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八十一話 シモンとスカウトコマンド

 朝が来た。

 東から登った眩い光が、暗闇に包まれていた周囲の景色を浮かび上がらせた。

 朝日を反射して輝く、黄金色の麦畑の真ん中で、俺とレンジャー中隊の生き残りはリゼ大尉と第一小隊から物資の補給を受ける。


「第一小隊は無傷、他の四個小隊は戦死者45名、負傷者20名、中隊の現在数は163名になります」


 麦の中に隠れる様にしゃがみこみ、リゼ大尉の報告を聞きながら銃の点検を済ませた俺は、大尉から受け取った携帯糧食を口に含んだ。

 小麦粉と発芽麦を混ぜ合わせて焼き固めた、ブロック状のクッキーは、ひたすらに塩味だけのパサパサした飲み込むのに難儀する物だ。


「水です」


 俺が中々飲み込めないで居るのを見かねて、大尉が水筒を差し出してきた。


「・・・」


 俺は無言で頷きながら水筒を受け取ると、一口水を口に含んで少し咀嚼して、それから飲み込んだ。

 口の中が空になると、俺はもう一度水筒に口を着けて一口水を飲んで大尉に水筒を返した。


「ありがとう」


「いいえ」


 大尉に礼を言って、服の袖で口元を拭った俺は生き残った中隊の隊員達を見回した。


「また、随分減ったな・・・」


 中隊全体で約二割の兵力の減少、第一小隊を除いた夜戦に参加した四個小隊で言えば約三割の兵力を失った。

 単純に公式に当て嵌めて全滅判定を下す事は出来ないとは言え、並の部隊ならばとっくに逃亡している被害だ。

 未だに俺の下に残って部隊としての体裁を残しているのは、中隊と言う比較的小規模な部隊だった事とゲリラ戦の訓練を受けたレンジャーだったからこそだろう。


「ままならんな・・・また、部下を置き去りにしてきてしまった」


 帝国の時も、テベリアの時も、そして今回も、生きているにしろ死んでいるにしろ、部下を置いて来ると言うのは、気持ちの良い事では無い。


「遺髪も何も無いのなら、遺族は一体何に向かって拝めば良いんだろうな・・・」


「団長は・・・」


 俺が自嘲気味に呟いた言葉に大尉が何か言おうとした瞬間、直ぐ側の麦が音を立てて揺れた。


「・・・ワルドか?」


「そうだ」


 俺が誰もいない麦の中に向かって呼び掛けると、大きな黒い狼の顔が飛び出して来た。


「シモン達は?」


「この農道の先の丁字路で待っている」


 ワルドは俺の問い掛けに答えながら麦の中から大きな身体を現して、道の先を指差した。

 非常に大きな身体を目一杯に縮こませながら俺の隣に胡座を掻いて座り込むと、腰の雑嚢から携帯糧食を取りだして口に放り込んだ。


「敵の被害は?」


 俺がワルドに問い掛けると、ワルドは口の中の物を飲み下して答える。


「取り敢えず作りかけの船は全部燃やした筈だ。周りの建物にも燃え移って被害は大きい。序でに石橋も落としてきた」


 ワルドの報告を聞いて、一先ずは目標を達せられた事を確認して、俺は頷いて立ち上がった。


「じゃあ、シモン達と合流するか」


 俺の言葉に続いて、中隊の隊員達は立ち上がって馬に乗った。

 全員がワルド以外の全員が馬に乗ったのを確認して、俺も馬の鐙に足を掛けて一気に飛び乗ると、馬の腹を軽く蹴って足を進めさせた。


「中隊!二列縦隊!」


 俺の後に続いてリゼ大尉も進み始め、中隊に隊列を指示した。

 中隊は二列の縦隊になって道の左右に別れて端を進む。

 隊員は、それぞれ馬の操作が疎かにならない程度に側面を警戒し、最後尾にはワルドが歩いて着いて来る。

 幸いなのは、負傷者に重傷者が含まれなかった事だ。

 重傷者が一人でもいれば、掛かる労力は比べ物に成らないほどに大きくなっていた事だろう。


「まあ、重傷だった奴は死んだだけなんだろうな・・・」


 呟きながら、俺は動けない仲間を置いてきたと言う可能性を無意識の内に否定した。

 きっと、あそこには遺体しか残してこなかった。

 生きている者は全員着いてきた。

 そう言う風に思い込んで、最悪の可能性を考えないようにしながら、馬を歩かせた。







 麦畑に挟まれた狭い農道を暫く進むと、大きな石造りの風車小屋に辿り着いた。

 農道は、その風車の下まで真っ直ぐに続き、そこで大きな街道に合流しており、ワルドが言うには、ここにシモンが居るはずだ。


「・・・カイル」


 馬上から当たりを見回していた俺に、麦畑から呼び掛けてくる声が聞こえた。

 俺は二年ぶりに聞いた低い声に、安心と懐かしさを感じながら返事を返す。


「久し振りだなシモン・・・少しは喋るのになれたのか?」


「ああ・・・随分、慣れた、ぞ」


「・・・余り変わらんな」


 麦畑の中から姿を現したシモンに続き、8人の兵士が一斉に出てくると、俺の目の前に並んだ。

 並んだ8人の中から一人が前へ出て来て、俺に向かって敬礼をする。


「シモン中佐以下、スカウトコマンド分隊8名、集合終わり」


「ん、良くやってくれた」


 俺に敬礼をして報告をしたのは、前からシモンの副官を務めているダークエルフの青年で、彼はシモンとは違って流暢に大陸西方の言葉を話す。

 シモンを含めた彼等9人はスカウトコマンド分隊と言い、レンジャー大隊の他の中隊から完全に独立したレンジャー大隊本部直轄の特殊部隊である。

 極少数の限られた人員で構成され、隠密行動と敵地での長期間の活動、情報収集を目的とした部隊で、編制上はレンジャー大隊の中に組み込まれては居るが、実際にはレンジャーとして活動する事は殆ど無い。

 今回のカラビエリ夜戦に置いて、あらかじめ彼等が共和国内に潜伏している事を知っていたため、リゼ大尉と第一小隊を使って内陸部から呼び寄せ、その上で俺達が囮となっている間に造船所を破壊させた。


「えーと、お前の名は?」


 詳しい話しを聞こうと思った俺は、今一要領を得ないシモンでは無く、副官の青年に声を掛ける。

 しかし、俺は彼の名を知らなかった為、先ずは名前を尋ねた。


「テオ少尉であります」


「そうか・・・では少尉、色々詳しい話しを聞かせて欲しい」


「はい」


 コマンドは第一小隊によってカラビエリ近辺に到着後、河を使って街の内部へと侵入した。

 少数ながら造船所に残っていた警備の敵は、弓矢や素手、ナイフなどを使って音を出さずに制圧、建造途中の艦船を爆薬を使って破壊した。


「で、爆薬は上手く使えたか?」


「少し難儀しました。ゼンマイ式の起爆装置は少し複雑すぎます。それと、水に弱いのも今回は苦労しました」


 この爆薬は、何時もおなじみのソロモンとダズルのコンビによって造られた代物で、前回の帝国で使った無煙火薬から更に改良されている。

 構造としては、粒状のニトロセルロースとアルミ粉末、マグネシウム粉末を油紙と金属の容器で包んでキャンバス地で梱包して学生用のハンドバッグ程度の大きさのバッグにしてある。

 使用時には、バッグの口を開いて金属容器の上部のニップルと呼ばれる小穴にパーカッションキャップを取り付け、ハンマーを起こしてゼンマイ式の起爆装置をセットする。

 この起爆装置は、ゼンマイの巻く回数によって起爆までの時間を調節でき、最短で5秒、最長で1時間程度の間で調節が出来るのだが、この起爆装置がテオには不評だった。


「爆発までに逃げる時間を作れるのは便利ですが、少し構造が複雑すぎです。それに1時間も時間は必要は無いでしょう」


 火縄か導火線で良いのではないかと言うテオの言葉だが、この起爆装置を採用した理由は、ダズルの強力な後押しが有ったためで、俺としてもテオの言うとおり導火線で良いと思っている。


「爆発の威力に関しては、空恐ろしい物と言う他無いです」


 火薬だけで無く、アルミ粉末とマグネシウム粉末を入れてテルミット反応を利用した焼夷爆弾と言うだけあって、建造物への効果は想像以上だったらしく。

 行きがけの駄賃にとアーチ状の石橋の橋桁に二つ設置して爆破した結果、橋桁を破壊して、橋を半壊させる事になったらしい。

 恐らく、アーチの中で爆発させたために爆発の衝撃が逃げ場を失った事も関係したのでは無いかと思うが、それにしても恐ろしい威力だ。


「・・・今度はもう少し小さくしても良いかも知れんな」


「自分も同意見です」


 装備の運用に関する貴重な情報を手に入れる事が出来た事は喜ばしい事だったが、秘密にしておきたかった装備のヒントを与える事になったのは悔やまれた。


「所でシモンは銃は使わないのか?使わないのなら貸してくれ」


「ほれ、使わな、い」


 俺がシモンに尋ねると、シモンは背中に背負っていた銃を俺に手渡した。

 45口径のレバーアクションカービンは、銃身の下にチューブマガジンを備えており、装弾数は7発になっている。


「助かる」


 俺は礼を言いながら受け取ると、久し振りに触るカービンのレバーアクションの動きを確認した。

 コマンド分隊の装備は、恐らくこの世界で最新鋭の物と言って問題ないだろう。

 軍服はレンジャーと同じだが、その他はまるで別物で、リボルバー式の拳銃と、このレバーアクションカービンを正式装備としている。

 技術的には、俺のライフルの様にボルトアクションの銃を正式採用しても問題ないのだが、如何せん銃本体よりも弾薬の方が問題がある。

 基本的に100年戦争初期ぐらいの生産力しかないこの世界では、マズルローダーのマスケットの配備が限界で、大量の真鍮を消費するカートリッジ式の弾薬はまだまだ配備するのは無理だった。

 10人に満たない人数のコマンドだからこそ、この装備が出来たのだ。


「それ、使い、辛い」


「・・・テオ少尉はどう思う?」


「いえ、普通に強いと思います」


 やはり、シモンは何処かおかしいのでは無いかと思いつつ、俺は次の行動を中隊に指示する。


「さて、俺達の次の行動だが、急いでハンスの下へ向かう。その序でに何カ所か麦畑を焼く」


 俺達の位置からハンスのいると思われる地域までは直線で200km程あり、そこが東の国境になる。


「ソッチでは戦況に着いて何か掴んでるか?」


 俺がテオに尋ねると、テオは気まずそうにして答える。


「・・・芳しくはありませんね・・・」


「詳しく話せ」


 当初、王国軍は破竹の勢いで国境から西へ50kmも進出する事に成功したのだが、それが敵の罠だった。

 共和国は、端から内陸に引き込んで補給線を延ばし、その上で袋叩きにするつもりだった。

 まんまと共和国の作戦に嵌まった王国軍は、第三王子の命令で退却は許されず、ずるずると敗北しながら敵の包囲の中に留まるしかなく、敗北は時間の問題だ。


「第三王子は如何した?」


「とっくに逃げたそうで。ロムルスは5000の護衛を連れて帰還。軍団の指揮はペイズリー卿が引継ぎました」


「どの時点で帰還したか分かるか?」


「包囲される寸前です。ギリギリ自分の責任ではないと言えるタイミングです」


 ペイズリー卿は良くも悪くも軍人として国と王家と規律に対して忠実な人だ。

 この戦いで生きて帰っても、卿は誰かに責められるにしろ、自分で判断するにしろ、責任を取ろうとするはずだ。

 それが第三王子の罠だと分かっていても、必ず自分から陸軍卿の地位から退くのが目に見えている。


「第三王子はコレを狙ってわざと負けに導いたと私は考えます」


 テオの言う事にも一理あった。

 現状では、第三王子は戦争の初期に勝利を重ね、その後任に就いた卿が無能を晒したと言う風に見えるが、かなり早期の進出と敵地での無茶な戦闘を続けたと言うのが明らかな敗因だ。

 それでも、王家に対する忠誠心の強い卿なら、第三王子の為に泥を被る事ぐらいはするだろう。


「あの頑固者め・・・」


 早急にペイズリー卿に合流しなければならなくなった。


「この際、焼き討ちは諦めよう。先ずは王国軍に合流する」


 現在地から王国軍の下へ向かうには、まず河を越える必要が有る。

 当然、橋は全て敵の部隊が居るはずだから、橋以外を渡河するか、敵の部隊を突破しなければならない。


「渡河地点を探る時間も惜しい。この近くの橋は何処か良いところはあるか?」


 俺がテオに尋ねると、テオは少し考えて答えた。


「ここから北へ30km上流にロザンと言う小さな街があります。そこの橋が丁度良いかと」


「良し!なら直ぐに移動する!お前らも早く馬に乗れ!」


 戦死した者の馬が余っており、コマンドにはその馬を渡し、俺は中隊に向けて命じる。


「コレより北へ向かうぞ!真っ直ぐに向かうから俺に着いてこい!!」


「「応っ!!」」


 そして、俺は道を外れて麦畑の中で馬を走らせた。

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