七十七話 別れ
ジョルジュの故郷であるグローは共和国東部沿岸に存在する沿岸最大の都市で、大陸有数の漁港として市場と共に栄え、後に交易の拠点として発展した。
しかし、最近は沿岸西部に海軍の本拠地となったシーレや、造船業で急速に発展しているカラビエリ等に押されており、交易も西部の幾つかの都市に分散して役目を奪われている。
元々、共和国は沿岸と内陸で民族が別れていたのだが、沿岸も東部と西部で対立していた歴史があり、西部は常に東部に対してコンプレックスを抱いていたのだが、ここ最近の急速な発展によって自信を付け、それまでの内陸との溝を埋めて中央政府に対して融和的になっていた。
共和国は国内の民族対立を沿岸東部を擬似的な敵役に仕立てる事で他の地域の結束を強め、それが劇的な共和国全域での強化に繋がっている。
「と言うわけで、俺っちら沿岸東部としては中央や西部の連中が困るのは大歓迎なもんで、中央が弱ったら独立する気マンマンなんっす」
「つまり、協力してもらえると言う事で良いんだな?」
「大丈夫ッスよ」
俺が念を押してジョルジュに確認すると、ジョルジュは自分の胸を叩いて答えた。
「ならいい」
航海開始から5日目の朝、俺は既に大分大きく見え始めているグローを視界に納めながら先の事を確認する為に、ジョルジュに話しを聞いていた。
コレから俺はレンジャー一個中隊と共にグローから共和国の内陸へと侵入し、幾つかの攻撃目標を叩いた後で共和国内に進軍している王国軍と合流する。
攻撃目標は、ジョルジュの話にも出ていたカラビエリと言う沿岸都市の造船所と幾つかの軍港を最優先とし、他に内陸の幾つかの補給所や駐屯地、穀倉地帯を襲撃する予定だ。
精鋭の乗馬ライフル兵のレンジャーと言えど、今回は200人程しかいないため、出来る事は限られるが、造船所を攻撃すれば、この先の公国への再進撃を遅らせる事が出来、また、敵の内側で暴れれば味方への強力な援護にもなる。
「・・・」
無言で近づいてくる港を見詰める俺は、兎に角ハンスの事が気掛かりで、彼の無事を祈るばかりだ。
そんな俺の様子を見かねてか、背後からリゼ大尉が声を掛けてきた。
「ハンス中佐なら大丈夫です」
「・・・そう思うか?」
「中佐も団長と一緒に修羅場を潜り抜けて来たじゃないですか」
「それは分かっているがな・・・それでも心配にはなる。大尉達の事も心配だったし、エストの事も心配だ」
俺がこの世で最も信頼する者達と離れて二年の月日が流れ、俺が一番心配しているのは、彼等の中で俺の存在が消える事だった。
俺が居なくても組織として纏まって俺が不要になったり、俺以外の誰かの下で俺を置いて何処かに行ってしまうのが何よりも恐ろしいのだ。
「・・・俺も大概女々しい人間だな・・・」
「は?」
「いや・・・何でも無い」
俺の呟きはリゼ大尉には良く聞き取れなかったらしく、聞き返してきたが、俺は気にするなと誤魔化した。
「さて、上陸の準備だ」
そう言って荷物を取りに船室へと向かった。
「漸く地に足が着いた・・・」
5日ぶりに地面に足が着いた事に感動して、グリムがしみじみと呟いた。
グリムは初めての船旅に対して戸惑い、この5日間は、海に対する恐怖と船酔いの所為でグッタリとしていて、端から見れば生きているかも分からない様な醜態を晒していた。
「各小隊長は小隊を掌握して私に報告しろ!」
最初に馬を下ろし、それから手荷物程度の装備を持ったレンジャーが降りてくると、リゼ大尉が良く聞こえる様に声を上げる。
その言葉に反応して、隊員達は小隊毎に四列縦隊を形成し始める。
「第一小隊点呼!」
「第二小隊点呼!」
「第三小隊!・・・早く並べグリム!!」
「小隊長!早く点呼取って下さい!」
「報告!第五小隊42名!事故18名!事故の内容は船酔い!集合終わり!」
半数近くが船酔いの影響を受けており、馬の方もどうにも調子が良くなかったが、幸いにして第一レンジャー中隊209名は出港時と変わらない人数でグローに到着する事が出来た。
レンジャーは海戦の終了後に後続の二個小隊が到着し、それから二週間後に残りの三個小隊が追って到着した。
現在、装備はほぼ完全な状態で、弾薬も予備を各自で持たせる事になってはいるが、凡そ一週間は作戦が行える分を確保している。
ただし、レンジャーとしての実戦はコレが初めての為、実際に作戦を行ってみて、どの程度の消費があるかは未知数名所があるため、当てにならないと思った方が良いかもしれない。
少なくともレンジャーの様な装備とコンセプトを持った部隊は歴史上で初なのだから、手探りの状態で進むしか無いのだ。
「思った以上に船酔いが酷いな・・・大尉はどう思う?」
俺が中隊の現状を見てリゼ大尉に質問すると、大尉は少し考えてから答える。
「少し様子を見た方が良いかもしれません。隊員も心配ですが馬の方も万全では無いですし・・・ただ、港からは直ぐに移動するべきだと思います」
俺も大尉と概ね同意見だったが、少し自信なさげで、俺に伺い立てるように答えるリゼ大尉に対して、俺は苦言を呈す。
「・・・大尉、中隊をまとめる立場の者がそんな自信なさそうにしてはいけない。大尉は只でさえ女という事で舐められかねないのだから、毅然とした態度を取れ・・・もっと自信を持て、俺も大尉と同意見だ」
「はい!」
大尉は俺に返事を返すと、中隊に号令を掛けて移動を開始させた。
「俺っちに着いてきて下さいッス」
ジョルジュが声を上げて先頭を歩き、レンジャーを誘導し始める。
その様子を横目に、俺はレッドと向き合い声を掛けた。
「世話になったな・・・ありがとう」
俺が真っ直ぐに眼を見て例を言うと、レッドは照れた様に笑い、頭を掻きながら答える。
「止してくれや・・・礼を言うのは俺らの方だ」
レッドは頭を掻くのを止め、表情を引き締めて俺を見詰めて話し始める。
「カイルが居なけりゃ、今頃俺は死んでたかも知んねぇし、街も護れなかった。今こうして居られるのも、この先リシェと暮らしていけるのも、全部カイルのお陰だ・・・ありがとな」
「おう」
面と向かって礼を言われると、俺は何だか照れ臭くて少し視線を漂わせて返事をした。
それから、レッドが俺に訪ねてくる。
「また会えるよな・・・」
寂しげなレッドの問い掛けに対して、俺は即答で言葉を返す。
「分からんな・・・俺かお前か、どちらかが先に死ぬかもしれん・・・コレまで、俺も多くの部下を失ったし、何度も死にかけた。お前だって一度死にかけてるんだ。気安く必ず会えるなんて言えないな」
「そうか・・・」
「ただ・・・会えれば良いとは思うな」
「ああ!また会おうぜ!!」
潮風が頬を撫で、波の音が鼓膜を震わせる広い港で、俺とレッドは再会を願って言葉を交わし、それから最後に握手をして、互いに背を向けた。
「出港だぁ!!共和国の連中に見付かる前にズラがるぞ!!」
「「「おお!!!」」」
レッドの声に続いて、威勢の良い船乗り達の声が背後から響いたが、俺は振り向かずに歩いた。
もしも、再び会う事が出来たなら、その時俺達はどうなっていて、どんな話をするのかは分からないが、一つ言える事は、会った瞬間に再会を喜んで握手を交わすのは間違いない。
そんな事を思いながら、先に行ったレンジャーの後を追って歩き続けた。
「・・・たまにはこんな別れ方があっても良いもんだな」
今までの別れと言えば、どれもコレも有耶無耶の内であったり、夜中に忍んでであったり、或いは死別であったりと、余り良い物とは言えない物ばかりで、レッドとの別れと言うのは、俺に取って初めての前向きな別れだった。
だからだろうか、この後のハンスとの再会に対しての期待感が膨らみ、船の上で思っていたアンニュイな気持ちが晴れて活力が漲った。




