九十四話 正直、勢いで書いた。後悔はしていない気がする。
「退却!!退却!!」
ペイズリー卿の声が響き、周囲の兵達が辺りを見回した。
「何処に逃げれば良いんだ!!」
「囲まれているぞ!!」
如何してこうなったのか、呆然として俺達を攻撃する敵の方を見れば、そこには赤く祖国の軍旗が翻っている。
「団長!!団長!!」
漸くと国境を越えて逃げきったかと胸を撫で下ろした瞬間、背後の共和国の追撃が間に合わなかったと歯がみしていると笑った瞬間、猛烈な砲撃によって生きて帰って来た者達が、次々と薙ぎ倒されて行った。
「何故・・・何故・・・国が俺達を・・・」
「若様!!指示を!!」
最早、俺の耳には誰の言葉も届かず、ただただ目の前の現実を直視出来ないでいた。
「若様!!・・・クソっが!!」
不意に鳩尾に鈍い衝撃が走ったかと思えと、俺の身体は崩れ落ちて、遠ざかる意識の中で、誰かが俺の身体を持ち上げるのを感じた。
「何故・・・」
その言葉と共に、俺は現実から逃げるように瞼を閉じた。
「・・・ここは」
目が覚めた俺は、辺りを見回しながら呟いた。
鬱蒼とした林の中で、木漏れ日に照らし出された血塗れの男達が、嫌が応にも夢が現実で在ると言う事を教えてくれた。
「どうなっているんだ・・・?」
「それは俺も聞きたい事です」
「ハンスか?」
俺の呟きに言葉を返したハンスは、血塗れの軍服を着て、血塗れの兵士を肩に担いで姿を現した。
「・・・すまんな」
「いえ、貴方が冷静だったならば俺が取り乱していました」
俺がハンスに謝罪の言葉を述べると、気にしなくて良いと言う風にハンスが返し、傷ついた兵士をそっと降ろした。
「傷を見よう」
そう言って俺が兵士に近づくと、俺は赤い軍服が血で染まったグリーンのジャケットである事に気が付いた。
俺の存在に気が付いた彼は掠れる声で言った。
「団長・・・俺達は・・・」
「喋るな」
鍛えに鍛え上げられたレンジャーも、こうなってしまえば、やはり同じ人間だった。
「少し傷むが我慢してくれ」
そう言って俺は彼の太腿を手拭いでキツく縛った。
「っぐ!」
出血を少しでも抑えられればと思ってキツく縛るが、抉り取られて無くなってしまった彼の脛からは、止め処なく鮮血が流れ続けた。
「すまない・・・」
彼は助からない。
どうしようも無い無力感に苛まれながら、俺は呟いた。
「・・・」
「若様」
程なくして息を引き取ったレンジャーを、俺は開いたままの瞳を閉じてやる事で労いながら、ハンスに向いた。
「生存者は?」
限りなく絶望的な質問に返されたのは、無言で横に振られたハンスの首で、分かり切っていたにも関わらず深い悲しみが込み上げて来た。
「砲撃によって部隊は散り散りに・・・逃げ場の無い国境からどれだけ逃げられた物か・・・」
後に戻れば共和国軍にやられ、前からは祖国の味方からの砲撃が飛んで来た。
一方的な蹂躙の中でハンスが俺を助け出せたのは奇跡としか言い様が無かった。
「コレから如何します?」
「現状が知りたい。ここは何所だ?」
ハンスによると、ここは攻撃に合った場所から、そう離れてはおらず、連中は砲撃が終われば掃討も行わずに退いていったと言う。
「大体、二時間位だな」
攻撃に合ったのは丁度昼の頃だから、今は三時位になる。
「北に行こう」
そう、判断した根拠は、北に行けばガラに辿り着くからだ。
「じゃじゃ馬娘の実家に助けを求めよう」
何もかも分からない事だらけの現状で、装備はサーベルと拳銃だけ、味方はハンスだけ、絶望的な事は何時も通りと腹を括って俺はまたもや戦友を置いて歩き始めた。
「何時か・・・何時か必ず供養せねばならんな」
「なら、殺した奴等を見つけ出して地獄を見せてやりましょう」
「ああ・・・全員残らず磨り潰してやる」
仲間の復讐を誓い、二人で北上する旅路は案外スムーズに進み、若干拍子抜けしつつも二年ぶりの嘗ての戦場を目指して歩き、三日の後にガラの領都に到着する。
ボロボロの黒ずんだ軍服に身を包んだ二人組と言う事で、大分訝しげに見られつつも、俺は真っ直ぐに領主の館へと向かうともんの前で叫んだ。
「ダーマ伯は居られるか!」
と言えば、館の中から幾人かの使用人らしい男達が手槍を持って出迎えに出てくる。
「何者だ!ここを何処だと思っている!!」
「貴様等こそ俺を誰だと思って槍を向けている!!死にたくなければ今すぐに伯を出せ!!」
正直、冷静に考えれば他に幾らでもやり様が在った筈なのだが、この時の俺は気が立っていて、言い訳のしようが無い程の不審者ぶりを見せ付けていた。
「さっさと伯かフィオナ少尉を出せ!!」
今にもサーベルを抜いて斬り掛かりそうな程に気が立って、剣幕で押し切ろうとする俺だったが、使用人達の後から現れた人物が俺の正体に気が付いてくれた。
「もし?貴方はカイル・メディシア様では?」
「そうだ!カイル・メディシア大佐だ!」
「まあ、お久しぶりで御座います。わたくしが領主代理を務めておりますイオナ・ダーマで御座います」
漸く自分を知っている人間が現れたと歓喜した俺は、酷く無礼であったのだが、単刀直入に尋ねた。
「イオナ夫人に俺を害する意志はあるか!」
「いいえ。恩人にその様な事はとても出来ません」
「なら、今すぐに協力してくれ。俺達を襲ってきた連中を地獄に送ってやる」
「ええ、喜んでお手伝いさせて頂きますわ」
ハンスは全く着いて来られず、実の所、俺も勢いに任せて話して居るため、細かいところは何も分かって居なかったのだが、一先ず館の中へと入って少し寛ぐと冷静さを取り戻して、再びイオナ夫人と話す。
「先程は大変申し訳無い事をいたしました」
「いえ、カイル様の状況を考えれば致し方ない事で御座いますわ」
「と、言う事は何が起きているのかご存じで?」
妙に引っかかる言い方をした夫人に尋ねると、夫人は微笑みながら答えた。
「ええ、国境を越えてお戻りになったペイズリー卿が国賊として討ち取られた事も」
「国賊!!?」
余りにも衝撃的な夫人の言葉に、驚いて声を上げた俺は、混乱する頭を必死に働かせながら夫人のに話を聞く。
「夫人、一体何が起きているのですか?」
「一週間前の事です。一週間前に第三王子のロムルス殿下がアレクト殿下を廃嫡なさったのです」
アレクト殿下を廃し、第二王子のレオンハルト殿下を政争によって封殺したロムルス殿下は国の全権を掌握すると、共和国との和平と軍事同盟を締結、共和国内で多数の犯罪行為を行い王国に対する背信行為を行ったアーサー・ペイズリーを処刑したと言う、俄には信じられない話が夫人の口から発せられた。
「勿論、こんな馬鹿げた話を信じる様な貴族は居ませんが、民衆は違いました」
「と言うと?」
「今、王都を中心とした王国中央ではロムルス殿下の呼び掛けに応じた多くの平民が軍の編制を行っています。ロムルス殿下は平民の権利拡大を宣言して、絶大な支持を集めて居るのです」
「騎士団は何もしなかったのか?」
「勿論抵抗いたしましたが、陸軍を手中に収めているロムルス殿下は多勢で騎士団を封殺したのです。それに、甘い汁を啜ろうと、ロムルス殿下に着く貴族も多かったのです」
夫人の話を聞く俺は、一番に気になる事を尋ねる。
「殿下は・・・アレクト殿下は御無事でしょうか」
「・・・アレクト殿下は何とかロムルス殿下に対抗しようとしていましたが、抗いきれず、何処かへと落ち延びているとしか・・・」
「そうですか・・・」
「実は、ここ最近で生き残った方がこの街に来ているのです」
俯き掛けた俺に夫人が言った言葉は、唯一明るいと思える物で、俺は顔を上げて夫人に尋ねようとするが、その前に夫人が教えてくれる。
「街の幾つかの宿を貸し切ってお休みになって貰っています。カイル大佐の部下の方も見受けられていますわ」
そう言われた俺は、居ても立ってもいられずに立ち上がって館の外へと走ると、そこには既に噂を聞きつけた物が集まって居いた。
「団長!!」
俺の姿に気が付いた独りが、傷ましい身体を懸命に立たせて俺に声を掛けた。
「団長!!」
「団長!!」
「大佐!!」
多種多様な人種種族からなる、生きて残った戦友が口々に俺を呼んだ。
「貴様等生きていたか!!善くぞ無事だったな!!」
嬉しさの余りに思わず口を吐いた言葉に、自分で言って涙を溢れさせてしまい、傷だらけの男達は嗚咽を漏らして男泣きに泣いた。
「カイル」
「・・・ワルドか!お前も生きていてくれたか!」
「ああ・・・お前も無事で何よりだ」
身体の大きな黒狼は俺に近寄りながら、鋭い犬歯を見せ付けるように笑った。
「リゼ大尉は一緒では無いのか?」
「いや・・・だが幾人かと一緒に逃げる所は見た」
気が付けば、館の前の広場には続々と兵士が集まって来るが、誰も彼もが泥だらけの血塗れで、傷ましい様子を露わにし、中には腕の無い者も居る。
「他にも怪我人は多いのか?」
「怪我人はそれ程多くは無い。歩けない者は皆死んだ」
ワルドの簡潔な答えは分かりやすく悲惨さを伝え、見回す中に手脚を失った者を見付ける度に、俺の胸に込み上げる物が有った。
そして、俺はペイズリー卿の部下だった兵士達を見付けると、彼等に近づいて言った。
「閣下が亡くなられた事は?」
「存じております・・・」
「どう言う状況だったか分かる者は?」
「目の前で敵に攫われるのを見ました」
「そうか・・・」
「大佐はコレから如何なさるのでしょうか」
「俺は戦争卿だぞ?ロムルスが戦争を望むというのならば事は決まっている。付き合うか?」
「「勿論です!!」」
「よろしい・・・事は決まった!!本物の戦争をクソ共に思いしらせてやるぞ!!」
「「「おおおおおおおおお!!!」」」
如何してこうなったのかは分からないが、コレからどうなるのかは分かった。
即ち、何時も通りに戦争をすれば良いと言う事が分かった。
感想を頂いた勢いで書きました。




