Dreamf-16 取り戻せ、笑顔
あの夏の日、
突然強大なビースト――ファントムヘッダーの気配を感じた。
駅前の横断歩道を渡り切ったとき、背後の方からである。
これだけ大きな反応であればIAの防衛軍や他のスピリットたちも気づくはず。だからそれまで抑え込んでおく必要があった。
急いでしまった。
信号はまだ青信号。人の通りも少し少なくなってきている。恵里衣は助走の為に人が少なくなってきた横断歩道を使う。
と、そこで予想外の事が起きた。
車が無い車線。
そこを突っ切ってくる一台のトラックだった。それが恵里衣の方へと突っこんできていた。運転席を見るに、携帯を弄っている様に見える。明らかに前が見えていない。人間では無理そうだが、スピリットである恵里衣ならば躱すのは容易だがこれ以上の被害が広がるのは、良くない。
恵里衣は間合いを図り、パンクさせるなりして気づかせるべきか。
混乱も起こさせないように、周りには見えないように。
今、恵里衣は光刃を放つ構えを取り、切る――
「え……っ?」
ところで、恵里衣の体勢が崩された。あらぬ方向から突き飛ばされた。
突き飛ばしたのは、恵里衣よりも歳が三つ上に離れている少年――
(な、何で……?)
普通じゃない。
この少年は、異常だ。この状況では考える事などできない。きっと考えるよりも先に反射的に動いてしまったはずだ。
だから、普通じゃない。命を捨てるなど――
「……ッ!?」
自分を突き飛ばした彼に手を伸ばすが届かない。
大きな衝撃音と共に、恵里衣の視界から少年の姿が消え、気づけば彼の体は数十メートルも引きずられた後に上と下が皮一枚と腸で繋がってかろうじて人間の姿をしている少年の凄惨な姿が車道脇に投げ出され、トラックも血でタイヤがスリップし、ガードレールに激突していた。
「……っ。円……? 円……」
そう彼の名前を何度も呼びながらふらふらと近づいて行く少女が一人。
(私を突き飛ばしたあの人の彼女?)
と、ふと自覚した。
(突き飛ばした……ッ? 違う――ッ)
たとえ何もされなかった結果がどうあれ、恵里衣は助けられた。
人間に。それも命を捨てて。
「あ……」
すべて自覚し、恵里衣は頭を抑えながらもう一度、少年の方をみる。野次馬も集まりだしその中心に、命持っていたはずの少年とその連れの少女。
少女の方は少年の前に膝をついてへたれこんで呆けたように、魂が抜けたように少年を無表情で眺めながら無機質に声を漏らして涙を流し続けている。
そう、これは、避けられた。
避けられる悲劇を、恵里衣は――
「あっ……ッ、ぅあっ……」
頭を抱えながら立ち上がって半狂乱になりそうになり、
気づけば野次馬をかき分けながらその場から逃げ出していた。
逃げ出した所は人気のない裏路地。
ビーストの気配はまだあるが、恵里衣の精神はそれどころじゃない。
「はぁ、はぁ……ッ、何で、何で何で何で――ッ!!」
今ようやく心にたまっていたものを吐き出せた。
頭を抱え首を横に何度も振り、あの少年が何であんな事をしたのか考えていた。
深く考えて、理解して、納得させることで救われると思っていた。
だが結局、たどり着くのは「目の前の女の子を助けるため」と言う理由。それ以外、それ以上のことが思いつかない。故に怖かった。決してこの闇は消せないと言うことが。
「うっ、ぐぅッ――!」
恐怖に嗚咽を漏らし身を屈め、精神的な逃避――
「逃げるなよ」
「――ッ!」
周囲は暗闇、恵里衣の手首を掴み、引っ張り上げる、人の手。
見上げた視線、見下げてくる視線が合わさる。
恵里衣は、その少年を知っている。
「円――ッ!」
「逃げるなよ、君がやったんだろ」
見ると、彼の腹からはドボドボと血が垂れ流され、内臓が腹からはみ出してきていた。
彼は、血塗れの姿。
恵里衣が、したのだ。
すると、円は恵里衣の手を自分の腹に押しつけ、掴ませる。臓を。
「――――ッ!」
いったいこれは、本当に円か。
だがそれ以上思考できなかった。お前は誰だと、問うことすらも出来なかった。
「よく見ろよ!」
「ひッ――!」
恵里衣の手を上げさせ、
恵里衣に自分の腸を引きずり出させ、これ見よと恵里衣の眼前へと――。
「――ッ!」
つい、恵里衣はその自分の手に持ったモノを握り潰してしまった。
ビヂッと、太い管を引きちぎる音も交じり、円の体は膝から崩れ落ちる。
瞬間に広がる血の池。
「ヒッ――!」
瞬間、目を見開いた恵里衣は――
「――ッ!!」
目を覚ました。
円やSSCのメンバーには悟られないように気配を隠している恵里衣は、どことも知れない廃棄された施設の中で眠っていた。
ビーストやファントムヘッダーは何度も出現し、そのたびに円やカイトの力の気配を感じてはいる。だが助けにはいかない。
そんな日々をここで暮らして、ずっとこんな悪夢にたたき起こされる。
苦しめと言うわけか。恵里衣の罪は決して許されないと言うわけか。
それでも――
恵里衣は腕で自分の目元を隠し、
「助けて……ッ。誰か、助けて……ッ!」
子供のようにすすり泣く。
――あれから、何日経ったのだろうか。




