Dreamf-13 海と水着と古代の贈り物(B)
6
「ねえ、じゃんけんしない? あなたたち」
「へえ?」
昼過ぎになろうとする頃、先ほどまでビーチバレーをしていた女子陣達が本木や鷹居、円の下へと近寄ってきて志吹がそんな事を言いだした。
突然何を言い出すのかと思ったら「じゃんけんしよう」なものなので、声を漏らした鷹居の他二人も首を傾げる。
「何のためです?」
「ほら、もうお昼過ぎだしお腹空くじゃない?」
「いや別に?」
「私たちがお腹空いたのよ」
円が首を横に振ったのに、志吹のそんな即答。どうやら男性陣の都合は考えられていないようで、
「ってことは、これはいわゆる買い出しじゃんけんって奴か」
話しの流れからは容易に察することが出来た所で本木が答えを口にすると、志吹が満面の笑みを浮かべて頷く。ようやく察してくれたかと満足してくれたようだ。
「おい待て、やるとは言っていないぞ!?」
「何よ大吾、こんな大人数の持ち物を女の子だけで持って来いって言うの?」
「俺達も入れるな」
「さあやるわよー! 出さないもんが負ーけ!」
本木の抗議など聞いておらず、しかも志吹のじゃんけんの掛け声に釣られてつい手を出してしまった三人。
「パッ――!?」
良くも見事に一人負けしたものだった――円が。
「という訳で、円君?」
「いやいやいや、九人ってさすがに手が足りないですって!」
「そう? じゃああと二人いればいい?」
「まあ……」
そもそも円は間違いなく巻き込まれなのでこんな取り決め早々に反故にして逃げ出せばいいのだが、その発想が何故かわかなかった。
気づけば完全に志吹のペースである。
「しょうがないな、円は。私も行くから」
「ゆ、友里ぃ」
こういう時、真っ先に名乗りを上げてくれる友里には感謝しきれない。
「じゃあ、私も……」
と、手をあげたのは恵里衣であった。さすがに一人慣れない人たちの所に残るというのは恵里衣でも嫌だったのだろうか。
だがこれで、欲しい人数はそろった。
「じゃあ三人ともお願いね」
「何買ってこればいいですか?」
「そうね、友里ちゃんたちが好きなように買ってきなさい。ミネラルとか塩分をしっかりと摂取できるものも買ってくるのよ」
「はーい」
と、友里一人が返事。
買い出しに乗り気ではないスピリット二人は首を傾げるなり、頭を掻くなり――
「ほら、早く行こうよ二人ともっ」
そんな二人の手を掴み、友里は二人引いて行く。
7
「なんだろうな、本木キャップ。俺は時々、円をうらやましく思うんだ」
「何でだ?」
鷹居は円ら三人の背中を見つめながら口にした。
「何であいつはあんなにモテるんだろうってな」
「お前は彼女持ちだろ。羨ましがられるほうのはずだ」
「あいつから貰える愛は唯一だが、やっぱり男として女からはモテたいんだよ」
「そうなのか」
「なあ、あいつはなんなんだ」
「主人公だろ」
「なんのだよ」
よくある、アニメやマンガの主人公は必然的に異性にモテるものなのだと。本木も、円からはそんな雰囲気があるように見える時がある、と、雲川に言われたのを今思い出した本木。
園宮友里に引かれて海岸から出て行く円の背中を見る内、これは異様な光景であると思えた。
ーー園宮友里。
彼女は自分たちとも、ましてや幼なじみである円とも完全に違う別世界に生きる少女。
そんな少女が、恵里衣と円の手を引いて行っている。異常なことなのだ。円と恵里衣は人間ではなく、スピリットーー世俗的に言う、「光の戦士」なのだから。
ただ園宮友里が一般の少女と違うのは、人並み以上に知りすぎているという事。
死んだ幼なじみが生き返ってきた事は円がSSCに入った頃よりも前に知り、そのときにスピリットという超人の存在、ビーストという異形の存在も知った。
円が軍に入ってビーストと戦っている事は、バレンタインの頃に知ったらしい。
なぜか、円の起こした大きな行動のほとんどを、園宮友里は知っていた。当然、円が自分で漏らしたという訳ではない。天ヶ瀬円と園宮友里は、幼なじみという以外に何か縁のようなものがあるのかもしれない。
円が隠そうとしている事も、隠しきれないちょっとした変化を読みとりそして彼について行く。
だが、知ったからと言ってそれをネットに流すなりマスコミにたれ込みをしたりするようなことはしていない。もしそんな人間ならば、ビーストが一度だけ大衆の前に出ただけでも連日ニュースになった世間だ。地上の大騒ぎも尋常ではなくなる上、そのせいで今頃自分たちはこんな所で遊んでいる場合ではない。現に彼女の友人である鈴木里桜には円の事情を話したりはしていないようだ。
「ま、あれも一つの答えか」
「何? 大吾」
「いや、あの三人を見ると、案外俺たちはうまくやっていけているのかもなって思えてな」
「そうね。あんな元気な円君、始めてみたかも。それよりも、大吾?」
「ん?」
「どーお? 私の水着は」
と、志吹は本木の前ですこし自分の胸元を強調するように胸を張ったポーズを誇らしげにしてくる。
「どうって」
「似合ってるかに決まってるじゃない」
「似合ってるぞ」
「心込めて」
「どうしろと……」
せっかくほめたのに志吹はむっとした表情で本木を睨んでくる。満足ではなさそうである。
「かく言うおまえさんこそ、その主人公っぽいぞ」
鷹居には、志吹の気持ちが何となく分かった。
7
三人とも、海岸に置いていたウィンドブレーカーや薄いパーカーを着て科技研の敷地内にあるスーパーを利用して買い物を済ませた。円がSSCの隊員である事もあってか職員割引も効いて、九人分の食材費も思っていた以上に安く済んだ。
恵里衣と友里の分が二人分なので、正確には十一人分であるが。
「二人とも、好きな物しか買ってないだろ。バテるぞ?」
「こんな程度の暑さでバテないわよ、私は」
答えるのは恵里衣。
確かにスピリットである故、環境変化には強くなっている。感覚としては春夏秋冬と巡る四季も、春と秋が繰り返しているようで、今日のような猛暑日でもちょっと暖かい春程度にしか感じない。
「君はそうでも、友里は――」
「私もこんな暑さじゃバテませんよー」
円、心中で了承する。
熱中症で倒れても助けてやらないぞ、と。
スーパーから海岸までは結構な距離がある。アイスを買ったら氷も一緒に袋に入れておかなければ溶けてしまうかもしれないぐらいには。必然、九人分のデザートを纏めた袋には大量の氷が敷き詰められ重量も重くなる。そういった重荷物を持つのは、円の仕事であった。後は恵里衣と友里で二人分ずつの荷物をもち、円は残り五人分の荷物を持つ。重くはないが、両手が塞がるので持ち歩きづらい。
友里と恵里衣が円の前を歩きながらしゃべっているのを眺めていると、二人を呼んでおいて正解だったようだ。
敷地をぬけ、海岸まではもう少しの所。
「うわあ、見てよ円」
「ん?」
友里が指さす方向は海。その向こうに、確かに見える。
「あれ蜃気楼じゃない?」
「ああ、そうだね」
熱気や冷気による光の屈折によって空中や地平線近くに遠くの景色が見える現象であるそれが。
見えるのは海岸の向こうにある大陸か、離れ小島か。
蜃気楼が見えるという事は海面温度が低いという訳だが、円自身、今日の海に入ってみてそういった感じはなかった。
出かけている内に下がったのか――。
東京では滅多に見ることもないので、珍しい物に目を奪われた友里は蜃気楼を眺めていた。
「ねえ円」
「ん?」
今度は恵里衣が円を呼び、パーカーの服をくいくいと引っ張ってくる。
「何だ?」
「アイス溶けるから早く戻りたい」
「あ、ああ。そうだね」
円は海の向こうの蜃気楼をずっと眺めている友里の肩をぽんぽんと叩き、
「そろそろ行くぞ」
「あ、はーい」
つい先程でたばかりであるならば、皆がいるところへと戻る頃にでもでているはずだろう。
三人、皆が待っている所へと足を進めていった。
そして、その後ろ――黒い影が口元で笑みを浮かべていた。
「ーーーーッ!?」
その冷たさに刺されるように、背中で感じた円は立ち止まって後ろを振り返る。胸をざわつかせる気配に円の気持ちに緊張が走る。
「どうしたの? 円」
「……ッ」
「円?」
「あ、いや、別に?」
振り返ったところで誰もいなかった。
自分の顔をのぞき込んできょとんと首を傾げる友里に円は険しかった表情を崩して笑顔を浮かべて「なんでもないよ」と返した。
「早くいこ」
「あ、ああ……」
と、友里は円の荷物を持つ手を掴んで引っ張って行った。
気のせいだとは思う。
だがその反面、先程の冷たさは何かに見られているものだったと、信じている自分もいる。感じたことがあるのだ、この冷たさを。
チラッと友里に手を引かれながらも後ろを振り返る円。
だが、そこには何も居なかった。
8
「何……? この反応」
解析機の台上に乗せられている古代の化石と石板。
その石板から突然、波動が発せられた。解析機に乗せられている物質のデータが表示された画面にノイズが入っている。
桜子はノイズを取り除き、発せられた波動の解析を進める。
電子的な障害か、もしくは――
「班長!」
研究班の一人が解析データを持ち込んできた。
グラフとデータ数値――そしてその結果。
「これを……ッ!」
「霊周波……」
――霊周波。
それは天ヶ瀬円や桐谷恵里衣らスピリットが無意識の内に放っている特殊な周波数を放つエネルギーである。
「何で……この石板から?」
それは、超古代――3000万年前の深宇宙の石板から発せられている物だった。
スピリット以外で霊周波を放つ者と言えば、IAの軍隊が使用する武装やテクノロジー、そして――
瞬間、施設内が緊迫する。突然けたたましく鳴り響く警報音によって。
「この警報音は、ビースト……ッ!?」
「班長!」
「とりあえず、職員や住民の避難が先よ。境域が発動しちゃう前に外に出さないと」
「分かりました!」
桜子の命令を聞き入れた研究員が部屋の出入口の方へ――
「班長! 何やってるんですか!」
ドアの前で立ち止まり、今なお石板と化石の解析のデータを取ろうとしている桜子を呼ぶ。だが、
「ごめん! 私まだやることある!」
「しかし!」
「大丈夫よ。今回は、強い味方が二人もいるんだから」
警報音と共に避難アナウンスが仕切りに施設内に流れている。もうすでに科技研の敷地内の住居区域にも同じ物が流れているはずだ。
(石板から霊周波が発せられた瞬間に、ビーストが出現……。これはもしかしたらチャンスかもしれないわ……)
桜子は知りたかったのだ。ずっと……。
9
海の向こうに蜃気楼を眺めながら昼食を終え、あとはすいか割でもしてすいかを食べてからもう一遊びしようという所。
「ちょっと冷えてきたな」
鷹居がそういいながら腕をさする。
「そりゃ、蜃気楼が見えるぐらい海中温度が下がってますから。そろそろ――ッ」
こちらも冷える頃だろう、と、円がそう口にしようとしたとき、突然、背中に悪寒が走る。それも、強烈な殺意を伴った。
「――――ッ!?」
一瞬ではない。ずっとだ。同様に、恵里衣もそれを感じ取ったようで円と一瞬目を合わせる。
「どうしたの、円?」
友里が円と恵里衣の異変に気付いて円の顔を覗き込んできた。
瞬間、海岸に警報が鳴り響いてきた。
何かが来る、と、危険を予感したSSCの隊員達。
「なんかやばそうな感じだな」
「とにかく俺たちは施設へ行こう」
鷹居と本木の言うとおり。
武装を置いてきた自分たちでは何も出来ない。とりあえず何が起きるかにせよ置いてきた武装を取りに行くことも含めて研究所まで戻らねばならない。
「友里ちゃんと里桜ちゃんはとにかく遠くへ逃げなさい。ほとぼりが収まったらすぐに研究所に戻ってくるのよ」
「はいっ。里桜」
「え、ええ……」
里桜は友里に手を引かれるように円達と違う方へと逃げて――
「ちょっ、天ヶ瀬君は!?」
行こうとしたところで、里桜が友里を引っ張り戻すように立ち止まって円の方へ振り返った。
それに気付いた円は、二人を不安にさせまいと笑顔を浮かべて、
「僕はやることがある。一応僕も隊員だからね」
「じゃあ、恵里衣ちゃんは?」
「え?」
と、円は自分の横に今なお立っている恵里衣を見た。
確かに、円のように恵里衣にはスピリットであるという理由以外で別行動を取る理由が無い。恵里衣が人間ならば、友里と里桜の二人と行動を共にすべきなのだ。もっとも、今ここで、恵里衣が光の戦士の一人だとバラすのならば話は別だが。
「円、私は――」
「恵里衣ちゃんも二人と一緒に行くんだ」
「でも!」
やはり、恵里衣は円の言うことはなかなか聞こうとしてくれないようだ。
だがそれはそれで困る。本意が伝わっていないのは良くない。円は恵里衣の両肩を掴んで耳元まで口を近づけると、
「友里と里桜ちゃんを守れ」
「――ッ!」
そうして、円は恵里衣の耳元から口を離し、今度はまっすぐと目を合わせる。
「ビーストは僕がやる」
「円……」
「それぐらいは頼まれてくれ、恵里衣ちゃん」
「…………分かったわよ」
しばらく返事がなかった物の、渋々と承諾した恵里衣は円からはなれて友里と里桜の方へと駆けていく。
そして彼女たちが見えなくなるところまで走り去って行き、そして一人になった円。
今なお見える蜃気楼を眺め、今確実に現れるであろう敵に気を張らせ――
「なっ……!?」
そのとき、真っ青だった海面が沖の方から白く染められ――凍り付いていった。
蜃気楼が見えていたのは海面温度が下がっていたからであろうが、やはりと思うべきか。
海面の凍結が海岸にまで達する。
そして、隆起――それは次第に異形の獣の形を成し始めた。
鋭角的な見た目に、両腕は鎌を思わせる形状をしている。頭部はシュモクザメを思わせる形で、横に突き出したような形の頭の両端から鼻まで伸びる長い目がある。
その異形の獣――『グローハンマー』は目の前にいる円ただ一人に殺意を向け、咆哮をあげた。
異形の獣――ビースト。
それは、この世に生きる全ての生命を蝕み破壊する、円達スピリットと敵対する怪獣。
彼らが円達に向ける感情は殺意や怒り、憎しみ。善意など一切もちあわせていない。スピリットとビースト、それは表裏一体の存在である故である。
(境域が出てないぞ!?)
ビーストが出現する際、その衝撃によって位相に強烈な乱れが生じ、周囲一帯が不安定な異空間と化す、境域が発生する。その空間の中からはスピリットやそれと同じ類の力でなければ脱出は出来なくなる、いわば鳥かごのような場所である
。だから、ビーストの出現の際は、その境域が発生するその前に一般人を脱出させなければならない。が、その反面、周囲への物的被害が有ろうとも、解除と共にそのダメージも消滅する。
逃げ道を無くす代わりに、戦闘による被害をおさえる役割があるのだ。
だが、その境域が発動していない。
例に無いというわけではないが、実際このパターンであると円自身困る。
「――――ッ!?」
グローハンマーが凍結した海面を力強く踏む。
氷は砕け空を舞い、氷弾となって円へと撃ち出された。
躱せない否、躱すことなどしてはいけない。
後ろの方へ被害が及ぶ。
「ハッ!!」
円は腕を大きく振った。
するとその軌道をたどるように銀色の風が現れ、それは全ての氷弾を消滅させた。
バシャンバシャンバシャンと砕け散り、塵となって視界を悪くさせる。
「――ッ! クッ!」
その悪くなった視界の中からグローハンマーが飛び出し、片方の鎌を振り上げ、下ろす。
とっさに腕に銀色のシールドを張る円。
その鎌を受け止めて、膝をクッションにして衝撃を和らげる。
だがグローハンマーのパワーは強い。
衝撃を和らげる為に膝を折った物の、そのままマウントポジションを取られそうになる。
背中を地面につけてはいけない。
そうなってしまったら追撃は免れない。
堪え、膝を地面につける。
それでなお、追撃がくる。
もう片方の鎌を振り上げ――
「ハッ!!」
振り下ろされる前に、円はグローハンマーの腹部にもう一方の手で掌底を打った。
いつもよりもパワーをあげたその一撃はグローハンマーの動きを一瞬止めるには充分の威力であった。
咄嗟に鎌を受け止めている腕でグローハンマーの鎌を流した。
それで体勢を完全に崩した。
立ち上がり際、
「ハアッ!!」
足裏蹴りを食らわせ、グローハンマーから距離を取りつつ立ち上がって構える。
まだ、大きな隙は生み出せていない。
すぐさま体勢を整え、グローハンマーは口から青白い光弾を撃ち出してきた、
「――ッ、――ッ――、
ハッ、ゼアッ!」
無数に撃ち出されるのではないのかと思われた光弾。
全てを弾いて消し飛ばしていく円。
その攻撃の中無駄であると察したのかグローハンマーは今度は両腕の鎌を前に出し、口から吐き出すエネルギーを両方の鎌の間にため込む。
この一撃だけは、弾けない。
タイミングは一瞬――
刹那、ため込まれ球体となった青白い光から光線――
「ハッ!!」
直前に高く飛び上がる円。
グローハンマーの光線は、円を追う。
だが、撃ち出される光線の角度の変化速度よりも、円の飛び上がる速度の方が早く――
空高くから、光線の軌道に沿うように円は急降下しーー片方の手を引き込み。
そして、射程範囲内へ――
「ハアアァッ!!」
グローハンマーの頭上から落下と体重のパワーを乗せた掌底を打ち込んだ。
バギィンッという氷が破砕されるような音と共に、グローハンマーの鼻っぱしが砕けた。
そして地に足をつけた円は、追撃――
「ゼアアッ!」
氷面で滑らぬよう、足の裏から銀色の光を放出させてスパイクを作り、
もう一撃、全体重を乗せて両手での掌底を打ち込んだ。
ズガンッとノッキングガンでドデカい氷塊を砕くような音が響き、グローハンマーの体にヒビが入った。
同時、銀色の光も散らせグローハンマーは息を切らすように苦しそうな様子。
その散り飛んだ銀色の光とはいわば気力。
円の打ち放った掌底が敵の懐に入り込むとスタミナを大きく削り飛ばす。
全身の力を込めて鳴き声を上げて体勢を整えようとするグローハンマー。
隙はここである――
「――ッ
ゼァアア!」
円が静かに弧を描くように片手をあげると、
円の左右の地面から太陽のコロナリングのような線が伸びてちょうど円の頭上で結ばれ、
上げていた片手を下げると同時に力強くもう片方の手を天に突き上げる。
突き上げた手がコロナリングに触れると、コロナリングから爆炎が発生し円の体を縁取るように赤い光が現れる。
手をゆっくりと下ろす。
円の体を縁取るように現れた赤い光は円の体に吸い込まれるように消滅した。
だが、円の両目の瞳は炎の様な赤に染められ、体からは赤色の陽炎が放出されていた。
天ヶ瀬円のスピリットとしての能力、“モードチェンジ”。その一種として、“ストレンジモード”と名付けられるこの形態。
「――ッ、ハッ!」
構え、
そして、グローハンマーの方へ駆ける。
未だ体勢が整えられていないグローハンマーに円の一撃をガードする事は出来ない――ッ
「セアァッ!」
駆け寄ったスピードもパワーに乗せ円は氷面に足を踏みしめ、
赤い光纏う正拳を突いた。
拳はグローハンマーの鎧のような身を破壊し、大きく後ずさらせる。
「ハアッ!」
追撃に、バックキックを食らわせる。
これは腕の鎌で防がれ直撃しなかった。
先程は銀色の光。
今度は、赤色の光。
グローハンムの鎌に赤い光が張り付き――
瞬間鎌が弾け飛んだ。
体の一部が完全に砕け散り、悲鳴をあげるグローハンマーは後ずさり際暴れ回った。
「クッ――」
ビーストは総じて、大きなダメージを受けると暴れ回って追撃の暇を作らせてくれない。
ならば動きを止める。
円は数歩下がり、
「ハッ!」
地面と水平に手を切る――
撃ち放たれた赤い光刃。
光よりも早いその一撃はグローハンムの胴体を叩き、暴れ回る動きを止めさせる。
そして再び訪れた大きな隙。
「ハアア……ッ」
円が腰を落とし、力を込めると足下に赤い光が広がった。
そしてその光は円の右足に渦を巻くように集約――
「ハッ……!」
右足からはほのかに赤い光が発せられている。
円はグローハンマーの方へ駆け高く飛び――
「オリャァアッ!!」
赤い光を発する足を突きだしてグローハンマーへと跳び蹴り――ストレンジブラストを放った。
さすがにグローハンマーにもガードをする暇があったようで、
ボロボロとなった両腕の鎌をクロスさせて円の攻撃を防ごうとしてくる。
円の跳び蹴りは、グローハンマーの腕とぶつかり――
瞬間に砕いてグローハンマーの胴体へと赤い光を散らせた強力な一撃を穿った。
赤い光はグローハンマーの体全体へと染み渡り、
ヒビを入れ、その身を完砕した。
バラバラッと氷面に破片が転がる。
撃破――
「――ッ!?」
地に足を着けた円は変容に驚いて目を見開いた。
砕かれて散らばっているグローハンマーの破片が集まり、
一つの体を為して、
グローハンマーが再生したのだ。
もう一度構えなおし――
瞬間、体勢を整えさせまいとグローハンマーが口から青白い光線を放射してきた
「クッ――!」
とっさに円は片手を突き出して赤い光のシールドを出現させ、光線を防御。
瞬間、両腕の鎌を縦に薙ぐ。
撃ち出される、斬撃波。
片方はガードできる。
円は開いている手の方の方でそちらを弾き飛ばす。
だがもう一方の斬撃波は――
「グッ!」
そちらの方に簡単な光のシールドを胴体に貼りつけることで軽減は出来た。
が、やはり威力は高く、それを突き破って円の体を穿って明確な痛みとしてダメージとなった。
少しの怯み――
その時、グローハンマーが放射する光線の威力が増した。
「何ッ!?」
片手で即席で張ったシールドでは防ぎきれない。
すぐさまもう片方の手を突き――
「ぐああッ――!!」
出すことも間に合わなかった。
シールドが破られ、突き出した腕を掠り、胸に直撃した。
吹っ飛ばされて押し倒されるように円の体は仰向けになって倒れる。
だがすぐ立ち上がるために身を起こす――
だがその時にはグローハンマーは次の攻撃の体勢になっていた。
「――ッ!」
円は牽制に手を水平切りして光刃を放つ。
一撃で怯ませる程の威力、否――一撃でグローハンマーの身を裂く威力。
光刃はグローハンマーの片方の肩を切り落として彼方へ。
ゴトッと切り落とされた腕は氷面に落ちた途端、シュンと氷解するように消えた。
が、またその途端に、グローハンマーの腕が生えて新たな腕と鎌を形成する。
「再生が早いな。だったら――ッ!」
キン……ッと円の左手に青い光が宿る。
「――ッ!
ハアアァァ……」
青い光が纏われた左手と右手を左肩の前で交差させる、
と、右手にもその青い光が伝わり――
体をひねりながら地面と水平に右手を大きく回し、
右手に引かれるように左手も右肩付近まで移動させる。
水泡擁する青い光の筋が空に描かれ、まるで水面を模しており――
円が目一杯まで右手と左手を移動させると、描かれた水面が円の頭上に昇る。
「ハッ!」
そして右手で頭上に昇った水面に触れた。
水面が揺れる。
その瞬間、青い光は眩く輝きを発しそして――
円が手を下ろすとその身に青い光が纏われた。
炎の様に赤かった円の瞳も、澄んだ水のような青色に変わり、
赤い炎の強さを表す威圧感よりも、
青い水のようなただ純粋さが円の身から発せられていた。
「再生が間に合わないぐらいの、速攻の連撃を加えてやる!」
それが天ヶ瀬円、第二の形態変化。
清純なる青い光――ノーブルモードである。




