九十六話 訓練・・・最後まで出来なかった
イオナ夫人の許可が下りて直ぐ、俺は兵士の募集を始めた。
募集要項は、男で在る事、健康であり五体満足で虫歯が無い事、満十五歳以上四十歳以下である事、この三点のみであり、志願者は訓練を受けた後に正式に部隊の指揮下に入り、軍の許可が下りるまでの間、軍務に着く事である。
給金は銀貨十枚が月の初めに支給され、戦死した場合は遺族に対して金貨二枚が支払われる。
この要項をガラ領各地で文章で張り出すと共に口頭で説明をした結果、500人が集まった。
そして、俺は、その500人の新兵の前に立って話を始めた。
「善くぞ集まってくれた。諸君の意気は大いに結構だ」
整列する事すら出来ていない連中を見て、俺は内心で一から兵士を育てなければいけないと言う事に憂鬱になる。
「諸君は既に契約書にサインをして、晴れて我が麾下に入り、アレクト殿下を支える軍の一翼を担う事になった」
一体、この中の何人が俺の言っている事を理解していて、何人がこの先に起こる事を想像できているだろうか。
恐らくは、誰一人として何も考えずに金に目が眩んだのだろう。
「今から諸君は軍人だ」
そう言った瞬間に、連中の顔が明るくなるのが見えた。
俺は、そんな連中をドン底に落とす言葉を口にする。
「軍人に成ったと言う事は即ち、貴様等は俺に逆らう事は出来ないと言う事だ。俺が死ねと言えば貴様等は死ななければ成らない存在になったと言う事だ」
響めきが広がるのが分かる。
漸く軍人に成ると言う事の一端を理解し始めた連中は、逃げだそうと背を向ける奴がでたが、ソレを許す訳が無かった。
「貴様等は俺からは逃げられない。契約書にサインした時から、貴様等の自由は死んだのだ」
逃げだそうとした連中をハンスに率いられた兵達が銃を構えて制止した。
抗議の声を無視して、俺は近くに居た一人の胸座を掴むと、声を落として言った。
「もう遅い。コレはお前達が自分の意志で決めた事だ。俺の許可無く隊を離れた者は脱走兵として処罰してやる。この世で最も恐ろしく生きている限りで一番の痛みをタップリと味会わせてやる。分かったら返事をしろ」
「は、はい」
「声が小さいぞ!この蛆虫!!腹から声を出せ!!さもなきゃその腹を切り開いて無理矢理声を出させるぞ!!分かったか!!」
「はい!分かりました!!」
「足りないぞ!!本当に分かっているのか!!!」
「はい!!!」
俺と、不幸にも俺に眼を着けられた青年との遣り取りを見て、周囲がしんと静まり返る。
そんな連中に向かって、俺は怒鳴り付ける様に言った。
「何を見ている!!貴様等も同じ眼に会いたいか!!」
「ひっ・・・」
俺の言葉に小さく悲鳴を上げた男を見付けた。
そいつは身体が小さく、背丈は俺の胸の半ば程しか無く、女の様に小さな男だ。
「貴様!!」
「はいっ・・・!」
「俺の声程度で怖じ気づきやがって!それで戦えると思っているのか!!」
「・・・」
「何とか言え!!」
「お、思いません!」
「ならなんでここに居るんだ!!貴様本当に十五を超えているのか!!」
矢継ぎ早に言葉を浴びせる俺が、年齢を疑う様な言葉を掛けると、彼は震えながら言った。
「十四です・・・」
「なに!?」
「まあ、十四に無ったばかりです・・・」
何と、彼は募集年齢を誤魔化して志願してきたらしく、本当は十四になったばかりで、募集要項を満たして居なかった。
「何故志願した」
「お、お金の為に・・・」
「なら、コレで分かっただろう。この世にうまい話など無いと」
「はい・・・」
俺の言葉に小さく返事をした彼は、背を向けて立ち去ろうとするが、俺はそんな彼の肩を掴んで言った。
「何処へ行くつもりだ?」
「へっ・・・?」
「お前は検査に合格してこの場所に居るのだ。ならば勝手な除隊は許さん」
「そ、それは・・・」
「喜べ、特例として、我が隊はお前を歓迎してやる」
瞬間、青ざめていた彼の顔色が更に悪くなって真っ白になるが、そんな事はお構いなしに俺は言葉を続ける。
「呪うのならば自身の軽率さを呪え。何、俺も初陣は十四だ」
そして、俺は彼の肩を掴んだままで、全員に命じる。
「コレより体力錬成の持久走を行う!!全員俺の後に続いて走れ!!」
その言葉と共に、俺は少年の腕を掴んで走り出した。
後ではハンスが声を張り上げ、何発かの銃声が鳴って連中を追い立てて無理矢理走らせる。
当然、脱走を防止するために兵達も併走して叱責し、逃げだそうとした者は容赦なく立たせて走らせ、場合によっては銃床で小突いたり、銃剣で突いて走らせた。
最終的に、ハーフマラソン程度の距離をひたすらに走らせ、誰一人足腰が立たなく成って地面に倒れると、俺は全員に向かって言う。
「今日からここが貴様等の寝床だ!!快適に暮らしたければさっさと天幕を張れ!!」
街から離れた林の中の開けた一角に、たたまれた常態の天幕が置いてあるだけのこの場所が、訓練所兼兵舎となる。
この日のために急遽用意した特設の練兵所である。
「さあ、お楽しみはコレからだぞ?」
その日は天幕を張って靴や軍服の至急等を行った後で、部隊の編制を行って終わり、本格的な訓練は翌日の早朝、日の出と共に連中をたたき起こしてから始まった。
「コレより体力錬成の10km持久走を行う!!全員走って俺に着いてこい!!」
昨日の夜の内に更に30人程度の要員を増やして、見張りと食事などの準備に振り分け、一人当たり十人を見る方向で訓練が行われる。
「駈け足!進め!!」
俺の号令と共に、五列の縦隊で走り出した。
訓練部隊の編制は100人で一個訓練区隊とし、区隊は10人一組の班十個で編制され、各班に班長の隊員一人が着いて見張り、区隊事に区隊長の隊員が一人置かれて訓練を行うのだが、暫くは俺が主導して訓練を行い、区隊長の五人とハンスは雑務や準備を行う運びだ。
「歩調あわせ!!一っ!一っ!一、二っ!」
「「「「「ソーレ!!」」」」」
「一っ!一っ!一、二っ!」
「「「「「ソーレ!!」」」」」
「一、二!一、二!」
歩調を叫びながら林の周りを五回回り、宣言道理に10km走らせると、天幕に戻った頃には全員息を荒げて地面に倒れてしまう。
そんな、連中に対して俺も休みたい気持ちを堪えて怒鳴った。
「寝るな!!戦場で疲れて倒れたら死ぬだけだ!!死にたくなければ今すぐ起きろ!!」
そう言うと、のそのそと起き上がるが、何人かは俺の言う事を無視して寝転がったままで、俺は近くの班長から銃を受け取って銃口を向けた。
「今すぐ起きなければ撃ち殺す!!」
その言葉に殆どが起きて立ち上がるが、それでも立たない奴が居る。
「よし分かった」
そう言うなり、俺は躊躇無く引き金を引き、倒れている奴の頭の直ぐ側に着弾させる。
「うおっ!!」
まさか本当に撃つとは思って居なかったのか、男は跳ね起きて、俺を睨むが、そんな事を無視して俺は次弾を込めて言う。
「次は当てるぞ」
全員がゾッとした様な表情で俺を見詰める中、班長に銃を返すと、全員を整列させる。
「今日から本格的な訓練を行う!着いて来れない奴は隊には必要は無い!!遺族には事故死したと伝える!!」
そう言うと、全員が先程の俺の行動を思い浮かべて、顔色を青ざめた。
「死にたくなければ死ぬ気で着いてこい!!そうすれば戦場で死なせてやるぞ!!」
更に顔色を悪くする連中に、少し脅かし過ぎたかと思いつつ、俺は解散させて食事を取らせた。
固い黒パンとジャガイモのスープだけだが、ひたすらに量だけは確保した。
「腹一杯食え!食わなきゃ死ぬぞ!」
そう言いながら、俺はスープでふやかした黒パンを掻き込んだ。
食事が終われば、今度は基本教練を行う。
整列や行進、歩調、敬礼などの動きをみっちりと丸一日使って身体に叩き込み、余った時間は夕食まで筋トレに費やした。
その結果、全員が疲れ果てて逃げ出す事が出来ず、一日の訓練が終われば後は寝るだけの生活が二週間続き、その頃には最早、脱走を考える者は居なくなっていた。
「聞け!!蛆虫共!!」
ある朝、俺が整列する新兵達に向かって叫ぶと、全員が直立不動で顔を上げて俺に注目する。
「今日から俺は暫くの間、この訓練大隊を離れる事になる。詳しくは言わんが、状況が変わり出陣せねば成らなくなった」
一週間前、南部諸領の反ロムルス派の軍が中央へ攻撃を行ったのだが、敢えなく撃退されてしまった。
この南部の動きに、西部の反ロムルス派の領主が協同するべきとの布告を出したのだが、親ロムルス派の領主がソレに反発して食料の買い占めを行い、両陣営の緊張が高まり、遂に一昨日の夜に戦闘が行われた。
ガラ領から北へ向かった親ロムルス派のオーマ領のラジアン男爵と、ペラネジア領のガレイ子爵が反ロムルス派のコーガル領に進撃を開始した。
コーガル伯のフィネガン・スタンレインは直ちに援軍を要請し、籠城の構えを見せるが、時を同じくして西部各地で親ロムルス派による反ロムルス派の有力諸侯への攻撃が始まり、西部の反ロムルス派は危機に陥った。
「お前達は未だ訓練の半ばであり、武器も乏しいため連れて行く事は出来ないが、この領が襲われる事が在れば、その時はハンス中佐の指揮の下で、存分に力を振るってくれ」
「「「おおっ!!」」」
俺のコレからの行動は、ワルドと再訓練を終えた部隊を掌握し、コーガルへ急行する。
コーガルでは領都で包囲されているコーガル伯を救助すると共に、敵を押し返して戦線を構築、局地的な拮抗状態を造ってからペラネジア領を襲撃してガレイ子爵を無力化する。
そうすれば、後はコーガル伯だけで残りを片付ける事が出来るため、俺は次の行動に移ると言う流れだ。
若干の心配事はあるが、俺は後の事をハンスに任せて練兵場を後にし、領都のワルドに合流すると幾分増えた80人ばかりの中隊を掌握して出陣した。
「何で何時もこうなるのか・・・」




