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スピリットヘブン  作者: 嵩宮 シド
Infinite Hope(1st Season)Ⅲ
68/70

Dreamf-16 取り戻せ、笑顔(C)

       11




 曰く、


――目指すものあらば、天の者、静けき緑の光を身に纏い、疾風の間に遠き彼方の敵を射抜く。


 その身にまとわれている光は、緑――遠き彼方を射抜く者。

 円は腰のホルスターから再び警棒を取り出し、伸ばす。

 そして今度は九十度に折り曲げて、前に突き出す。

 持ち手にはトリガー、そして警棒の先には銃口があった。それはまさに銃を片手で構えるという形であった。

 確かに、銃である。トリガーを引けば、牽制程度のエネルギー弾が撃ちだされる。

 瞬間、手に持っている警棒――銃が形を変え金の弦、金の装飾、持ち手には楔型の古代文字が刻まれている、緑を基調とした長身のボウガンへと変化した。

 円はその長い銃身のボウガンを肩に乗せその場でじっとたたずむ。

 感覚が研ぎ澄まされる。

 波の音、風の音、葉がこすれる音、潮のにおい、遠くに見える水平線、太陽の熱。

 ありとあらゆる、無意識下でも五感で感じ取れる感覚。それらすべての感覚が超越化している。

 彼方の聞きたい音、見たいもの、嗅ぎたいにおい、触りたい感覚――故に、

 音が聞こえる。羽虫の翅の音だ。雲よりも上、スカイベースの飛び回っている成層圏にほど近いところから――

「――――ッ!」

 瞬間、キンッと身を突き刺すような殺気。否、殺意が形となって――

「ハッ……」

 半身動き、今まさに円の体を貫き穿とうとする短針を二本指でとらえ投げ落とす。

 完全に捉えた。

 円は銃口をそちらへと向け、

 銃尻のトリガー――金色の弦を引き絞る。と、銃口に緑色の光のエネルギーがため込まれ、数秒、

「――ッ!」

 銃尻のトリガーを離し、

 持ち手のトリガーを引く。

 と、引き絞られていた弦が弾むように広がり、

 銃口のエネルギーが弾丸となって鈍い重低音の銃声とともに撃ち放たれた。

 緑色の弾丸は、はるか上空の彼方へ。

 瞬間、上空から一つの影が海面に向かって落下してきた。

 黄色と黒の縞模様の蜂の下半身と翅、蜘蛛の顔と牙が合わさった見た目の実体ファントムヘッダー。

 どうやらその下半身から針を射出していたらしい。

 お互い、姿が見えた。

 が、実体ファントムヘッダーは反撃してこない。

 当然である。

 その胴体には巨大な風穴があいているのだから。

 海面に直撃する――

 その寸前、実体ファントムヘッダーは爆炎と爆音、

 共に、その身を砕片となって飛び散らせた。

 恵里衣の感知ですら届かない超高度、

 かつ敵の攻撃の瞬間、すべてが解る。

「これが、緑色の力か……」

 多様な光線技を使用できる、赤き強さの形態――ストレンジモード。

 超高速での行動が可能となる、青き清きなる形態――ノーブルモード。

 ならば、

 超越感覚によって彼方の敵を感知する事ができる、緑の静かなる形態――

 今度は、円が自分の力に名前を付ける。

「カームモード……」

「円……」

 ぼんやりとしていたその時、恵里衣が円の名前を呼んだ。

 とりあえずモードチェンジを解除――。

 手に持つボウガンは元の形へと戻り、簡易式の小型銃へと戻る。それを警棒の形に戻して腰のホルスターの中へとしまった。

 そして、恵里衣のほうへ振り向く。

 円の新たな力の目覚めを目撃し、あぜんとしている恵里衣。

 今彼女がどんな感情を抱いて、円の名前を呼んで、円のことを見ているのか。

 当然理解できるわけがない。

 が、円は恵里衣に向かって親指を立てるサムズアップと顔全体がくしゃっとなる笑顔を浮かべた。

 そんな円を見て、今まで見たことがない――すべての苦しみから解放された恵里衣の柔らかな笑みを浮かべて円と同じようにサムズアップを返してきた。

 初めて見る、恵里衣のその笑顔は年相応の少女のそれであった。

 その時、懐に入れている通信端末がピピッと音を鳴らす。

 きっとビーストが出現したから出撃しろという指令だろう。

 端末を取り出してインカムを耳にはめ、通信を繋げる。

「はい、天ヶ瀬です」

『円どこにいる! ビーストが出ているんだぞ!』

 通信先は本木である。

「ええ、そのビーストなら今倒しましたよ」

『わかってる! もう一体だ!!』

「え……っ?」

 瞬間、

「……ッ!?」

「――ッ!」

 恵里衣、円二人、もう一体の悪意を感じ取った。




       12




 もう一度、円と話したい。自分の気持ちすべての整理をつける前に。

 ベッドから降りて朝の支度をし、部屋から出る――

 その時、ドンッと、

「キャッ!」

「うあッ!」

 廊下へ出た矢先、誰かとぶつかった。誰か――否、声で分かった。

「いってて、里桜……?」

「――ッ、友里……」

 まさか、円と会う前に今まさに自分の気持ちに答えを出さなければならないことが起きるとは思わなかった。

「あの、里桜――」

「――ッ!? ごめん友里、今無理!!」

「あ……っ」

 友里の言葉を待たず、里桜はエントランスの出入り口のほうへ駆けていった。その彼女に手を伸ばすも届かない。

 いつもの里桜からは考えられない、切羽詰まっている表情と様子だった。その時、

「え――ッ」

 ぐずずっと胸の内にどす黒く、ねばりっけの強い物体がたまりこむような感触を感じた。

 なんだか嫌な感じだ。悲しみや怒りをいろいろ入り混じったような、感情のようなもの――。

「里桜――ッ!」

 すぐさま、駆けて行った里桜を追いかけていかなければいけない。きっとここで追いかけなければ里桜とは二度と会えない気がする。

 かつて、この手でつかめなかった円の手を逃したときのように、今度は、里桜と会えなくなってしまう。

 もはや気持ちの整理などというものは問題ではない。すぐに動かなければならない。円ならば必ず手を伸ばす。恵里衣を探しに行っているように。その先に何が起きるのか、などと考えない。手を伸ばさなければ後悔するのは間違いないから、と――

 友里は里桜が走り去っていったほうへ駆ける。

 エントランスの玄関を抜けて外へ。

 確かに、胸の内にたまる感覚は強くなっていく。

 この感覚が強くなっていくごとに、里桜に近づいていく気がする。

「ゥッ……!」

 瞬間、

 世界が反転するような感覚に見舞われた。

 境域である。

 気づけば、だいぶ遠くにきていたようで。視界の開けたところへと出ていた。

 人の気配も無い。この境域の中、友里は一人――

「――ッ!?」

 その時、遠くからドスンッと巨大な物が降りてきたような音、そして狼の遠吠え

が聞こえた。

 この感覚、間違いなくビースト。

 逃げなければいけない。

 なぜなら、駆けてくる音が聞こえる――その狼のビーストは間違いなくこちらに向かってきている。

 境域内である故に、完全に逃げることは出来ない。

 だからとりあえず遠くに――

「え」

 友里の足下に電流が走り、何かが空を跳ぶ。

 その何かは着地、友里の道に立ちふさがるように佇む。

 腕甲に覆われた巨大な両手、全身が白銀の鱗に覆われ背中の毛は静電気を帯びて逆立っている。

 その様相は熊と狼と龍が一つになったほどに巨大でしかししなやかな体躯。

 現れたのがビーストでなければ見とれているところだがーー

 今の友里は目の前に現れた絶対的な敵を前に足がすくんで逃げることも出来ない。

「そんな――ッ!」

 ビーストは唸り、

 そして、その場の空を全て食らいつくすほどの咆哮を上げ、友里の方へと飛びかかった――。

 迫り来るは、絶対的な死。

 その巨大な前足で殴られれば、人間である友里などつぶれてしまう。

 決して、避けられない――

「――ッ!」

 そんな短い気合い――

 友里とビーストの間に割り込んできた、黄土色の光。

「――ッ、ハッ!」

 さらに一撃加え、ビーストを大きく吹っ飛ばした、

「里桜……ッ!?」

 それはまさに友里が初めてビーストにおそわれた日、円に助けられたときと同じ、

 里桜も、円と変わらない――

「大丈夫? 友里」

「ほんと、ビーストって怖いわよね。出てくる瞬間はわかるけどそれまで全然だし。ほんっと、二体出るなんてイレギュラー」

「え……?」

 二体。

 里桜の前にいるビーストは一体。

 ならば、もう一体はどうしたのか。

 友里は里桜を追いかけていた。まだ追いついていなかった。

 つまり――

「引き返して……?」

「だって、友里じゃん。今まで友里のために戦ってたのに、今更、やめるって出来るわけないでしょ」

「里桜……」

「すぐ、終わらせるから」

 里桜に襲撃され、大きく吹っ飛ばされたビーストは体勢を整え、唸り声を漏らす。

 当然敵意、殺意は友里から里桜へ。本来の敵を見つけたと咆哮をあげ、

 全身に火花と電気をまとい、瞬間、

 里桜へととびかかってその前足をたたきつけてきた――




       13




 飛び散る、火花と電撃。

「――ッ、ハッ!」

 里桜の穿つ正拳を身で受け、

 ビーストが巨大な前足を里桜へと振り下ろす。

 完全に、抑えきられてしまっている。

 里桜がスピリットである以上、倒されることはない。だが、決して倒すことは出来ない。

「ぐッ……はぁ、はぁ……」

 完全に消耗戦に追い込まれている。

 こうなってはエネルギーの限界が存在している里桜のほうが不利。

 どうも、どこか精神的な何かのリミッターがかかっているようで全力が出せない。

 スピリットがそれぞれもつ、霊装(武器)が出せない。

(友里……)

 明らかに、それが原因だ。

 友里の前で本気を出せずにいる。前回、スピリットと戦った時にもそうだ。全力を出し切ることもできず、あの時に恵里衣の助太刀がなかったらおそらく里桜もその時だっただろう。

 何を恐れることがあるのか――

「――ッ!?」

 そんな余念が、ほんの一瞬だけビーストから気をそらせる。それこそが、見せてはならない大きな隙。

 瞬間、里桜の体が打ち上げられた。

 ビーストがその長く太い尾でやったのだ。

 打ち上げられ、無防備となるその一瞬。

 ビーストが咆哮――

 突如として雷が落ちる。

「ウアアッ!!」

 空に浮いた里桜を撃ち落とす。

 地面に全身を打ち付け、

 痛みにうずくまる。

「ウッ……ぐっ……!」

「里桜!!」

 その強烈な一撃に立ち上がれずにいる里桜の様子に、思わず駆け寄ってきた友里。

 危険だから離れろ、と言えるほど今の里桜に余裕はない。

 それを知らせるものか。

 里桜の体全身を覆い、走る光の波紋。

(もうエネルギーが……ッ)

 いよいよブレーキがどうとか考えている場合ではない。

 本気にならなければ、ここで二人とも終わりである。

 手を地面について立ち上がろうとする――も、ダメージが抜けておらず力が入らない。

「里桜!」

「友里――ッ」

 力が入らず、地面に手をついているこの状態でも倒れてしまいそうな里桜を介抱する友里。

「危、ないから……ッ!」

 里桜は彼女を突き放そうとするも、思ったように力が出ない。

「逃げなさいって!」

「でも――ッ!」

「死ぬわよ!!」

「――ッ、嫌だ、そんなの」

「はあ!?」

 今この状況で意味の解らないことを言っている。

 とその時、ビーストが咆哮する。

 するとその頭角に青白い火花が飛び散り、

 口内に巨大な雷弾を溜め込み、そこから聞こえるビリビリという音は徐々に大きく――

 それは見るからに撃たせてはならない一撃。

 エネルギー限界を迎えている今の里桜にそれを防げるほどのシールドは展開できない。

「友里お願いだから、逃げてって!!」

「じゃあ逃げるなら里桜も一緒に逃げようよ!」

 聞き分けなさいと、声を荒げてしまいそうな所、

 ビーストのため込むエネルギーが今、臨界に達した。

 もはや今から逃げてどうという事も出来ない。

 里桜は自身を盾にするように友里を抱き寄せた。

「里桜――ッ」

 たとえ、今自分が消えても友里には円がいる。

 円がスピリットとして現れたその時点で、里桜の戦う理由は果たされていた。

 友里を守るその最後の役目を――

 と、その時、ビーストの頭部から乾いた音と共に赤い火花が散り、

 瞬間、連続する銃声と雨打つように飛び散る火花がビーストから散る。

 それが聞いているためかビーストうめき声を漏らし、

 ため込んだエネルギーを霧散させ、飛びのいた。

「え……っ?」

 一体どこからビーストを襲撃したのか。

 その者達はすぐに現れる。

「生存者確保!」

 そんな、指示を出す女性の声。

 今この場で里桜以外でビーストに対抗できるとしたら、円や恵里衣などのスピリットを除いてIAの防衛軍。

「志吹……さん?」

 彼女の名前を漏らす友里。

 チーム・ゴールド。SSCの隊で唯一の女性チーム。

 志吹の指示でほかの三人が散開、ビーストの気を引きつけ、

 志吹は里桜と友里の保護へ。

「大丈夫、二人とも」

「ええ……」

「……? 里桜ちゃん、その体は」

 もはや、何も返せない。

 どこの世界に体から光を漏れ出す人間がいるのか。

 志吹もほんの少し黙る。

 里桜が自分から答えるのを待っているのか。だが、時間はない。

 三人だけでビーストを抑えるのは至難。

「戦える? 里桜ちゃん」

「…………」

 何故、このとき口が動かなかったのだろう。

 その志吹から発せられた言葉が、今日、今この瞬間の前までに向けられていた物と明らかに違っていた。

 もう、完全に人間として見ていない。

 それに失望、あるいは絶望してかーー。

 答えを言わないままの里桜に、志吹は小さくため息を一つ。

「ならとりあえず、二人は安全なところへ。あとはプロに任せなさい」

「え?」

 押し切られる、と思っていたところにそれは間違いなく里桜の思っていたものとは違う言葉だった。

 何故そこで引き下がったのかは分からない。

 その真意を聞こうと思ったころには、志吹は戦線に復帰していった。

 だが今こうしてスピリットである里桜自身がピンチに陥っている。人間の手だけでなんとかなるタイプのビーストではない。

「くっ……!」

「里桜!」

 立ち上がろうとする里桜を制する友里。

「友里、のいてッ。私も戦わないと!」

「ダメだって! 志吹さんに下がってって言われたでしょ!」

「でも私はスピリットなのよ! 戦わないとッ」

「どう見ても危ないよ、今の里桜!」

「全然。だって友里なら守れるもん。私がいなくなっても円君がいる。全然危なくない!」

 その勢いで立ち上がろうと――

 だがそれでも押さえ込まれた。

「違うってッ、危ないのは里桜なんだよ! 私じゃない!」

「え?」

 人間である友里。

 スピリットである里桜。

 ビーストを前にしたら、それは間違いなく友里が危険だ。ただの小突きで友里の命はない。

 危ないのはどっちなのか、と、

 そんな事、呆気を取られた里桜が口に出来るはずもなかった。

「今の里桜、前の円とよく似てるから」

「前の天ヶ瀬君?」

 友里の言う、前の円というのはおそらく人間だった頃の天ヶ瀬円の事を指すのだろう。

「いつも自分の事が頭から抜けてて……ッ! 何で、円も里桜もムカつくッ」

 絞り出すように発せられる友里の声。震えているようで、少しぐずっている酔うに聞こえる。

「ゆ、友里……?」

「私の……ほかの人の気持ちも考えてよ……ッ!」

 友里の目元を見ると、水が溜まっている様。

「円がいなくなって辛かったんだから……ッ、里桜がいなくなっても辛いに決まってるじゃない!!」

「友里……」

「お願い、里桜……ッ。私の前から行かないで……ッ。私ももう行かないからッ」

 すがるように、

 しがみつくように、

 友里は里桜を強く抱きしめ、すすり泣く。

 たった数日、会わなかっただけ。

 それだけなのに、今の言葉を聞くまでどれほど長い時間を待っていたのか。そう錯覚してしまう。

(全く……我が儘だな、私も友里も……)

 心をキンッと冷やしていた氷が溶けていく。

 自分の体を抱きしめる友里の両腕から自分の腕をくぐらせ、泣いている友里をそっと抱き返し、

「うん、分かった。私も、どこにも行かない。友里の事大好きだから、私だって離れたくないもん」

 そうして、自分を抱き締める友里の腕をそっと下ろさせた。

「でも私はそれと同じぐらい、友里の事守りたい。だからほんのちょっとだけ行かせて? 絶対に戻ってくるから」

 涙で潤う友里と目を合わせ、

「そしたらさ、後でうんっと遊ぼ。せっかく海に来たんだから」

「里桜……」

 友里の額に自分の額を当て、

「じゃあ行ってくる、友里」

 そう囁くように、

 そして立ち上がって再び振り返り戦場へと戻っていった。




       14




 雷撃、

 爪撃、

 突進、

 その巨体からは到底想定しえないほど俊敏。

 その巨体相応以上に重い一撃。

 ビーストの動きはどうあっても人間の目では捉えきれないほどに速い。

 だがその初動さえ捉えられれば対処は十分に可能。問題はその初動が短いという事だ。

 このポイントをあてに出来ないとなると、音以外に頼れる物がない。

「隊長! このビースト、厄介すぎですよ!」

「そうね。でもやるのよ」

「里桜ちゃん、スピリットなんでしょ! 何で彼女にも協力させないんですか!」

 確かにほかの隊員たちが言うように、確かに里桜にも戦わせればこのビーストを倒すことは容易だろう。

 問うた時、里桜は何も答えなかった。

 押し切れた。

 だが、そうしたとき使命と引き替えに何か失ってはいけないものを失いそうで、その嫌な予感が里桜までもこの戦場から遠ざけた。

「くっ……!」

 それがよけいな思考であった。

 初動が見切れなかった。

 落雷を呼び寄せたビースト。

 それは志吹の態勢を崩させるためにわざと眼前に落としたものだ。

 突然の閃光と爆音を起こすそれは一種のフラッシュバン。

「うゥァッ!」

 意識がほんの一瞬だけ飛ぶ。

 それだけで、ビーストにとっては十分。

 ビーストの気合いの鳴き声。

 そして、巨大な手を振り上げ志吹に今まさに振り下ろされる――

「――ッ!」

 防御を取れない。

「――ッ、ハアッ!」

 その刹那、ビーストの鉄槌と志吹の間に割って入ってきた、少女の声。

 それはビーストの一撃を打ち返し、大きく引き下がらせた。

「え?」

 そんな事が出来るとしたら、この空間の中では一人しかいない。

「私も戦います。志吹さん」

「里桜ちゃん……」

 その声に迷いは見られない。

 友里と何を話したのか、それは分からないがきっとそれがきっかけで里桜自身の胸の内にもあったであろう迷いが消えたのだろう。

 迷いのない言葉に何を反対しても意味がない。

「そう。じゃあアテにしてもいいのかしら、里桜ちゃん?」

「サポートできるなら」

 先ほど――以前の里桜と比べてその語気は強く聞こえる。

 志吹はふっと笑みを浮かべ立ち上がった。


「言ってるでしょ、私たちはプロだって」





       15




 重石が取り除かれたように、里桜の心は軽くなった。

 ビーストが怖くなくなったという訳ではない。

 だが、その恐怖以上に今目のお前にいる守りたい者の為に戦いたい。

 今まで黙っていたこと。

 今まで話していなかったこと。

 いつもよりも近くなれた友里とやりたい事がたくさんある。

 その為に、目の前の障害を打ち砕く。

「――ッ、ハアッ!!」

 里桜の一撃はビーストの初動よりも速く放たれる。

 電撃をため込む暇も与える事も無く、

 ビーストの胸部に拳を穿ち、

 瞬間、黄土色の光が散る。

「――ッ!」

 さらに一撃、追撃。

 今度は先ほど穿った部位へと蹴撃――押し飛ばす。

 大きく踏み込み、

 しっかりとビーストの巨体、その芯へと一撃を加える。

 その一撃を機に、エネルギーの限界を示す光の波紋――それが消えた。

 同時に、ビーストのほうが若干息が切れている。

「まさか、ビーストのエネルギーを吸収してる……?」

 それは初めて里桜の戦闘を目にした志吹たちにも分かったようだ。

 エネルギーを吸収されて疲労しているビースト――だが、

 すぐさま態勢を立て直すためと、咆哮を上げ蓄電――エネルギーをため込み始めた。

 完全にチャージするまで数秒。

 あの巨体を一撃でひるませなければ、止めることは出来ない。

 最速で、最強の一撃を加えなければならなかった。

「ハァアアアッ!」

 ためらいはなかった。

 拳を穿つ――その寸前、

 自身から発せられる光が腕を纏に纏わる。

 瞬間に払われ、装着されていた。

 肘から拳までの金属製のグローブ。

 手首から二の腕までジャッキによって伸ばされている様なアーム。

「――デアッ!!」

 穿たれ――瞬間、勢いよくジャッキが締まりアームから衝撃波が起き、その一撃でビーストを吹っ飛ばした。

 その衝撃を利用し里桜の霊装――『ミョルニル』は再びジャッキを引き上げ力をため込み始める

「あれが、里桜ちゃんの霊装」

 初めて、人の目に触れる里桜の霊装に一瞬だけ言葉を失うチーム・ゴールド。

 だが瞬時に、

「一気に畳みかけるわよ!」

 切り替えた志吹の声に「了解!」というチームの応答と共に、

 弾丸がビーストへと立て続けに穿たれ、反撃の体勢を立て直させず、かつ、

「――ッ!」

 それぞれ里桜からビーストへと向かうその道をふさがない弾道が維持されていた。

 人間の目には里桜の動きは捉えられない。

 だが、一撃を叩き込むその一瞬だけ、里桜の姿が見え、

 その時弾丸の雨は止まる。

 一撃、二撃。

 そしてビーストは怯み、

 溜め込まれる――

 同時に霊装へと光がため込まれ、

「これで――ッ!」

 言葉は最後まで続けず、

「ハァァアアアッ!!」

 穿たれる。

 刹那、霊装内にあるボルトが回転しエネルギーを収束。

 ジャッキがピストンし、溜め込まれ収束したエネルギーが撃ち放たれた。

 黄土色の閃光がビーストの巨体を貫き――

 瞬間立ち上がった土煙。

 ビーストはその身に受けた衝撃にその身を吹き飛ばされ、

 その姿が見えたころには先ほどの位置よりも十数メートルほど離れた距離で倒れていた。

 立ち上がろうと足を踏ん張る。

 体の節々がピシ、ピシ、とひび割れ――

 その時漏れ出す、

「――ッ!?」

 混沌の光。

 瞬間、ビーストが咆哮を上げた。

 全身に雷光と共に混沌の光をほとばしらせ、それはまさに時限装置。

 ため込んだエネルギーを一気に自分毎爆発させようとしている。

 そうなる前に、止めを刺さなければならない。

「――ッ!?」

 とその時、辺り周囲に飛び散るエネルギーが里桜の眼前に落ちる。

 咄嗟にかわせたものの、同時にビーストに力をため込めさせる余裕をその一瞬与えてしまった。

(友里――ッ!)

 だけでも、守らなければと。

 ビーストのエネルギーのチャージが臨界点へ、

 その時、

 上空から三日月状の赤い光刃がビーストの不意を突き、

 刹那、里桜の真横を空の矢が、翠色の光の尾を引いて空を切り、

 ビーストを貫いた。

 瞬間ビーストが爆発させようとしたエネルギーは霧散し、

 断末魔も無く倒れ、

 その巨体は爆散した。

「今のって……」

 矢が飛んできた方へ振り向く。

「円……?」

 友里が彼の名前を口にする。

 その手には翠色の金色の装飾が施されたボウガン。そして、その瞳はボウガンと、そして空矢が引いていた尾の光と同じ翠色となっている。

 銃口をビーストがいた方から下ろし、一息。

 すると瞳の色も元に戻ると、

 同時に手に持っていたボウガンもL字状に変形していた警棒へとなった。

 助かったと、里桜は膝から崩れ落ち呆然とする。

 緊張から解け、

 ビーストに止めを刺したのが円だとする。

 ならばその前に上空から一撃を加えたのは誰なのか――

 と、円と並び立つように上空から降りてきた。

「恵里衣ちゃん!?」

 友里は彼女が円と共に現れた事にすこし驚いているようだ。

 行方知れずになっていたはずだが、友里も何か関係していたのだろうか。

「天ヶ瀬君、新しい力を?」

「すいません、遅くなりました!」

 と、相変わらずな事をいいながら円はこちらへと駆け寄ってきた。

「こっちに来たってことは、そっちも終わったのね」

「はい。緑の力で」

「なるほど。それもいいけど、出たら出たで報告しなさい。響チーフ、怒ってたわよ」

「げっ。う、わぁ……」

 どうやら円は出撃するという報告を怠ったようで、これから受ける上司からのお叱りに地面に座り込み空を仰いだ。




       16




 よほどもう一体出てきたビーストを相手にすることに必死だったのだろう。やることをおろそかにするのは円らしくない。

 しかしそれも確かにありえる、と友里は思った。

 それは円と一緒にここまで来たであろう彼女――桐谷恵里衣がいるから。

 ここにいる。という事は、円と恵里衣の間での問題は解決したという事。きっと、円なら出来ると分かっていた。だが本当に三年前の出来事に決着をつけていまこうして並び立って今ここに現れるとは、昨日までの自分にそこまで考えられるわけがなかった。

 三年前の事故は、今でも覚えている。

 ふとした瞬間に脳裏をよぎり、

 円を喪った三年という歳月の中、夏の朝に目が覚めるたびに思い出して胸が苦しくなる。

 そのきっかけを作ったのが恵里衣だった。恵里衣さえいなければ、円は今も人間として生きていたはず。そして友里自身だってこんな気持ちになることも無かったはず。

 三年前の事実をしった上で今こうして会って、ぶつけてやりたい言葉が大量に思い浮かんでくる。

「……っ。……」

 円の傍を離れ、恵里衣はこちらへと歩み寄ってくる。

「恵里衣ちゃん……」

 頭に浮かんだ言葉、どれを言ってもただ恵里衣を傷つけるものであるのに過ぎない。単に、友里のうっ憤を晴らすものにしか過ぎない。きっとそれが普通なのだ。責められる謂われはない。

「友里――」

 頭ではいろいろ考えていた。

 だが、

「――ッ!?」

 言葉よりも先に体が、

 逃がさないと、友里は恵里衣を強く抱きしめた。

「友里……」

 さっき、里桜を介抱したときにも感じていた。

 スピリットも、人なんだと。

 肌越しで伝わる温もりやとくんとくんと伝わる鼓動。

 円がスピリットとして現れた際にも抱きついてしまった。その時だって、変わってないと感じていたはずだ。

 恵里衣だって、きっと。

 自分の胸に当てられている恵里衣の手が震えている。

 円の件があって、しかし突然抱き締められて、

 こんな至近距離から何を言われるのか分からない怖さでも感じているのだろうか。そんな状況に耐えられなくなったのか、

「ごめん、友里。私――」

「おかえり、恵里衣ちゃん」

「……ッ!? 友里、でも私のせいで!」

「知ってる。だからもう隠し事なしで、全部話して。恵里衣ちゃんの気持ち。私も全部話すから」

 何も考えずに発せられた言葉、

 それはまるで円が口にしそうなものであった。

 友里のその穏やかな声を聞いて緊張が解けて安心したようで、

「友里……友里……ッ」

 その声はすすり泣きと混じり合って震えて、まるで母親にすがる娘みたいに友里の名前を呼んでいた。

「いろんな事言い合って、それでおあいっこだよ」

 こんな恵里衣を責められるほど、友里も気は強くない。あったとしても円自身が許した彼女を、友里には責めることは出来なかった。

「これで、元通り、か」

 そんな二人を遠目で眺めながら、円は安堵した声を漏らした。

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