50.非番の一日 〜図書室(3)〜
「ところで何で召喚術に興味持ったの?」
三人が一冊ずつ選んだ本の貸出の手続きをして図書室を出た所でアレクセイがフジノに聞いてきた。
「召喚にすごい量の魔力がいるからです」
「ふーん。自分の魔力を使ってみたいってこと?」
「まあ……そんなとこです」
フジノが使いたいのは勿論ハナノの魔力だ。ハナノの魔力は今は問題ないが、これから先も問題がないとは限らない。
今のハナノはフジノが作った人差し指の出口から少しずつ魔力を出して安定している。七才から十五才まで八年間何もなかったからこのままずっといけるんじゃないかな、とも思う。でもそこに確証はない。何かのきっかけでハナノの魔力が暴走する可能性は有るし、幼い頃の様に体調を崩すようになるかもしれない。その時の為の対策は立てておかなくてはならない。
幻獣召喚が上手くいけば召喚した幻獣とハナノの魔力を共有して、ハナノの魔力を大地に水に大気にと還せるのではないか、とフジノは考えている。そうなればハナノが多大な魔力に振り回される事もなくなる。
「興味本位で禁書を読むのは止めてほしいなあ」
「禁書って言ったって図書室に置いてあったら読みますよ」
「発禁処分という訳ではないからね。もし悪魔の召喚が行われた時に対応が出来ないのは困る」
「こうして本にもなってるし、そもそも著者がいるって事は学問としてある程度は認めてるという事ですか?」
フジノが手に持つ本はまだ新しい。著者名を見てみるとそこにはブロンテ・ドローリスとあった。
(ドローリス?)
聞き覚えがある気がする家名だ。前世でも今世でも貴族の家名なんて気にした事はないのに覚えがあるという事は何か関わりがあったのだろうか。
「純粋な研究目的であれば国の許可を受けて探求は出来るけど定期的に監査が入るね。学問としてはかなり異端だ。そのドローリス男爵は第一人者だね」
「男爵……」
「ドローリス家は今は男爵だけど歴史ある家門だよ。数百年前には聖女も輩出したとか」
「聖女?」
「とてつもなく治癒魔法が優れていた女性らしい。神殿に行けば石像があるよ。台座に彫られている逸話はどこまでが本当なのか分からないけどね」
アレクセイが肩を竦める。どうやらアレクセイ自身はあまりその逸話を信じていないようだ。
数百年前ならルドルフの時代にも伝えられていたはずだが覚えはない。ルドルフは神殿を嫌っていたからそのせいだろうか。
「聖女に悪魔研究……極端だなあ……あれ?ちょっと待って、思い出した。ドローリスって200年前の戦争で魔王に拠点与えて協力していた家門ですよね?ドローリス公爵家」
確かそうだ。魔王の崇拝者達も多くがこの家に関係ある者達だった。
「勉強熱心だね。そうだよ。魔王討伐の後で公爵家としては解体された。魔王からの脅しや洗脳があったとされているけれども協力はやはり罪だ。男爵になってからは贖罪も兼ねて学問として魔王や悪魔の研究をしているんだって」
「脅しと洗脳ね」
あの魔王の少女にそれが出来たとは思えない。ルドルフの時はドローリス家が戦争を主導したと主張もしたが平民出身の勇者の声など通らなかった。
「家が残ってるなんて手ぬるいですね」
「うーん。まあ公爵家だったしかなり力はあっただろうから完全に潰せなかったのかな。そこからは特に問題は起こしてないよ。名前は有名だけど今は地方の一貴族だ」
そこでアレクセイはにっこりして話を終わらせる。
「とにかくそういう由緒正しい人なんかが細々と探求している悪魔の召喚だね」
「ふーん」
ドローリス家が残っているのは釈然としないがあれから200年経っているのだ。今の当主に当時の事は関係ない。
「フジノが興味があるのは幻獣の召喚なんだよね?」
「そうです。悪魔じゃありません」
「神話の生き物だけどねえ」
「火のない所に煙は立たないでしょう?幻獣にしろ聖女にしろ元になった何者かはいるはずですよ」
「調べたいなら止めないけれど、きちんと相談してね。間違って悪魔召喚したとか嫌だよ。フジノなら出来ちゃいそうで怖いし」
「はい」
「幻獣を呼べたとして、それがちゃんと使役出来るのかも謎だからね」
「分かってます。その辺も調べます」
もちろん、幻獣についても調べる必要はあると思っている。前世の伝承では禍々しいものではなかったし、今も神と共に世界を創造したのものになっているのなら善きものだろうとは思うが得体は知れない。
「……ねえ、ただ魔力を使いたいなら魔獣との従属契約はどう? 呼び寄せる時にそこそこ魔力がいるし、魔力の共有も出来るよ」
アレクセイの提案にフジノは少し考えてから答えた。
「従属契約は契約する魔獣の完全な合意がいります。人語を理解して操るクラスの魔獣じゃないと契約にならない上にあっちの合意がいるんですよ? そうなると人語を操るクラスの魔獣を殺さずに組み伏せるしかない。物凄く手間がかかります。従属なんて大昔ドラゴンスレイヤーが居た時代のものですよ。そんなのよく知ってますね」
従属契約は魔獣と人が双方合意のもとに結ぶ主従契約だ。自分にひれ伏した魔獣に血を与えて誓いを交わす。契約した魔獣は空間を越えて呼び出す事が出来て、主人となった人の体には呼び寄せる時の魔方陣を刻んである事が多い。
「その言葉、そっくりそのまま返すよ。フジノこそ良く知ってるよね。でも魔獣との従属契約は幻獣の召喚よりは現実味があると思うな。ドラゴンなら実際にいるし」
ドラゴンは最高位の魔物だ、魔獣に括るべきだとの意見もあるがどちらにしろ最高位だ。人語を解し知能も高い。性格は攻撃的で凶暴だとされている。
帝国内にも数頭確認されている。彼らは自分の縄張りからは滅多に出てこないのでドラゴンの住処は立ち入り禁止になっており、現在の帝国は積極的に手を出さない事で平和に共存している。またドラゴンは地域によっては神聖視され信仰の対象になっていたりもする。
「ドラゴンねえ、確かにドラゴンになってきたら結構な魔力にも耐えられますけどね。ドラゴンかあ……偏屈なのが多いから倒したところで合意が取れない気がするなあ」
ドラゴンならルドルフの時に出会った事がある。攻撃的で凶暴な性格という訳ではなかったと思うが、話は噛み合わなかった。
「倒せるのは前提なんだね。フジノって変わってるよね」
「そうですか?僕とアレクセイ団長と、あとラッシュ団長あたり連れて行ったらたぶん倒せますよ」
「僕がメンバーに入ってる……嫌だよ。行かないからね」
「僕だって嫌ですよ。わざわざ縄張り入って苦労しても得るものはありません」
「得るものもないんだ、ってそうじゃなくて、何もドラゴンまで行かなくてもグリフォンとかある程度友好的な魔獣もいるよ。よっぽどの恩がないと合意は難しそうだけど。存在するかも分からない幻獣よりはそっちじゃない?」
「そんな雑魚じゃダメです」
そんな雑魚じゃハナノの膨大な魔力の共有に耐えられない。最低でもドラゴンだ。
「えー、雑魚かな? グリフォンだよ?」
グリフォンは獅子の下半身に鷲の上半身を持った魔獣だ。見た目通り強くそして賢い。決して雑魚ではない。
「雑魚です。最低ドラゴン、出来れば幻獣です。とにかく強くないと」
今のフジノの基準はハナノの魔力に耐えられるかどうかなのでグリフォンは雑魚だ。
「グリフォンが雑魚。とにかく強いのが好きだったなんて意外だな、フジノも夢見る男の子だったんだね」
アレクセイが妙に優しい顔でフジノに微笑む。
「え?」
フジノはアレクセイの幼い子供を見るような慈愛に満ちた瞳にたじろぐ。変な勘違いをされている気がする。
「僕も小さい頃はドラゴンに憧れたなあ」
「いや違いますよ。憧れてはないです」
「ふふ、恥ずかしがらなくていいよ。騎士になったからにはドラゴンを従えてみたい、という人もいるよ。サーバルとか。騎士とドラゴンは童話ではセオリーだもんね。背中に乗るとか夢があるよね」
「うわ。サーバルさんとは一緒にしないでください」
フジノはサーバルがドラゴンに憧れている様子は容易に想像出来た。男の子のように瞳をキラキラさせて「かっけー」とか言ってそうだ。
サーバルの事は結構好きだが、そこは一緒にされたくはない。サーバルには悪いが何かダサい。
「そういう男の浪漫的なものじゃないんです」
「大丈夫。誰にも言わないから」
「だから、違います!」
「誰にも言わないってば。勿論ファシオになんか絶対に言わない」
「は?ファシオさんとかあり得ない」
「だから言わないよー」
「じゃあ何でニヤニヤしてるんですか!そもそも違いますよ!」
そんな風に言い合いながらフジノとアレクセイ廊下を進む。傍から見ればじゃれ合っているようにも見える二人の後ろをハナノがにこにこしながら続いた。




