45.ラッシュ団長と(3)
すみません、今週はこの1話だけです。
精霊の森を出てすぐの草原には大人三人分くらいの長さのある、顔の大きい巨大な平べったいトカゲが居た。
「っ! ドラゴンアミーだ!」
ラッシュがそう叫び身構える。ハナノも巨大なトカゲの正体はすぐに分かった。実際の魔物、しかも上級魔物を目にするのは初めてだったが、自分でも驚くほどにハナノは冷静だった。
ドラゴンアミーはドラゴンの派生種で上級の魔物だ。嗅覚が優れていて見た目に反してとても素早い。
ハナノも少し遅れて構え、ドラゴンアミーがハナノとラッシュを見た。
その目は濁っていて焦点は定まっていないが、ハナノには自分が見られたと分かった。
「来るぞ!」
ラッシュが警告し、ドラゴンアミーはのっそりした外観からは想像できない俊敏さで、一気に距離を詰めて来る。
(はやっ)
来るのは分かっていたのに、ハナノは全く反応できなかった。動きを目で追うのだけで精一杯だ。
(ダメだ、動けない)
体中にぶわりと汗が出て、動けないハナノのみぞおちにラッシュの蹴りが入る。
「ぐうっ」
ハナノは後ろに大きく跳ばされて、繁みに突っ込んだ。突っ込んだ先は無数の細かな棘がある繁みで、身体中に棘がささる。そしてつんとした独特の匂いが鼻についた。いきなり蹴られて天地も定かではないが、その匂いからハナノは自分が突っ込んだのはトゲウリの繁みなのだという事だけは分かった。
トゲウリはその名の通り、枝に細かな棘のある匂いのキツい低木性の植物だ。棘には微量だが麻痺性の毒もある。
(痛いぃ)
自分の状況が正確に飲み込めないハナノにラッシュの緊迫した声が響く。
「ハナ、そこから絶対に動くなっ!!」
その言葉にハナノはまず、ラッシュが自分を蹴り飛ばしたのは助けるためだったのだと理解した。繁みに突っ込んだ変な体勢のままラッシュとドラゴンアミーを探す。
一人と一匹はハナノから少し離れた場所で対峙していた。
ハナノが跳ばされている間にラッシュが一太刀いれたようで、ドラゴンアミーは首から青い血を流していた。
ギエエエェェッ
ドラゴンアミーが怒って咆哮して、空気がビリビリと震える。巨大なトカゲは咆哮の後、頭を上にあげた。鼻をひくつかせて匂いを確認しているようだ。
ハナノは息を殺して見守った。今の自分ではラッシュの力になるのは無理だ。邪魔にならないように見守るしか出来ない。
匂いを確認したドラゴンアミーはラッシュにすごい早さで突進し、手前でぴたりと止まるとくるりと回転して尻尾で攻撃してきた。
ラッシュは剣を振り、何でもないようにその尻尾を斬り落とす。再び青い血が吹き出し、激怒したドラゴンアミーのやたら速い蹴りが繰り出された。ラッシュはそれをかわすと、ひらりと飛んで心臓をめがけて、背中から剣を突き刺した。
ブシュッ、と皮膚と臓器が裂ける音がして、また青い血が噴き出す。ドラゴンアミーは凄まじい断末魔を辺りに響き渡らせて、びくびくと痙攣しながら絶命した。
(強い……)
ハナノは棘の痛みを忘れて感嘆した。攻防自体は一瞬で、ラッシュはあっさりドラゴンアミーを倒したように見えた。でも、上級の魔物は通常はこんなに簡単に片付けられるものではない。
(団長って、やっぱりすごいんだ)
魔法なしであんなに早く動けるなんて、どんな身体能力だ。ハナノではドラゴンアミーの初動にすら反応できなかった。尻尾を斬られた後の蹴りは、とてつもなく速かったのにそれも避けていた。あんなもの、普通は避けられない。
(尻尾も難なく斬ったよね? あれ絶対すごく堅いはずなんだけどな)
ドラゴンの派生種のドラゴンアミーの鱗はドラゴンとはいかなくとも、かなりの硬さを持つ。ラッシュはそれを簡単に斬った上にその心臓をひと突きに刺していた。
あれも、一体どうやって心臓の位置を正確に把握したのだろう。
先ほどの戦いを反芻しながら、ラッシュへの尊敬にうち震えているハナノの元に、ドラゴンアミーの返り血で騎士服を真っ青にしたラッシュがやって来た。
「すまん、蹴り飛ばすしかなかった。一応、手加減はしたんだが大丈夫か?」
心配そうに聞かれてハナノは自分のみぞおちを気にしてみるが、異常はなさそうだ。
「大丈夫そうです。それよりトゲウリの棘がけっこう痛いです。痛いぃ」
闘いで高揚していた気持ちが落ち着いてくると、細かな棘が痛い。
「とりあえず、出ろ」
ラッシュが引っ張って繁みからハナノを出してくれる。
「ドラゴンアミーは嗅覚に頼ってるから、匂いのきついトゲウリの繁みに飛ばすしかなかったんだよ。うわ、顔にもささってんなあ。どうする?手で抜いて折れたらダメだよな」
ハナノの手の甲や顔にささった細かな棘を見てラッシュが顔をしかめる。
「地味にじわじわ痛いですー。折れて中に残ったら嫌なので帰ったら医務室で抜いてもらいます。そしてありがとうございました。ラッシュ団長がいなかったら死んでました」
「まあな。しかし、こんなとこにドラゴンアミーが出てくるなんてなあ、上級は森の深部から出る事なんて滅多にないのにな。ここで止めれて良かったぜ。あれが帝都に迫っていたらと思うとぞっとする。あの精霊のせいかな」
「あー、そうかもですね」
ハナノは森の主らしき精霊を思い出す。あれにつられるか、怯えるかしてドラゴンアミーも出てきたのだろう。
「かなり年老いた個体で目も鼻もあんまり効いてないようだった。いきなり攻撃もしてきたし、深部から迷って出てきてパニックだったんだろうな」
今やその巨大なトカゲは、草原を青い血で染めてのたりと息絶えている。ハナノはその死体をぼんやりと見た。
「ところでラッシュ団長、あの尻尾、すごく硬いと思うんですけど、どうやって斬ったんですか?何か方法が?魔法てすか?」
何か成長の糧になればと、ハナノはラッシュに尋ねてみる。
「いや、言っただろ、俺、魔法は使えねーよ。斬れる角度と場所で剣を入れるんだよ。それで大体何でも斬れる」
「何でも?」
「ああ、何でも。角度と場所さえ決まれば斬れる」
(うん? 斬れないよ? 何でもは)
ハナノはきょとんとして、続きがあるのかとラッシュを見返すが、ラッシュは大真面目な顔をして説明を終えていた。
(…………)
さすが団長、次元が違うようだ。
「じゃあ、どうやってドラゴンアミーの心臓を正確に突いたんですか?」
尻尾を切ったことは置いておくことにして、次の質問をするハナノ。
魔物の体の構造は分かりにくい、大体は似ている動物と同じだが、サイズも違うし個体差もある、ましてあんなに大きなトカゲの心臓の正確な位置なんて、解剖しないと分からないはずだ。
さっきのラッシュは、心臓らしき場所を斬ったとかではなくて、きちんと心臓をひと突きしていた。そんな事、透視でもしない限りは無理だ。
「それは、ここが心臓だな、っていう所を上から突いたんだよ。さすがに俺でもあいつの胴体は切り落とせないからな」
「いや、そうじゃなくて、どうしてここが心臓って分かったんですか?」
「どうしてって言われてもなあ、あ、ここだ、ってなるだろ?」
(ならないよ?)
「……そうですか、なんか、もういいです」
いろいろ聞いても参考にはならなさそうだ。向こうは団長だもの、レベルが違いすぎる。
「さて、助けを呼ぶかあ。こいつの死体は回収しないといけねえし、他に何か出てきてないか見とかないとな」
そう言うと、ラッシュは伝書鳩の卵を取り出して本部へと連絡をした。




