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スピリットヘブン  作者: 嵩宮 シド
Infinite Hope(1st Season)Ⅲ
66/70

Dreamf-16 取り戻せ、笑顔(A)

       1




 三日経った。

 恵里衣が円の前から姿を消して、今日は三日目の朝である。

 一人目を覚まして円は身を起こし、ため息を一つ。

 いつもやっている事だというように今日も、恵里衣を探す事にする。

 今日はどこを探すか……。

 だが探して三日も経っているのに見つからないのでは、もうここにはいないのだろうか、と考えてしまう。

 だからと、ここから離れていくわけにもいかない。

 ビーストやファントムヘッダーがこの敷地に頻出しているのだ。鈴果は当然当てには出来ない。カイトならば間違いなく相手にするだろう。だが彼は周囲への被害を顧みないところがある。カイト自身でもある程度力を絞って戦っているのは間違いないだろうが、それでも――。

 以前、カイトは円の前でビーストと出現したファントムヘッダーをまとめて倒す手段に出た。倒したビーストをすぐさま強化されて甦らされたのではキリがない。間違ってはいない、が、それはあまりにも冷徹すぎる判断であった。

 境域が消滅しないギリギリの威力で必殺技を放ったのだ。それは、境域内にある建物すべてを消し飛ばすほど。あの時円がいなければ閉じ込められていた人たち全員、死んでいただろう。最も、カイトもあの時円がいたからそんな手段に出たのかもしれないと考えることができる。が、先日の新型ビーストとの戦闘でも自分がそばに居ていながら、結局友里――周囲にまで巻き添えが向かって行ってしまっていた。聞いた話、放たれた超高電圧は周囲に散らばり電気がその半日ストップし、爆発の衝撃で家屋のガラスや壁が破損していたらしい。

 円もあれ以外の対処法と言えば一気に蒸発させること以外に思いつかなかった辺り、この件に関しては仕方ないと考える事も出来るが、ならそれ以外どうだ、それ以降はどうなるのだという話となるとやはり閉口してしまう。

 つまり、カイトにとって周囲の被害は二の次三の次、より確実に敵を屠ることができればそれでいいのだ。

 しかも鈴果やカイトは真源を見つけるための鍵を探している。その目的が果たされない限りおそらくここからは離れない。

 そういう懸念もあって円も今はここから離れることは出来ない。

「よし……っ」

 円は自分の膝を叩いて立ち上がって息を吐きだし、気持ちを入れる。

 部屋から出る――と、

「――ッ、友里か」

「……っ、円」

 今、まさにノックしようかと手の甲をこちらに向けていた友里が、円の姿を見ておろ、とたじろいだ。

 そう言えばこの三日間、恵里衣のことばかり考えていたせいか、友里と全然会っていなかったことを思い出す。だからなのか、自分から顔を出しに来たようだ。

「えと」

「どうしたんだ?」

「……円、恵里衣ちゃん探してるの?」

「ああ」

「そっか……」

 円のなんの迷いのない答えを聞いて、友里は目を伏せ黙る。

 それだけかと思うこともなく、円は友里をよけて出入り口へ。

「――ッ、円!」

「……?」

 と、友里に後ろから手首を掴まれて呼び止められた。

「なに?」

「大丈夫なの? 恵里衣ちゃんと会って」

「何が」

「だって……。それに、私――」

「会いたくない……てか?」

「…………」

 黙った。

「それか、会わせたくない……か」

「……ッ!」

 固唾を飲んだ。

 どうやら当たっていたらしい。

 当然だ。友里からすれば、恵里衣は円を奪った。奪い、手の届かないところまで突き放させたその原因でもあるのだから。家族心か、兄妹心か、きっとそれに似た感情がそうさせるのだろう。

 余計なおせっかい、と言ってやりたいところだがそれが普通だ。逆の立場で考えたら、きっと円も同じことをする。

 だからこそ、

「それでも、僕は彼女を見つける」

「でも……」

「もちろん、友里が嫌っていうなら恵里衣ちゃんと君を会わせないようにするさ」

「……なんで? そこまで分かってくれてるなら」

「そうなったら、もう僕と恵里衣ちゃん二人の問題だ。僕は確かめに行く」

「確かめにって、何を?」

「僕が、恵里衣ちゃんのそばに――恵里衣ちゃんが僕のそばに居ていられるか。きっと、今会ってみないと分からない」

「恵里衣ちゃんの……そばに……?」

 その時、円の手首をつかむ力を強める友里。そのか細い腕からどこにそんな力にあるのかと、少し疑ってしまうほどに強く、しかし友里の言葉は泣きそうに何か恐怖しているかのように震えていた。

 今ようやく円は友里のほうに振り返り、自分の手を握っている友里の手を優しく上から握り返す。よほど力を入れているのか、友里の手も少し震えている。だがスピリットである円にとっては痛いと思えるほどでもない。

「……っ」

「それに、僕は三年前の事故の事は知らないから、そういう事も含めて会いに行くんだ」

 その時ほんの少し円の手首を掴む友里の手の力が緩む。

 自分、友里、そして恵里衣。一つ、一つ、円のいなかった空白の三年間ーー知らない自分自身を作るパズルのピースが埋まっていく。

 円は自分の手首を掴む友里の手、指の下に自分指をいれゆっくりと離させる。

 両手で友里の手を包み込む。

 友里はそんな円の顔を見上げ見つめてくる。

「だから大丈夫!」

 円は笑顔を浮かべ、一言。

 それは、自分の心と円の心が余りにもかけ離れたものだった事に呆気を

取られたためか、円の手を握る力が抜けていった。

「友里は…………里桜ちゃんと一緒にいろ。彼女がいれば鈴果もそう簡単に襲えないだろうし、ビーストが出ても大丈夫なはずだ」

 そうして、円からも友里の手を離してやり、分かったなと一つ込めるように頷き出入り口の方へ歩き去っていった。




       2




 円の背中が遠くなっていく。

 今すぐ追いかけて捕まえないといけない。なのに、友里の足は一歩も出ない。

 何故追いかけないといけないのか。

 もう、三年前のような事など無いというのに、一体何を恐れているのか。どんよりとした黒いこの感情。感じたことがないと誤魔化す気はない。

「――ッ」

 この時の自分が一番嫌いだった。だから、自分の胸の内に滾々とたまっていく黒い感情を抑え込むように唇を噛み、瞼を閉じる。

 そうしているうちに徐々に感情は薄れ、ほんの一瞬の無感情を経た後にむなしくなる。決まって、これでいいと納得させそのむなしさを晴らしていくのだ。

 円には里桜と一緒にいろと言われた。だが、その里桜ともあれから全然話せていない。と言うより、会ってすらいない。自分から会いに行こうかと思うことも、何故か思えない。これもきっと、友里の嫌いな黒い感情の一つなのだ。

 このままで――そう、これでいい。

(今は里桜に会わない方がいいじゃん。お互いのために、今は顔を合わせるべきじゃないよね)

 と、その時

「うくっ……」

 その時になって自己矛盾に陥ってしまう。

 ならもし、円ならと考えるのだ。円ならそうはならない。一刻も早くそばに居たい。彼は目に見えないところで勝手に人を助けて勝手に傷ついて帰ってくることが前々から多かった。危なっかしくて、目を離していられない。など、そんな理由をつけて、友里は円のそばに居てもいいということにしてしまう。

 なぜ円はよくて里桜はダメなのか、考えれば考えるほど――そしてその結論に手が触れそうになった時、

 また逃避する。

 結論を知ることではない。その結論を自覚する事が嫌なのだ。そんな自分を自分であると認めたくないから。

「友里ちゃん?」

「……っ」

 すると背後から名前を呼ばれ、黒い感情を抑えるのに無意識になっていたためか少しびくりとなった。

 振り返るとそこには、志吹がいた。

「志吹さん、なんで?」

「あなたが男子エリアに行くのを見かけたからちょっとついてきてたのよ」

「ああ……」

「それで?

「……?」

「何してたの? 天ケ瀬君と、何か話してたでしょ」

「それは……」

 何故か、どもる。

 志吹に言ったところでどうということもないのに、何故か話したくなかった。

 そんな様子を見かねてか、小さくため息を吐いた志吹。

「それじゃ、ちょっとテラスで朝ごはん食べながらちょっとお話しする?」

「え……?」

「なんっかほっとけないのよ、あなたの事」

「…………?」

「誰かに似てて」

 その誰かというのも似ている気もする。

 そういえば志吹の率いるチームは全員女性だったような気がする。やはり、そういう悩みも聞くことが多いのかも。

「愚痴でも聞いてあげるわよ」

「……」

 そう思っていた矢先、今この心の中にある黒いものを解消させる方法を提示してきた志吹。

「じゃ……じゃあ、聞いてくれますか?」

 その時、まるで素直になれない妹がようやく腹の内を見せてくれることに満足しているかのように志吹はふわりとした笑顔を浮かべた。




       3




(探してくれてる……?)

 などと、考えることもしばしば。もっとも、気になるのならば自分から会いに行けばいいだけ。恵里衣の感知能力は能力を発動していない状態のスピリットを見つけられるほどに強い。円がどこにいるかなど今から探せば造作のない話。

 だが、会いたくない。

 今円に会えば、きっと恵里衣は正気を保ってはいられなくなる。それほどまでに、恵里衣の精神は追い詰められていた。

 探してくれているならば、もちろん嬉しい。当然、そんな期待だってある。

 しかし思い出す――。


――天ヶ瀬円! 君が三年前死んだその理由! その理由になったのが桐谷恵里衣自身だからさァ!!


 明かされた嘘。

 円にとって、恵里衣は初めて出会ったスピリット。

 恵里衣にとって、円は同じスピリット。

 スピリットになって、何もかもが変わってしまった円にとって恩人。それが、恵里衣にとって心地よかった、仮面。

 だからこそ、

 つけた仮面の裏で、恵里衣はずっと円から目をそらしていた。まっすぐと目線が合うと、円が思い出すかもしれないと思っていたから。

 思い出したらきっと全てを知られる。

 たったそれだけですべてが崩れさるほどに脆い、恵里衣の心の安全点。

 そして、鈴果の告発によってあっけなく崩れた。

 一体、鈴果によってさらされた自分の罪を、円は、友里はどう見たのだろう。

 気にしていないのか、それとも幻滅したのか、憎んだのか。

 どれにしても、今の恵里衣に円の隣にいるということはできない。否、これからずっとそうする。円が探してくれているという期待以上に、恵里衣はもう二度と円と会いたくなかった。




       4




「後はここだけなんだけどな」

 三日間、敷地内を探し回ってようやく場所を絞り込めたはずである。

 そこは以前の研究施設だった場所。

 施設拡大につき、現在の場所へと建設された際に廃棄された建物である。

 通電もしておらず、建物内を照らすのは天窓から差し込む日光のみ。ここはまだロビーであるため、そうなっているがさらに奥に行くとおそらく人の目では何も見えぬ完全な暗闇だろう。

 スピリットである円には当然中が完全な暗闇であろうが関係ない。もう少し探してみようと、一歩踏み出したその時、

「――っ」

 ふと、脇にあるソファに目を落とす。

 何故か、そこに寝そべる恵里衣を思い浮かべてしまうのだ。見たことがないはずなのに、それはまるで残留している思念を読み解いているかのように。

 円は恐る恐る、そのソファに手を伸ばし、当てた。

「――ッ!」

 まだ暖かい。

(この辺りにいるのか)

 恵里衣の高い察知能力を考えて、この施設の中にいる可能性は低い。これで間違いなく、恵里衣が意図して円から遠ざかっているという事なのだからだ。

 だが近くにはいる。

 今からでも探せば見つけられるような所。

 もう一度、さっきの感覚を発揮できるか。

 意識を集中させ、五感を研ぎ澄まして周囲へと向ける。

「ああ、くっそ」

 当然、そんな都合のいいことなどあるわけ無く。ただ探している所から遠くの雑踏や木々の葉が擦れる音や波の音が聞こえるだけ。

 この超感覚は無意識にふと、発現するらしい。

 便利に頼れないと言う事か、円は諦めてとりあえずまたこの周囲を探索することにした。

「――ッ!」

 その時、気配を察知した。

 エネルギーの流れというべきか。

「なるほど、残留する気配まで察知できるとはね」

「鈴果……!」

「こうしてお互い面向かって一対一で会うのは……やっぱりこれも君の誕生日前以来か」

「何しに来た」

「なんて事はないさ。ぼくはただ、君を見つけたからこうしてお話ししたいなって思っただけじゃないか」

「お前と話すことはなにも無い」

「きみが相手の事を〝お前"って呼ぶ時は決まって、嫌っている相手にいうとき、自分の事を〝俺"っていう時は円自身が切羽詰まってる時か感情が昂ってる時。素が出てるってことかな」

「なに?」

 自覚はあったがつい出てしまうもの。

 円自身、鈴果とそこまで面識があった覚えはない。どこで知ったのだろうか。

 鈴果は不機嫌に舌打ちを打ち、

「ったく、別にぼくは悪くないだろ。悪いのは恵里衣、彼女じゃないか」

 そうして円の方へ足を進めてくる。

 円の体が自然と、軽く構えをとってしまう

 鈴果は小さくため息を一つ。

「――ッ!」

 瞬間跳ぶ。

 円の懐まで潜り込んで放つのは掌底。

 みぞおちに入るその一撃を円は穿たれる寸での所で半身引き下がり片手で弾き飛ばし、

 刹那、鈴果が掌底を防いだほうへと回し蹴りを入れてきた。

「……ッ」

 鈴果の足が完全に上がりきる前に受ける方の肩でガード。

 そして突き放そうと、円も掌底を鈴果の胸元を撃ち出し――

「なッ……!」

 受け流された。

 円と同様、食らう寸での所で――

 だがここで手を止めてしまっては反撃を受けることになる。

 すぐさま鈴果の背中を蹴り、反撃の一手をつぶす。

「くっ……!」

 少し距離が遠い。

 一歩鈴果のほうへ踏み出し、

「ハッ……!」

 掌底――

「――ッ!」

 だがその一歩踏み出す。

 そのモーションロスが、鈴果の反撃の糸口を作った。

 打ち出された円の掌底を、

 手首をつかむことで止め、円のあご下を突き上げ――

 咄嗟に、円はもう片方の腕で止める。

 お互いの息遣いがかすかに当たるほどに顔が近づく。

 歯を食いしばる、険しい面持ちを見せる円と、

 その逆、鈴果は不敵に笑みを浮かべ円の目をまっすぐと見つめてくる。

 鈴果の動きが手に取るようにわかる。それは当然、なぜならば鈴果の動きは円の動きのそれとよく似ているからだ。友里も円の動きを真似ているものの、そこに独自の動きを加えているため円とは違っている。だが、鈴果はそれとは違う。あまりにも忠実で円ならばこう動くというものを行ってくる。

「きみは果たして、恵里衣と向き合えるのかい?」

「なに?」

「恵里衣さえいなければ君の二年半は失われずに済んだんだ。それぐらい自分でもわかってるんだろ? そして君は、恵里衣と会うことでその失われた二年半を埋めようとしている」

「くッ……!」

 知ったようなことを口にしてくる鈴果にますますイラつきが募っていく。

 相手が友里ならば、ここまでにはならないはず。だがその友里がここまで円の心を読み解くことが出来ず、なぜ鈴果に至ってそれがわかるのか。それがなお一層、円の不快感を募らせる。

「けどきみは、そのために恵里衣が苦しむということをまるで分っていない。ただ自分のためだけに、君は恵里衣を探している――ッ!」

 瞬間、鈴果が力を一瞬フッと抜く。

 力んでいた所を突然なので、円も態勢を崩す。

 そして鈴果が今度こそはと、円の鳩尾に掌底を叩き込んできた。

 だが無意識ながらもその崩され際に円は腕を鳩尾と鈴果の間に割り込んでいたことでその掌底を受け止められた。

「……ッ!?」

「――ッ、ハァッ!」

 鈴果の追撃が遅れた。

 円はその隙に鈴果の胸元に掌底を返した。

 その一撃は通る。

 鈍い、

 二つの乳房の間に穿たれた故、胸骨を打つ音。

「グッ!?」

「ゼアアッ!!」

 さらに、押し込むように力をこめ、鈴果を突き放した。

 全体重と、スピリットのエネルギーを伴ったその一撃は鈴果の体を数メートルほどノックバックさせ、大きく体勢を崩させるほどに。

「くっ……はあ、はぁ。

 ……っ」

 そして鈴果が立ち上がろうとした瞬間、銀色の光が鈴果の体から漏れ出し、再び膝をついた。

「さすがに、これを食らったのはやばいか……ッ」

 しくじったなと、苦笑いを浮かべて円のほうを見てくる。

 息も荒くなり、まるでスタミナを完全に使い切ったかのように疲労しているように見える。

 円の、モードチェンジ前の力がこれである。

 相手を倒すのではなく体力を奪い取ることに特化したこの形態。先ほどのように攻撃を当て、銀色の光を散らさせると今の鈴果のように膝をつかさせることが出来る。

 鈴果を倒すならば今が好機か――

 だが、相手がスピリットであると自覚すると、何故かその手が止まる。

「くっ、ふはは……っ。甘いなぁ、円」

「……ッ」

「敵は……倒さないと…………っ」

 すると突然、鈴果は全身の力を抜いたかのように仰向けに倒れ、

 瞬間、すぅーと地面の中に溶けていくように消えていった。

「さっきのは幻覚だったのか……」

 鈴果の、実態をもった幻覚。

 それを利用した分身だったようだ。

 いつのまにか、鈴果によって能力を発動され、幻覚を見せられていたようだ。

 スピリットであるならばそれを自覚するのはたやすい。だが、今に至っては――。

「くそ……っ」

 事に冷静さを欠き、隙を作っていた。

 鈴果の幻覚にさえ、付け込まれるほどに。

 円は呼吸を落ち着かせ、自分にかけられている幻覚を解く。

 鈴果の軽い幻覚程度ならば乱れているエネルギーの流れをニュートラルにさせるだけで解けるはずだ。

「よし……」

 心なしか、幻覚を解いたために円の声も落ち着きを取り戻していた。

 その時になってまた考える。

「僕は、僕のためだけに……」

 円が恵里衣のそばに居られるか。恵里衣が円のそばに居られるか。それを確かめる。そして円は、空白の二年半を埋める。そのために恵里衣を見つけ出す。

 だが、これは円自身が勝手に決めたことだ。思えばこれらに、恵里衣の気持ちを含めていない。鈴果も言っていた、恵里衣も苦しんでいると。

 それは事実。

 恵里衣と円をつなげるあの日の事実を鈴果から告げられた後の恵里衣の表情は覚えている。

 まるで自分の顔を隠す仮面を突然引きはがされたよう、驚いて、怯え、まるで血を抜かれたかのように真っ青になっていた。

 きっと、恵里衣にとってもあの事故は心に刻み込まれ、血肉となって全身をはい回る恐怖の記憶。

 円が恵里衣を見つけ、再び会うことで恵里衣がどんな気持ちになるのか。円の考えには完全にそこが抜けていた。


「それでも、僕は……」




       5




「それはまぁ、ね?」

「…………」

 友里の話をすべて聞き終わった後、志吹は言葉を濁すかのようなリアクションをし、アイスコーヒーを一口。そして「ん~」とうなってさて何と言おうかと考えているようである。

 友里の言っていることが理解できなかったのか、それとも分かってはいるもののそのまま口にすると、友里にとって何か不都合なことがあるのか。

 だがどちらにしても口にしてみればすっきりするものだった。

 なんとなく、それで友里なりの答えを得られた。

 ところで、

「これが若さってやつかな」

「……?」

「まあ、でもまだかわいい方じゃない。それが私みたいな大人なんだった時なんか凄惨だし」

 もう、志吹の言葉を待つまでもない。もはや、答えを言っているようなものだ。

 それは――友里が恵里衣に、そして里桜に抱いていたものとは、いわゆる

「嫉妬……してるんですか? 私は」

 肝心な時、いつも円の隣にいる恵里衣が羨ましい。

 円と同じスピリットである里桜が羨ましい。

 そのくせ、普通の人間で、肝心な時に隣にいることを許されない自分自身が嫌だ。

 スピリットになれないのは何も自分のせいではない。本当にただの人間である友里がどうするということも出来ない、そんな理不尽さも含めて、友里は二人に妬いている。

「ねえ友里ちゃん?」

「……?」

「天ケ瀬君の事、好きなんでしょ」

「…………

 …………

 …………

 …………ッ!?」

 しばらく黙って、志吹の言葉を整理。すると、顔が火を噴いたかように急に熱くなり赤くなった。

「わ、私が……ッ?」

「あら、違うの? 顔真っ赤なのに」

 胸がドキンドキンと高鳴る。

 志吹に顔が赤いと言われそれが尚、恥ずかしさを増させ、自然と膝も閉じてまたしたに両手を合わせて顔を俯かせてしまう。

 自分の膝元が視界に入るが強い緊張で焦点が合ってないためかあちらこちらに視点が散っている。

(私が、円を……?)

 考えればそうなる。

 そうでもなければ、友里が恵里衣や里桜に嫉妬する理由にならない。だが、今までは円を家族の一人のように思ってきた。だから円とはどんな事でも打ち明けあうことも出来た。それほどにまで、友里と円は近いところにいたのだ。好き嫌いなんてもの問題にすらなっていない。と、思っていた。

「で、でも、私――――ッ」

「でもって何よ。好きならそれでいいじゃない」

「~~~~~~~~」

 強引に言葉を抑えられ口を閉ざしてうめき声を漏らす。今まで円を見ていた自分の目が変わりそうで、戸惑ったり恥ずかしくなったり。しかしそんな友里の気も知らないで反応をかわいがってか、おもしろがってか、志吹はクツクツと笑っている。

 志吹も里桜と同じ気質持ちのようだ。

「でも、それが普通なんじゃない?」

「…………」

「例えあなたと天ケ瀬君が幼馴染でも、結局は他人同士。他人の男の子と女の子の関係なんて、好きか嫌いかどっちかでしょ」

「そ、それはそうかも、しれませんけどぉ――」

「じゃあ天ケ瀬君、私が貰っちゃってもいい?」

「…………」

 ちょっといたずらっぽく言ってきた志吹。

「なんかズルいです、志吹さん」

「んん、何が? 私的にも、天ケ瀬君はとても魅力的な人だって思うわ。見た目もそうだけど年よりも大人って感じでしっかりしてるし、そのくせ弄りがいもある。やるときはしっかりやるわよ? 天ケ瀬君が誕生日の日にあなたを助けた時だって、あの日に新しい形態を使えるようになって、強力なビーストだって倒してたんだから」

 その話は、聞いたことがない。そういえばと、この前は青色の光を放っていた。あの時の形態がそれなのだろうか。

「まあ歳の差はあるけど、そんなの、天ケ瀬君をその気にさせればどうとでもなるし」

「………………」

 志吹が冗談でそんなことを言っていることぐらいわかっている。分かってはいるのだが、胸がむかむかとする。

『勝手なことを言うな。

 円があなたなんかに振り向くか。

 あなたが円の事の何を知っている。』

 などと、頭の中でいろいろな志吹に対する罵倒の言葉が飛び交い、そのもやもやに対してさらに嫌気がさした。

 それが表情に出ていたのか、志吹は「やっぱり」と口から漏らし笑みを浮かべる。

「そんな顔するなら、やっぱり好きなんじゃない。月並みの言葉だけど、自分の気持ちに素直になれば?」

「素直に、って」

「ま、それが出来れば苦労しないっか」

「…………」

「私だって出来てるかどうかなんて聞かれたら微妙だし……」

「え……?」

「だからこそわかるのかな。私には友里ちゃんの気持ちが」

 そういい、志吹はコーヒーを飲み干しふぅと一息つく。

「いまいち素直になりきれてないから、たまに辛くなったりするのよね」

 と、ストローで氷をころころと転がしてほんの少し物憂げにその様を眺めている。

 志吹にも、友里が円のことを思うように思う人がいるのだろうか。

「あの、もしかして志吹さんにも――」

「ん?」

 その事を聞こうとしたとき、友里の背後――カフェの出入り口のほうから「隊長!」と志吹の事を呼ぶ声が聞こえた。

 この声は志吹が隊長をする隊の一員である小緑のだ。

「なに?」

「ブリーフィングの時間みたいです。早く行かないと」

「え、もうそんな時間?」

 と、志吹はカフェの時計を見上げる。

 いつのまにか、9時半ちょっと過ぎたぐらいの時刻となっていた。

「あら……」

「だから早く」

「分かったわ」

 と、志吹は立ち上がる。

「じゃあ、私が仕舞ってきます、志吹さん」

「そう? ありがとう、友里ちゃん」

 友里はお盆にごみと二人分のコップを乗せ、それを持って席から立った。

「じゃあ、最後に思ったこと」

 と、友里とすれ違いざまに志吹が一言。


「素直になったら、友達になれないって、それって本当に友達だと思う?」


「…………ッ!」

 そういい、「じゃあまたね」と、志吹は小緑と共にカフェを出ていった。

 しばらくその場で立ち尽くすほどに、この一時間近くの会話よりも心に突き刺さった。



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