八十話 カラビエリ夜戦
「周辺を警戒しろ!」
敵の引いた街の西側で、中隊を四方に散らして残敵の掃討に入る。
残されて居たのは既に使えなくなった野砲と、息の無い屍だけで、作戦の前段は成功したと言えた。
「兵団長!」
俺が野砲の残骸を調べて居ると、奥の方から俺を呼ぶ声が上がる。
野砲の残骸を弄るのを止めて、俺は声のする方へと向かうと、そこで異様な光景を目の当たりにした。
「何だこりゃ・・・」
街の多くに入った俺が目にしたのは、暗闇の向こう側に見える、灯りの連なりだった。
「団長・・・コレは一体・・・」
訳が分からないと言う風に尋ねてくる兵士に対して、俺も答えを返せないまま無言で暗闇を見詰めた。
「・・・一杯食わされたかな」
俺達がカラビエリの街の西側だと思っていたのは、実は巧妙に擬装された囮の偽物で、実際には街までは更に300m程の距離があった。
「中隊集合!!」
俺は声を張り上げて、四方へ散らせていた中隊を集合させる。
こうなってしまっては、敵に袋叩きにされるだけだと言う事は分かっているのだから、みすみす敵に隙を見せ続けるのも癪だった。
集合した中隊の情報によると、この偽物の街は東西に80m、南北に300m程の範囲で西側からカラビエリを見た時に街の一部に見えるように、巧妙に造られている。
建物の殆どは木造で石材は殆ど使わず、最低限の枝木と板を組んだ上に屋根をのせただけの張りぼてで、建物としては軽い雨風をしのげる程度の防護能力は一切無い物だ。
更に北側に向かわせていた隊員から、北側に敵部隊接近の動きがあると報告があり、俺達は東と北の二カ所から囲まれた形になる。
「随分とイヤらしい事を・・・」
普通に考えれば来た道を引き返せば良い様に思えるが、今俺達がいる場所がそれを許さない。
なまじ遮蔽物として使える張りぼての街にいるだけに、何も無い暗闇の中へと戻る事を戸惑わせるのだ。
敵に銃兵がいる以上、身を隠せる場所の方が安全である事に変わりは無く、しかし、この場所に留まると言う事は、敵との戦闘を余儀なくされると言う事でもあった。
敵の作戦を考えた奴は、それらを全て考慮した上で、俺がここに留まる様に誘導してこの作戦を考えたのだ。
「建物を解体して、板を重ねろ!骨木で支えてるだけだから簡単に解体できる筈だ!」
敵の攻撃のタイミングが掴めない以上、一分一秒たりとも無駄にはせずに、時間は有効に使わなければ成らない。
張りぼての建物の壁に使っているのは厚さ5mm程の板で、それを数枚重ねにして敵の方に対して矢印の様にして立てる。
距離があるならば、ある程度の厚さの木の板で角度を付ければ防盾としての効果が期待できる。
銃と言うのは意外に繊細な物で、ボトルネックの7.62mm弾ですら、芦の茎で弾道が変わるのだから、遮蔽物が如何に重要かが分かる。
「灯りを消せ!撃ったら直ぐに移動するようにしろ!」
灯りを消す事で、敵にコチラの兵力と正確な隊員の位置を割り出されない様にし、暗闇の中のマズルフラッシュで露呈しないようにショット&ムーブを徹底させる。
兵力で劣っている以上、一人の死が明暗を大きく分ける結果になりかねず、出来る限り生存性を上げる努力をしなければならない。
「優先目標は敵の野砲だ!砲手を潰せ!」
銃弾はある程度防げても砲弾はそう言う訳には行かず、一撃の砲撃で複数人が一度にやられては溜まったもんじゃ無い。
敵の火点は優先して潰すのは、どう言う状況でもセオリーだ。
そうして、コチラが迎撃の用意を進めている時、敵の方から呼び掛ける声が上がった。
「カイル大佐!!カイル・メディシア大佐!!」
拡声器でも使ったかの様な声で俺を呼ぶ声は、聞き覚えの無い物で、俺は返事をせずに黙っていると、声の主は更に言葉を続けた。
「カイル大佐!!私は共和国陸軍のクロード・オリヴィエ大佐だ!!貴隊は共和国陸軍の二個大隊に包囲されている!!諦めて投降したまえ!!」
一体何が始まるかと思えば、只の降伏勧告だった。
クロードなる指揮官は大層な作戦を立てた割には一息に決着を付けようとはせず、現状、公的には正体不明の襲撃者でしか無い俺を助命すると言ってきたのだ。
「大佐!!貴官と貴官の部下の将兵の安全は私が保証する!!これ以上の無益な戦闘は止めて出て来たまえ!!貴官は私とジョルジュ伍長の罠に嵌まったのだ!!恥じる事は無い!!」
クロード曰く、ジョルジュが俺を裏切って情報を流した様だ。
正確に言うのならば裏切ったと言うよりも表反ったと言う方が正しいが、クロードの命を受けて、俺達を誘導するような情報を教えてきたらしい。
正直、ジョルジュが敵の側に戻ったのには何ら疑問は湧かなかった。
ジョルジュの言っていた内陸と沿岸の対立や東西の軋轢の部分は嘘では無いのだろうが、だからと言って母国を裏切る理由にはならないと言うのが、俺の考えだ。
グローに着いてからも、ヤケに情報が正確だと思っていたし、俺に都合が良すぎると感じていた。
恐らくは、その辺も織り込んでの情報だったのだろう。
「今から1時間白旗を掲揚する!!白旗が揚がっている間に武器を棄てて出てくれば貴官らの命を助けよう!!」
そう言って、大きな白旗を高らかに掲げた。
確かに、俺はクロード大佐に完全に嵌められた様だ。
罠があるとは思っていたが、予想を上回る程の彼の作戦に完全にしてやられてしまったと認めよう。
しかし、だからこそ、クロード大佐の甘さが際立つのだ。
「兵団長」
隣にいた一人の隊員が俺に声を掛ける。
俺は彼の方を見ずに問い掛けた。
「名前は?」
「マイヤー伍長であります」
「そうか・・・ではマイヤー伍長、率直に答えてくれ。レンジャーの君達は今、どう言う状況だ?」
「ハッ!弾薬3割減!死傷者多数!疲労困憊であります!」
「よろしい!では伍長は諦めて投降するか?」
「いいえ!最後まで団長と戦友と共に戦います!!」
伍長の返事を聞いて、俺は笑みを浮かべて声を張り上げた。
「聞いたか!レンジャー諸君!!貴様らも同じか!!」
「「応っ!!我らレンジャー、常に意気軒昂!!戦意旺盛!!地獄の底も恐れません!!」」
「よく言った!!お前らの望み通り地獄の底まで連れてってやる!!泣いて喚いて後悔してももう遅い!!引き摺ってでも連れて行ってやる!!」
「「望むところだ!!こん畜生!!」」
「良いか!!死にたくなければ俺の言う事を聞け!!足の爪先から頭の天辺まで敵を殺す事だけを考えろ!!」
「「応っ!!」」
この段階で中隊の士気は最高潮に達していた。
コレまでにも数々の死線を潜り抜けて来た彼等だからこそ、こうして士気を維持できた物で、並の歩兵部隊では間違いなく潰れていただろう。
俺は彼等に内心で感謝しながら、ライフルを構えた。
「お前ら見ていろ!!」
狙う的はクロード大佐が掲げさせた白旗の竿の中心。
中隊の全員の視線を一身に受けながら引き金を引くと、放たれた魔弾は狙いを過たず、白旗を撃ち落とした。
「見たかクロード大佐!!コレが俺の返事だ!!分からなければ言ってやる!!クソ食らえだ!!」
もう後には引けない。
コレで敵は俺達の降服を一切受け容れなく成るだろう。
俺達が生き残るには、敵に勝つしか道は無くなったのだ。
「中隊戦闘用意!!弾の限り敵を殺せ!!ただし外すな!!」
そして俺は最初の一人を見付けた。
木造の建物の陰から銃を構える敵兵を確りとこの目に捉えると、直ぐにライフルの銃口をその兵士に向ける。
「・・・」
まるで自分の目が望遠鏡にでも成ったかの様な感覚に陥り、遠く離れた敵の表情まで読み取れた。
そうなると、後は顔の中心を狙って引き金を引くだけで、それを行動に移すと、次の瞬間には真弾が狙った通りに敵の命を刈り取った。
俺が最初の敵兵を撃ち殺したのを皮切りに、続々と中隊の射撃が始まって次々と青白い光弾がよるの闇の中へと消えていく。
その青白い光の一つ一つが敵の体を破壊して、敵兵を物言わぬ屍へと作り替えた。
「団長!!北側に動きがあります!!」
暗闇の中で、北側の敵大隊が行動を開始したと報告が上がった。
俺はその声を聞くなり、直ぐさま北側へと向かった。
「何処だ!」
「あそこです!指先の方向!距離400!」
北側へと移動すると、一人のライカンが俺に敵の位置を知らせてくる。
俺は彼の言うとおりに指差す方を目を凝らして見詰めた。
「見えた」
暗闇の中を青い軍服を着た歩兵の隊列が、ゆっくりとコチラへと進んでくるのが、俄に見えると、俺はライフルの残弾を確認して敵の戦列から目標を探した。
「敵の指揮官を狙え」
近くの兵士にそう命じながら、俺は敵戦列の先頭を歩く下士官を見付けて狙いを定める。
暗闇の中を進む敵の戦列は、横幅の狭い縦隊を組んでいるようで、進む速度はかなりゆっくりとした物だった。
俺は敵の戦列を見て何か違和感を覚えていたが、取り敢えず狙いを定めた敵の下士官を射殺した。
「軍曹!!」
俺が撃ったのは軍曹だったらしく、倒れた死体に敵兵が足を取られて漸く正体に気が付いた様だ。
その後に敵の歩調が乱れ、前進速度が明らかに遅く成った事も踏まえて、敵の練度はそれ程高く無い事が分かった。
それと同時に、俺は感じていた違和感の正体に気が付くことが出来た。
「敵はそれ程多くないな・・・大隊と言うのは嘘だろう」
大隊の編制人数は大凡600から1000人程度の物になるが、今目の前にいる敵の部隊は、恐らく300か400の3個中隊程度だと、俺は予想する。
敵の行進は夜間であるために非常に遅くなっているが、大人数が歩調を合わせて歩けばそれなりに足音がするのが普通だ。
しかし、敵の足音は明らかに大隊が行動しているそれよりも小さく、また、敵の先頭が足を止め歩調を乱した際に後続の部隊との接触や干渉が感じられず、混乱が広がる様子も無かった。
予備兵力として控え冴えている事も考えたが、この状況で一個大隊程度の部隊を分散させて戦力分散の愚を犯し、部隊間の連接を損なうのは指揮官として考え辛く、敵兵の練度から見ても、それ程複雑な行動は取れないと言うのが俺の見立てだ。
「弾薬の消費には気を使え」
幾らレンジャーが精鋭揃いで、個人で携行する弾薬の量が多いとは言え、撃って当たる確率と言うのは、それ程高いわけでは無い。
実際に測って見た訳では無いが、10発撃って1人に当たれば良い方だろう。
訓練で的を狙えば全弾命中させる腕前だとしても、実戦では敵は動き回りコチラは多大なストレスと疲弊した状況で、敵の反撃にも気を使わなければならず、その上、今回は夜戦である。
今の俺達は考え得る限りで最悪の条件下での戦闘なのだ。
そう言う状況では、兵士の弾薬の消耗は早くなる傾向にあり、指揮官は出来る限り気を払わなければいけない。
それを怠れば死あるのみだ。
「・・・頼むぞ」
何かに祈る様に呟いて、俺は次の敵を狙い撃った。
そうして、10人か20人か、敵を的当ての様に射殺していると、背後の方から強烈な爆音が響いて来る。
「団長!敵の砲撃です!」
「今行く!!」
俺は声を上げて東側へと急いだ。
カラビエリの西側に面している張りぼての東側は、南北に長く広がっているのを利用して、コチラの火点を隠蔽するようにしていたが、砲撃が続けばそれも意味をなさなくなってしまう。
故に敵の砲兵は最優先で狙わなければならなかった。
「見付けた」
東側に来て直ぐ、最初の敵の砲を見付けた。
最初に、この張りぼてを攻撃したときの砲とは違い、車輪の大きな砲車に乗せられた小型の野砲を使っており、機動性と利便性に優れた野戦砲である事は明白だった。
「砲手を狙え!!」
そう叫びながら、手本を示す様に敵の砲手の顎を撃ち抜いた。
「了解!」
俺が敵の砲手を射殺すると、近くにいた隊員が威勢良く返事をして同じように続く、しかし、敵の砲撃と同時にライフル兵からの射撃も激しさを増して行き、思うように優先目標を攻撃出来なかった。
「っちっくしょう!!」
思わず悪態を吐いた俺は、必死になって打開策を考え様とするが、血の上って熱くなった頭は冷静な思考を許してはくれない。
取り敢えず、今できる事をと思って敵を撃つが、敵は次から次へと現れて、それが更に俺をイラつかせた。
「ったくよぉ!!アイツらゴキブリか何かか!!?」
段々と口調が荒くなって口数も増え始めると、自分で弾を節約しろと言っておきながら、射撃の間隔が短くなり、次から次へと撃ち続けた。
「ッチ!!」
それから暫くして、イラだちながら銃を撃ち続けていた俺は、弾倉の中の最後の弾を外して、舌打ちしながら次の弾を込めようと、弾囊に手を伸ばした。
しかし、幾ら弾囊の中を手で探って見ても弾薬クリップに触れられず、更にイラだちながら弾囊の中を見てみると、弾囊は既に空だった。
「マジか!?」
思わず声に出して驚きながら他の弾囊を漁ってみても、弾は一発も残っていなかった。
「クッソ!!」
この日一番の悪態を着いた俺は、ライフルを背負って拳銃を抜き、隊員を見付けては声を掛けて励ました。
その際に、1人の隊員の遺体を見付けて、俺は近くにあった銃を手に取った。
「借りるぞ・・・後は任せてくれ」
そう言いながら、彼のベルトの弾囊から弾薬を取って自分の弾囊に移すと、敵の兵士に狙いを定める。
先程までとは違って、今度は冷静に、確りと狙いを定めて引き金を引いた。
銃口から吐き出された青白い魔弾は尾を引きながら暗闇の中を進み、俺の狙いから少しズレて敵の右の米神の当たりを吹き飛ばした。
「・・・」
俺は弾囊から弾を取りだして、先程の弾道を頭の中で再確認しながら装填し、それから次の兵士を狙う。
ライフルのグルービングと先程感じた癖を考えた上で、敵の下腹部を狙って引き金を引くと、今度は敵の左の太腿に当たった。
太腿を撃たれた敵の兵士は、撃たれた箇所を手で押さえながらのたうち回り、悲鳴を上げる。
その様子を見ながら再び弾を込めると、その兵士を助けに新たな敵兵が現れた。
俺はライフルを構えると、今度は敵の胸の辺りを狙って引き金を引き、弾は敵の左胸を貫いて一撃で絶命させた。
「良し・・・」
俺が感触を確かめて頷きながら呟いた時、カラビエリの街の奥から爆音が轟き、街の奥が俄に赤く色付いた。
それを見て中隊から歓喜の声が上がると、俺は周りに聞こえる様に叫ぶ。
「シモンがやったぞ!!中隊!!北へ移動しろ!!」
俺の言葉と共に東側にいた二個小隊が北へと移動して、中隊の四個小隊は全火力を来たの敵部隊に集中した。
突然の事に対応できない敵は完全に浮き足立ち、動きが硬直してしまうと、俺はそこへ中隊に命じる。
「中隊抜刀!!敵戦列を食い破れ!!」
「「応っ!!」」
北側の敵部隊は既に100m程まで接近していたが、その間に下士官の多くを撃ち殺され、更に先程の爆音と街の様子に混乱が隠せずにいて、俺達の突撃に対してほぼ無防備のまま突入を許してしまった。
「このまま突っ切れ!!」
俺が中隊に命じた瞬間、背後から声が掛かった。
「逃がすな!!ここで逃がせば全てが無駄になる!!」
恐らくはクロード大佐の物であろう声に、敵が反応して、漸くまともな反撃を始めるが、それは遅すぎた。
俺の予想通りに、北側の敵は大隊と言うほどの兵力は無く、深度5列ほどの隊列を食い破れば後に敵の後続は無かった。
「クッソ!!早く反転しろ!!敵が逃げる!!」
背後で、クロード大佐の連れてきた部隊と、北側の部隊が干渉して混乱に陥る様子が声だけで伝わって来る。
それを尻目に、俺達は林へと向かって全力で走った。
「カイル・メディシア!!」
200m程走って、目の前に林が見えてきた頃、混乱から抜け出した敵の追撃部隊が迫って来た。
その先頭で馬に乗った若い指揮官がクロード大佐なのだろう。
彼は、俺の名を呼びながらブロードソードを片手に猛追してくるが、俺の下へとその手が伸びる事は無かった。
「第一小隊射撃開始!!団長を助けろ!!」
最近聞き慣れてきた少しハスキーな女性の声が俺の鼓膜を震わせる。
その声と共に、林の中から青白い光弾が敵に目掛けて飛んで行き、クロード大佐の乗る馬が足を撃たれて地面に倒れた。
「うあああ!!」
背後では地面に投げ出されたクロード大佐の声が聞こえ、それから敵の追撃の音は途絶えた。
「団長!!コッチです!!」
俺を呼ぶ大尉の声に導かれて林の中に入ると、そこには、攻撃前に置いてきた馬と装備と共に第一小隊が待っていた。
「大丈夫ですか?お怪我は?」
「問題ない」
俺の身を案じるように尋ねるリゼ大尉に答えながら、俺は馬に跨がると、集結した中隊に命じた。
「中隊、東へ!ハンスを助けに行くぞ!!」




