(4)先生
「違うんだ、あの子は優しい子で、本当すごくいい子なんだ。一年間も避け続けあげくの果てに女装を始めた変態に対しても、女神のような広い心で許してくれた、数少ない親友なんだよ。ただここ最近、特に愛がうちにホームステイすることが決まってから少し様子が変になってきて、今日なんて人が変わったかのよな行動ばかりを取って……違うんだ、あの子は優しい子で」
「……ル……ハル! しっかりして!」
「ぇ?」
顔を上げると、夏祭が自分の両肩を揺すって呼びかけていた。
「あれ……夏祭、いつから……?」
「いつからって……騒がしいから星野の部屋に乗り込んだら、ハルはずっとこんな感じで。とりあえずハルの部屋まで連れ出したの」
言われて周囲を見渡すと、確かにそこは自分の部屋だった。
「……私、メグの部屋に居たの?」
「覚えてないの?」
「……あ、そう言えば話があってメグの部屋に行ったん……だよね?」
「何故それを私に訊く」
どうにもメグの部屋に入って以降の記憶が曖昧で、思い出そうにも何故か思い出すことに抵抗があった。
「(……思い出さなくてもいいこと……だよね?)」
直感だが、その記憶は思い出さない方が幸せでいられる気がするのだ。
『嫌なことはみーんな忘れてしまおう♪』
そうあの保護者(年齢不詳)もよく言っていたではないか。
「ごめんね、夏祭。なんだか心配かけちゃって」
「……別に、迷惑とは、思ってないし」
「うん、ありがと」
久しぶりに近くに感じる幼馴染の存在に、ハルの心は自然と和んでいた。
「……それで、星野の部屋に行って何の話をしてたの?」
少々の嫉妬を込めて、夏祭はキツイ視線を向けてくる。
その視線は止めてもらいたかったが、ハルは彼女たちに伝え忘れがあることをふと思い出した。
「そうだ。あのね、夏祭、明日のことなんだけど――」
そして訪れた日曜の昼時。
「第一回、ハル先生のお料理教室♪」
「……え?」
メグの待ち望んでいた『二人きりの共同作業』の時間……だったはずが、
その時間は『みんなでの共同作業』という、参加者が倍増するまさかの展開が起きていた。
「さーて、本日のお題はー」
「ちょ、ちょっと待って!」
「はい、メグさん?」
「ハルは私に『一緒に料理をしないか』って誘って来たよね?」
「うん」
「なのに、なんでアキや愛乃ちゃんや一色先輩まで一緒に料理しようとしてるの!?」
メグは大声を上げて横にいるイレギュラー達を指差す。
「いや、私が言ったのは『(みんなで)一緒に料理をしないか』ってことなんだけど……」
「聞いてないよそんなの! なんで一番重要な部分を省いちゃってるかな!?」
「メグ、怒り心頭?」
「まあ、あの子の言いたいことは分からなくもないけど」
「……ハルと二人きりのはずが……」
「って、こっちもですか!」
「ナツ、意気消沈?」
全く纏まりのない生徒を一気に四人抱えたハル先生。
――果たして、彼女たちは協力し合って昼食の時間を迎えることができるのか!?
――そして、完成した物は食べられるものに仕上がるのか!?
全ては先生の指導力に掛かっていた。
――ハル先生の手腕にご期待ください!
「(あれ、私、ミスしたかな……何かすごく幸先が不安なんですけど……?)」
拭えない不安を抱えながら、ハル先生のお料理教室は幕を開ける。
始めは全くなかった生徒同士の結束力も、作業が進むにつれ自然と生まれて行き、不安に思う事は何一つないほどに生徒達は優秀で、ちょうどお腹が空き始めた頃には、料理は完成したのだった。
「(まあ、半分以上は自分で作ったんだけどね……)」
生徒達は思った以上に優秀だった。――真面目さでは。
……ただ、予想以上に四人が四人とも料理の腕が素人すぎて、先生が付きっ切りでないと何もできない状況だった。
それでもハルが全ての品に携わったこともあって、どれも食べられる域へと仕上がっていた。
「よかった、ほんと……怪我人が出なくて……」
「ハル、心配しすぎ」
「……うん、君が一番危なっかしかったからね?」
ハルは二度と秋月には包丁を握らせないと胸に誓ったが、他の面々も酷かった。
まず、誰一人として料理をしたことがなかったことが一番の誤算だった。
今日日の女子高生は家庭科の時間以外はキッチンに立たないものなのだろうか? メグや夏祭の家庭科の成績の低さは知ってはいたが、それはまだ可愛いものだ。彼女たちは経験が無いだけで、ただの下手の一言で済まされた。
問題は元アイドル様だ。
なにせ彼女は始める前に「包丁とのこぎりはどう使い分けるの?」という不思議な問いかけをしてきたほどだ。
驚愕の事実! 愛乃は『料理=日曜大工』という恐ろしい思想を持っていたのだ。
その最初の一言によって、ハルは愛乃の傍を離れることがなかなかできず、その後も、
「ゆで卵ってフライパンで焼くの?」
「魚の顔ってちょっと怖いわね。潰しておいてもいいわよね?」
「あれ、お皿ごと鍋に入れてもいいのかしら? ま、いいわよね」
などと、ハルの斜め上を行く呪文が次々と飛び出し続け……、
ついに愛乃は、ハルに『味見係』を命じられたのだった。
「今度はアタシ一人でフルコースを振る舞ってあげるわ」
「愛には単独でのキッチン入室を禁じます。それから週に一度はお料理の授業を受けてもらいます。もちろん、実習ではなく講習です」
「そんなあっ」
愛乃に対する今後の教育方針も決まった所で、ようやく起きてきた美冬も交えて、ハルたちはみんなで仲良く昼食のひと時を満喫した。
『みんなで一緒に共同作業』をしたことで、いつの間にか愛乃たち三人の互いに向けていた敵意が無くなり、昼食時には仲の良い家族のように親しくなっていた。
ハルは三人があまり仲良くできていないことをとても気にかけていた。理由は分からなかったが、相手を憎むほどには嫌い合っていないことは感じ取っていた。
どうにかして三人に仲良くなってもらおうと必死に案を考え、そして考え付いたのが今日のお料理教室だったのだ。
思ったよりも三人が仲良くなれたことに、ハルは小さく拳を握った。




