外伝 爺さんと仔馬の運命的な出会い 前編
天馬の死後のお話です 天翔牧場の経営は美鈴が頑張っています
天翔サトシ 61歳 今年の春にDRAを定年退職した。
家族構成 妻の美佐江は一昨年交通事故で他界 子供は長男と長女がいるが
二人とも結婚し夫婦仲も良好で円満な家庭を築いている
長男からは定年退職後いっしょに住まないかと誘われたが、今のところ同居するつもりはない
俺も61歳だがまだやりたいことがある
一応DRAの計らいで今の社宅は退職後半年は住めるからそれまでに
次の仕事を見つけるつもりで求人情報を毎日自宅のパソコンで検索している
俺のやりたいこと それは牧場の厩務員だ
馬が好きでDRAへ入社したが配属先は内勤で馬と直接触れ合う機会が
なかったのが心残りだ。
「そんな内勤の事務方が厩務員なんてできるのか?」
まあ、普通は疑問に感じるがこうみえて馬の世話は学生時代に
6年ほど馬術部の時に経験している
だからDRAの最終面接のとき アピールしたのだが配属先は総務課だった
これでも何件か牧場へ問い合わせをして面接を受けているが
採用されることはなくすべて不合格 まあ理由は明確だな
今のご時世求人欄には年齢、性別、経験の有無など場合により差別につながるため
昔のように年齢は何歳までとか経験者優遇とか求人票に明記されないとのこと
そのくせ直接面接に出向くと
『誠に残念ですがうちでは資格がある若い男性を採用したいので』と断られることになる
確かに競走馬を育てる牧場なら厩務員の資格は必要だと思うが
この年ではDRAの厩務員課程に入学できないだろうな
サトシはパソコンの画面を見ながら 条件が緩そうな牧場の求人を探す
出来れば 静内がいいがこの際贅沢は言わない 早来か白老でもないかな?
「渡辺牧場か 住所は早来だな 」
ネットワークで調べたが有名な牧場でもなく家族経営のようだ
出来れば住み込みで働ける牧場がいいのだが一応アポイントメント
取得してみるかな
電話で確認後 翌日牧場へ面接を受けに行くことにした。
牧場へ到着する ナビで確認すると牧場の周りは放牧地のようだ
一応面接なのでリクルートスーツできたが 道路は舗装されておらず
ほとんどダート状態な駐車場から牧場の事務所へ向かう
牧場の厩舎は外から見える範囲で馬の姿は見えない
厩舎の規模から最大で20頭は繋養できる馬房があるようだ
牧場の柵の上で年老いた三毛猫がのんびり日向ぼっこをしている
事務所入り口のインターホン越しで
「ごめんください 面接に来ました 天翔サトシと言います」
すると事務所の中から同年代とみられる 夫婦が出迎えてくれる
旦那さんが帽子を取り 頭を下げる
「面接の方ですね 中へどうぞ」
失礼しますといい サトシは事務所の中へ入る
奥さんは奥の台所でお茶とお茶菓子の準備を始める
「天翔さん まあ取り敢えず お座りください」
サトシは勧められた椅子に座るとカバンから履歴書を取り出し
渡辺さんへ手渡すと
「それじゃあ 拝見しますね」
ポケットから老眼鏡を取り出し 履歴書に目を通して
へえ、DRAの職員をされてたんだ? 名前は天翔さんか? 珍しい
と独り言をつぶやく
サトシは出されたお茶に手を付ける
ああ、お茶がうまい 静岡のお茶かな
渡辺さんの奥さんも履歴書を横から覗き込む
履歴書をテーブルの上に置くと渡辺さんは眼鏡をはずす
「天翔さん いつから働けますか?」
え...と驚くサトシ 何も質問されてないけど合格なのか
「あ、すいません 社宅はいつでも出れるように荷物はまとめてありますので
住むとこだけ用意していただければ 明日からでも問題ありませんが」
にこりと笑顔の渡辺さん
「丁度 息子の部屋が空いてますからいつでも住めますよ
ただし 期限付きになりますが それでもよろしいですか?」
求人票にも期限付きと明記されていたが、理由は何だろう?
「実はですね...」
理由を説明された。
今この牧場で繋養しているのは繁殖牝馬が1頭だけで
その産駒が無事にデビューしたらこの牧場の土地を売却して
息子さんのところへ引越しするからこの牧場を維持するのも
あと3年間だけだそうだ
「はい、問題ありません 頑張りますので宜しくお願い致します」
まあ、3年経験積んでもまだ64歳。どこか別のところへ行くか息子のところで
世話になればいいとサトシはこの時安易に考えていたのだが
まさかあんなことになるなんて誰もが予想できるだろうか?
翌日社宅を後にして牧場へ引越しをしたサトシは
唯一の繋養馬の繁殖牝馬と対面することになる
「天翔さん この馬が天翔さんに世話をお願いするプリンセスカムイです。」
サトシは名前を思い出す プリンセスカムイ
渡辺牧場で唯一の重賞レースの勝ち馬で
2年前に引退した栗毛の牝馬 今は受胎中で来年春に出産予定
「GⅡ札幌記念の優勝馬ですね 覚えてます 綺麗な毛色の牝馬ですね」
「ああ、そういえば 定年前は札幌競馬場勤務でしたね」
サトシは定年退職するまで日本各地を転々としていた
最初の勤務地が阪神で京都、中京、東京、福島、最後が札幌競馬場だ
自宅を購入したのが東京に勤務していた時期だった。
サトシはカムイの馬房の扉前に行くと
「プリンセスカムイ今日からよろしく」
ピクピクと耳が動く 【綺麗と言われて照れる牝馬】
するとカムイも返事の代わりに嘶く
ヒヒ~ン
「それで種付けした種牡馬は誰ですか?」
「それはですね 伊藤牧場で種付けをお願いしたのですが
G1馬のダイヤモンドシップなんです」
サトシは天翔牧場の繋養馬を思い浮かべ プラチナシップとメリーローズ産駒
だと理解したが それなら相当高額な種付け価格だと考えて思わず顔に出る
「あ、ははは 確かに高額でしたよ カムイの賞金を使いました
最初で最後の贅沢ですよ 普段は50万から100万以下ですからね」
「天翔牧場の産駒が優秀なのは有名ですからね 私も一度でもいいからG1馬を
この牧場から出して見たかったです、儚い夢ですよ」
そこで渡辺は天翔の名字を思い浮かべ まさかと思うが聞くことにした
「天翔さん 失礼ですが」
頭を掻く 天翔サトシ
「ご想像どおりです 天翔牧場の天翔天馬は私の甥でした。
私はその父親の年の離れた弟なんです」
それなら この牧場へ就職しなくても天翔牧場で働けばいいのにな
と渡辺は考えたが何か理由でもあるのだろうとこれ以上詮索するのをやめた
「天翔天馬さん 50代の若さでお亡くなりになったと聞いてます
惜しい人を亡くしました ものすごい才能があったそうですね」
馬と会話できる能力
「そうですね DRAでも当初は機密事項として扱われていましたね
兄からも 息子が凄いと何度聞かされたことかわかりません」
DRAとして稼げるはずの万馬券のレースがまさか競走馬同士の八百長
レースだと真実を知っても公表なんかできないだろう
「それに兄の話だと死後の世界で馬の国へいったから
本人は喜んでいると葬式の後で笑ってましたね
まあほんとかどうかは私のような凡人には理解もできません」
「馬の国ですか? 随分とファンタジーな世界ですね
どんな場所なんですか?」
サトシは思案顔になると
荒唐無稽な話であくまでも生前の天馬が兄へ伝えていた
話だと断りを入れて話し出す
「簡単にいいますとこの世界で死んだ競走馬たちが仲良く暮らす
世界だそうです寿命や病気予後不良で安楽死処分された競走馬が
馬の神様の導きで連れていかれる 安住の地だそうです」
※ 天馬も死ぬまではまさかG1を勝利しないと何度でも転生
させられると考えてもいませんでした。
「そんな世界があるんですね それじゃあ うちの牧場の馬たちも
その馬の国で楽しく暮らしているんですね」
※ まあ 何度も転生している競走馬のほうが多いでしょう
ちなみにプリンセスカムイも残念ですが次回の転生組です
何回転生したのか記憶が消去されるので下手すると
カムイもすでに何度か転生を経験しているのかもしれません
サトシたちの会話を聞いていたプリンセスカムイの表情が
少し穏やかになったがこれは競走馬には人間の言葉が
理解できているからだ
カムイはしきりに頷いている
その日からサトシは学生時代の経験を思い出しながら
毎日プリンセスカムイのお世話を頑張った
サトシの性格も穏やかで温厚なためカムイも安心して
お世話されているようでその表情も満足しているようです
そして季節は進み翌年の春 カムイは産気づく
サトシたちも夕方からのカムイの異変に気が付き
馬房の中でカムイを見守っている
「カムイ頑張れ 肢が出てきたぞ もう少しだ」
自力で生まれてこれない場合は肢をひっぱりだすが
徐々に肢の先から幼い馬の顔が見える
ベテランの渡辺は初産のカムイを励まし
手助けをする
膜に覆われた産駒が呼吸できるよう膜を破り
体を拭く 綺麗な尾花栗毛の牡馬だ
生まれたばかりなのに馬は立ち上がり母親のもとへ
向かおうと肢をぶるぶると震わせ
長い肢で不安定ながら立ち上がろうと頑張る
この場にいる皆が
「頑張れ あともう少しだ」
サトシもカムイの横で励ます
何とかよろけながら一歩ずつ 歩み母親のもとへ?
生まれた子供が向かう先には見守る母親でなく
なぜか両手を広げたサトシの腕の中へ飛び込む
え、なんで俺のところへ来るんだ
なぜかカムイもジト目でサトシを見る
サトシは興奮しながらもこれじゃあまずいと
仔馬の頭を撫でて
お母さんの所へ行くんだよと優しくお尻を押し出す
今度は間違いなく母親のもとへ行き母乳を飲みだした。
これがサトシと仔馬の運命の出会いになる
仔馬の名前はのちに『スーパーカムイ』と命名される
後編へ続きます
カムイ アイヌ語で神格がある高位の存在だそうです
JRでも特急の名称で使用されてます




