八十四話 砲弾
好い加減にガキみたい雰囲気はなりを潜め、敵地らしい緊張感を持った中隊は、南東方向へと進む。
それ程過敏になって隠れる様な事はせず、人里を少し避ける程度に留めながら、迅速に王国国境を目指した。
現状で俺達は、見方の詳細な位置も敵の布陣も分かっておらず、常に遭遇戦の危険があるのだが、それでも移動速度を重視した。
その甲斐あってか、当初の目標値点まで40kmの位置まで移動する事が出来た訳だが、ここで前衛に出していた第二小隊から敵部隊発見の報が入った。
「敵はこの先2km先の街道を東へ向けて移動中。30程度の荷馬車の隊列のため輸送部隊と推測されます」
そう報告を上げたのは、第二小隊に組み込んだモケイネスだ。
「荷物の種類は分かるか?」
俺はモケイネスに向かって質問するが、彼は首を横に振って答える。
「いえ、荷物までは・・・ただ、移動速度が遅いので重量物の可能性が高いかと」
「分かった」
モケイネスを下がらせて少し考える俺に、リゼ大尉が声を掛けて来た。
「如何しますか?攻撃なら何時でも動けますが」
「・・・よし!攻撃しよう!」
俺が行動を決めて声を上げると、中隊の雰囲気が更に引き締まって、隊員は別命無く武器の点検を始める。
その様子を見ながら、俺は手早く中隊に行動の支持を出す。
「第一小隊が敵先頭を襲撃する!第四は敵の退却を防ぎ!残りの第二第三は俺と共に敵右側面から攻撃だ!」
「了解!」
「指示は聞いたな!第一小隊!私に続け!」
リゼ大尉が声を上げて馬を走らせると、第一小隊の面々がそれに続く。
第一小隊は東進する敵に対して左側から大きく迂回して回り込み、敵の先頭を叩く、その動きに合わせて、俺は二個の小隊を率いて第一小隊とは逆の方向へと走った。
「最初の一撃以降は接近戦で行く!」
「「応っ!!」」
10分ほどして、第一小隊の攻撃を示す銃声が響いて来た。
「第一小隊がやったぞ!遅れを取るな!!行くぞ!!」
走りながら後続の者達に声を掛け、更に速力を増して敵の右側面に到達する。
そこから部隊は縦隊で走った状態から一斉に左に馬首を返して横隊に変更した。
元々騎兵戦は想定はしていなかったレンジャーだが、テオの話しによって中隊のダークエルフが騎兵戦を行えると言う事を知って、方針を修正したのだ。
「構え!!」
横隊の中央まで一度移動した俺は、サーベルを抜いて声を上げた。
隊員は馬を走らせながら両手でライフルを構え、下半身だけで身体を支えて狙いを定める。
「撃て!!」
敵前150m、射撃号令と共に銃声が鳴り響くと、浮き足だった敵の輸送隊は混乱状態に陥った。
「突っ込め!!」
「「おおおおおお!!」」
手放しで馬に乗れる常軌を逸した能力を持った彼等だからこそ、走りながら射撃を行って直ぐに突撃に持ち込めるのだ。
俺はつくづく人材に恵まれた。
大した護衛の無い輸送隊は、三方からの攻撃を受けた時点で完全に抵抗の意志を失って逃げ出した。
背を向けて走り去ろうとする敵を見て、俺は第二小隊に向かって、更に指示を出した。
「逃がすな!!追撃しろ!!」
コチラの行動の発覚は遅ければ遅い方が良い。
敵が既に俺達が、河を渡って近づいている事を知って要るにしても、詳細な動きまでは把握されていないのなら、手間にならない範囲で隠蔽はしたかった。
走って逃げる敵を追うのに、馬を使うコチラが遅れを取るはずも無く、追撃と敵の掃討を終えた時点で一時間と掛からずに戦闘は終了した。
「で、中身は何なんだ?」
ワルドに尋ねられて、俺は無言で荷物を手渡した。
「何だコレ?」
「砲弾だ」
重量凡そ6kg、直径約10cmほどの鉄の塊は、こうしてみると何の事もただの重い球なのだが、コレを野砲に込めて撃ち出せば、一撃で数人の命を奪い、掠めただけでも人体に甚大な影響を与える事が出来る。
俺は砲弾を見詰めながら言う。
「覚えておけ・・・コレから戦う敵はコイツを雨の様に降らせてくる。ここにある全てが、俺達か俺達の仲間に向けて放たれる筈だったんだ」
荷馬車の連なりを見て、その全てに山の様な砲弾が積まれている事を考えれば、それがどれ程恐ろしい事かが分かる。
「如何するのですか?」
俺はリゼ大尉の問い掛けに答える。
「荷馬車に火を着けろ。馬も殺せ」
無情な様に思えるが、ここで馬を残しておけば、再び敵に利用される恐れがあった。むざむざと敵の財産を返してやる理由も無く、かといって連れて行ける訳も無いのなら殺すしか無かった。
「成るべく苦しめるなよ・・・」
せめて、苦しまないようにと言うのは、ただの偽善でしか無いのだろう。
こう言う時に、つくづく戦争という物がイヤになる。
「・・・」
馬を殺し、荷車に火を掛けて直ぐ、俺達は移動を再開する。
敵の輸送隊が進もうとしていた道を辿れば、自ずと敵を発見する事が出来、ともすれば味方の位置も特定が可能だった。
そして、予想された場所へと近づく度に戦闘の痕跡が増え、ある瞬間から、味方の物と思われる敗北の後が増え始めた。
「近いな・・・」
そう呟きながら進む俺の視界の端に写った亡骸に、見覚えのある物が居た。
「団長・・・」
後から俺に声を掛けたのはモケイネスだった。
彼は寂しそうな表情で俺に言った。
「アレ・・・知ってる人です」
「そうか・・・」
モケイネスの示す遺体は両脚が途中で途切れた苦悶の表情の、苦しい最後が予想できる物で、俺にもその遺体となった男の生きていた時の姿を思い出すことが出来た。
「皆・・・死んだんでしょうか・・・」
知り合いの遺体が増えるにつれて、明らかに中隊の士気が下がり始めたのを、俺は感じる。
そんな、空気を払拭しようと、俺は前を向いたままでモケイネスに答えた。
「ハンスが居る。必ず生きて助けを必要としている筈だ」
「はい・・・」
「そして、ハンス達を助けられるのは俺達しかいない。久し振りにアイツらに会いに行こうじゃないか」
「はい!」
元気を取り戻した様子のモケイネスに、中隊の空気が少し明るくなるのが分かった。
そんな俺達の鼓膜を爆音が震わせた。
「っ!?」
「敵かっ!!」
「違う!!」
まず最初に敵の攻撃を受けたと考えるが、直ぐに否定の声が上がった。
爆音は明らかに遠くから響いてきた物で、その爆音の正体が砲声の連なりである事に気付くのには、そう時間を必要とはしなかった。
「中隊!!全速力で着いて来い!!」
俺は砲声の意味に気付くと、叫びながら馬を走らせた。
砲声のする方へと急ぐ俺の頭の中で、敵の砲撃に晒されている味方の姿がアリアリト浮かび上がり、その想像だけで、俺の頭の血を沸騰させるのに十分だった。
「間に合えよ!!」
誰に向かってと言う訳でも無く、俺は言いながら馬を走らせた。




