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サクラセイカツ~あなたと過ごすための妹生活~  作者: 八八八
4.佐倉家に住まう少女たち
30/42

(2)宿敵・強敵・恋敵


 ――失態だった。

 挨拶代りのけん制のつもりが、メグは自らが弄した策とも言い難い悪知恵のせいで、危機的状況を数段階グレードアップさせたまさに絶望的状況へと自らを崖下に叩き落としてしまった。

 まさに策士策に溺れる。自らの手で首を絞めてしまったよ。

「(何をやってるのよ私……。いくら恋敵ライバルだからって、一色先輩を陥れるようなことを言って、それで相手の背中を押すような展開になっちゃって……はぁ)」

 もはや何度目の溜息か。朝食を済ませ、用意された自室へと戻ったメグは荷物の整理をしながら朝の行動を反省していた。

 普段の彼女からは思いもよらないに行動に、他の誰でもないメグ本人が一番驚いていた。

「(ハルのことになると周りが見えなくなっちゃうのかなぁ……)」

 生まれて初めて好きになった相手。

 初恋の少年は――今は少女へと変化してはいたが――、昔も今も、ズボンを穿いていた時もスカートを穿くようになってからも、変わる前も変わった後も。メグの初恋おもいは何も変わらず、それどころか一年ぶりに声を掛けてもらってからますますハルのことが好きになっていた。

「(病気かも…………恋の病という名の)」

 メグの抱えた病は、かなりの重病のようだ。

「ううんっ、いけない! 病は気からだ! 住人ライバルを落とそうとしたのも、私に自信が無いからそんな悪女なことをしちゃうんだ。落とす相手は彼女達じゃなくて彼じゃないの! ……うん、まずは行動。積極的な行動でハルにアピールをするのだ、萌!」

 拳を握りしめて奮い立つと、メグは部屋を出て、ハルのいる一階へと降り立った。

 今までの汚名ヘタレを返上して見せるためにも、乙女ヘタレは今ようやく戦い舞台へと上がったのだ!

「は、ははははは、ハルしゃんっ!」

「はい?」「なぉ?」

「そ、そそその、えっと、あの、な、何かお手伝いできりゅことはありましぇんか!」

 ハルとの距離を縮めるため――でもあり、休日だけとはいえ今日から佐倉家のお世話になるのだからと自らに言い聞かせ、まずは家の手伝いを買って出た。決してヘタレ的なソレではない。

 ハルは佐倉家の家事全般を担当しており、朝の洗濯物干しを済ませた現在は、仕事で朝食が終わってすぐに休日出勤に出た美冬から預かっていた美春のブラッシンの最中だった。

 ちなみに新たに佐倉家に住まうことになった夏祭は、もう空き部屋はなかったので秋月の部屋で秋月と共同で使用することとなり、今は秋月と二人で引っ越しの整理をしていた。「アキに手伝ってもらうから」とハルは名乗りを上げる前に釘を刺されてしまっている。

 愛乃は自宅から残りの荷物を取って来ると朝食後に出かけており、前に言っていた土曜に着く予定の荷物とやらが到着するのは午後になってかららしい。

 ――今、二人を邪魔するものはいない。

 この絶好のチャンスタイムを、メグは無駄に過ごすわけにはいかないのである。

「部屋の片づけはもういいの?」

「うん!」

 あまりに勢いのある返事に、ハルはややたじろく。

「う~ん、特に今は無いかな。我が家だと思ってゆっくりと休日を堪能していていいよ」

「え……」

「いや、そんなに切なそうにされても」

「な、何か、あるんじゃないかな! ほら、せっかくの休日なんだし、掃除とか!」

 一瞬、立ち眩みするメグだが、ここで退いてはダメだと諦めない。

 ようやく一歩を踏み出そうとしているのにこれしきこのことで落ち込んでいては、絶対にこの戦を勝ち抜くことなどできないのだ!

「掃除は毎日しているし、誰かに手伝ってもらうまでもないんだけど……うーん、メグの気持ちも有難いから、手伝ってもらっても構わないんだけど……」

「本当!?」

 まるで花が咲くかのように、メグはパッと表情を明るくする――

「でも、今は美春の相手をしているから、終わったら声を掛けるよ」

 ――が、その花は一瞬にして萎んでしまった。

 現実とは思うように進まないものである。

「な~ぁ」

 それでも、まさか猫に負けてしまうとは思いもしなかっただろう……。

 メグは大人しく部屋に引き下がった。


 部屋でジッとしている間にも貴重な時間は刻一刻と過ぎていく。

 貴重な『二人きりの共同作業』の時間が失われつつあるのだ。

「(私……動物以下なのかな……)」

 まさか美春ねこまでもがライバルだったなんて、なんと無常な……。

 いや、さすがのメグも猫までライバル視したりはしないが、「ハルにとって自分への興味は美春以下なのでは?」と思わずにはいられない。

 所詮、友達以上恋人未満な存在なのだろうか……ますます弱気になってしまう。

 あれから一時間ほどが進み、早くしなければ愛乃も帰って来て昼食の時間となってしまう。そう焦りを感じていた時。

「ごめんメグ、遅くなっちゃって」

 ようやく、待ち人が尋ねに来てくれた。


「えへへ~♪」

 遅くなってしまったが、ようやく二人きりの共同作業の時間が訪れたことに、メグの頬はだらしなく緩む。

「なんだか幸せそうだね。メグってそんなに掃除好きだったの?」

「んー、これから好きになっちゃうかも」

「奇遇だね。私も掃除するの、好きだよ」

「す、好き――!?」

 面と向かって『好き』と口にされたことに、メグの心は思わず跳ね上がる。

 分かっている、ハルが言ったのは『掃除が好き』という意味だ。けれど、やはり好きな人に目を見て『好き』と言われた日には、恋する乙女であれば誰もが喜んでしまうのではなかろうか。

「ぜ、是非もう一度リピートをお願いしましゅっ!」

「……? 好き、だよ?」

 顎に手を当て、小首を傾げながら『好き』とささめく。

 その一瞬、『好き』と言う声以外の全ての音がこの空間からは消え去っていた……。

「はうぅぅぅぅっっっ!!!」

 それは《ミス涼月》だからこそ成せる領域。

 美少女の発した一言一仕草すべては、メグのスイッチを入れてしまうには十分すぎた。

「ハルさん、お願いです!」

「な、なんでしょう?」

「もう一回、いえ二回お願いします!」

 そう言いながら、メグはポケットからケータイを取り出す。

「え、あの……メグさん? お手持ちの携帯は一体何にお使いに……?」

録画えいぞう録音おんせいで永久保存です!」

「あ、そう……なの……」

 美冬の女装の提案を受け入れたハルでもさすがにこの個人的趣味の度を越した提案には丁重に断りを入れたくはあったが、親友の頼みでもあり他でもないメグならば、悪用したりはしないだろうと、そうハルは『信頼』することにした。

「好き、だよ……」

「もっと自然に、こっちに微笑みかけるように!」

「…………好きだよ」

「カメラの向こうをもっと意識して!」

「……好きだよ……」

「もっと自然に! ちゃんと相手に自分の想いを伝えて!」

「っ………すーはー………っ! 好きだよっ♪」

「はうぅぅうっ♪ 完璧!」

「はぁ、これでやっと――」

「じゃあ次は録音ね♪」

「……好きだよ♪」

 内心を悟られないよう、ハルはお得意のスマイルで、その奇行(盗撮・盗聴)を認めた。


「ただいま。今帰って来たわよ……ってどうしたの、はるる。なんかやつれてない?」

「……愛……愛って本当は、すごい人だったんだね」

「は?」

「私はアイドルに向いていないことが、よぅく分かったよ……」

「そ、そうよ、アイドルって可愛ければ誰でもなれるわけじゃないのよ?」

「うん……それで元アイドルの愛に、折り入って相談があるんだけど……」

 かなり参った状態のハルを見せられては、断れるはずがなかった。

「『元』とは言え先日までアイドルのトップに立っていたんだから、アタシでよければ何でも言って見なさい」

「ありがと、愛。………………………………ストーカーって、どうすれば更生させられるのかな?」

「ん、ごめんね、数時間の間でもハルの傍を離れちゃって。アタシ今すっごく後悔してる」

 瞬時に愛乃は察する。女装して姿や言葉使いまで完璧な女性として振る舞っていたハルが、内面で包み隠し護っていた本来の心(男)の領域、その最後の砦が踏み荒らされて、心までも無理やり女として演じさせられていたことに。――ハルが本当の自分を失いかけたことに。

 愛乃はそっとハルを抱きしめる。

「大丈夫、アタシがはるるを護ってあげる。アタシははるると月子を助けるために来たんだから」

「……ありがと、愛」

 初めて聞いた愛乃の想いに、彼女が自分達姉妹のことをそこまで思っていてくれたことが何よりも嬉しかった。

 優しく抱きしめてくれる愛乃の腕の中は、心が癒されていた。

「(他人に弱い所なんて見せないと思っていたのに、はるるをここまで追い込むなんて……! 絶対に護ってみせるわ――あの二人から!)」

 愛乃は今日から佐倉家の一員となった二人に敵対心を燃やす。


「――くしゅん!」

「なつ、お風邪?」

「んん、特にそんなことはないと思うんだけど……」

 若干一名は全くの無実だったが、佐倉家に足を踏み入れた時点で愛乃は二人を宿敵ライバルだと感じ取っていたのかもしれない。


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