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幼馴染は突然にっ! ~ハルカ昔ノ約束~  作者: 青葉


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第26話


「思い、出したぁああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 絶叫とともに、俺は目を覚ました。


「きゃっ! い、いきなり大きな声出さないでよ」


 身体を起こすと俺の寝ていたベッドのすぐ隣には柳井が――いや、透子が驚いた顔で座っていた。記憶の中の透子とはだいぶ違うショートカット。


「透子……」

「何よ急に下の名前で……って、もしかしてあんた」

「ああ、全部思い出したよ。十年前のこと」

「そう、思い出したんだ……」


 喜んでいるのか悲しんでいるのか、微妙な表情で透子はそう言って少し俯く。


「お前さ、何つーか……大分変わったな」

「まあ、ね」


 昔の透子は表情が豊かで、髪の毛は長くって、それに鈍臭くって、今とはかなり印象が違う。今ではクールで、髪の毛もすっかり短くなって、そして何より陸上部のエースになるほど運動もできる。とんでもない変化だ。


「ハルカちゃんのことも約束のことも忘れちゃってた。だけどね、強くなりたい、変わりたいって気持ちだけは消えてなかったみたい」

「そうか……」


 ある意味で透子はしっかりハルカとの約束を守っていたようだ。それに引き換え俺はというと――


「あんたは……あんまり変わってないわね」


 ――変わったと思っていたのだが、透子の評価は正反対みたいだ。


「そうか? 俺だって色々……」

「相変わらずアニメやゲーム大好きだし、っていうか益々拍車がかかってるし」

「それは、仕方がないだろ……」


 面白いアニメやゲームはどんどん発表され続けるのだから。


「相変わらずバカだし無鉄砲だし」

「んなこと」

「ないって言える? 拳銃持ったテロリストに考えなしに突撃するなんて、無鉄砲以外に何て言ったらいいの?」

「う、うぐ……」


 言い返せない。確かにあの時は熱くなってたっていうか、先のことなんて考えてなかったというか――


「って、そうだハルカは!? あいつはどうなった!? 氷上はどうなった!? あれから何時間経ってる!? それからええっと……うおっ、傷完全に治ってるし!! あとここどこだ! ん、保健室? 学校にいるのか!?」

「ああもう、うるさいわね。今から一つずつ説明するから落ち着きなさい」


 呑気に透子と話している場合ではない。状況を確認しなければ。


「まずあんたが寝てた時間は、三時間くらいってところね」


 時刻は夕方十六時ぐらい、保健室には午後の光が差し込んでいる。


「あの後学校は大混乱、それで今日は臨時休校。だって授業中に銃声なんかが響いたのよ? すみれや機関の人の工作活動で何とか落ち着いたけど」

「んなことよりハルカだ! ハルカはどうなったんだよ!?」

「はいはい落ち着きなさいって。次はハルカちゃんについて。あなたの傷を治してから例の首輪を付けて意識を失って、それで氷上に連れ去られたわ」


 まんまと氷上にしてやらてたって訳か。あいつの復讐は今のところ完璧に達成されてしまっている。


「糞っ、助けは来なかったのかよ!? 機関は何してんだ?」

「近辺に待機してた部隊は、さっき私達が見たとおり氷上の洗脳にやられてアウト。今はすみれが中心になって氷上の行方を追跡してるところみたい」


 そうか現在の氷上は読心能力に加えて、洗脳の力まで持っているのか。厄介な能力を身につけやがって。


「よっこいしょ、っと……」


 布団をどかして、俺はベッドから立ち上がる。


「ちょっと、動いて大丈夫なの?」

「うん、多分な…………よし、大丈夫だ」


 ジャンプしたり腕をグルグル回したりして身体の調子を確かめると、全く一切問題なく身体は動いてくれた。


「さて、と……行くか」

「行くって……まさかあんた」


 俺は行かなくちゃいけない。忘れていた大事なことを思い出したのだから。今まで約束を思いっきり破っていたのだ、謝らなくちゃいけない。


「ああ、今度は……今度こそは完全勝利してやるさ」


 十年前の俺にはノーマルエンドが精一杯だった、限界だった。でももう俺は子供じゃない。


「……本気なの?」


 疑いの目を向ける透子に、俺は頷いて答える。


「もちろん」


 今まで何本もやってきたエロゲーはきっとこの戦いのために、何百回と迎えたエンディングは、今から起こるたった一つのエンディングのために。


「さあ、ここからがクライマックスだ」


 ――――今度こそ俺は、ハッピーエンドを迎えてやるのだ。






「……で、それなりに格好良く決まったけど、具体的にこれからどうするのよ?」

「ふっ、俺に何の考えもないと思ったか?」

「………………………………………」

「おーい、すみれ! どこだー? 出てこいよ!」

「……やっぱり、他人頼み」




















「あなた達と別れたあの後、ハルカはとっても頑張った」


 ジープを運転しながら、すみれは話を始めた。夕日色に染まった海沿いの道路には、前にも後ろにも車の影は見えない。当然対向車だってなく快調に流れている。恐らく機関によって交通規制がなされているのだろう。


「努力して能力を磨いて、彼女はいくつもの任務を成功させたわ」


 すみれの語る任務の内容は様々だった。凶悪立て篭もり犯の制圧だったり武装テロリストの殲滅、過激思想集団の武力行使の鎮圧、連続爆弾魔の捜査・撃退などなどとんでもない話のオンパレード。中には俺もニュースで見たことのある事件もあった。


「特に危険な任務を彼女は希望したわ。どうしてだか分かる?」

「……どうしてだよ?」

「危険な任務を成功させたほうが早く昇進できるから。早く外に出てあなたちに会えるようになるから、よ」


 ハルカは俺が呑気に暮らしている間も、俺達との約束を守るために戦っていたのだ。罪悪感が芽生えてくる。


「仕方ないわよ、あなた達は記憶を失っていたんだから。今こうやって思い出せたなら、約束は果たせてるんじゃないかしら」


 俺と透子の暗い表情に気がついたのか、すみれはそう言ってフォローを入れてくれた。


「危険な任務をいくつもいくつもこなして十年、ついにハルカは施設を出て外で生活することを許されたわ。もちろんその生活にも様々な制限はあるし、任務の招集があったら何が何でも応じなきゃいけないけど」


 なるほど、ハルカが突然いなくなるのはそういう理由があったのか。


「……でもさ、再会出来たなら封じてた記憶を何とかしてくれりゃあ良かったのに」

「それは残念ながら無理ね」

「どうしてだ? そしたらすぐにあいつのこと思い出せたのに」

「う~ん……それは無理ね。まずは立場の問題。自分から能力や機関のことをバラすなんてしたら、すぐにボン、ね」


 すみれは苦笑いしながら自分のこめかみ辺りを指さした。なるほど、その辺りに難しいところがあったのか。確かに実績を上げればある程度の自由は与えられるが、それでも能力や機関に関することは変わらずトップシークレットなのだ。


「あとはあの娘の能力の強力さ、ね。十年前に行った記憶操作。あれは強力すぎて、ハルカ本人でも解けない」

「何だよそれ……」

「あの娘の十年前の記憶操作能力は、後先考えない結構強引なものだったっていうか……そのせいであなた達は一切の記憶操作、洗脳なんかを受け付けない身体になっちゃったのね」


 あのバカ、力任せに俺たちの記憶をいじったのか。やった本人でも解除できない能力って、情けない話だ。


「それにあなた約束したでしょ? 『自力で思い出す』って」

「そういや、まあ、そうだったな。だけどハルカのやつ、律儀っていうかなんて言うか……」

「ふふふ、それだけあなた達との約束はあの娘にとって大切なものだったのよ」


 血の滲むような努力の末に手に入れた制限付きの自由、そしてやっと出会えた大切な友達。だけど相手は、俺達は彼女のことを覚えていないのだ。それでも思い出してくれると信じて、拒絶されたとしてもひたすら近づく。それはどんなに辛いことだったのだろうか。俺はどうしてもっと早く彼女を思い出してやれなかったのだろうか。そんな後悔が募る。


「でもなんで幼馴染なんて言って近づいて来たんだ? しかも俺の呼び方とかも昔から変わってたし……」


 しかしハルカを思い出せなかったのには、俺じゃなくてハルカにも原因があるのではないだろうか。もっと分かりやすく、昔と変わらない彼女で目の前に現れてくれたら良かったのに。


「ああ、それは……」

「遠山の変態性癖にハルカちゃんが合わせてきたってことでしょ?」


 今まで黙って後部座席に座っていた透子が口を挟んできた。


「おい何だよ変態性癖って」

「いつも教室で萩谷君と話してるでしょ? 『幼馴染は最高だ』、『幼馴染が欲しい』って」

「た、確かにそういうこと言ってるかもしんないけどまさか……」

「そのまさか、よ」

「は?」

「あなたハルカが現れる前に、私のところに相談に来たでしょ? 妙な視線を感じるって」

「……もしかしてその視線って」


 俺のその問いに、すみれはニヤリと笑っただけだった。


「ちょ、ちょっと待て。もしかしてそのためだけにあいつは俺達以外の人間の記憶を操作したってのか?」

「まあ、そうなるわね。洗脳の範囲は水ノ登市内一帯ってところかしら。あとは記録や資料の改ざん、これが結構骨の折れる作業だったわねえ。写真とかも残しとかなきゃいけなかったし……」

「マジかよ……」


 思わず頭を抱え込んでしまいたくなる驚愕の事実。ハルカのやつは俺の幼馴染属性に合わせるために市内の人々を洗脳し、公的私的問わず様々な記録や資料を改ざんしたのだ。俺のちっぽけな欲求を満たすために、何て大掛かりなことをしてくれたんだろうか。


「あななたちは幼馴染って言えないこともないでしょう?」

「いや、幼馴染っていうのには色々厳しい条件があってだな……」


 そう、幼馴染に認定するには大変厳しい審査基準が幾つもある。そう簡単に使っていいほど安い言葉では――


「……約束、あるじゃない」

「え?」


 透子はポツリとそう言った。


「約束があるかないか、それが一番大事なんでしょ? 教室で萩谷君と話してた」

「そ、それはそうなんだけど……って、お前何でその話聞いてんだよ!?」

「こっちだって聞きたくて聞いてた訳じゃないわよ。あんたたちがいつも騒がしいだけ」

「ぐ、ぐぬぬ……」


 確かにその基準で行くなら俺達は幼馴染と言えるかもしれない。でも、だからといってここまでやるか普通。いや、もともとエスパーだし普通じゃないのか。


「ああ、ちなみに今度の洗脳はしっかりした訓練の後にやったことだから、解除も効くわ」

「……そうっすか」


 その追加情報は、別にあんまり嬉しくない。


「あと髪型が大分違ったりあなたの呼び方が変わってたり性格もちょっと変わってたのはね……あの娘なりの努力だったのよ?」

「は、それってどういう……」


 言いかけて、ハルカとの会話に一部が脳裏に蘇る。


『た、例えば、髪型は? 長い方が好き?』

『んー、まあ……』


 あの夜、体育館倉庫で交わした会話。


『そっか、ロングが好み……じゃあ性格は? 大人しい方がいい?』

『ああ、うん。そう、かも』


 何故だか突然ハルカは俺の好みの女の子のタイプについて聞いてきて、


『他には? 料理上手とか、運動は得意な方がいいとか』

『……あー、料理が上手いのはいいかもなあ』


 俺はその質問の意図が分からず適当に返事をしていたのだ。


「おいおい、そんな細かいこと十年経って覚えてんのかよ」

「些細なことだとしても、あの娘にとっては大事なことだった。女の子って、そういうものなのよ」


 十年前の適当な発言のためにハルカは髪を伸ばして、大人しめの性格になろうと努めて、料理の練習をしたというのか。


「……凄いんだな、女の子って」


 いや、女の子が凄いというよりもハルカが凄いのか。本当に、彼女の強さには敵わない。

 次々と明かされる驚愕の事実に俺は驚いたり落ち込んだりドン引きしたり、最終決戦を前に俺は少し疲れてしまった。


「さて、そろそろ到着ね。準備はいい?」


 そんな俺の疲労なんて関係なく車は進み、そろそろ大新井港に到着する。夕日が眩しい。


「……ああ、任せろ」

「私も大丈夫」


 窓を開けると潮の匂いがした。海が近づいている。


「正直に言うと、私は今かなり情けない気分だわ。またあなた達に頼るしかないなんて、この十年私は何をやっていたんだろうって気分になる」


 すみれは暗い表情でそう言った。氷上は今は仲間の到着を待って港で待機中だ。恐らく迎えの船なり何なりがくるのだろう。

 だったら今が部隊突撃のチャンス、と思うかもしれないがそれはとんでもない間違いだ。その理由はやつの強大な洗脳能力にある。

 十年前は持っていなかった能力。対テレパス装備を持った特殊部隊をあっさり洗脳してしまうほど厄介で、そして強力な能力だ。だから下手に突っ込んでも全員あいつの操り人形だ。


 でも、この状況は俺達にとっては悪くない。だからこそ俺達が動ける、いや、俺達が動くしかないのだから。


「そうか? 俺はありがたいけどな。あいつとの決着をこの手で付けられるんだぜ?」

「何格好つけてんのよ、バカ」


 後部座席からの透子からチョップで突っ込まれる。


「十年前は何とか上手く行ったけど、今回もそう行くって保証はどこにもないんだからね?」

「分かってるよ、そんなこと……」


 十年前と違って俺達は成長しているけれど、でもその十年で氷上の能力も進化してしまっているのだ。


「……でも、まあ、何とかなるよ」


 だがしかし、勝算がないわけではない。俺だって全く勝ち目のない戦いに特攻するほど愚かではないのだ。


「……そ」

「……へえ。透子ちゃん、啓介くんのことはあっさり信じるのね」

「別に、信じてるとかそういうのじゃないですけど」

「ふ~ん、へ~、そうなんだ~」

「……何が言いたいんですか、すみれさん?」

「別に~、何でもないけど~」

「あのですね、誤解しないで欲しいんですけど」

「……何か楽しそうだな、二人共」


 何だか二人で盛り上がっていて、ちょっと疎外感を感じてしまう。


「楽しくないわよ」

「あら、私は楽しかったけど?」

「ああもう、いい加減にしてください、すみれさん」


 最後の決戦に向かっているというのに何だか緊張感が足りない。

 まあ、それはそれで俺達らしくていいか。


「あそこの倉庫よ」


 停止した車から降りて、三百メートルほど遠くの倉庫を指さしてすみれは言った。しかし氷上のやつ、十年前といい今回といい、よっぽど倉庫が好きなんだろうか。


「流石、すみれの探知能力は便利だな」

「まあ、これだけならハルカよりも上だから。それ以外は全く敵わないけどね」

「……やっぱりハルカちゃんって凄いの?」

「凄い、なんてもんじゃないわ。今のこの国で最強の能力者でしょうね。強力な念動力だけじゃなく、精度の高いテレポート、発火、治癒、なんでもござれよ」


 この国で最強のエスパーときたか。それはテロリスト集団も欲しがる訳だ。


「だからこそ、絶対にテロリストになんかに渡しちゃいけない。あの力をテロリストどもが手にしたら、大変なことになるわ。世界が大混乱よ」


 別に世界の治安のこととか、そんなことは別にどうでも良い。世界を救うつもりなんて、さらさらないのだから。


「そう、だな……」


 それでも俺は行く。世界平和なんてどうでもいけど、ハルカはどうでも良くないから。

 ハルカが囚われている倉庫をじっと見つめて、俺は言う。


「さあ、行こう。ラストバトルの始まりだ」


 ラスボス前セーブポイントなんてないけど、それでも恐れることは何もない。



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