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九十話 摩訶不思議な戦場

「前列構え!!」


 戦闘開始は太陽が真南に移動した12時丁度の事だった。

 俺の飛ばした命令と共に、戦列の最前二列のパイク兵が槍を構える。

 パイク兵の槍の構え方は少し独特で、槍の一番下の部分を持ち、やや前傾して自分の胸の高さで水平に支持する。

 この状態姿勢で槍を集団で構える槍衾を形成したパイク兵の戦列は、互いに牽制し合いながらゆっくりと距離を詰めていく。

 相手のパイクを自分のパイクで反らし、時には弾くなどして自分にパイクが当たらない様に敵に近づき、自分のパイクの鋒が敵に当たる距離になれば容赦なく敵の体に突き立てる。

 列になった兵士達は、自分の前の兵士が倒れると、直ぐさま入れ替わるように前へ出てパイクを構え、列を乱さない様にして慎重に、しかし激しく戦いを繰り広げるのだ。


「前へ!前へ!」


 目と鼻の先に居る敵と火花を散らす戦いは、敵の騎兵を遊兵と化すが、コチラも銃兵の火力を投入できないで居た。

 これ程に両軍が接近してしまえば、騎兵は突撃は愚か動く事もままならず、銃兵は出しゃばって射撃すればパイクの嵐に蹂躙されるだけに成ってしまう。

 両軍は左右両翼の騎兵と銃兵を一段後に下げて、パイク兵同士の戦いで決着を付けるしか無かった。


「押せ!!前へ出て敵を圧倒しろ!!」


 もしもコチラの戦列が崩れて後に下がれば、直ぐさま敵の騎兵が投入され、機動力に欠けるパイク兵は簡単に討ち取られてしまう。

 しかし、逆に敵を圧倒して優勢を勝ち取り、敵戦列を突き崩す事が出来れば、コチラは銃兵を前に出して圧倒的な火力に物を言わせる事が出来るのだ。

 敵との距離が離れている内から銃兵を出せば一撃は撃てるが、戦列の入れ替わりもままならない状態ではパイク兵の投入の前に騎兵の突撃を受ける嵌めになる。

 対して、敵の騎兵も側面ならば兎も角、正面からパイク兵の戦列に突撃など出来る筈も無く、やはりパイク兵同士で敵を押して、最後の一押しに使うしか無かった。


「右翼が出過ぎだ!左翼を前へ出せ!!」


 横一線に並んで戦う以上、戦列の歪みは隙を生んでしまう。

 密集戦術は勇敢でも臆病でもいけない。

 周りとの協調が一番に求められる。

 直ちに戦列を調えるために右翼側に前進を命じるのだが、そこは敵も然る者で、右翼が前に出た事によって取り残された中央に敵が集中して中央突破を狙ってきた。


「っち!全体後退!!」


 戦列の層の厚さの違いから押し切られるのを追われた俺は、全体に後退を命じて、戦列を4m後退させた。

 後退と同時に戦列を再び調えるが、右翼の突出からの俺の対応は間違いなく悪手だった。

 戦列の後退を機に、共和国軍は前衛部隊を一挙に前進させ、全面で圧力を強めてコチラを圧倒し、俺は早くも苦境に立たされる事と成ってしまう。


「部隊は下がるな!部隊は下がるな!!」


 一度下がり始めた戦列は、敵の圧力に気圧されてジリジリと後退し、気付けば10m以上も押し込まれてしまっていた。


「・・・両翼のハンスとライノ中佐に伝令。銃士隊は徐々に後退せよ」


 俺は直ぐ近くに居た伝令に命令すると、視線を敵中央に向けた。

 俺の命を受けた伝令は直ぐに走り出し、暫くすると最左翼の銃士大隊が下がり、ハンスの兵団も徐々に後へと下がり始める。

 それを見た左右のパイク兵の大隊も自主的に下がり始めると戦列は緩やかな弧を描いた。

 これに対して敵は圧力を更に強め、特に戦列中央は三方から袋叩きに遭う様に集中して攻撃を受けた。


「中央が持たないぞ!!」


 敵の苛烈な攻撃を受けた中央の大隊から声が上がるや否や、中央の大隊は一気に瓦解し始めて後に下がり、戦列は緩やかな弧から歪な波形に変わり、更にV字に変貌を遂げる。

 後は敵に中央を突破されて左右両翼は分断各個撃破されるだけと言う状況で、俺は馬上から叫びを上げた。


「銃士隊射撃開始!!全体前進!!」


 その言葉と同時に、左右の銃士隊は中央突破を狙う敵部隊に対して射撃を加えた。

 逃げ場の無い状態で思わぬ射撃を受けた敵部隊は一撃で甚大な被害を被ると、攻撃を止めて後退する。

 混乱する前線の様子を見て、敵将のオベール大将が指示を出し、敵戦列の中衛が前進を始めた。

 ここで敵の中衛を迎え撃ち、銃士隊を防護するためにパイク兵を一気に前に出す事で戦闘の状況を一番最初に戻す事に成功した。


「戦いはコレからだ!!気を引き締めろ!!」


 俺は戦列のパイク兵に向かって叫ぶが、その実、自分に対して発した言葉でもあった。

 そして、両軍戦列が再び接触し、牽制の為に互いのパイクが激しく打ち交わされると壮烈な主導権争いが始まった。

 当初、王国軍の右翼戦列が再び敵に対して突出し始めるが、直ちに右翼の前進を留めた上で中央と左翼を押し上げた。

 しかし、この動きに呼応して共和国軍側の戦列右翼が前へ出て、互いの戦列の右翼が突出した状態になる。

 図らずも両軍戦列は斜線陣の様相を呈して戦闘正面が広がる結果となった。


「右翼大隊後退しろ!!」


 俺は先程の轍を踏む事になると分かっていながらも右翼に後退を命じる。

 それは、このまま左翼と右翼の距離が離れてパイク兵の大隊が敵に側面を露出するのを嫌ったからである。

 敵の戦列がパイク兵のみで構成されていれば側面を見せてもさして問題にはならないが、敵の戦列に軽装歩兵が混じっているとなれば話しは別だ。

 もしもこのまま大隊同士の距離が離れて相互援護が出来なくなると、無防備な大隊側面を軽装歩兵に攻撃される事になる。

 そうなれば乱戦においては全くの無防備と言っても良いパイク兵の大隊は簡単に壊滅させられてしまう。

 そう言う事情があって俺は大隊間の距離が離れるのを嫌ったのだ。


「敵を逃がすな!!このまま推し進め!!」


 俺の指示に従って右翼の大隊が下がり始めると、敵の前線指揮官が逃がすまいと叫んだ。

 右翼が下がった分だけ敵が左翼と中央を押すとコチラの戦列の斜線は変わらず、寧ろ徐々に戦列が伸びて敵に対して無防備な面が大きくなり始めた。

 最早、ここから戦列を立て直す事が出来ないと確定した時、俺は無い頭を搾って考えを巡らせた。

 そして、思い浮かんだ考えを直ぐさま行動に移すべく全隊に向かって命じる。


「全体後退しろ!!」


 俺が命じたのは先程までと変わらず後退の命令だった。


「後退だ!!急げ!!」


 必死に成って後退を叫ぶと、戦列は上体を維持したまま全面で後へと下がり、徐々に敵後衛との距離を開き始めた。

 急速に前線を下げると、先の戦闘で瓦解した敵前衛部隊の立て直しを図っていた共和国軍本隊は、前線部隊との距離を離してしまっていた。

 そして最右翼と敵左翼のとの距離が30m以上に達した瞬間、俺は馬上で鐙を踏み締めて上体を持ち上げると命令を発した。


「全隊!!左向け左!!」


 敵にしてみれば余りにも突然の事だっただろう。

 突如として、目の前の敵が左を向いて無防備を晒しコレを好機と見た敵戦列は一挙に攻撃を仕掛けようと動いた。

 しかし、次の瞬間には最右翼からのハンスの喜色に満ちた声が響くと同時に、共和国軍戦列から悲鳴が轟く事となる。


「第二大隊撃て!!」


 久し振りに聞く一つに連なる銃声が響き、昼間の陽光の中でも見える青白い光弾が放たれると、敵戦列左翼の部隊は溶ける様に崩れて行った。


「着剣!!敵を殲滅してやれ!!」


 斉射の後、ハンス兵団は銃剣を着けて果敢に敵部隊に向かって白兵戦を挑み、敵を圧倒して次々に制圧する。

 間合いの長いパイク故に肉薄される事に弱い共和国最左翼はこの攻撃によって壊乱してしまい、その混乱が共和国戦列全隊に波及すると全隊が動きを止めてしまった。

 その巨大な隙に左を向いた各パイク兵大隊が敵部隊側面へと強烈な一撃を食らわせる。

 一つ間違えばコチラの無防備な側面を簡単に打ち破られて敗走必至となる動きは、ハンスの取った迅速なカバーと、見事に対応仕切ったパイク兵達の勇気と練度によって成功し、後は崩壊した敵部隊を押し潰すだけだった。


「敵を押せ!!このまま押し潰せ!!」


 既に敵最左翼は完全に崩壊し、王国軍パイク兵戦列は俺の命じるよりも先に、一気に共和国中衛を左に押した。

 しかし、ここで共和国軍が動いた。


「騎兵前進!!」


 オベール大将の声が戦場に響くと、敵左翼後衛に配置されていた重装騎兵が前進してきた。

 機動の余地が無い為に動きを見せなかった共和国騎兵は、正面の友軍が居なくなった事で攻撃するための余地を得て前進してくる。

 コチラとしては幸いな事に距離が短いために突撃には成らなかった物の、最強の突破力と白兵戦能力を兼ね備える重装騎兵はハンスの兵団へと近づいて行く。

 幾ら強靱なハンスの兵団とは言え、重装騎兵の攻撃を受けてしまえば、幾ばくも無く蹴散らされる事は必死だ。

 だが、攻撃の為の余地を得たのは、何も共和国騎兵に限った事では無かった。


「王国騎兵よ!!我が背に続け!!」


 甲冑を纏ったペイズリー卿の声が轟くと、後方に配置していた2000王国騎兵が、敵の重装騎兵1000を迎え撃つ。

 寸での所で騎兵の軌道上からハンス兵団が逃れた瞬間、両軍騎兵が激しくぶつかり、戦場の中央右側で敵味方が混じり合う乱戦を繰り広げた。

 数で勝る王国軍騎兵は、しかし、大多数が軽装騎兵であり、有力な重装騎兵である共和国騎兵に対しては些か分が悪いと言わざるを得なかったが、ペイズリー卿はその不利を物ともせずに敵を圧倒して見せる。

 その様子を見て卿に任せれば大丈夫だと判断した俺は、直ぐさま左翼側へと移動して歩兵部隊を掌握する。

 敵の部隊を包囲して身を擦り付け合わせる程に接近しながらも、果敢に敵を圧倒する王国軍パイク兵だが、現状は決して芳しくは無い。

 未だに万全の状態の後衛の歩兵部隊を残している共和国軍に対して、王国軍の戦列は無防備な側面を晒す事となり、敵歩兵が前進してきている。


「ハンス!正面ラインを張れ!!」


「応っ!!」


 接近する敵戦列に対応させるべく、ハンスの兵団を前進してくる敵に対して横隊で展開させる。

 比較的近い位置に居た事と、戦場自体が狭かった事もあってハンスは大隊を駈け足で移動させると、五列の横隊を組ませた。

 とは言え、ハンスの大隊は攻撃後に移動したばかりで装填の時間が取れず、三倍近いリーチを持つパイク兵の戦列に銃剣で挑む形になってしまう。

 それは余りにも無謀な事だった。


「ライノ中佐!今すぐに大隊を移動しろ!!」


 今現在において、王国軍で無傷なのは銃士大隊だけだ。

 銃士大隊は先程の側面攻撃にも殆ど参加しておらず、弾薬の消費も殆ど無く、未だに全力を残している唯一の部隊だった。


「銃士大隊!!移動だ早くしろ!!」


 ライノ中佐が檄を飛ばして大隊を移動させようとするが、練度の低い大隊は中々方向転換もままならず、それをみた俺は直ぐに銃士大隊の下へと向かった。


「ええい!!早くしないか!!早く移動するのだ!!」


 恐らくライノ中佐も混乱しているのだろう、具体的な指示を飛ばす事をせずに方向も指示できないまま怒鳴るだけで、完全に指揮官としての経験不足を露呈して部隊の混乱を招いている。

 そんな無様さを見せ付ける銃士大隊を前に、俺はホルスターから拳銃を抜いて上空へ向けて二発撃ち、指示を出した。


「気を付け!!俺に着いてこい!!」


 銃声に反応して俺の方を向くと同時に、着いてくる様に言うと、馬首を返して馬を歩かせた。


「着いてこい!!」


 再度、俺が叫んで空に向けて拳銃の引き金を引くと、銃士大隊は隊列も何も関係無しに俺に着いて歩き出した。


「ライノ中佐!!」


「な、何だ!」


「本管中隊を掌握しろ!特に魔術小隊は何が何でも掌握して連れて来い!」


 そう言って俺は馬の足を速めて大隊を牽引し、ハンス兵団の展開する正面へと急いだ。


「下がるな!!大隊の意地を見せろ!!」


「応さっ!!」


 既に敵と接触しているハンス兵団は、強烈な敵の攻撃を受け、被害を拡大しつつも強固に耐えて見せている。

 銃士大隊が漸くハンス兵団の直ぐ後に到着した頃、ライノ中佐がリーゼ女史と魔術小隊を連れて俺の下へとやって来る。

 俺は直ぐにリーゼ女史に向かって言った。


「リーゼ女史!今すぐに敵に攻撃しろ!!敵が怯めばそれで良い!!」


「りょ、りょうか~い!」


「ハンス!!合図と同時に俺達と交替しろ」


「了解だ!!」


 俺に怒鳴られた女史は他の魔術師と一緒に攻撃

の準備に入る。

 俺の言った通りに、敵が怯むだけの威力が出せる様に手早く詠唱し、敵に向けた杖の先から炎の塊を撃ち出した。

 他の魔術師も同様に火球を敵に向けて放つと、力が抜けた様にその場にへたり込んでしまう。


「座るな!!直ぐに移動しろ!!」


 リーゼ女史達に叱責しながら、放たれた6つの火球を眼で追うと、火球は敵戦列の最前に当たって青白い炎が敵の前列を焼いた。

 コレに怯んだ敵が僅かに後退るのを見て、俺は大隊に向かって命令を下す。


「大隊前進!!ハンスの兵団と交替しろ!!」


 整然と規律を保って下がるハンス兵団に対して、銃士大隊は隊列も何も無く、前時代的な横長の集団のまま前に出る。

 リーゼ女史達が出した魔術の炎は急速に勢いを失って鎮火すると、再び共和国軍の戦列が前に出て来た。


「構え!!」


 俺の言葉に僅かに遅れて、銃士大隊は銃口を敵に向ける。

 馬鹿に長い骨董品は扱うのに難儀する代物で、構える銃士隊の隊員の腕が震えて銃口がフラフラと游ぐ。


「味方に当てるなよ・・・撃て!!」


 バラバラとまばらに響く銃声と共に、銃口から吐き出された魔弾は半分があらぬ方向へと飛んで、至近距離であるにも関わらず、その効果は酷く限定的だった。


「撃ってない奴は前に出ろ!!撃った奴は後に下がれ!!」


 隊列を組んでいないが故に、統制された斉射が効果的に行えず、間に合わないと知りつつも列の交換をさせる。

 目前に迫る敵の戦列の向こう側には、自ら指揮を執るオベール大将の悠然たる姿が見えて、大将の指揮する兵達に比べて、銃士隊の御粗末な姿に、顔から火を噴きそうになる程だった。


「敵は弱卒!!鎧袖一触にして見せよ!!」


「「「おおおおおおおおお!!!」」」


 オベール大将が檄を発せば、敵の戦列は勢い付いて銃士隊を蹂躙しようと、一挙に押し寄せて来る。

 銃剣も無く、戦闘経験の少ない練度の低い銃士隊には、音に聞こえたオベール軍の攻撃に抗うだけの能力など無く、いとも容易く蹂躙されるのは目に見えている。


「後退!!後に下がれ!!」


 ただ、幸運な事と言えば、戦場の右半分を騎兵同士の戦いに支配されて居るために、オベール大将の指揮する、共和国戦列に右翼から回り込まれる心配が無い事ただそれだけは幸運な事だった。

 俺が指示するより前に、士気崩壊で後に逃げる銃士隊は、かくも情け無い有様の軍隊は無いと思える程に酷い有様だった。


「見よ!あの情けの無い醜態を見よ!奴等に戦場を汚した報いを受けさせるのだ!!」


 オベール大将に嗤われる銃士隊には、ただの一人でも留まって抵抗しようと言う気概の者は無く、我先にと味方を押し退けて逃げ惑った。

 しかし、この状況に置いて、銃士隊が醜態を晒して耐えた僅か1分足らずの時間は、まさに黄金の時間だった。


「第二大隊!!構え!!」


 銃士隊が逃げた先で万全の体勢を整えたハンス兵団は、堂々と銃口を揃えて命令を待った。

 残存する400名程度兵力を四個中隊に分け、各中隊は三列横隊を組、中隊と中隊の間に間隔を空けて銃士隊の逃げ道を確保している。


「ハンス!!」


「若様!!早く逃げて下さい!!」


 俺は逃げ遅れた銃士隊の前列以外が後退するのを見届けた後で後退してハンスの隣に向かった。


「ぬうっ!?攻撃止め!!攻撃止め!!」


 オベール大将は整列するハンス兵団を見ると直ちに停止命令を出す。

 もしも留めなければオベール大将の兵隊はパイクが届く直前に斉射を受ける事となり、最大の効力での射撃を受ける事になる。

 深度の深い縦隊を組んでいるパイク兵戦列ならば一撃二撃受けても持ち直せると判断して、僅かでも生存数の多い方を選んだのだろう。

 流石の判断の良さは経験故の事なのだろうが、ただ一つだけオベール大将はミスを犯してた。


「ハンス!!」


「大隊射撃開始!!」


 ハンスの号令が発せられると各中隊の中隊長が命令を出して各中隊の最前列がしゃがみ姿勢で斉射を行う。

 最前列が射撃を終えると中隊長が再び命令を出して二列目、三列目と順番に射撃を行った。

 射撃が終わった列は装填を手早く済ませ、三列目の射撃後に最前列が再び射撃体勢に入る。

 この、各列毎に交互に射撃を行うランニングファイアは実行するに当たって高い練度が必要になる。

 オベール大将の犯したミスは銃で連続射撃が出来ると言う事を知らなかった事で、コレは銃と言う新たな主力兵器に対する知識不足と、高練度の銃兵との戦闘経験の少なさ故のミスだった。


「ぐうっ!!全体前進しろ!!」


 ランニングファイアによる連続射撃を知ったオベール大将は、直ぐさま兵達に前進を指示した。

 僅か10mに満たない至近距離では、退くよりも攻撃に出た方が良いと判断を下した。

 至近距離の射撃を受けているにも関わらず、オベール大将の指揮を受ける兵達は、未だ意気軒昂として果敢に攻撃の為に進み出る。

 実際問題、敵兵が一人でもコチラの戦列に到達して射撃間隔に穴を空けてしまえば、後は雪崩の様に押し潰されてしまうだけだ。


「第二大隊!敵を寄せ付けるな!!」


 正面に真面な前線を構築したハンスは檄を飛ばして必死に正面を支えようとした。

 数の上では十倍も差があるにも関わらず、それでも敵の攻撃を留めて置けるのは、やはり銃火の力のお陰であったが、数の差だけは如何ともし難く、オベール将軍に鼓舞された共和国パイク戦列はジリジリと距離を縮めていた。

 緩やかに敗北が近づきつつある現状で、俺は思わず声を上げてしまった。


「第二大隊!!三列目から各列射撃後に2m後退!!」


 俺が声を上げると、隣にいたハンスが一瞬俺の方を見て、それから直ぐに兵達に声を掛けた。


「聞いたか!!若様の命令だ!!死ぬ気で実行しろ!!」


「「「応っ!!!」」」


 俺の発した命令通りに三列目が射撃を行うと、射撃を終えた三列目が後へと下がる。


「ハンス」


「何でしょうか若様」


「後にいる腰抜け共に活を入れてきてくれ」


「了解しました」


 ハンスは俺の言う通りにして、三列目の兵士と一緒に後へ下がり、そのままライノ中佐と銃士大隊に近寄っていく。

 そうしている間に続いて射撃を行った最前列が、二列目の兵士の間を縫って後へ下がって横隊を再構築する。


「最後に残ったお前らは射撃後に直ぐに一番後に並べ!!」


「「応っ!!」」


 そして、最後の三度目の銃声が轟くと同時に、残っていた者達は勢い良く走って下がる。

 それと同時に俺も後へ下がると、横隊の中央の直ぐ後に陣取り、次の命を下す。


「俺の合図と共に一列目と二列目で斉射を斉射!!その後に敵に突撃する!!」


「「「応っ!!」」」


 前列はしゃがみ姿勢で銃を構え、二列目が立った姿勢で銃を構える。

 狭い戦場の半分を騎兵が乱戦が占領したために更に狭くなったお陰で戦闘正面が限定され、それによって対抗できていたのだが、俺は圧倒的な兵力差でジリ貧になる事を嫌って敢えて突撃に踏み切った。


「まだだ!!まだ撃つな!!」


 射撃が途絶えた敵戦列は、一気に前進して俺達に接近してくる。

 パイクの間合いは凡そ5m、突撃前の一斉射撃は出来る限り敵を削りたいと言う一心で、ギリギリまで粘る。


「まだだ!!」


 一歩、もう一歩と敵の兵士が踏み出す度に射撃命令を出してしまいたくなる気持ちを抑え込み、攻撃の瞬間を見極める。

 そして、その時は遂に来た。

 敵の構えたパイクの穂先が眼前に迫り、次の一歩でその穂先がコチラを貫くと言う所まで迫った瞬間、俺は声を上げた。


「撃て!!」


 最早中隊長の号令すら待たずに、前2列の270余りの銃口から一斉に青白い光跡を引いた魔弾が撃ち出され、目の前の敵戦列を撃ち抜いた。

 その直後、俺は号令を発した。


「第二大隊突撃に!!突っ込め!!」

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