Dreamf-17 サクリファイス
1
――――翌日
日が落ちて夜空になっても明るい。
今日は島内の商店街で夏祭りが開催される日だったようだ。
連日のビーストによる襲撃もあって人足はどうなるかと思われていたがやはりこういう祭り行事に関しては人足は自然と集まるものなのだろう。
にぎわいは時間が経つ毎に集まり出店の商売も盛り上がってきてきた。
もっとも、やはりここ最近の事もあってかあちらこちらには特捜チームを含めた巡回警備が見える。
そんな中、円は――
「これって、遊びに来てるよな」
と、その円本人が言うのだ。
「え?」
当然なにを言っているのかが聞こえていなかったようで、横でりんごあめをなめていた友里が円の顔をのぞき込んできた。
「仕事放棄、ね」
「いや仕事してるから……」
円を挟んで友里と反対側にいる恵里衣がどんぴしゃで円が思っていた事をいったものなので即座に否定ーーという訳にもいかず、どんどんこれが仕事であったのだろうかと自分自身でも疑問に思い始め、
「多分……」
と、遅れて付け足した。
お祭りであるという事で二人とも浴衣衣装。
カラーリングの基調色はそれぞれ水着と同じ。
恵里衣は長い髪の毛を二つのお団子じょうにまとめ上げて、普段は長い髪に隠れているうなじがしっかり見えていた。
友里の方は普段の髪型に編み込みを付け足し、すこし大きめな花の飾りがついたかんざしを編み込みの横から挿し込んでいる。
「で、まだ感想聞いてないよね」
「え」
と後ろからガシッと円の両肩を捕まえて自分の体に引きよさせたのは、この二人の浴衣姿を見繕った本人である里桜だった。
里桜自身も浴衣姿。
自分自身の衣装も二人と同じく水着と基調色をあわせていた。
いったいどこで帯の結び方を含めて着物の繕いかたを学んだのか。育ちのいい家の出身なのだろうか。
里桜に肩をつかまれて立ち止まったことでほかの二人と少し離れる形となり、横を歩いていた円がいなくなって二人して「あっ」と声を漏らして立ち止まって円のほうへ振り返る。
「感想ってみんなの浴衣の?」
「それ以外ある?」
「あーね」
「どっちが好きかでもいいから」
答えを口から出さないかわりに鼻から小さなため息を吐く。
「どっちかって言われてもなぁ」
と、恵里衣と友里の姿を交互に見やる。
水着の時もそうだが普段見たくても見られないような格好をみるといつもよりも魅力的に見えるのは仕方のないこと。
どっちかと言われても決めあぐねてしまう。
「…………」
「あ、そっか私か!」
「えっ!?」
いつまでも答えないことから里桜は後ろから円の顔の横に自分の顔をひっつけて来た。そしていきなり何を言い出すのかと驚いてつい里桜のほうを見てしまう。
水着を見たときから分かってはいたが里桜も友里と負けず劣らずプロポーションが良い。今だって、里桜自身が気づいているのか気づいていないのか円の背中に胸が柔らかい胸が押しつけられ、少々気持ちが落ち着かない。
「………………」
「………………」
そんな円に向けられる恵里衣と友里の視線が冷たい――しかも痛い。
本当にそう思ってるのかと、言葉に出されない分尚いっそう視線が痛い。
恵里衣は嫌みを見ているみたいに表情にでているし、
友里に至ってはまるでゴミを見るようなジト目でにらんできている。
「いや、まぁ……」
ここははっきりした方がいいのか――
そもそも、元々今回は友里について行くつもりだったのだ。
鈴果が友里や円の周囲に頻繁に現れるからだろう。吉宗も一連の事件の中心に鈴果がいると感じているようで、
そしてその鈴果は円と友里の傍に現れているというのであれば二人を一緒にしておけばまた遭遇する可能性が高いはずだと考えたのだろう。
遭遇すれば鈴果の目的を問いただすチャンスにもなり、円が近くにいれば鈴果の手に掛かる犠牲者が増えることもない。
ならば、なぜ里桜と恵里衣までついてきたのか。
それが分かればこんな事になっていない。
友里と恵里衣は昨日一日中お互い、ため込んでいた色々な腹の内を打ち明かしあって何とか仲違いのようなものは解消したのだろう。結果として端から見れば姉妹のようになっているようだ。
里桜は昨日から今日にかけて、事情聴取を受けていた。里桜が八人目のスピリットであることがSSCに明るみになったからだ。
これまでの動向。
スピリットになったきっかけ。
戸籍、個人情報、所属。
もろもろ聞かれていたようだ。それぞれ情報を聞き出した後裏取りをしていたようで、当然それまで里桜は自由の身という訳には行かずしばらくは歳の近い円や沙希と行動を共にしていた。
この三人の昨日からの行動の流れから、どこで円が友里と一緒にいることになったという情報が漏れたのか。
それさえなければこんな事に一々頭を悩ませる事もなかっただろうに。
しばらく黙り、
「さすが、里桜ちゃんって感じかなぁ。皆よく似合ってるよ。…………じゃ、ダメ?」
と、曖昧な答えでごまかそうとするが後になって気を悪くするかも知れないと、最後に言葉を付け足す。
そんな円の受け応えに呆れたのか、その中で友里は「全くもう……」とため息を吐いて恵里衣の手を掴む。
「えっ」
「行こ、恵里衣ちゃん。こんなのほっといてさ」
「ちょ、友里っ?」
手を引かれ、二人でほかの出店へと行ってしまった。
友里の事は視界の中に入れているので大丈夫だろう。
「ったく……」
「やっぱり、友里って天ヶ瀬君相手だと人変わるなぁ」
「それは君の時だってそうだろ」
「え、そうかなぁ」
「てか、さすがにもう離れて」
「あ、ごめん」
里桜も友里と恵里衣が居なくなったためにイジる相手を無くしたので密着していた円の体から離れていった。
背中に当たっていた胸の感触が離れ、気も少し楽になった。
だが友里が恵里衣を連れ回していったせいで里桜と二人っきりになった。
ほんのしばらくお互い黙り込み、
「ね、ねえ天ヶ瀬君」
「ん?」
「ついていかなくてもいいの? 友里に」
「いや、まあそうしないといけないんだけど」
と、円と里桜は友里と恵里衣の方を見やる。二人で姉妹みたいに仲良く金魚すくいをしている様子を見て円は小さくため息を吐いた。
「あれには入り込めないよ」
「確かに。じゃあ、私と屋台回る?」
「えっ」
「冗談だって。本当は仕事なんでしょ、友里について上げてるの」
「あぇ!? なんでそれを?」
「やっぱり。周りに軍の人が居るのにあなただけがすっぽかせるなんてありえないでしょう」
「はは……。じゃあ友里と恵里衣ちゃんにもバレてたってわけか」
「でもお祭りに行くっていうのは元から決まってたみたいよ」
ということは、細かいところにまで気をまわすことが出来なかった自分のミスである。それを口に出すこともなく接してくれている友里と恵里衣には感謝しなければならない。
「てか、そんな事なら素直に教えたらいいのに」
「それだと友里に余計な気遣いさせることになるだろ。本当なら……」
「……?」
「本当ならこんな事に関わるべきじゃないんだ、友里は。あいつは本当にただの人間なんだ」
「天ヶ瀬君……」
「あ、でも君にはありがとうって言わないとね」
「え?」
「コマンダーから聞いたよ。友里がビーストと遭遇しなように周囲に出現したビーストを先回りして倒してくれてたんだって」
「うん……。そうしないと友里だけじゃなくてほかのたくさんの人も犠牲……になっちゃうから」
「ああ、そうだね。でも君がそばにいなかったら今こうして友里と恵里衣ちゃんが仲良くなることもなかったし、僕がまた彼女と会える事だって無かったんだ」
本人が気づかないところでいつも自分が影響を与えていることがある。
円は口にしながら、もしあのとき、もしこのときと思い浮かべていた。
「里桜ちゃん、これからも友里をよろしく!」
「……っ」
円のその言葉に一瞬だけ動揺で言葉を詰まらせた里桜。その後でうつむき少し頬を赤くして小さく「うん」と頷く。
「まっ、旦那に頼まれたんなら任されてあげるわよ」
「……? 旦那?」
首を傾げる。
「ちょっとー! 二人で何話してるの? 早くついて来てよ」
向こうにある射的の屋台の前から友里が円と里桜を呼ぶ。
「ほら、嫁が呼んでるわよ」
「嫁ってなぁ……」
さっきの里桜が言った「旦那」というのは友里の旦那ということかと理解した。円と友里が一度は家族のようなものになったことがある幼なじみどうしであるという話は里桜もしっているだろうが、さすがに旦那と嫁の関係になっているほど深いものでもない。
と、言い返そうとしたときには里桜はもう友里と恵里衣と一緒に屋台へ。ほかの二人と一緒に射的を行い始めていた。その中で、狙った的をいつまでも倒せないでいる恵里衣が一回、また一回とーー
「無限に続ける気だな」
ちなみに、今回のお祭りで四人全員の出費は全て、円のポケットマネーから払われる。お金は人並み以上には持っているが豪遊できるほどは持ち合わせていない。故に、早々に止めなくてはいけなかった。
2
(きっと、以前の恵里衣に今の恵里衣のすがたを想像することは出来なかっただろう。全てを友里に、そして円に知られたら離れていく。そう思っていたはずだ。)
今、鈴果のいる人目のつかない高台から見下ろして見えている、円たちの姿はこの一週間以内で一番楽しそうな時間を過ごしているようだ。恵里衣など、おそらくスピリットとして蘇ってから一番幸せな時間のはずだ。
「まぁ、円がそんな人間じゃないのは、分かってたけどね」
離れてくれた方が、鈴果の思惑通りに事が運んでいたはずだったが――。
鈴果の目には、確かに映っている。思惑通りでなくとも、結果は全て見えている。
ふふ、と、うすら笑みを浮かべる鈴果。
「そろそろ、仕上げだ」




