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八十三話 敵地でナニしてんだか

 馬の背に揺られながら、俺はコレからの事を考えていた。

 俺がアレクト殿下の下へと戻った時、俺は再び兵団を任されるだろう。

 しかし、果たして本当に俺がその任に着いて良い物なのか自信が無い。

 リゼ大尉とレンジャーを見ていると、アダムスこそが、指揮官として相応しいのでは無いかと俺は感じていた。

 勿論、軍事として命じられれば全力を尽くすのは間違いないのだが、そもそも、能力が不足していては、全力で事に当たっても意味が無いのでは無いだろうか、自分はさっさと引っ込んで穀潰しにでもなった方が良いのではないか、そんな事を考えながら馬の背にゆられつづけた。


「・・・」


 ふと、視界の端に写った山脈に眼をやると、赤く燃える夕陽がその姿を隠そうとしているのが見えた。


「・・・一体、この世界は俺に何をさせようと言うのだろうか」


 意識せず口を吐いた呟きは、まさに俺の16年の今生での想いの全てを現した言葉だった。

 見慣れぬ人達に囲まれながら瞳を空けたあの日から16年、唯一、自分に向けられる両親の温もりと笑顔を感じたあの日から16年、まるで夢の中の出来事の様にも感じられる日々を過ごしてきた。


「・・・」


 逃げ出したくなる事は何度もあった。

 父の書斎で戦地へ行けと言われたあの日、初めての戦いで敵が向かって来たあの日、帝国でオーガ達に囲まれた日、テベリアで、公国で、そして今この時でさえも、俺の頭に考えが過る。

 全てを投げ出して逃げてしまえと、責任も何も放り棄ててしまえと、俺の中の弱さが声高に叫んで俺の心を揺さ振るのだ。

 その度に、俺は必死になって自分に言い聞かせる。

 責任を義務を果たせと言い聞かせる。

 その義務が本当に存在しているのかと言う事に目を瞑りながら、呪詛の様に言い聞かせた。


「団長」


「何だ?」


 俺が思考の渦の中へ陥ろうとしていると、リゼ大尉が声を掛けてきた。

 俺は何時もの様に、何の変わりも無い様に返事を返した。


「大丈夫ですか?」


 まるで俺の心の内を見透かしているかの様に、リゼ大尉は心配そうに俺の顔を見て尋ねる。

 俺は自分の心拍数が上がるのを感じ、しかし、それを悟られない様に気を付けて答えた。


「問題ない。いきなりそんな事を聞いて如何した?」


「いえ、少しだけ寂しそうに見えたので・・・」


 尚も心配そうにする大尉に、俺は更に鼓動が早まるのを感じて、自分の変化に戸惑った。

 俺の手が、まるで他人の物であるかのように震えが止まらず、頬と耳が熱を帯びて行き、視線が低位の方を向こうとした。


「・・・団長?」


「いや!何でも無い!私語は慎め大尉!」


 無理矢理に会話を終わらせて、俺は大尉から離れる様に馬の歩みを早めさせる。

 そんな俺を大尉が訝しげに見詰めてくるのが感じられたが、その視線を無視して前を見続けた。


「・・・どうかしている・・・どうかしているぞ・・・」


 己に訪れた変化に戸惑いつつ、俺は呟きながら顔の熱が下がる様に襟を広げた。

 それから暫く移動して、遂に太陽が山脈の向こう側へと消えると、周囲は一気に暗くなった。

 辺りが深い霧に包まれ始めた事で先が見えなくなり、見通しの利かない霧と暗闇の中を進むのは危険だと判断した俺は、中隊に停止を命じて、近くの林で野営を張る事にした。

 火は焚かず、テントなども張らずに外気に晒された状態で休みを取る。

 温暖な気候の大陸南部とは言え、秋頃にもなると夜は気温が下がり、明け方になれば白い息が口を吐く。

 暖を取るのは薄いブランケット一枚だけで、見れば、隊員達は2、3人が集まって身を良さながら暖を取って休んでいる。

 俺は、その様子を見ながらブランケットを被って近くの木にもたれ掛かって眼を閉じた。

 確かに少し涼しく感じはしたが、随分と脂肪を蓄えた身体になった俺には耐えられない程では無く、蓄積されていた疲労から徐々に意識が遠退いて行く。

 そんな俺に声が掛けられた。


「団長?」


「んむ?」


 半分夢の中に入って居た俺が返事を返すと、声の主は俺に向かって訪ねてくる。


「その・・・側で眠っても良いでしょうか」


「・・・構わん」


 俺は声の主に返すとまた瞼を閉じて夢の中へと入って行く。


「失礼します」


 意識が殆ど無くなった状態の俺は、ブランケットが重ねられた事で微かに保温性が上がったのを感じ、そして左肩に声の主の腕が当たって居るのに気が付いた。

 1人から2人になった事で、格段に温度が上がって、より心地良くなった俺は、隣の人物にもたれて掛かって深い眠りに落ちた。


「団長・・・」


「・・・」


「寝ましたか・・・こうしていると、年相応で、あどけない顔をしますね」


「・・・」


「・・・おやすみなさい」







 よほど疲れて居たのだろうか、朝日が俺の顔を照らすまで全く起きる事無く眠り続けていた俺は、日の光を眼蓋の向こうに感じて意識を取り戻し始めると、俺の耳が僅かな話し声を拾った。


「・・・コレは・・・もしかすると・・・もしかするのか?」


「・・・団長も・・・若い男だしな・・・」


「・・・と言うよりも・・・カイルはまだ子供と言える・・・」


「んん・・・うん?」


 徐々に覚醒する中で、俺は何か柔らかいそして温かい物に包まれている事に気が付いた。

 もっと言えば、その心地良い物に抱き付いている状態でもある事に気が付くと、俺は身を捩りながら、朝日から逃れるように顔を埋めた。


「・・・団長」


「うううん?」


 不意にリゼ大尉の呼び掛ける声が聞こえると、俺の意識は急速に覚醒し、寝坊したかと顔を上げて声を出そうとした。

 しかし、謝罪の言葉を吐き出そうとした瞬間、俺の視界一杯に大尉の整った顔が写った。


「・・・ん?んんん?」


 余りの事に混乱する俺が思考を止めると、大尉が再度声を掛けてくる。


「起きましたか?団長」


「あ・・・ああ?」


「あの・・・出来れば離して頂けると・・・」


 大尉と見つめ合うと大尉が少し頬を染めて俺に言う。

 その言葉で、俺は自分の状態を漸く認識する事が出来た。


「っ!!!!!!」


 俺は弾ける様に抱き付いていたリゼ大尉の身体から手を離して立ち上がった。


「おはようございます」


「??????」


 自分が何故、大尉と抱き合った状態で寝ていたのか、そして、自分が何に顔を埋めたのかを徐々に理解すると、俺は今までに経験した事が無いほどに混乱し、周りでニヤニヤと笑みを浮かべる部下達にも気が付かないまま、大尉に話し掛けた。


「り、リゼ大尉?な、なな何故一緒に寝て・・・?え、ええ!?」


「お、落ち着いて下さい団長」


 混乱が最高潮に達したまま上ずった声を上げる俺に、大尉が落ち着くようにと声を掛けるが、その直後に俺の方を誰かが叩いた。


「そうだぞ、カイル。雄ならもっと堂々としていれば良いのだ」


 混乱した俺にそう言いながら肩を叩くのは、巨大なライカンのワルドだった。

 ワルドに声を掛けられた事で、周りの状況に気が付いた俺は、急速に平静を取り戻して大尉に向かって言った。


「大尉、取り敢えずすまん」


「いえ、何とも思っていませんから気にしないで下さい」


「そうか・・・」


「はい・・・」


「・・・」


「・・・」


「・・・」


「・・・」


 居心地が凄まじく悪かった。

 気にするなと大尉が言うのだが、未だに残る大尉の身体の感触が思い起こされる度に、俺の頭が沸騰しそうになる。

 大尉も大尉で、俺とは視線を合わせてはくれず、ブランケットを抱いてモジモジとする姿が愛らしく、再び周りの連中の事を思い出して連中を見ると、更にニヤニヤと笑いながら俺に視線を集中させていた。


「・・・んん!・・・出発の準備をしろ!」


「「了解!」」


 途轍もなく居心地が悪い状態で、俺が命じると全員が笑みを浮かべたまま背嚢を背負って準備を始めた。


「大尉」


「・・・はい」


「取り敢えず・・・その・・・ブランケットを返してもらえるか?」


 無言でブランケットを渡してくる大尉から受け取ると、まだ温もりの残るそれを手早く畳んで背嚢に詰め込んだ。

 その後も、殆ど準備の終わっていた中隊の全員からの視線を受けながら、俺と大尉は準備を済ませた。


「それじゃ行くぞ」


「「了解」」


「・・・」


 敵地に要ると言うのに、生暖かい視線に晒されてやりづらい事この上無かった。


「・・・暖かかったな」


 思わず呟いてしまって、頭を振る俺は大尉の顔が色の濃さを増している事には気付かずに意識を切り換えようと努めた。

 如何してこうなったのか。


「それで大尉の感想は?」


「・・・テオ少尉・・・調子に乗ると痛い眼に会いますよ」


「それは怖いですね」


「如何してこんな事に・・・」


「カイル団長の真似ですか?」


「・・・」

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