目を点にしたサーバルが気を取り直し、こめかみを押さえて言う。


「「「ええ!」」」

のけ反って驚く三人。


「ええ!?」

ハナノはまじまじとリロイを見た。どう見ても、20代後半にしか見えない。

えええ!?


「えっ? お父上? え?」

「あー、それはよく驚かれるんだ。これでも父は40ちょいで、全然似てないけど血も繋がってる」

「これでもってひどいな」

サーバルの言い方にリロイが甘やかに笑う。


「よんじゅう……」

ハナノはもう一度リロイをじっくり見た。

そう言われると目尻に少しだけシワがあるような気もする。でもそれだって、あるような気がする、というレベルだ。


「旦那さんは初めて言われたなあ、兄なら言われた事があるんたけどね」

キラキラキラキラ。

天使からはにかむ笑顔を直接向けられて、ハナノは鼻血が出そうだ。


「うぁっ、似てないのに家名が一緒だったもので」

笑顔の眩しさに耐えながらハナノは言った。


「サーバルさんはお母さん似なんですか?」

続けて聞いてみるとサーバルは自分とリロイを見比べた。

「えー、どうだろう? 髪の毛と目の色は確かに母と同じだけどなあ……私は両親というよりは母方の爺ちゃんに似てる気がするな」

「いや、サーバルも弟達も妹達も私の天使達は皆、私の女神アナイスにとてもよく似ているよ」

サーバルの答えを遮ってリロイが強く言う。


“女神アナイス”がサーバルの母で子爵夫人の事なのだろう。アナイスと言う時にうっとりと目を細めるリロイ。

どうやらサーバルの母である夫人にベタ惚れらしい。


「じゃあ、また明日なー」

サーバルがそう言って父であるリロイと共に去り、ハナノとローラはしばしの間リロイの若々しさについて感心し合った。

 



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