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八十九話 舌戦、老将軍と若輩士官

中々話が進みません。

「来た・・・」


 太陽が真横から照り付ける中、共和国の軍勢が正面から姿を現した。

 この時期に珍しく蜃気楼が立つほどに地面が温められて、俺の額にジワリと汗が滲んで強い不快感を感じる。


「鬨を上げろ!!!」


「「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」


 戦列の最先頭に馬に乗って佇んでいた俺は背後の兵達に向けて強く叫んだ。

 その叫びに呼応する様に、隊列を組んで立つ兵達から鬨の声が上がった。

 軍団の歩兵部隊の全権を託された俺は、布陣する地形から隊形まで、完全に俺のやりたいように形を整えた。

 左右に余裕の無い地形に歩兵の横隊を置いて正面切った殴り合いを望み、騎兵は完全に後方に配置した。

 主力のパイク兵5000は5つの大隊に分け、それぞれの大隊は縦20列、横50列の縦隊を形成し、戦列中央に配置、最右翼にハンスの兵団を置き最左翼には銃士大隊を置いて固める。

 長槍を用いた歩兵隊列で共和国を相手に戦うと言うのは、奇しくも俺の初陣の時と同じ状況であり、人生とは数奇で因果な物と思いながら、俺は振り返って馬上から戦列に向けて言った。


「聞け!!敵は高々コチラの倍程度だ!!一人二殺で勝利だ!!どうだ!!簡単だろう!!」


「「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」


「良く言った!!俺はお前らを信じよう!!ペイズリー閣下の鍛えたお前らを信じよう!!今日まで生きて来たお前らを信じよう!!!」


「「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」


「お前らの仕事は簡単だ!!敵を殺せ!!正面以外は見る必要は無い!!ただ正面にいる敵を殺せ!!目の前の敵が居なくなれば勝ちだ!!敵が前に居れば踏み潰せ!!前の味方が倒れれば踏み越えろ!!この戦いの間!!後退の文字は抹殺しろ!!」


 そう言い切って、俺は戦列の最後尾に向かう。

 コレで下がっていた士気が上げれば良いと思いつつ、全体を見回して指揮が出来る位置に付く。

 馬上から見える共和国軍の陣容はコチラと同じく歩兵隊列を中心としており、中央の部隊はパイク兵を中心としており、パイク兵の縦隊に挟まれる様に剣を持った軽装歩兵の部隊が組み込まれているのが見えた。

 主力の歩兵部隊の左翼側に重装騎兵を置き、右翼側に軽装騎兵を置くオーソドックスな隊形を形成する敵軍には、一番の懸念事項だった野砲の姿は見え無い物の、敵の兵の浮ついた様子の無い整然とした姿は歴戦兵と言った風体だ。

 しかし、敵とコチラの一番の違いと言えばやはり層の厚さであろう。

 敵の戦列は全部で三層あり、一層辺りの兵力はコチラよりも少ないのだが、三層合わせれば倍程度の兵力差がある。

 アレを相手にするのかと思うと気が重くなった。


「相変わらずの演説の上手さですな」


 俺が位置に付くなり、待っていたハンスが俺に笑いながら言う。

 そんなハンスに、俺も笑顔で言葉を返した。


「燃えるだろ?」


「ええ、コレでもう何も怖く無い」


 そう言うと、ハンスは側に控えさせて居た馬に乗る。


「では、俺は大隊の下へ行きます」


「兵団だ」


「ほぼ第二大隊の様なもんでしょう。それに大隊って言った方がヤル気が出るので・・・しからば」


 右翼に向けて駆けていくハンスを見送って、俺は正面に馬首を向けて敵を見据える。

 馬上から見えるパイクの穂先の列なりを見て、一息着くと、左側から蹄の音が聞こえてきた。


「メディシア」


「大佐を付けろ。大佐を」


「貴様に言われた通りに配置は完了した・・・癪に障るが歩兵の扱いは、お前の方が優れている・・・本当に癪だがな」


 やはりライノ中佐には大分嫌われてる様だが、しかし、言う事を確りと聞いてくれているのは大いに助かる。

 彼女が大人な人間である事に内心で感謝しつつ、俺はライノ中佐に声を掛けた。


「隊は大丈夫か?」


 俺が尋ねると、ライノ中佐は首を振って答えた。


「いや・・・かなり厳しいだろうな・・・」


「この戦いはお前達に掛かっている」


「分かっている」


 ふとライノ中佐の手を見ると、微かに震えているのが分かる。

 表情こそ気丈に口元を引き締めてはいるが、その実、不安に押し潰されそうだと言う彼女の内心が透けて見えていた。

 そんな彼女に対して俺は言葉を放った。


「怖いのか?」


「・・・何だと?」


「怖いのかと聞いたんだ。お前を見ていると今すぐに逃げ出しそうに見えるぞ」


 そう言った瞬間、ライノ中佐は激昂して声を張り上げた。


「馬鹿にするな!!この程度何ともない!!貴様に心配される程落ちぶれてなどいないわ!!」


「・・・そうか」


「屈辱だ!今に見ていろ!!私の力を貴様に見せ付けてやる」


 ライノ中佐は俺に吐き捨てる様に見栄を張ると、馬首を返して銃士隊の下へと帰っていった。


「少し可愛く思えてきた」


 到底、年上に対して思う感想では無いはずなのだが、ああして強がって見せる姿が少し可愛らしく写って呟いた俺は、僅かに口角を上げて再び前を向いた。

 敵は既に戦列を整えて此方に向けて前進を開始している。

 距離凡そ400m、接敵までの5分は人生で最も緊張間の高まる瞬間と言えるだろう。


「全体前進!」


 敵の前進から一拍置いて、俺も前進を命じて戦列全体を前へと進ませる。

 パイク兵は秒速凡そ70cm程度のやや狭い歩幅で歩き出し、隊列を乱さない様に前後左右と息を合わせて行進を行う。

 行進の最中パイク兵は槍の柄の一番下の石突きに近い部分を両手で保持し、穂先を真っ直ぐに天へと向けて歩く。

 この非常に全長の長いパイクを長時間に渡って保持し続けるだけの筋力と、敵を前にして臆さずに戦列を維持し続けるだけの胆力が求められる為、パイク兵は通常、常備の志願兵か高練度の傭兵で無ければ付く事の出来ない精鋭なのである。

 故に、多少士気が落ちていようとも直ぐさま逃げ出す様な事は無く、確りと指揮を執れば強固に耐え続ける事が出来る。


「まさか俺がこんな戦いを指揮する事になるとはな・・・」


 今まで散々に歩兵の戦列歩兵化と軍の近代化を目指して来た俺が、自分の思想に逆行する様な古臭い戦いをするとは思いもよらなかった。

 と言うのも、現在の軍隊の潮流としては軽装高機動化が主流であり、王国においても共和国においても、軽装歩兵が流行で戦列歩兵以前にパイク兵の重装歩兵的な戦術は時代遅れだった。

 別に重装歩兵やパイク兵が弱いと言う訳では無く、軍隊の巨大化とそれに伴う騎兵戦力の増大によって歩兵隊列への側面攻撃が増えたため、歩兵の高機動化が求められる様になり、また、パイク兵などは訓練に時間が掛かり早期の戦力増加が困難で、しかも維持に費用が掛かると言う事情がある。

 実際、正面切った戦いならばパイク兵や重装歩兵は騎兵や騎士の突撃にも強固に耐え、軽装歩兵などは簡単に蹂躙できるが、戦術の陳腐化の感は否めない。

 戦列歩兵はどちらかと言えば重装歩兵の流れにある兵種であるため、ある意味で俺が一番得意とする戦い方ではあるが、それでも流れ的には逆行している戦術で戦うのは皮肉っぽい感じがした。


「全体止まれ!!」


 的と接触するまで100mを切った所で、敵の戦列が前進を止めた。

 それを見た俺も停止を命じて的の動向を覗う。

 その時、敵の戦列の奥から馬に乗った壮年の男が出て来て声を上げた。


「王国軍の諸将兵諸君!!吾輩はザラス共和国陸軍フェルディナン・ド・オベール大将である!!」


 男が自分の名を叫ぶと同時に、兵達の間に明らかな動揺が走る。

 俺も彼がこの場所に居る事には非常に驚いた。

 と言うのも、彼フェルディナン・ド・オベール大将と言えば知らぬ者の居ない猛将として知られた共和国四将軍の一人だからだ。


「アウレリア王国が勇者達よ!!諸君等は善くぞ卿まで戦って来た!!その諸君の奮闘を称え、ここに栄誉ある助命の道筋を示す物とする!!」


 フェルディナン大将の言う事は簡単に言えば降伏勧告であり、俺達に諦めろと言っているのである。

 随分と尊大で自信に満ちた言い方ではあるのだが、彼の事を僅かにでも知っているのならばそれも頷ける。

 彼の名前の、ド、と言うのは貴族に付けられる敬称なのだが、現在の共和国には貴族はいない事になっている。

 にも関わらず、公式に貴族号を名乗ることが出来るのは、彼と彼の先祖がそれだけの働きをしたと言う事であり、それだけの尊敬を集めていると言う事なのだ。

 コレで漸く、敵軍の兵達の様子に合点がいった。

 アレこそが音に聞こえたオベールの勇猛軍なのだ。

 俺は、何時までもこのままにしている訳に行かないと覚悟を決めて、オベール大将の前へと進み出た。


「ほう・・・?」


 片方の眉を上げて声を出すオベール大将に対して、俺は兵団式の挙手の敬礼では無く、また、サーベルの鋒を天に向けて柄を口に近付ける方法でも無い、もっと古い右手握り拳で自分の胸を軽く叩く騎士の略式礼を行った。


「アウレリア王国陸軍カイル・メディシア大佐であります」


「うむ」


 オベール大将は俺の敬礼に対して1つ頷いて同じ様にして答礼すると俺に言った。


「大佐よ。早速だが降伏せよ」


 単刀直入に迂遠な言い回しを嫌う武人らしい人柄を現す言い方は、尊大で嫌味にも聞こえるが、オベール大将に言われると実に様になっていて不思議と疑問が浮かばなかった。

 そんな、大将に俺は直ぐさま返事を返す。


「いいえ大将。我々は降伏はいたしません」


「そうか」


 俺が返すと、オベール大将は驚きもせず最初から予想していたと言う風な反応を見せる。

 そして、次の瞬間、オベール大将が右手で腰の剣を引き抜いて俺の首下に鋒を突きつけた。


「では、このまま貴様を殺してしまった方が都合が良いな」


「・・・」


 まるで獣の如き剣呑な眼差しで、俺を見詰めるオベール大将の剣は一切震える事無く俺の首に突き付けられている。

 そんな情況下に在りながら、俺は努めて冷静に言った。


「下手なお芝居はお止め下さい大将」


「ほう?何故芝居だと言うのだ?吾輩は本気で貴様のそっ首を跳ね飛ばす事が出来るのだぞ?」


「可能と言う事は即ち実行すると言う事にはなりますまい」


 挑発的な言葉を放つオベール大将に対して、冷静に返す俺は、一度句切ってから再び口を開いた。


「武人であらせられる大将に、その様な野蛮な行いは似合いはしません」


 そう言うと、オベール大将は一瞬キョトンと下顔をすると、一転して大声で笑いながら剣を納めた。


「もう一度お前の名前を教えてくれ大佐」


「カイル・メディシアであります」


「カイルか・・・では、カイルよもう一度言おう、我が前に膝を着き、我が軍に降伏する意志は無いか?」


 もう一度降伏勧告をするオベール大将に俺は即答で答えた。


「お断りいたします」


「何故だ?このまま戦っても我が軍には勝てはせぬ。無駄に屍を晒す事も無かろう」


「我々が敗北する等と仰るには尚早でありますオベール大将。我々は未だ矛を交えてすらいないではありませんか。それで何故我が方の敗北を決め付ける事が出来ましょうか」


 俺からの返答を聞いたオベール大将は、実に残念そうに眉を下げて嘆息し、俺に言葉を投げ掛けた。


「・・・名将の誉れを歴史に刻むのは常に懸命なる判断をする将である。お前の名は愚かな敗残者の代名詞になるだろう」


 その大将の言葉に対して俺も言葉を返す。


「いいえ、我らを歴史に刻む名は苦境においても諦めない不撓の勝者の代名詞であります」


 オベール大将は俺の言葉を聞くと、笑顔を浮かべて俺に言う。


「面白い男だ・・・感謝するぞカイル。久方ぶりに胸の空く様な気持ちの良い若者に会う事が出来た」


 何処か寂しそうな眼をして俺に言ったオベール大将は、馬首を返して自軍の方を向く。

 俺も戻ろうとして背を向けると、背後から大将が言葉を掛けた。


「もし・・・もし、お前が我が国の者だったならば、吾輩の孫娘の婿にと言う未来も在っただろう・・・本音を言えば吾輩と共に我が国に降って貰いたいと言う気持ちも在るが、お前は決して祖国を裏切らぬであろう」


「泣き落としは通用しませんよ・・・今の俺は、アウレリア王国陸軍のカイル・メディシア大佐です。頭の天辺から足の爪先まで、貴方方共和国軍を叩き潰すと言う考えで一杯ですから」


「やはりな・・・ではな、カイル大佐。戦場で会おう」


「・・・出来れば会いたく無いですがね」


 そう背中越しに言葉を交わすと、どちらからとも無く自軍の下へと向かって進み出した。

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