九十二話 時間稼ぎ
「中隊構え」
暗い林の中で、レンジャーと共に伏せる俺が囁く様に命じる。
僅か6mと言う、目と鼻の先を共和国の騎兵が二列の縦隊で進んで行く。
夜を徹して退却する俺達を追う共和国軍は、北側に展開していた軍団から4000ばかりの軽装騎兵を抽出して差し向けた。
遅々として進まない王国軍を逃がすために、俺はレンジャーとハンス兵団を引き連れて殿をかって出た。
途中で合流したシモン達スカウトコマンドのもたらした情報によって、敵が南西から接近してきている事を知った俺は、道中の森の中に部隊を展開して敵を待ち伏せる。
「狙え」
敵の先頭が目の前を通り過ぎて行き、ある程度まで隊列を引きつけた所で、俺が最初の一人を撃つ。
「っ!!」
松明を持った一人に狙いを定めると、レバーアクションのカービンで胸を狙って引き金を引いた。
引き金のスプリングの感触を確かめながら引き絞ると、銃口から青白い魔弾が吐き出されて、狙った通りの目標を撃ち抜いた。
「敵襲!!」
敵の内の誰かがそう叫んだ瞬間、一斉に森の茂みの中から光弾が飛び出して街道の敵兵を射殺する。
突然の事に浮き足立った敵は、右往左往して馬を走らせて味方にぶつかり、或いは銃声に驚いた馬に振り落とされてしまう者が続出した。
「敵は混乱しているぞ!撃ちまくれ!」
暗闇の中では煌びやかな軍服は良く目立ち、手に持っていた松明の灯りによって、更に際立たせている。
森の中に隠れているコチラの姿は敵には見えず、灯りの所為で夜目にも慣れていない敵は俺達に取っては良い的だった。
「退却!!退却だ!!」
余りに一方的な状況に耐えかねたのか、敵の指揮官らしき男が声を上げる。
その指揮官らしき男に俺は銃口を向けて引き金を引き、首を撃ち抜いて射殺した。
指揮官が不在となった事で混乱がより大きくなった共和国騎兵は、前後不覚に陥った上に、遂には倒れた味方を踏み潰してしまい、或いは互いにぶつかり合って落馬してして、身動きが取れなくなって行った。
しかし、敵も何時までも右往左往としている訳でも無く、幾人かの冷静な者が中心となって防御円陣を組んで対応し始めると、後続の部隊も合流して反撃に出始めた。
「竜騎兵早く来い!!敵は林の中だ!!」
敵の一人の叫びの後、敵の方から銃声が鳴り、俺の近くの木の幹に弾丸がめり込んだ。
「撤収!」
敵後続のドラグーンが続々と急行してコチラ目掛けて射撃を始めると、俺は被害を受けるのを嫌ってレンジャーに後退を命じる。
「レンジャーは徐々に後退!!相互に援護しろ!!」
分隊毎に射撃を行いつつ順番に後方へと下がるレンジャーは被害らしい被害を受けずに林の奥へと逃げるが、敵はただでは返さないとばかりに追撃を掛ける。
一個中隊ばかりが、後退する俺達を追いかけて林の中へと馬を走らせて入り込んできたのだが、それは悪手と言わざるを得ない。
「第二大隊、出番だ!!」
森の中で機動を制限された敵の追撃は、暗闇の中から姿を現した第二大隊によって白兵戦に持ち込まれ、碌に反撃も出来ないままに馬から引きずり下ろされて留めを刺された。
恐らく、コレと同じ光景が道を挟んだ反対側でも繰り広げられているで在ろうと言う事を考えつつ、俺はカービンに弾を込める。
「敵は街道を戻って行きます。どうやら後退するようです」
「分かった」
リゼ大尉の報告を受けて、一先ずは敵の出鼻を挫いた事に満足し、それから次の手を考える。
「恐らく敵は頭に血が上って意地でも本隊に追撃を掛けるつもりだ。時間的にここを突破せねば本隊に追い付く事は出来ないだろうから、必ずこの街道を通る」
国境を目指して進む本隊に追い付くためには、森を越えなければ成らず、森を迂回するとなると北か南に大きく迂回する必要がある。
夜の森を通るのに、騎兵だけで突っ切るというのは、先程の様に行き詰まって馬が脚を止めてしまうため、非常に困難な事で、敵は街道を通らなければ森を抜ける事は出来ない。
「夜明けまでの5時間が勝負所だ。それまで何とか敵を食い止める」
俺達の撤退の事も考えると、出来る限り敵に打撃を与えつつ、夜明けの1時間前には撤収せねばならず、それ以上粘れば、たちまちに撃破されてしまうだろう。
数で言えば敵はコチラの十倍近く居るのだ、それも全てが騎兵となれば、逃げるにしても余程、余裕が無ければ困難な事は言うまでも無い。
「レンジャーを集結させろ」
「はい!」
俺がリゼ大尉に命じると、大尉は側にライカンを呼んで、レンジャーの集結を伝える様に言った。
ライカンの兵士は上を向くと俺達には聞こえない声を上げて鳴き、暫くすると、直ぐに来ると言う判事を告げる。
「来たぞ」
そう言って現れたワルドは幾分返り血を浴びた様子で俺に到着の報告を上げた。
俺は、周りを見回して、レンジャーの面々の顔を見て次の動きを指示する。
「敵は森の外に一時的に引いたが、また直ぐに来るだろう。俺達の目的は敵の遅滞にある。より大きな遅滞効果を得るために敵に更に攻撃を掛ける」
俺の考えは、森の外に引いた敵にレンジャーを使って更なる攻撃を加える事だった。
敵は予期せぬ攻撃を受けた事で浮き足立ち、次の行動に出倦ねている。
ならば、敵に冷静さを取り戻すための時間を与えずに、更に機先を制して攻撃を加える事で戦闘の主導権を握ろうと考えた。
「コチラが先手を打つ。敵に主導を渡すな!」
「了解!」
行動が決定してからの動きは速かった。
レンジャーはライカンを先頭に森の中を真っ直ぐに走り、街道の森の手前で集結している共和国騎兵を捉える。
森の外との境の茂みまで匍匐で近づくと、各々が目標となる敵兵に狙いを付け、攻撃の合図となる俺の発砲を待った。
「・・・」
俺が狙いを付けたのは、屯する敵の中で軍旗を持っている一人の兵士で、立て膝の態勢でカービンを構えて引き金を引いた。
「ぐおっ!」
不意に、俺の狙った兵士が態勢を変えた所為で狙いを外し、胸を狙ったのが右の肩に当たってしまう。
「敵襲!!」
警戒していた敵の一人が銃声を聞いて直ぐに攻撃を受けている事に気が付いて声を上げるが、その直後にレンジャーによる射撃が始まった。
連続して奇襲を受けるとは考えていなかったのか、共和国騎兵は大きく混乱して眼鞍に反撃に出てしまう。
ドラグーンによる応射は、全く見当違いな場所へと撃ち込まれ、そうこうしている内に、コチラは松明を持つ兵士を軒並み射殺すると、辺りは完全な暗闇に支配された。
「接近戦に持ち込め!!」
星明かりだけの状態では、コチラも敵に射撃を加える事が困難になってしまい、悪戯に弾薬を消費する事は出来ないため、俺は抜刀して接近戦に持ち込んだ。
「おおおおおお!!」
茂みから飛び出した俺は、一番手近な所に立っていた敵に狙いを定めると、一気に距離を詰めて首を跳ね飛ばす。
俺の攻撃の後に続くように、ライカンを中心にレンジャーの各員がナイフやトマホーク等を取りだして敵に接近して攻撃を加えた。
「応戦!!応戦だ!!」
敵の一人が叫んで抵抗の意志を見せる物の、闇夜の中で奇襲を掛けられた共和国兵は、効果的な反撃が出来ずにいる。
時間にしてみれば僅かに4分足らずの間、後続の共和国兵が救援に来るまでの間に、敵の先頭部隊は全くの抵抗も出来ないままに甚大な損害を負う事になった。
それに対してレンジャーの側は、接近戦で数名が軽い手傷を負ったのみで、本格的な戦闘に発展する前にとっとと森の中に退いた。
「敵は森から距離を取って警戒している様子です。あの様子ならば、暫くは動かないでしょう」
リゼ大尉の報告を受けながら自分の二の腕を手拭いで縛る。
先程の戦闘で、闇雲に振り回した敵の剣で斬られたらしく、ジャケットに切り込みが出来て血が滲んでいた。
「・・・ぬっ」
「私がやります」
右の二の腕を左手だけで縛ると言うのは、予想以上に難儀するもので、中々上手く手拭いを巻けないでいると、リゼ大尉が手伝いを申し出てきた。
「すまない。頼む」
俺は大尉に手拭いを手渡して縛りやすいように身体の右側を大尉に向けた。
俺に頼まれた大尉は、慎重に傷口の辺りに二度三度手拭いを巻き付けると、止血のために力を入れて強く手拭いを縛った。
「ぐっ・・・!!」
「大丈夫ですか?」
俺が呻き声を出すと、大尉が心配するように声を掛けてくる。
「大丈夫だ」
大尉に答えた俺は、立ち上がってレンジャーに伝えた。
「移動開始だ。予定通り森の外に出るぞ」
敵は二度の奇襲を受けて被害を被り、警戒心を強めている。
恐らく暫くは森の中に入ろうとはせず、移動もより慎重な物となり、良い時間稼ぎとなるだろう。
「置き土産に罠でも張っとけ」
時間稼ぎをより効果的に行うために、街道上に小さな落とし穴を掘り、森の中にも下草に紛れてロープを張って嫌がらせの罠を設置する。
ハンスと第二大隊は既に森の中から脱出しており、この先を進んだ街道上に馬防柵を設置して陣地を構築している手筈になっている。
俺とレンジャーは森を出ると、留めておいた馬に乗ってハンス達との合流に向かった。




