Dreamf-14 皇、再臨(B)
7
ビーストの出現以外、少し楽しかった初日から一夜あけて、明朝5時半。
円にとって久々の空以外で、しかもゆっくりできる朝であった。真夏にしては珍しく涼しい。海が近いからなのだろうか。
「ん……っ」
円は旅館の出入り口の前で一回伸びて朝日を浴び、
「ちょっと軽く走りたいな」
と、独り言。
ちょうど、円はスポーツウェアで寝ていたのでこのまますぐ走り込みだって出来る。そのとき、背後のドアが開いた。誰かが円と同じように外に出てきたのかと、
「あ、天ヶ瀬君じゃん」
「ん、なんだ、友里に里桜ちゃんか」
「なにやってんのよ、こんなところで。まさか友里待ちだった?」
「いや、久しぶりに地上での朝だから伸びてただけだよ」
と、円。そのとき気づいた。
「なにその格好。動きやすそうな格好して」
「見て分からない? スポーツウェアよ」
「うん、そうだね」
見て分かる事を言われた。
「ちょっと走ってこようかなって思って」
「へえ」
円が聞きたい事に答えてくれたのは友里であった。
「何で?」
「まあ、走り込みは日常だし。それにほら、やっとかないと体がダレちゃいそうで嫌だしさ」
「なるほど」
どうやら、円がいない間も友里は毎日朝の走り込みをしていたようだ。そこはさすがスポーツマンと言うべきか。
「あ、なんなら一緒に走る? 私たちと」
「えっ?」
冗談なのか本気なのか、里桜は円のほうに一歩歩み寄り、顔を近づけて言った。
「なっ!? ちょっと里桜!」
「うわっ」
咄嗟に友里に引き戻された里桜はくるっと体を友里のほうに向けさせられ、
「どうしたのよ、もしかして妬いた?」
「妬いてない! ってか、そんなのいきなり誘ったら迷惑でしょう」
会話が丸聞こえである。
「いいよ、別に。迷惑じゃないし」
友里と里桜二人に答えるような形で口を挟んだ。
「え、でも……」
「ちょうど、走ろうかなって思ってたところだしさ。丁度いいさ」
「そう? じゃあ……」
円が良いというのに、友里は少々迷っている様子。
なんとなく理由は察することは出来るが口にしはしない円。
「ほら友里、天ヶ瀬君もああ言ってるんだし。いいじゃん」
「……まあ、そうだね。一緒に走ろっか、円」
里桜に押される形でうなずいた友里。
「じゃあスタート!」
「あ、先行くなー!」
と、急にスタートダッシュを切り出した里桜。
置いてけぼりを喰らいそうになった友里は先々進んでいく里桜を追いかけて行った。
「はぁ……」
やれやれと苦笑い混じりに溜め息を吐いた円。
「っし」
そして友里たちの背中を追いかけるため、走り出した。
8
途中、ベンチで座って休憩をとる三人。研究所の敷地から出るまでと言ったが、あまりにも広すぎてまだ出られていない様。
里桜は近くのコンビニまでスポーツドリンクを買ってくると言って今この場にはいない。
「ねえ円?」
「ん?」
「楽過ぎるなら先行ってもいいんだよ?」
確かに、少し楽ではあると思っている。
汗を流している里桜や友里とは違って、円は汗一つもかかず涼しい顔をしていた。そもそも夏の暑さ自体そこまで暑いとは思えないのだ。スピリットなので。
「いや、そのつもりで一緒に走ろうかなって思ったんだし」
「そう」
自分に申し訳ないと思っている友里にすかさずフォローする円。
「こうして朝走って休憩中にベンチ座るのって、たぶん久しぶりだよな、僕たち」
「そうだね」
「最後に走ったのっていつだっけ?」
「夏休み前だった……気がする」
「…………」
その時、しまったと、円は思った。
夏休み前と言えばおそらく遊園地の約束をした時だった気がする。
そしてその約束の日に、円は人間として死んだ。現場には間違いなく友里もいた。自分の死にざまは知らないが、聞いた話、トラックに轢かれたという事なので凄惨なものだったに違いない。
「わ、悪い。あの時の事、思い出した?」
「うん」
「……」
「別に、もう慣れたし。円の事、色んな人からよく聞かれてたから」
「そ、そうなんだ」
なんとデリカシーの無い連中なのだろうか。人の死に目をそんなに思い出させることでも無いだろうに。最も、それを今思い出させた円も言えた義理ではないが。
「私も聞きたい事がある、円」
「ん?」
何を聞くのか。
股を締めて何か意を決したかのような様子を見せて、円のほう横目で見やってきた友里。
「円って、私のこと、どう思ってるの?」
「え?」
「私は、円にとって何?」
「僕にとっての友里ってそりゃ、幼馴染?」
「……それだけ?」
「それだけ、って別にいいだろ」
「……そう」
円にとって友里とは何なのかと問われたらそれはもはや言葉には足らず。どこからどこまでを友里自身で、どこからが円にとっての友里なのか境が分からない。なので普段は友里は円にとって何かと問われたら短く「幼馴染」と答えている。
その意味は友里も分かっているはずだが、その当の友里本人は円の答えを聞いて意気消沈している様子。
フォローしなければいけない、と、円は一つ小さく溜め息を吐き、
「なあ、友里?」
「ん?」
と、円はベンチに片手をついて友里に顔を近づけ、
「今更僕が友里の事をあれやこれやって言えるって思うか?」
「何よ、あれやこれやって」
「例えば、んん、友里はかわいい女の子だとか」
「か、かわいい!?」
「それとか、友里は力が強いとか?」
「あ、あなたねえ!」
「まあ、いろんな事知ってる訳だよ」
「一つもロクなものが無いじゃない」
「例えだって」
フォローしたはずなのに友里は頬を小さく膨らませて一層ふて腐れた。やはり、こう言うのは得意じゃない。女子に対するフォロー、鷹居にもう少し聞いておけば良かったと少し後悔している。
「私は、円の事、いろんな風に言ったんだよ?」
「へえ、どんな風に?」
「え、そりゃさ――」
思いも寄らない事でも聞いたのか、友里はしばらく考える。
頭をぽんぽんと叩いたり、胸の前で腕を組んだりーー
それが数十秒。
「円は優しいとか、円はかっこいいとか」
「たいして変わんねえ……」
「もううるさい!!」
途中で口を挟まれて憤慨した友里はドンッと円を押し倒しにきた。
「おっ……」
「えっ――」
反射的にかわしてしまった円。
そのせいで押し相撲で空振りをしたように体重を乗せて押し倒しにきた友里の体が円の方へと倒れかかってきた。
ものなので、円は咄嗟に友里の体を受けとめた。
「んむっ」
受けとめられて軽く顔面を円の胸に打った友里の呻き声。
数秒、そのままで止まっていた。
「大丈夫か? 友里」
「んん~~」
それが呼びかけに対する応じなのだろう。
駄々をこねるように円の胸をドンドンと叩いてくる。
「もう、なんだよ」
「円のばーか」
「え?」
何か言われた気がした。ばーかと言われたのだろうか。
すると友里は円の胸から顔を離して今度は円の顔を見上げてにらみつけてきた。
まるで威嚇してくる小動物のような目と表情だ。
妙に不機嫌だが、何かあったのだろうか。
どうやらつい先ほどまでの円の態度以前に何か理由がありそうだ。
「お待たせー。スポドリ買ってきた――」
そのとき、コンビニのある方からビニール袋に入れたスポーツドリンク三本を持ってきた里桜が。
だが何を思ったのか、里桜はこちらに来る手前で立ち止まってじっと円と友里を眺めていた。
「あぁ――続きどうぞ?」
「え……あ」
数秒考えて察した。
若い男と女が顔を近づけている。傍からこれはどう目に映るのだろうか。
「あ、里桜――」
「いや、いいって。私はほら、観客だから――っ」
見届けるつもりのようだ。
「違うから! 違うから!」
そして「もうっ!」と友里は円の強く突き飛ばした。
今度は先ほどのようにかわすことも出来ず、そのまま吹っ飛ばされた円か。
「ぐあっ」
ベンチから落ちて体を地面に打った。
「ああ、もう。すぐこれだ」
何も悪いことをしていないのに痛い目に遭うのは、今に始まったことではない。故に、円は自分の小さな不運に嘆息した。
9
それから里桜への誤解を解かすこと数分。
円も友里も一体、里桜へどんな事を言い聞かせたのか覚えてすら居なかった。よっぽどむちゃくちゃな事でも言ったのだろうか、再会したランニングの最中でも里桜は二人とほんの少し距離を離していた。
もうすぐ朝食の時間となった頃、旅館に戻ってきた三人。
朝から汗を流したものなので、大浴場へと浸かりに行くところであった。
「あ、そうだ天ヶ瀬君」
「んん?」
「混浴あるけど来る?」
と言う里桜。
「は?」
ちょっと何を言っているのかわからなかった。
「――ッ、里桜!!」
円とは違って友里は里桜の言葉の意味をくみ取ったものなので、顔を赤くして今まさに掴みかからんが如く声を荒げた。
「冗談冗談」
「もぉ~っ」
予想以上の強い反応に苦笑いを浮かべて即座に混浴行きを否定した里桜。からかわれた友里は頬を膨らませて、里桜を睨みつけた。
「じゃあ、私先にお風呂入ってるから。あ、沙希ちゃんも誘ってくるから!」
と、里桜はタッタと逃げるように立ち去っていった。
「私ばっかりからかってぇ」
「かわいがられてるな」
「まるで昔の円みたい」
「へえ」
「私の事、すぐいじめてたし」
「あれはちょっとからかってただけじゃないか」
「お化け屋敷嫌だって言ってるのに連れ回してたし」
「だって友里面白いから」
「そう言うところ! 自分だってジェットコースター乗れないくせにさ」
「うっ……」
遊園地の話になると、円は友里に勝てない。
幽霊の類が嫌いな友里をからかうためにたまにお化け屋敷に連れ回していたかつての円。
それにやり返すように友里は絶叫マシンが大の苦手な円をそこら中のジェットコースターに連れ回していた。
友里をからかっていて面白いという話になったら最後。友里は円に対してジェットコースターやフリーフォールなどといったものが乗れない意気地なしの癖にと言い返してくる。
そしてその後どれだけ抵抗しようとその一点で押し通されて言い負かされてしまうのだ。
「ま、まあ、そうだっけ?」
「うん」
「苦手なものは、ひ、人それぞれだし」
「…………」
なぜ里桜の魔手から守ってくれなかったのかと反抗の目を円の方へと向けてくる友里。
気まずくなってそろりそろりと友里から離れていく円。ここは逃げるがいいのだ。当分友里のご機嫌斜めの攻撃を受ける事になるのだ。逃げても誰も文句は言うまい。
「円、どこ行くの?」
「あ、いや、僕も朝風呂浴びようかなって」
「…………」
「…………」
その視線が、円を逃がさないとーー話はまだ終わっていないと言っているようで、円もその視線に当てられて足が動かせないでいた。
「すいません、嘘です」
「んん~~」
「ゆ、友里さん……?」
「…………。
ふん、もういい。円のばか」
今日は始まったばかりなのにもう何回目だろうか、友里にばかと言われたのは。
今日はことあるごとに友里の琴線にふれているようだ。
気をつけなければならない日である。
ぷいっと頬を膨らませてそっぽを向いてしまった友里にかけてやる言葉はない。むしろ口を開ければ本当に口げんかに発展しかねない。
友里は大股に円の横を通り過ぎていき――
そして円から数歩ほど離れたところで、立ち止まった。
「友里?」
「そういえばさ……」
「ん?」
ある程度、冷静さを取り戻したようで、友里の声色は先ほどとは違っていつも通りの物静かで柔らかい感じ戻っていた。
「昨日、彼女に会った」
「彼女?」
「香々美……」
「……ッ!」
「香々美鈴果って言う、あの子に」
「何……ッ!?」
思わず足が動いた円。
友里の肩を掴んでこちらへと振り向かせた。
「――ッ!?」
「ホントか、それは!?」
「う、うん……」
「どこで!」
「す、すぐそこの林道で」
「じゃあ近くにいるんだな」
「多分……」
「くそッ」
すぐさま円は出入り口の方へと翻って駆けだし――
「ねえ! 何かあるの?」
「あいつはヤバいんだよ!」
「ヤバいって? 人殺しとか?」
「もう何人も殺られてる! すぐに警戒を呼びかけないと!」
「え、ちょっと!!」
一秒だって惜しい。
円は旅館から飛び出して行った。向かうは、研究施設。すぐさま鈴果の霊周波を見つけてもらわねばならなかった。
SSCのほかのメンバーにはその後すぐに話は通るだろう。
「まだ、話あるって……」
当然、円には一人取り残された友里が最後につぶやいた言葉など聞こえていなかった。
10
「さあ始めようか、円。早く目覚めさせなよ?」
一人、外に飛び出した円を陰から見送った鈴果。
ここまで計算通り。少々時間はかかったが、思い通りの形となった。
鈴果は幻銃アルタイルを取り出し、上空へと銃口を向け、
そして引き金を引いた。
銃口から射出されたのは、黒弾。
それは遙か上空まで飛んで空の中へと消えた――
――瞬間、
11
「……ッ!?」
突然、円の周囲に靄が立ちこめ目の前に集まっていく。
感じる。それはたしかに、意志を――明確な殺意を持って、円の前に立つ――
「ビースト……ッ!」
靄が怪獣――ビーストの姿となった。
全身が海草のような濃い緑で水蒸気を発し、見た目は魚の様な顔に片手はノコギリザメの鼻、もう片方の手はカニのような巨大な鋏となっている。
ウシガエルに似た鳴き声を発して円に威嚇してくる。
魚のような光のない目、表情の無い顔。
それでも尚、殺意はたしかにあった。
「また境域が無いのにか!」
昨日と同じだ。
境域が発動していない。
また、今日は周りに居酒屋や建物がちらほらと見受けられる場所である。どれほどの被害が出るものか。幸いなのは住居が見あたらない事ぐらいか。
攻撃は極力かわさず、しっかりと弾き飛ばすなりして捌いて被害を押さえる。
もうじき周囲に避難勧告が起きるだろう。
出来ればその前に戦いを終わらせる。
「――ッ、
オオオォッ――!
ハアッ!」
頭上に青い光を出現させ、纏う。
ノーブルモードへと形態変化した円。
見たところ、新種のビーストのようだ。境域が発現しているのであれば、性質を見極める余裕も見いだせるのだが、今回もそうは行かない。
周囲を見渡す。
武器になりそうな物はないのかと。
速攻型のノーブルモードでは例え多連撃を加えたところで並のビーストが相手でもまともなダメージが加えられない。
「あっ」
建設工事に用いるコーン、
そしてトラ棒。
(あれなら……ッ)
その時、ビーストが円へ超高圧水流ブレスを吐き出してきた。
「――ッ!」
その攻撃をかわさない。
両腕をクロス、さらに青い光のシールドを出現させて受けとめる。
「アゥッ、クソッ……!」
シールドの耐久、ガードの性能そのものは問題ない。
だが問題はそこではなく、ガードした際の衝撃によるダメージが少々大きい。完全に殺し切れていないのだ。
「ウウォオラアッ!!」
かろうじて、被害が間違いなく出るはずのない近くの地面に向けて軌道をずらす事ぐらいである。
敵が次の手を打つ前に、先手を取らねばいけない。
「――ッ」
すぐさま駆ける。
その速度はもはや空間を飛び越えているのかと思うほどに速く、
ビーストの懐へ――。
その瞬間、ビーストは円の首を腕の大きな鋏で切りとばそうと伸ばしてきた。
もし思いついた瞬間に武器を取りに行こうならば手に取る前に反撃を受けるかもしれない。
想像以上の反応速度を持っているようだ。
が、ノーブルモードならば――
「……ッ――」
躱せる。
体を傾けて突き出された鋏を躱す。
だがその方に今度は鋸による斬撃が振るわれてきた。
「――ハッ」
だがその斬撃をもかわせるのがノーブルモードの強さ。
速攻型の形態ならではの強みである。
身をほんの少し屈めてギリギリのところで躱す。
そしてビーストの脇をつかみ取って、体を真っ直ぐに伸ばさせ、
膝裏を蹴って体勢を崩させる。
そうしてビーストか一歩離れる。
円の拘束からは説かれたが体勢は崩れたまま。
だが追撃を受けまいと、ビーストは鋸の腕を振り回す。
それこそ、円の狙い。
「ハッ――」
高く飛び上がり、
ビーストの頭上を飛び越えて目標であるコーンバーのところまで――
それをつかみ取り、
「――ッ」
二つにへし折って両手に持った。
すると、両手に持たれたコーンバーが円の発する物と同じ青い光を発し、その形をノーブルドライバーへと変えた。
そして今ようやく体勢を立て直せたビーストは、離れた距離にいる円へむけてまた、超高圧水流ブレスを吐き出してきた。
「ゼアアッ!」
一直線であるが故、そのブレスは軌道が見える。
そのブレスへ向けてノーブルドライバーを穿った。
穿撃とブレスが激突――
瞬間、ブレスが弾け飛び飛沫となって霧散した。
「――ッ!」
たたみかける。
地を蹴り、すぐさまビーストの懐へ。
ノーブルドライバーの攻撃をたたき込んでいけば例え敵がどんな性質を持っていようと弱まらせて優位に立ち回れる。
考える。
手数を稼ぎ、
敵を穿ち、
その中で思考する。
「ハァアアアアッ――――!」
青い一閃は無数に描かれる。
しかし、穿つ手は一つにしか見えない。
それが、ビーストの視点。
一閃の数だけ、円はビーストを穿っているのだ。
故に、その閃光の数だけビーストの体に青色の波紋が打たれ、
衝撃音が響く。
反撃の暇すらも与えない。海流の如く敵を穿ち、連撃の激流に飲み込む。
「ウォォオリャァアッ!!」
最後に数十発程度を1コンマ数秒で打ち込み、数歩分後ろへ下がる。
「――ッ、
ハァ……ッ」
両手に持つノーブルドライバー一対のピストンが引っ込み、青い光が集約した。
一瞬の隙、ビーストは円へと駆け寄る。
だが、エネルギーのチャージが終わっていない。
そのうちに、ビーストは攻撃範囲内に円をとらえ――
同時、ノーブルドライバーに集約していた青い光がトンファーに引き込まれるように消失。
ビーストが鋏の腕を突きだし、もう片方の鋸の腕を振るう。
それこそ好機。
「――――ッ」
鋸の腕を一方のトンファーで穿つ。
すると、引き込んでいたピストンが撃ち出され、鋸と撃突。
瞬間、ため込まれていた青い光が水面を弾いたような波紋の様になって、
ビーストの鋸の腕を砕いた。
「オリャァアアッ!!」
次撃、
もう片方のトンファーでビーストの腹部を穿つ。
初撃と同様に、ピストンが撃ち出され波紋状の青い光が――
そして、ビーストの腹を抉り飛ばして孔を穿った。
「ハアアアッ!!」
そこからさらにわき腹までを削り飛ばし、トンファーを振り切った。
波紋状の青い光によってすでに腹部の形成がボロボロであったためかノーブルモードの力量でも可能であった。
数歩前進しながらであるため自ずとビーストと背中合わせに――
「――――ッ!?」
瞬間、ぞわっと背中を寒気が撫でる。
振り向く――
「ぐあっ!」
ビーストに、首根を腕の鋏で掴まれた。
咄嗟に首と鋏の刃の間にノーブルドライバーを差し込んだことで断首される事はなかった。
「くそっ、何で!?」
たしかに、ビーストの腹を穿った。
手応えもあったはずである。
状況を見る前にまずこの状況をどうにかせねばならない。
「クッ……ゥォオオオオッー――!!」
ノーブルドライバーに必要以上のエネルギーをため込ませる。
青い光が徐々にノーブルドライバーへと――
そして、
必要以上にエネルギーをため込んだノーブルドライバーに、バキンッとヒビが入った。
そして――
「デァアアッ!!」
暴発――爆発した。
顔面に衝撃に備えるためのシールドも同時に張っていため、ダメージは無い。
むしろ爆発を受けた、ビーストの腕が巻き込まれて吹き飛んでしまったようである。
痛み故、悲鳴を上げて数歩ほど引き下がるビースト。
円も追撃などはせず引き下がって距離をあける。
ノーブルドライバー無しでは押し通すことも出来ない。
それよりも、ビーストの様子だ。
見たところ先ほど穿った孔は無いようだ。
どころか、砕いたはずの鋸の腕も戻っている。
グローハンマーと同じく再生能力を持っているのか。
だがそれならばノーブルドライバーの力の影響で打ち消せているはずだが、あれ以上の再生能力という訳か。
もう一度ノーブルドライバーで特性を打ち消す必要があるか。
「――ッ!」
そのとき、ビーストが動いた。
口に力をため込むような動作をし始め――
「ハッ!」
ブレスが撃ち出される前に、
手を地面と水平に切り、青い光刃を撃った。
威力は低いにしても、ビーストを怯ませるには充分。
光刃はビーストの鋏がある腕を斬断ーー
その瞬間、ため込んでいた力も霧散してしまったようで悲鳴を上げてもがいた。
「なっ――!?」
断ち切れていない。
たしかに、ビーストの腕を切り落としたはず。
光刃は彼方へと飛んでいったはずだった。
よく見たら、その斬断したはずの部位がぐじゅぐじゅと、まるで水たまりが乱れるように歪んで見える。
「まさか――ッ?!」
刹那、その鋏の腕をつきだしてきてそこから電撃が撃ち出された。
「くっ!」
シールドを張る。
だが先ほどよりも小さい。
反応がほんの少し遅れた為だ。
ビーストも何とか当てようと軌道をそらすもそれにあわせて円もシールドの位置をずらす。
シールドにエネルギーを当てて拡充する――
「円!!」
「――ッ!?」
そのとき、突然自分を呼ぶ、友里の声が。
目を向けるとたしかに、友里がそこにいた。
「何で――ッ!?」
意識がはずれた。
その刹那とも言える隙を逃すことなく、ビーストは電撃を一瞬止める。
手の感覚がなくなったので戸惑う円。
意識がビーストの方へと戻り、
気づけば超高圧水流ブレスに穿たれ――
「――ッ!!!」
パワーと共に純粋な防御力さえも捨てられるノーブルモード。
故に必然、
「グッ、アァァアッ!!」
水流をギリギリと受け流せたとしても、円が受けるダメージはあまりにも大きくなる。
衝撃に吹っ飛ばされ、地に倒される。
「あっ……うぐッ!」
立ち上がろうとしたとき、攻撃を受けた肩にビシッとした痛みが走る。
見ると、
抉られ、そこから血をたれ流すように銀色の光が漏れ出していた。
傷を押さえる円。
耐久力が低くなっていようとも、円の肌に傷を付けるほどのブレス。
もしやと思ったそのとき、ビーストの体からほんの少し漏れ出している。
それは、どの色とも言えない混沌とした色の光。
それは、全ての悪意の元凶。
それは、光と相反する闇――
――その名は、
「ファントムヘッダー……ッ!」
今戦っているのは、ただビーストではないと、思い至った。
ノーブルドライバーの力が通りづらい理由もうなずける。
そしておそらくこのビーストの体は固体で生成されていない。液体なのだ。手応えがあるものだと思ったのも当然の事。円は液体の水面を殴っていたのだから。殴れるだけで無意味であるが。
その特異な体質と、強力な再生能力。
人間を襲う程度ならばビーストを量産すればいい。
一体のみかつ、自身がとりついて出現した理由――
どう捉えてもまるで円をピンポイントで狙いに来たようにしか思えない。
敵が液体であるというのならば打撃で動きは止められても基本的にはノーダメージ。
蒸発させるしかない。
だがそれはそれでもう一つ問題点がある。今相対しているビーストの質量がどれほどの物かはわからないが完全に蒸発させるとなればそれ相応の熱を要する。
しかも再生持ちというのであれば、「完全に蒸発」というものの後ろで一撃でというものがつくこととなる。
熱光線を打ち出すストレンジブレイズウェーブが妥当であろうが周囲に被害が及ばない三割以上のパワーを出さなければならなくなる。
被害が出る場合一体どれほどの大きな物となるのか、想像できない。
だがどちらにしてもこのままノーブルモードでいていいはずもない。
隙を作って、ストレンジモードへと変化しなければ。
ビーストはさらに追撃を加えようと鳴き声を発しながら腕の鋏に電気をため込む。
「円!!」
「来んな!!」
今まさに足を踏みださんとする友里を大声で、
いつも以上にキツイ声色と口調で友里を制する。
人間が巻き添えを食えば間違いなく助からない。
今度は先ほどよりもため込む量が多いようである。
例えシールドを張って直撃は防げたとしてもダメージは必至。
それも踏まえて戦策を頭の中に組み上げる。
瞬間、放たれた、
見立て通り、先ほど撃ってきた雷撃とは違う。
それは空から降り落ちる稲妻のように巨大、
光と同等の速さ――
「ハッ!!」
放たれる物と同時に円は両手をクロスさせて前方に円盤状の青色のシールドを出現させる。
「グッ……ウゥ、アッ!!」
直撃せずとも、シールドが受けた衝撃が円の両腕を響かせる。
だがノーブルモードでは踏ん張りきれない。
思った通りではある。このぶつかり合いはもはや根比べ。
ため込まれた雷撃が尽きるか円が力つきるか――
そのとき、円の体に脈打つ心臓の鼓動の様に光の波紋が走り始めた。
つまり――
(まずい……ッ!)
エネルギーが尽きる――。




