外伝 爺さんと仔馬の運命的な出会い 中編
牧場主の渡辺から2頭の世話を頼まれて早1か月
仔馬は日々順調に成長している
馬房へ入り浸るサトシを疎ましく思っていた母馬も今では
我関せずと仔馬の世話をすべてサトシに任せてのんびりと飼葉を食べている
仔馬はいつもサトシの後を追うようにどこへ行くのもついてまわる
渡辺牧場の施設はお世辞でも広くないし繋養馬も2頭しかいない現状
手綱で縛り馬房へ押し込む必要性もないので仔馬はサトシの後をついて回る
サトシは今でも不思議なのだがなぜこの仔馬俺にこれだけ懐くのか?
仔馬は生まれて1か月だがとても賢くサトシの言いつけを素直に聞いて
一度教えたことは2度と間違うこともなかった そこが凄く可愛いい
サトシもこの仔馬が可愛くてしょうがないので
たまに夜も同じ馬房で親子?川の字になり寝ている姿が確認された
大人しく寝ていることもあり母馬もサトシに心を開いているようだ
そんな親子3人の生活もいつか終わりを迎える
牧場では仔馬が生まれ6か月を過ぎるといよいよの離乳の時期を迎える
初期馴致が始まるからだ
いつも放牧は親子2頭で行うのだが今日は仔馬1頭だけ
母馬は親子で過ごした馬房から別の馬房へ移される
数日後にはプリンセスカムイは売却先へ馬運車で運ばれていく
その姿を見送るサトシにプリンセスカムイは我が子を頼むとすがる眼で見つめる
「大丈夫心配するな 俺が仔馬の面倒見るからな」
親子がこの世で再会することはまずないだろう
※ 天翔牧場では引退後同じ馬房で暮らしてますが
普通では考えられません あくまでもフィクションです
サトシはふと考えた
セレクトセールについてだが通常生産牧場では当歳馬をセールに出すが
渡辺牧場の繁殖牝馬は1頭だけなのでセールに出すことはできない
まあそれなら庭先取引で馬主と直接取引を行うことになるのだが
「ああ、この仔馬は既に馬主が決まっていますよ
北海道でも美味しいと評判の製菓会社の会長さんなんです」
高梨会長は北海道お土産として人気上位の製菓メーカーの会長で
長年馬主として活躍していている人だがこの仔馬の
馬主を最後に息子さんへ権利を譲るそうだ
それと預ける厩舎も長年付き合いがある美浦のトレセンの
福永調教師と決まっていた。
仔馬は【育成牧場】騎乗馴致と騎乗訓練を行い美浦のトレセンへ送られる
生後1歳で馴致が始まり馬具の装着をするのだが仔馬はこれを嫌がる傾向があり
人間との信頼関係が構築されないと最初の馴致から躓くことになり
下手をするとデビューできずそのまま処分される可能性もある
数字を示すなら毎年生まれる仔馬がおおよそ7千頭いるが
2歳で新馬戦でデビューをして3歳でも活躍できる馬はほんとに少ない
ゲート試験とか3歳まで未勝利の競走馬は地方へいくか乗馬クラブへいくか
最悪用途変更で競馬界から姿を消すこともある厳しい世界
乳離れからしばらくたち ある夜仔馬に異変が起こる
寝藁に横になるが苦悶の表情を浮かべ サトシへ助けを求める
症状は発熱と咳と鼻水なので単純に風邪かな? いや安易な推測は危険と判断
サトシは急ぎ渡辺夫妻に助けを求める
呼ばれた渡辺は今までの経験からおそらく感冒【風邪】だと判断したが
できるだけ早く治療しないと肺炎になる恐れもあるため急遽獣医を呼ぶことにした
渡辺はサトシに対し
「天翔さん 至急天翔牧場へ連絡して
獣医の往診依頼をしてください」
サトシは疑問に思い
「天翔牧場へですか? 直接獣医さんではなくですか?」
「天翔さん お忘れですか? 天翔皐月さんは獣医さんですよ
それに種付け料にはオプション契約で往診のサービスが
含まれてますからお願いしますね」
皐月の名前を出され冷静になる
そうだ皐月さんと優駿さんは獣医だった
急いで天翔牧場へ連絡すると 皐月さんがすぐに来てくれる
ことになった。
サトシは連絡を終え急いで厩舎へ戻り仔馬の看病をする
「頑張れ すぐにお医者さんが来るからな」
息が荒い仔馬の頭を優しく撫でる
連絡を入れ 30分余りで 皐月が到着した。
渡辺さんが出迎え馬房へ連れてきた
「あら、叔父様 お久しぶりです」
「こちらこそご無沙汰しております。
どうかよろしくお願いいたします。」
わかりましたと頷き 手早く仔馬を診察する皐月
診察が終わるとカバンから医薬品を取り出し仔馬へ投与する
診たところ ウイルス感染による 風邪だと思われます
【消炎剤と抗生物質投与】説明
「薬を投与しましたので症状は緩和すると思いますが
何かあれば すぐに連絡ください」
「皐月さん ありがとうございました。」
いいえ これも仕事ですからねと手を振る
「叔父さまも 遠慮しないで牧場へ来てくださいね
母も会いたがってましたから
それじゃあ 失礼します」
3人で玄関までお見送りした。
「まあ、これで一安心だな
最悪 ヘリで獣医さん呼ぶことになるかと
思ったが皐月さんがいてくれてよかったよ」
皐月さんか優駿さんが往診に来れない場合は
ヘリで獣医を呼ぶことになる場合もあるとのこと
それでも天翔牧場にヘリがいて命が助かった競走馬が
何頭かいたとのこと
サトシが馬房へ戻ると仔馬の表情が和らいでいるのがわかり
一安心した。
サトシはそのまま馬房で3日ほど寝泊まりして仔馬の世話をした。
そしていよいよ馴致が始まりサトシは渡辺に許可を取り付け
馬具の取り付けを仔馬にすることにした。
渡辺もサトシと仔馬の関係を見て問題なく初期馴致は可能だと判断
全て任せることにした。
人間を騎乗させる行為は馬により個体差があり嫌がり騎乗させない馬もいる
当然そんな馬では競走馬になれず2歳デビューすることもないだろう
すでにこの時点で激しい競争が始まっているのだから
サトシは学生時代の経験を活かし馬具の取り付けを始めるが
さすがに最初から上手くいかず馬具の取り付けに違和感を感じる
仔馬が嫌がるそぶりを見せるがそこは仔馬の父親代わりのサトシが
根気よく言い聞かせ馬具の取り付けに抵抗を見せることがなくなった
馬具の取り付けが完了すると普通は騎乗して訓練をすると考えられているが
馬具の取り付けに慣れてもらうためタオルパッティングが行われ次にライジングと呼ばれる
ハミなど馬具を取り付け騎乗しない状態で長い手綱を使用して訓練が始まります
※ ここからは育成牧場での馴致ですからサトシはあくまでも
仔馬に人間に慣れてもらい命令や指示に対し素直に
従うようにするのが仕事ですね
仔馬が1歳半になると本格的な育成と調教が始まりますが
育成牧場まではサトシが馬運車で運びます
もうあと半年で2歳になりデビューを迎えるがそれは仔馬と別れる
ことになる 仔馬は無邪気にサトシに懐いてるが
仔馬は競走馬でありぺットではない
レースに出て賞金を稼ぎだすのが仕事だ
それといよいよ育成が始まり仔馬にも正式な名称が与えられた
名前はスーパーカムイで北海道でも馴染みがある名が与えられた
『頑張れ スーパーカムイ』
育成も順調に進み スーパーカムイは美浦のトレセンへ旅立つ日が決まる
それは同時に渡辺牧場が閉鎖され サトシも解雇されることになる
サトシが与えられた個室で荷物を纏めてるところへ
「天翔さん ありがとうございました。おかげさまで
スーパーカムイも無事にデビューできそうです
これは本日までのお給料です。お確かめください」
給料は振り込みが普通だがサトシはあえて
手渡しでお願いしていた
念のため給料袋の中の明細を確かめると金額が多いことに気が付く
「渡辺さん 今月分金額間違ってませんか?」
「ああ、そのことですか 間違いありません 私からの
気持ちの分を少ないですが足してあります
これからも必要になると思いますから
お納めください」
サトシはこれは返すわけにもいかないとおもい
素直に受け取ることにした。
「ありがとうございます。ありがたく頂戴します」
サトシは渡辺へ頭を下げた
正直 今後の仕事も見つけていないので正直助かる
「それとですね これは福永調教師からの提案なんですが
天翔さんを厩務員助手として厩舎で雇用したいと
申し出を受けました。スーパーカムイの担当としてです」
福永さんからの提案にサトシは驚いたが
資格がない自分に働く機会を与えてくれたことに
正直感謝している カムイと別れなくてすむからだ
「渡辺さん その話がほんとでしたら ありがたくお受けします
私もカムイと別れたくないですから」
渡辺も喜び頷く
「そうですか 私も安心できますよ これからもカムイのこと
頼みましたよ カムイをG1馬にしてください」
「夢は大きく目指すはクラシック3冠馬ですね」
渡辺も同感と二人で笑う
こうしてスーパーカムイとサトシは仲良く馬バスで北海道を後にした
サトシが同行するのを一番喜んだのはスーパーカムイだろう
お話を前、中、後編で分けました。




