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魔王少女はそうとは知らずに騎士になる  作者: ユタニ
第一章

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30.ウルフザン討伐(4)


アレクセイ達の本陣が森へと入っていき、村に残されたファシオ班は、班を二つに分けてそれぞれが村の両端より家屋を確認していく事にした。

 フジノは班長のファシオと他の三人の騎士の五人で一軒一軒見て回る事になる。


「フジノ、お前、あれだけの魔法使っておいて疲労はないのか?」

 村の端まで移動していると、ファシオがフジノに聞いてきた。

「平気です」

「試験では倒れたと聞いたが?」

「らしいですね。そうしておいた方が都合がいいから勝手にそうなったんでしょう」

 試験の時、ラッシュとの面談が終わるまではフジノは危険人物扱いだった。後でどうとでも取れるように倒れて本部に連れていったとしたのだろう。


「どういうことだ?」

 ファシオが鋭い目で聞いてくる。


(いちいち、威圧的なんだよ。やだな)

 フジノはこの班長の騎士の名前をまだ知らない。第二団では一番体が大きく、声も大きく、フジノへの敵意も少し感じられるので一番苦手だ。

 フジノはファシオを睨んだ。


「そちらの都合でそうなったんです。僕に聞かないでください」

「お前なあ、それが班長に対する態度か?」

「でも、そちらの都合です」

「それにしたって、言い方があるだろう。言い方が!」

「声を大きくしないでください。ほら、村の端ですよ。さっさと確認していきましょう、班長」

「ちっ、おい、お前ら行くぞ。フジノ、お前は最後だ」

 ファシオが言って、ずかずかと最初の民家へと入る。フジノは三人の騎士と共にその後に続いた。

 民家に潜むウルフザンが居れば、家の外に追い出して首を落とすかフジノの炎で焼いて殲滅していく事になっている。


 一軒目の家の中には何もいなかった。住民は慌てて立ち去ったようで屋内は荒れていて、傷んだ食べ物の臭いがする。


 二軒目、三軒目も同じ様な感じだ。四軒目では家ではなく、家畜小屋にはぐれたらしいウルフザンが一匹隠れていて、騎士の一人があっという間に首を落とす。

 あの炎を見た今、ウルフザン達はほとんどがより安全な森に逃げ込んだのだろう。


 簡単だなあ、とフジノは思った。やっぱり、森に行かせて欲しかった。アレクセイはあれだけの規模の魔法を使ったフジノに休息を取らせたかったのだろうが体は何てことない。


 フジノも騎士達も緊張感が薄れてくる。手練れの騎士にとって、単独のウルフザンは物足りない相手だ。そんな雰囲気の中、足を踏み入れた五軒目の家で事は起こった。


 五軒目の扉をそっと開き、五人で中に入る。フジノは最後尾だ。今までの家と同じように放置された家の臭いがする。


「いなさそうだな」

 騎士の1人が言う。

「でもここは食べ物が漁られているようだ。念のため二階も見るか?」

「そうだなあ、ま、いないだろうけどな」


 その時フジノは何かの気配を感じた。騎士達もはっとした顔になる。

 辺りを見回すが、やはりウルフザンはいない。


「上だ!」

 騎士の1人が叫ぶ。

 天井に渡された梁に、四対の光る目があった。


「猿?」

 一見猿だが、背中に変に小さな翅がある。羽織猿だ、とフジノは思った。


「キャッ」

 四匹の羽織猿はフジノ以外の四人の騎士達に飛びかかった。素早く背中に飛び付き、口から触手を出して騎士達の首に刺す。そうすると四人の騎士達はぴたり、と動きを止めた。


(まずいな、全員、雄なんだな)

 フジノは久しぶりに嫌な汗が背中をつうっと流れるのを感じた。


 羽織猿は猿に似た形をした魔物だ。その大人の雄は、口の触手にある細くしなやかな針を相手の頭に刺す事で、相手を操ることができる。ウルフザンと同じく群れで行動する魔物で、通常の群れには大人の雄は一匹だけだ。

 今回は群れからあぶれた雄が四匹集まっていたようだ。ウルフザンの大量発生で森に居られなくなったのだろう。羽織猿自体は、強い魔物ではないが、取りつかれた側の能力は操られていたとしても変わらない。

 今、フジノの前にいるのは、帝国の皇室直属騎士団、第二団の四人だ。

 四人はゆっくりとフジノに向けて剣を構えた。


(最悪だな)

 フジノはすぐに救援の伝書鳩を放った。団員達は必ず緊急時用のアレクセイ宛の伝書鳩を持たされている。


 伝書鳩を放ってから四人を見る。一対四ならこのまま家の中で戦ったほうがいいが、もし五匹目の羽織猿が潜んでいたら、フジノも取り付かれる可能性がある。四人を相手に薄暗く見通しの悪い場所では、背後まで手が回らないからだ。


 自分が取り付かれたら、もっと最悪だ。フジノは魔力量が多いので刺されても完全に操られないとは思うが、どうなるかは刺されてみないと分からない。

この村全部焼けるだけの魔力がフジノにはまだ残っている。何なら森も焼ける。羽織猿が住処の森を焼くとは思えないが、もしそうなれば第二団の騎士達が炎に呑まれことになる。想像するとぞっとした。


 家を出て見通しの良い場所に行くしかない、とフジノは思った。

 すぐに身を翻して外へ出る。同時に騎士達が斬り込んできた。フジノは剣を抜いて応戦したが、さすがに帝国騎士団第二団の騎士、剣は重いし、早い。おまけに四人だ。連続で受けていると腕がじいんとしてくる。


 猿達はフジノを警戒しているようで、一気に囲んでくるのではなく、操る騎士達には距離を取らせつつ互い違いに打ち込ませてくる。囲んでこなかったのはフジノにとって幸いだった。フジノは何度か剣の応酬をしてから、後ろに跳んで、自分と四人の間に炎の壁を作った。猿達が怯んだのが分かる。


(火は怖いんだな)

四人の騎士達は壁の前で立ちすくんでいるようだ。

 だが炎の魔法は燃え移るものがなければ、自然に消える。炎が消えると四人は恐る恐る近付いてきて再び互い違いに打ち込んできた。フジノは、また剣で応戦して引き付けては下がり、炎の壁を出した。これを何度か繰り返す。


 距離を取ると、羽織猿本体の顔がひょっこりと騎士の背中から首を伸ばしてフジノの位置を確認していた。


(視覚は共有してないんだな)

 なので、離れると少しの時間稼ぎにはなる。これをこのまま繰り返して救援が来るまで持てばいいのだが、果たして持つだろうか。

四人の剣は重いし、連携されれば対応出来ないかもしれない。それに猿達は炎が消えるのを待たずに回り込んでフジノに攻撃してくるようになってきた。炎への怖さが薄らいでいるのだろう。フジノが一息つける時間は短くなってきている。


(一旦逃げて、何とか一匹ずつやれないかな……いや、ダメだな。猿達が四人を生かしておくかは分からない)

 フジノという敵がいなくなれば、四人で相討ちさせるかもしれない。羽織猿は元々好戦的な魔物ではない、ウルフザンに追いたてられて森を追われ、怯えていた所に騎士達がきたから問答無用で攻撃してきたのだ。自分達の身が守れれば良いのだから、フジノがいなくなればあっさり宿主を殺して逃げる可能性は高い。

 

 四人に対して直接魔法を使うことも出来なかった。風魔法も火魔法も、今世では人に対して使ったことはない。ルドルフの時ならあるが、それだって間接的なものがほとんどだったし、相手は防御出来るような状況でだった。魔法に対して丸腰の無抵抗な人に魔法で攻撃した経験はない。

 そしてフジノの魔法はどうしても規模が大きくなる。騎士達相手に使えば、彼らは死なないまでも、手足の切断や消失をするかもしれない。そうなると、治癒魔法でも治せない。


(くそっ、そもそも細かい魔法の調整は昔から苦手なんだよ)

 心の中で悪態をつきながらフジノはまた四人の手前に炎の壁を出現させた。

 だが今回はひと息つく間はなかった。今までは壁を回り込んできていた四人が、怯まずに壁を突っ切って襲ってきたのだ。猿達は背中で身を丸くしている。炎はただの脅しで、自分達に直接かけてこない事に気付いたようだ。騎士の髪の毛や服が焦げる匂いが漂う。


「っ!」

 フジノは不意を突かれて、体制が崩れあっという間に班長の騎士に間合いを詰められた。

一手、二手と弾くが、次の剣は確実に自分の体に入ると分かった。


(やられるっ)

 衝撃と痛みに備えたが、それは来ない。斬り込んだ班長の騎士は、歯を食いしばって己の剣をフジノの前で止めていた。


「?」

 フジノはさっと、班長と距離をとる。

(今、斬れたのにやめたよな?)

 

 ここで止まった騎士のこめかみに血管が浮き出て、息づかいが荒くなった。他の三人の騎士達は、驚いて、止まった騎士の様子を注視しだす。


(なんだ?猿達も驚いてるのか?)

 フジノが距離を取りつつ様子窺っていると、止まった班長の騎士が喋った。


「……っフジノ……俺に、構わず燃やせ」

「!」

(意思があって話せるのか!?)

 フジノは驚愕した。

 すごい気力だ。猿との魔力の相性も悪いのかもしれないが、それでも、完全に取り付かれた状態で動きを止めてしかも喋るなんて並大抵の気力じゃできないはずだ。


(頭に直に魔法をかけられているようなものなんだぞ?)

班長の騎士の魔力量は大したことなかった。つまり彼は自分の精神力だけで猿の支配に抵抗している事になる。もし、フジノであれば精神力だけで意識を保てたかは疑わしい。

あり得ない気力と胆力だ。


 そして驚愕しながらフジノは気付く。自分がこの四人を相手に剣だけでしのげてるのは変だ、と。


相手は第二団の中堅の騎士達。一人ならともかく四人を相手に、こんなに長時間持ちこたえているのは変だ。必死だったから気付かなかったが、四人ともどう考えても動きが鈍かった。


(四人とも、最初から猿に抵抗してたんだ)

 フジノは愕然とした。

 全員、操られてても、意識があったのだ。そして、何とかフジノを攻撃しないようにしていた。それは体と心にかなり負荷のかかる行為なのに、彼らは絶対に好意は抱いていないはずの、態度の悪い新人のフジノを何とか傷つけまいと抵抗していたのだ。


(何だよ、四人とも、魔力なんて普通だろ?何で意識あるんだよ、何で僕を守ろうとしてんだよ)


「おいっ……何してる、早く燃やせ」

 班長の顔が真っ赤になり、ぶぶぶ、と取り付いている羽織猿の翅が震える。

 他の三匹は、まずはフジノを片付けることにしたようで、またゆっくりとフジノに近づいてきた。


「ムリだ、猿だけじゃなく、あんたも燃える。僕は猿だけきれいには燃やせない」

 フジノは後退りしながら言う。自分の声は震えていた。二メートル四方の炎に人が包まれたらどうなるのか。先程の黒焦げのウルフザンが脳裏によぎる。


「そうだ、俺ごと燃やすんだ」

 大柄な騎士は静かにそう言った。

 その言葉に他の三人の顔色が変わる。ピタリとフジノへの歩みが止まった。


「見ろよ、何と全員の総意だ。俺達を猿ごと燃やせ」

 騎士はニヤリと笑い、そしてこう続けた。


「俺らが新人のお前を殺す訳にはいかねえんだよ、殺してくれ」


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