九十七話 何時も遅れてしまう
コーガル領に入ったのは出発の翌日の昼頃だった。
敵のラジアン男爵軍とガレイ子爵軍の兵力は合わせて3000程で、対するフィネガン伯爵軍は800程度だ。
フィネガン伯爵は二年前の戦いに参加しており、当時4000もの兵力を抽出して居たのだが、多くの戦死者、戦傷者を出したために、著しく弱体化している。
それに対して、ラジアン男爵とガレイ子爵はロムルスからの援助金を投じて傭兵を大量に集めたらしく、傭兵主体の両軍は制圧地域で無法を働くが、男爵も子爵も留める事は為ず、寧ろ推奨すらしているらしい。
「・・・領都の包囲を解くのを優先するつもりだったが、予定は変更だ」
領都に閉じこもる伯爵の軍は、数に置いて劣勢で在るとはいえ、元々伯爵軍は西部の雄として知られた精兵揃い、良く訓練されて戦闘経験も豊富な伯爵の軍ならば籠城と言う事も合わせれば、まだまだ耐えられると考えた。
「領都を包囲するのは2000程度、残りの1000は領の各地に散らばって略奪を働いている。先ずはコッチの連中を叩く」
「「応っ!」」
僅かに80人程度の少数とは言え、此方はつい先日まで戦場で戦って生き残った猛者ばかり、処か、二年前の戦いや俺と共に帝国で戦った者も居れば、後方撹乱のために訓練されたレンジャーも少数ながら組み込まれている。
「戦争を知らない馬鹿に戦争を教えてやるぞ」
そう言うなり、俺と部隊は行動を開始する。
軽装かつ少数の俺達は森も川も何も地形的な障害を全て乗り越えて迅速に行動し、その後に煙の上がる集落を発見した。
山間の平地に存在している畑に囲まれた200人程度の集落は、家畜は殺されて放り捨てられ畑には火が放たれて黒煙を上げており、住民は集落の中心に纏められて傭兵共によって痛め付けられている。
「作戦は?」
そう尋ねるワルドに対して、俺は静かに答える。
「皆殺しにしろ。堂々と乗り込んで行って連中をぶちのめしてやれ」
「了解」
目測で敵の兵力は此方と同程度とみると、俺は小細工を弄せずに正面から攻撃を仕掛ける事を決めた。
「中隊前進」
「「おおおおおおおお!!」」
時刻は午後三時を僅かに過ぎた頃、スッカリと燃え尽きた麦畑を、集落の正面へと向けて中隊を進め、敢えて声を上げて敵を誘った。
対する敵傭兵部隊は、ゾロゾロと集落から出てくると隊列を整えて迎え撃つ姿勢を見せる。
「ふん・・・基本は出来ている様だな」
横隊を組んで長物を突き出す傭兵は、武器がバラバラである事に眼を瞑れば、それなりに威容を見せるが、その程度で怯む俺達では無く、寧ろ嘲笑の声すら上がる。
「兵隊崩れの連中に見せ付けてやれ。本当の兵士と言う物をな」
サーベルを片手に、中隊と共に前進する俺は、不思議な高揚感に胸をときめかせて、一歩一歩と敵に近付く度に頬が上気して脳みそが蕩けそうな感覚に陥った。
「・・・あと少し・・・あと一歩・・・」
呟きながら敵に向かう俺と中隊は、遂に敵の白目が見える程に近づき、それでも尚足を止めなかった。
「う、うあああああああ!!!」
俺達の圧力に耐えられなくなったのか、一人の傭兵が隊列を乱して走り出して此方に向かうと、堰を切った様に俺達に突撃を欠けてきた。
「歩きながらで良い。前列撃て!」
俺の命に従って一列目の40人が一斉に引き金を引くと、あと僅かで俺達に斬り掛からんとしていた傭兵共を物言わぬ屍に造り替えた。
「逃がすな!皆殺しにしろ!」
最初の一撃で士気が挫けた傭兵は、俺達から逃げようと方向を転換するが、それを俺が許す筈も無く。
中隊に突撃を命じながら一人の傭兵の背中にサーベルで斬り付けた。
「ワルド!逃げた奴を頼む!」
俺が言うが早いか、ワルドは一気に跳躍して集落に逃げ込もうとした三人を捕まえると、力任せに引き裂いて地面にうち捨てる。
周りでは追い付いた者から敵の背中に銃剣を突き立て、或いは後列の者が至近距離から急所を撃ち抜いて一方的に傭兵を駆逐した。
僅か10分程度の交戦で、見える限りの傭兵を畑の肥やしにして、血糊の付いたサーベルの刀身を拭きながら俺は集落に入った。
「この集落の代表は居るか!」
脅える住民達に向かって呼び掛けると、一人の中年の男が俺の前に進み出た。
「私が・・・村長のテイラーです」
脅えながら名乗った村長に、俺も名乗り返す。
「元王国陸軍のカイル・メディシア大佐だ。フィネガン伯爵の求めに応じて、救援に来た」
俺が伯爵を助けに来た事を伝えた途端、村長の顔色が明るい物に変わり、俺の手を取って礼を言った。
「あ、ありがとう御座います・・・!」
「うむ・・・村の被害はどうだ?」
被害状況を尋ねると、備蓄庫の食料や種籾と畑に火が掛けられた以外にも、数人の老人や男手が殺され、幾人かの年頃の娘が乱暴を受けたとの事だった。
「立て直せそうか?」
「分かりません・・・出来るだけの事はやってみるつもりです」
「そうか・・・乱暴を受けた娘達には何もしてやれ無いし、死人に祈りを捧げる事も出来ないが、怪我人を見る位はしよう」
俺は中隊に命じて、村の復旧に手を貸す事にして、出来る事を始める。
傭兵共の亡骸を集めて火を掛け、殺された村人を埋葬する穴を掘り、未だに燻る畑や倉庫の火を消火させた。
俺自身も経験と所持品を頼りに村人に応急的な手当しつつ、村人の様子を見る。
茫然自失として焼け跡を見詰める中年の男、泣きじゃくる子供をあやす女、泣きながら夫の遺体に縋る老婆、ブランケットに包まって友人に抱き抱えられて涙を流す娘、皆誰も彼もが絶望や悲しみと言った様子を見せていた。
「おい」
そんな中で、一人の青年が俺に声を掛けてきた。
短い赤毛の勝ち気そうな体格の良い青年は、眼を釣り上げて俺を見下ろしている。
「如何した」
「アンタはコレから敵と戦いに行くんだろ?」
「今日一晩泊まったら、明日の朝には移動するつもりだ」
簡単に予定を説明しながら、俺は傷ついた男の二の腕に包帯を巻く。
「俺も連れて行ってくれ」
「何?」
「奴等に復讐したいんだ。だから俺も連れて行ってくれ」
何を言い出すかと思えば、自分も一緒に戦いに連れて行けと言うのが彼の主張で、見れば他にも幾人かの年若い男達が集まってきている。
俺は、そんな連中を一瞥して言い放った。
「寝言は寝て言え」
「何!?」
「お前らじゃ足手纏いだ。大人しく村の復興に務めろ」
「足手纏いには成らない!体力も力も十分な在る!人足でも何でも良いから手伝わせてくれ!」
何を言っても引きそうに無い若者達に、如何したものかと悩む俺だったが、そこにワルドが現れて、青年に言った。
「面倒を起こすな。お前らが居ても役立たずだ」
ワルドは威圧しながら青年に言うが、青年はそれでも引かずにワルドに向き合った。
「俺は役立たずじゃ無い!必ず役に立つ!」
正直、ワルドに向かって怯まずに言い返す度胸は素晴らしいと思うが、ワルドはお構いなしに言い放った。
「もう一度言うぞ。役立たずは要らん」
ワルドの言葉を聞いた瞬間、青年は怒りに任せてワルドに掴み掛かる。
しかし、ワルドは一度胸座を掴む事を許すと、次の瞬間は逆に胸座を掴み返して片手で持ち上げて投げ飛ばした。
「怒りは分かる」
「っ・・・!」
「だが、それでも連れては行けない。素人には、我々に着いてくる事は出来ない」
静かに言うワルドの言葉に、青年は項垂れて地面を掻き毟り、悔しさを滲ませた。
その後は粛々として、何事も起こらず、一晩経って朝日が昇る頃には俺達は準備を整えて集落を後にした。
「やるせないな・・・」
隣に立って歩くワルドの呟きに、俺は前を向いたまま返す。
「まだまだ始まりだ。行った先で、毎回同じ様な事が起きるだろうさ」
「もっと早く着いていれば・・・」
「そうだな・・・何時だって俺達は少し遅い・・・もっと万能で、賢明で在ったならどれ程良かっただろうな」
「正にカイルが何時も言っている事だ。如何してこうなった・・・だ」
「本当に如何してだろうな」




