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幼馴染は突然にっ! ~ハルカ昔ノ約束~  作者: 青葉


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第11話

「啓介くん、お弁」

「いらない、じゃあな」


 昼休み、遥香は昨日と同じように俺にお弁当を渡そうとしてきたが、今日の俺は強い意志を持って断固拒否。あんなやつから貰ってやる弁当なんてものはこの世界にはないのだ。


「もしかして啓介くん、まだ怒ってる?」

「ああ、怒ってるぞ。殺意の波動に目覚めてるぞ」

「ごめんって何回も言ったじゃん」

「それで許すほど、お前のやったことは軽くないんだよ」

「むぅ、啓介くんの意地悪」

「はいはい意地悪で結構です」

「……お腹ぺこぺこになっても、知らないんだから」


 ブツブツ言う遥香を背に、俺は教室を後にした。今日はいつも通り、購買でパンでも買っていこう。

 そう思っていたのだが、


「ごめんねー、今日はもう全部売り切れなのよー」


 購買につくとおばちゃんはそう言って頭を下げた。


「うえ、マジっすか」

「ごめんね~今日は発注の手違いでいつもより数が少なくって、ついさっき全部売れちゃったのよ~」


 おばちゃんが申し訳なさそうに言う。学校の最寄りのコンビニまでは往復で20分ほどかかるので、昼休みに外に買い物に行く生徒は少ない。こうなると今日は昼食は抜きになるかもしれない。


「はあ、何かついてねえな」


 教室に戻って素直に遥香の施しを受けようかとも考えたが、それは俺のプライドが許さなかった。今俺は、猛烈に怒っているのだから。


「……そういや、体育館裏に呼び出し受けてるんだっけか」


 さて、その件についてはどうするべきか。まさか女子からの告白、なんて考えられるほど俺は前向きで純情な人間ではない。だがしかしこの状況、ゲームなら絶対に「体育館裏へ行く」「体育館裏へ行かない」の二択がでるところだ。これがゲームなら俺は絶対に「行く」を選択する。分かりきったフラグを、みすみす折るようなことはしない。

 リアルがゲームのように行かないことぐらい、これまでの人生で痛いほど理解はしているけれど、それでも昼休みは特にやることもないし、おまけに弁当だってない。これくらい冒険してみてもバチは当たらないだろう。


「美少女は居ないだろうが、取り敢えず行ってみるか……」


 意を決して、俺は体育館裏へと向かった。















 高台に位置する水ノ登高校の体育館は敷地の端に位置しており、その向こう側は崖となっている。


「何時来ても、ちょっと怖い場所だよな……」


 水ノ登市街を一望できる素晴らしい景観を誇るが、絶壁とこちらを隔てるのは壊れかけのボロいフェンス一枚のみ。高所恐怖症の義史はここが大嫌いだと言っていた気がする。

 この場所は景色はいいのだがベンチもないし、校舎から来るのは大きく回りこむ必要もあるし、昼休みに来る生徒はほとんど居ない。もちろん今日も俺以外の生徒の姿は見えなかった。


 やはりいたずらだったのか、そう思って軽く落胆する。まあ現実の日常生活にそうそうドラマチックなことなんて起こらないのだ。諦めて帰ろうとしたその時だった。


「呼び出して悪かったわね」

「お、お前は!」


 俺の前に現れた人物、それは俺のよく知っている人物だった。なぜこいつが、あまりの衝撃に俺は言葉を失った。


「なぜ、どうしてお前がここにいる!?」

「何よそのオーバーリアクションは」

「いや、だってお前があまりに普通に登場するから」


 柳井は俺の言葉にため息を付いた。


「普通に登場しちゃ悪い?」

「別に悪かねえけど」

「あっそ」


 柳井は呆れた顔でそう言い捨てる。今朝は俺の犬としてあんなに可愛がってやったのに、本当に愛想のない女だ。わざわざ呼び出しに応じてやったのだか、もう少し乗ってくれてもいいだろうに。


「んで、柳井が俺に何のようだ? 正直全く見当がつかないんだけど」

「見当がつかない、ね。それ本気で言ってるの?」


 柳井は真剣な眼差しで俺を見つめる。もしかして、こいつが言おうとしているのは……。


「もしかして柳井! お前俺のことが」

「好きじゃない、そういうことじゃないから」

「最後まで言わせてくれたっていいじゃんよー」

「あんたの言おうとすることは大体読めるのよ」


 単純だから、とそう付け加えて柳井はもう一度ため息を付いた。まあ、用件が告白で無いことぐらい分かっていたけれども。


「中庭遥香、彼女に関することよ」

「……え?」


 遥香の名前が出てきたことに、俺は言葉を失った。


「あの娘、一体何者なの?」

「え、あ、おい、柳井……ちょっと、待ってくれ」


 混乱する頭を整理するため、俺は柳井に言った。


「……柳井、もしかしてお前はあいつのこと知らないのか?」


 ひょっとすると柳井も、俺と同じなのだろうか。俺と同じ境遇に置かれて居るのだろうか。


「知らない。昨日初めて会ったんだから」

「あ、あいつは、お前の幼馴染じゃないのか?」

「んな訳ないでしょう、私に幼馴染なんていない。クラスメイトとか昔の同級生とか、家族に聞いても皆そう答えるし、一体どうなっちゃったのよ?」

「お、おお……!!」


 ここに来て、俺はやっと味方を見つけることが出来た。今まで周りの人全てが遥香は俺の幼馴染だといってきたので、そのことに感動してしまう。


「柳井、俺もだ! 俺もなんだよ!」


 感動のあまり俺は柳井の手をとって、上下にブンブンと大きく振る。


「ちょ、止めてよ!」

「ぬははは! いいじゃないかよ柳井、ちょっとくらいさあー! 俺は今やっと味方を見つけられて嬉しいんだよ!」


 俺の頭はおかしくなっていなかったということが、柳井の存在によって証明されたのだ。安心と喜びが湧き上がってくる。今すぐ踊りだしたい気分だ。


「はははは、よし柳井折角だし踊るか?」

「お・ど・ら・な・い」


 柳井は不機嫌そうに俺の手を振りほどいた。


「ったく、今はそんなことしてる場合じゃないでしょ?」

「全くもう、柳井はノリ悪いなあ。そんなんじゃモテないぞ」

「あんたにだけはモテなくて結構」


 くそ、やっぱり愛想悪いなあ。裸にひん剥いて首輪つけて学校散歩させるぞこの野郎。


「まずは現状を整理しましょう。遠山、あんたも私と同じで中庭遥香には昨日初めて出会った。これは合ってる?」

「ああ、そうだ。あいつに出会ったのは初めてなのに、俺の幼馴染を名乗っててさ。朝は俺を部屋まで起こしに来たんだぜ。信じられるか? エロゲじゃねえんだつうの、なあ?」

「エロゲなんてのは知らないけど、私も似たような感じ。学校に来たら知らないクラスメイトがいて、お昼休みは一緒にお弁当を食べることになって、何だか分からないけど私の幼馴染らしくって。もう意味不明、理解不能だったわ」


 なるほど、昨日の昼休み遥香は柳井と一緒に弁当を食べたのか。


「柳井も他の人に確認したのか? あいつが本当に自分の幼馴染なのか」

「ええ、確認したわよ。さっきも言ったとおりね」

「そうか……」


 柳井も大体、俺と同じような行動を取っていたらしい。


「本当にあの娘、何者なのよ? っていうかこの状況はどうなってるの?」

「んなもん、俺だって知りたいよ」


 お互いの境遇についての確認は出来たものの、この奇妙な現状についての説明は相変わらず出来ないし、打開策も見つからない。今のままじゃ、結局手詰まりなのだ。


「とにかく、怪しいのはあの娘。中庭遥香よ」


 手詰まりなことに変わりはないが、それでも俺には仲間が出来た。これはきっと、大きな前進だ。


「まずは彼女について徹底的に調査する、当面の方針についてはこれで行きましょう」

「おう!」


 と、俺が勢い良く返事するのと一緒に、お腹がぐうと情けなく鳴った。


「……何か、締まらないわ」

「……悪い、昼食ってねえんだよ」

「ったく、仕方ないわね……」


 柳井は上着のポケットから小さな包みを取り出した。


「ほら、あげる」

「お、サンキュー!」


 包み紙はチョコレートだった。優しい甘さが口の中に広がる。


「うん、美味いぞ柳井」

「それは良かったわね」

「もう一個くれ」

「……遠慮とかないのね」

「それで腹が膨れるのか?」

「はあ……これでもう品切れだからね」

「うむ、かたじけない」


 柳井から渋々差し出されたチョコをもう一つ口の中へ放り込む。甘くて美味しい。


「あ」


 と、そこで俺はとんでもないことに気がついた。


「何よ、どうかした?」

「俺、女子からチョコ貰ったの今が初めてだ」


 人生で初めて俺にチョコをくれた女性が、この柳井透子。


「は? だから何?」

「いや、別にお前が初めての相手って言うのは別に問題ないんだ」

「その言い方に私はとっても問題を感じるんだけど」


 相手が柳井というのには特に問題も文句もない。まあ欲を言えばもっと愛想の良い女の子とかが良かったけど、この際それは置いておこう。ただひとつ問題なのは、このシチュエーションだ。


「バレンタインでも何でもないこの日に、女の子からチョコを貰うっていうのが問題なんだよ!」

「…………じゃあ、私教室戻るから。彼女の素性調査だけは、よろしく」


 俺の熱弁に全く聞く耳を持たず、柳井は背を向けて歩き出した。


「あ、おい、ちょっと待てよ! 俺の純情をどうしてくれるんだ! 俺の初体験をこんな形で奪った責任をどう取ってくれるんだ!?」

「だからその言い方止めろって言ってるでしょうが」


 そんな訳で、俺の初体験は人気のない昼休みの体育館裏で同級生にあっけなく、何の感慨もなく奪われたのであった。
















「……よう、一緒に帰ろうぜ」


 その日、帰りのホームルーム終了後俺は隣の席で荷物をカバンに詰め込む遥香に声をかけた。


「へ?」


 ポカンとした顔で遥香は俺を見る。


「何だよ、嫌か?」

「う、ううん! 全然嫌じゃないよ!」


 遥香は顔の前で手を勢い良くブンブン振って、俺の言葉を否定した。


「でも啓介くんから誘ってくるなんて珍しいね、ビックリしちゃった。何かあったのかな?」


 調査対象に『お前の正体を探るためだ』とは言えない。


「別に、何もねーよ」

「今朝のこと、もう怒ってない?」

「……もういいよ、別に」


 嘘を付いた。今でもあのことは許していないが、それでも俺は動かねばならない。


「ほら、帰るぞ」

「うんっ!」


 嬉しそうに付いてくる遥香。その姿を見て何だか少し罪悪感を覚えるが、それでも俺はこの奇妙な現状を解明するため彼女について調べなければならないのだ。それに今日、この問題は俺だけのものではないということも分かったのだから。


 教室で帰り支度を進めていた柳井と目が合った。じゃあ行ってくる、目線だけで俺はそう伝える。柳井はそれに小さく頷いて応えた。

 遥香についてのは俺と柳井の調査は、それぞれ役割を分担して行うことに決まった。彼女に直接接触して様々な情報を引き出すのが俺の役目。そして柳井には彼女について昔の友人などへの聴きこみをしたり、過去の記録などについて調べたりしてもらうことになった。


「……今日は、どっか寄ってくか」


 何も情報を持って帰れないのは格好悪いので、俺は彼女と積極的に関わっていくことにした。


「ホントに!? ねえねえ、どこに行くの?」

「どうすっかなあ……」


 考えてみると女の子と放課後寄り道して帰るなど、人生で初めてだった。こういう時どこに行っていいのかが、全く分からない。義史とならいつもオタショップとかゲーセンとかに行って、腹が減ったら牛丼屋とかラーメン屋とかに行くのだか、女の子とは一体どこにいけばいいのか。


 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、隣で歩く遥香の携帯電話の着信音が鳴り出した。


「あ、ごめん啓介くん。ちょっと電話出てくるから昇降口で待ってて!」

「お、おう……」


 遥香は急ぎ足で走って行って、廊下の角を曲がって俺の視界から消えた。一人になると手持ち無沙汰になってしまう。

 仕方がないので壁に寄りかかってスマホを弄る。専用アプリを起動して気になっていたスレッドのチェックをすることにした。スマートフォンに変えてからネット掲示板を見るのが非常に楽になった。それ以外の機能は特に使っていない。


「……銀行強盗が立て篭もり、か。物騒だなあ」


 スレッド一覧の上部にはその事件の実況スレが立っていた。どうやらどこかのテレビ局で現場との中継をやっているらしい。だがしかしかなり遠く離れた地域の事件だったし、俺には関係がなかった。

 五分ほどで常駐スレのチェックは終わった。さてどうしようか、まだ遥香は戻ってこない。目の前を何人もの生徒が通り過ぎていく。部活に行く生徒や友だちと遊びに行く生徒、あとは憎たらしいカップルなんかも何組か居た。


「……呪われろ、糞アベックども」


 あいつらはこれから、どういう所に行くんだろうか。ゲームの放課後デートは、まあオーソドックスなとこだとカラオケとかゲーセンとかだろうか。大人しめのヒロインの場合は図書館とか公園とかになるよな。では果たして現実の男女は、放課後のデートにどこに行くのだろうか。ふと気になったので、ブラウザを立ち上げて検索してみた。


「『放課後 デート』っと……」

「へえ、これからデートなの?」

「うへっ!」


 横からいきなり声を掛けられて思わずマヌケな声が出てしまった。


「……って、すみれ先生じゃないですか」

「こんにちは、遠山くん」


 すみれ先生は俺のすぐ隣で、俺と同じように壁に寄りかかっていた。


「いつの間に来たんですか?」

「ついさっきよ。ほんのついさっき、ね」

「……気配、全くしなかったんですけど」

「あら、そう?」


 ふふふ、と色っぽく先生は笑った。全く、食えない人だ。


「で? これからデートなの?」

「別にそんなんじゃないですよ、ああいうやつらは一体どこに行くのかって調べようとしてただけです」


 昇降口を出て行くカップルを顎でさして、俺は言った。


「ふ~ん、そうなんだ~」

「……何ですか、その意味深な笑みは」

「いやいや、何でもないわよ。気にしないで」


 それでもすみれ先生はニヤニヤと笑い続けた。


「それで遠山くん、自称幼馴染さんとはどう?」

「どう、って聞かれても……」

「上手くやってるの?」

「さあ、どうなんでしょうね」

「ところでさっきまであなたが一緒にいた女の子って、誰かしら?」

「…………さあ、誰なんでしょうね」


 先生がニヤニヤ笑っていた理由が分かった。この女、最初っからずっと見ていやがったのだ。なんて性格の悪さ。悪女、でも美人だから許す。


「あら、まだとぼけるの?」

「先生が何を言いたいんだかさっぱり分からないんですけど」

「全くもう、照れなくたっていいのよ。あの娘が自称幼馴染さんなんでしょ? 上手くやってるみたいじゃない」

「俺としてはすみれ先生と上手にヤりたいんですけどねえ」

「あらあら? 動揺してるのかセクハラにキレがないわよ、遠山くん」

「く、悔しい……」


 勝ち誇ったかのようにフフンと先生は笑った。残念ながら今回ばかりは分が悪いようだ。


「これから放課後デートなの? いいわねえ、若いって」

「デートなんかじゃないですよ、それに先生だって若いじゃないですか」


 すみれ先生はうちの高校の女性教員の中ではダントツに若いし、それにもちろんダントツで美人だ。そんなに羨ましがることじゃ無いだろうに。


「確かに年齢だけで考えればそうだけどね、でもやっぱり私とあなた達じゃ違うのよ」


 少しだけ寂しそうに笑いながら、すみれ先生はそう言った。そんな風に言われてしまうと俺はどうすることも出来ず、


「……そんなもんですか」


 こう言うしかなかった。こういう時にもっと上手く返せる奴が女の子にモテるやつなんだろうと思う。思うけど、俺にはそういうことが出来なかった。まあ、だから俺はモテてないのか。


「ええ、そういうものなのよ。だからあなた達は、今を目一杯楽しみなさい。細かいことや難しいことは気にしなくっていいの。自分がどうしたいか、どうなりたいか、それだけ考えて行動しなさい。それ以外の難しいことは、全部私達大人の仕事なんだから」

「は、はい……」

「ふふっ。何だか説教臭くなっちゃったわね、ごめんなさい」


 すみれ先生は小さく舌を出して笑った。それに釣られて俺も穏やかに笑った。


「ふふっ。すみれ先生、なんか先生みたいですね」

「そうね、何を私は先生みたいなこと……って、私は先生なんだから当たり前です!」

「流石、ノリツッコミとは恐れ入ります」

「あなたねえ…………全く、変な所で勘がいいんだから」


 いつものように呆れてすみれ先生は言うが、最後の方は声が小さくて聞き取れなかった。


「ん、何か言いました?」

「いいえ、何でもないわよ」


 先生はひとつ咳払いをして続けた。


「じゃあ、デート楽しんでらっしゃい」

「だからデートじゃないですって」

「取り敢えず駅ビルにでも行ってウィンドウショッピングしてから、喫茶店にでも入ればいいんじゃないかしら。無理に格好つけようとする必要なんてないの」


 駅ビルで欲しいものなんて無い、アニメイトも入っていないしあそこの本屋はラノベの品揃えも悪い。それに目的もなくブラブラする買い物なんて大っ嫌いだ。おしゃれな喫茶店なんてのも萎縮してしまって入れない。すみれ先生とか他の奴らにとっては格好つけない普通の行動だとしても、俺のような人間にしてみたらかなりハードルの高い行動だ。そんなこと、出来るわけがない。


「先生、俺の話聞いてます? デートなんかじゃないんですよ」

「じゃあ私は行くから。あ、くれぐれもアニメイトには行かないようにね、気をつけなさい」


 結局最後まですみれ先生の誤解は解けないままだった。全く、話を聞かない人だ。

 携帯電話の時計をみると、先生と話しているうちに更に5分ほど経過していた。遥香はまだ戻ってこない。電話にしては長い。


「……お、銀行立て篭もり解決したのか」


 また何となくスマートホンで掲示板を眺めているとそんなスレッドが見つかった。詳細を見ると、どうやら犠牲者はでなかったようだ。遠い世界の話だから俺には関係がないけれど、まあ無事解決してよかったと思う。


「ごめんね~啓介くん! 待ったよね?」


 程なくして、遥香がテトテトと小走りで戻ってきた。


「ああ、待ったな」

「うう、面目ない……」


 申し訳なさそうに遥香は言った。戻ってきた彼女の様子を観察してみる。


「髪、結んだのか?」

「え?」


 遥香の髪は先程までそのまま下ろした形だったが、戻ってきた彼女の髪は後ろで一つに結ばれた、いわゆるポニーテルに変わっていた。


「あ、えっとその……何か暑かったから! うん、今日はちょっと暑いからね!」

「そ、そうか」

「そうそう、そうなの! 髪長いと夏とかは大変なの!」


 遥香は急いで縛っていた髪をほどいて元に戻した。別に似合っているからそれはいいのだが、何だろうこの焦り様は。怪しい。


「それで、何してたんだ? 大分長かったじゃないか」

「それはええっと……女の子には色々あるのっ」

「色々って……生理?」

「ち、違うよ啓介くんのエッチ!」


 顔を真赤にして遥香は否定した。女の子の色々といわれると、思いつくのはそれくらいしか無かったんだがなあ。


「……もう、どうしてこんなにエッチになっちゃったのかな」

「あ? どういう意味だ?」

「何でもないです! ほらほら啓介くん、早く行こ?」

「……ああ、了解」


 生理じゃなかったら何だったのか、電話にしては長すぎる時間、彼女は一体何をしていたのか。気になるけど、あまり追及してもこちらが怪しまれてしまう。釈然としないものはあるが、それでもここでじっとしていても仕方がない。学校を出よう。


「ねえねえ、どこに行こっか?」


 嬉しそうに遥香は俺に聞いてきた。その笑みはまるで太陽の様に明るく、子供の様に無邪気だった。俺のことを信頼しきった、デレデレの甘々な表情。俺と遊びに行けるのがそんなに嬉しいのだろうか。


 ――もしこの彼女の笑顔が、全く一切、何の裏もないものだとしたら。


 そんな考えがよぎるが、でも俺が罪悪感を感じる必要なんてないのだ。この状況は異常で、彼女の怪しい存在で、俺は彼女のことを調べなければならないのだから。調べて、正体を突き止めて、この状態を脱しなければいけないのだから。


「……取り敢えず駅ビルにでも行ってウィンドウショッピングしてから、喫茶店にでも入ろう」


 だからこの台詞もそんな罪悪感から発せられたものではないし、彼女を少しでも喜ばせてやろうとか、そんな意図から発せられたものでは断じてないのだ。


「うんっ!」


 だから俺は、彼女の嬉しそうな返事に、断じて安心したりなんかしていないのだ。


 断じて、違うのだ。


















「……ああ、私よ。今日は申し訳なかったわね、突然招集かけちゃって。…………なんだか妙に機嫌が良いわね。それで? デート、上手く行ったの? …………はあ、あの子何も私が言った通りにしなくたっていいじゃないの。ったくどんだけ経験ないのよ。……ああ、ううん、何でもないわ。引き続き頑張りなさい。じゃあね」



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