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七十五話 敵国

「で・・・どうだ?」


「・・・いや~、正直、かなりキツいと思うッスよ~」


「そうか・・・」


 ジョルジュは、俺の質問に対してかなり否定的な答えを返してきた。

 それでも、俺は諦めきれずに再度問う。


「如何しても無理か?」


「ん~・・・完全に不可能じゃあ無いッスけど・・・」


「何だ?何が問題なんだ?」


「イヤ、やっぱ重すぎるッスよ」


「・・・だよな」


 肩を落とす俺の目の前には、一門の砲が置いてある。

 先程から、俺がジョルジュに食い下がって居たのは、この砲を何とかして陸上で使えないかと言う事だった。


「・・・やはり、惜しいな」


 散々ジョルジュから無理だと言われても、俺には如何しても諦めきれ無かった。


「イヤ、いくら言われても無理な物は無理っスよ」


 全長約3.8m、重量約3t、前世のグリボーバル24ポンドカノン砲よりも、やや大きなその大砲は、陸上で使用するのならば間違いなく重砲の部類に入り、運用に当たっては12~15人程度の人員が必要となり、一発撃つのに3~5分を要するだろう。

 しかし、それ故に絶大な威力を持つ事は確実で、特に要塞攻略に用いればブロックや石を積み上げた城壁などは容易く打ち砕く事が出来、また、榴弾を使えば野戦でも威力が期待できる。


「まず、何と言っても問題はデカすぎるって事ッスね」


 大砲を陸上で運用するには砲車が必要になるわけだが、3tもある鉄の塊を乗せても壊れず、尚且つそれでも動かせる車輪を作るのが、非常に困難で仮に出来たとしても、問題はまだある。


「第一、こんなの引っ張れる馬が居るんすか?」


 いくらこの世界の馬が頑強だと言っても、所詮は500kg程度の中量馬でしか無く、その牽引能力は限られている。

 この砲を牽引するには1tクラスの輓馬が4頭は必要だろう。

 しかし、この公国は陸地は山がちで、そもそも馬を使う文化が薄く、輸送は基本的に海路を用いている。

 王国にしても輓馬は余り育てられておらず、そう言った大型の輓馬は共和国が本場だ。


「コレだけの代物を作る工業力があるなら砲車も間違いなく有るはずだ・・・輓馬の数も揃っているのだから次の戦いは間違いなく野砲を出してくるに違いない・・・」


 我が国でも大砲を作ろうと思えば作れるだろうが、その時に現物が有るかどうかでは、大きな違いがある。

 出来れば一個中隊作れる位の砲を持ち帰りたいと思うのだが、余りにも障害が大きすぎた。


「旦那は・・・コイツを向けられて勝てますかい?」


 目の前の大砲を見詰める俺に、ジョルジュが質問を投げ掛けてきた。

 その問い掛けに、俺は少し考えてから答える。


「・・・もしも俺の兵団が万全の状態で、敵が同数の兵力で、コイツを4門持っていたとすれば、間違いなく勝つ自信はある・・・だが、勝った後にまだ戦えるかと言われたら、一度くらいは戦えるだろうが、それ以上は無理だ」


 実際の死傷者数はそれ程大きくはならないだろうが、それ以上に士気の低下が抑えられずに潰走するのが目に見えている。

 一度目は、無理矢理にでも戦わせられるだろうが、二度目からは間違いなく言う事を聞かなくなる。

 兵団以外の部隊で勝てと言われたら、それは最早不可能だ。


「だが、味方にもこの大砲が有れば、心理的な圧力は敵と互角になる。そうすれば味方の士気低下も抑えられる。俺は歩兵同士の正面切った殴り合いなら絶対の自信がある」


 同じ条件で殴り合うなら俺と俺の兵団は絶対に負けない。

 だからこそ、次の戦争に勝つためにも支援火力の増強は急務だった。


「何時、次の戦いが起こるのか分からん。だから成るべく早く戦力を強化せねばならんのだ」


 既に、あの海戦から一月が経過している。

 公国海軍は、多大な犠牲を出しながらも巧みな戦術と地の利を利用して共和国を撃退する事に成功したが、最早余力は無く、最後の決戦でも俺達が奪った敵艦のお陰で辛うじて勝てたのだ。

 共和国を追い払えた事は喜ばしい事なのだが、公国の首脳陣と陸海軍は眉間に皺を寄せて今後の打開策を協議している所だ。


「海軍の整備は時間が掛かるから、暫くは共和国海軍も動きづらいだろうが、コチラは今度戦えば確実に負ける。執政官の話だと、沿岸線は放棄して内陸に防衛戦を構築するのが主流になりつつあるそうだ」


 しかし、そうは言っても公国陸軍は本当に最低限の自衛戦力程度の力しか無く、陸軍大国の共和国軍が上陸すれば、相当に厳しい戦いとなる。

 俺の見立てでは、持って2週間が限界だろう。


「銃を装備しているのも視野に入れた方がいいな・・・」


 共和国軍が銃を装備している可能性は、非常に高い。

 寧ろ、これ程の砲を大量に揃えているのなら、銃を持っていない方が不自然な程だ。


「リヒトの例も在るし、共和国にも俺と同じ様な奴が居るのは間違いないな」


 多分、近世辺りの歴史と軍事をかじった感じの奴だろうと当たりを着ける。

 砲の製造方法が初期の野砲の物では無く、共和11年式かグリボーバル式を再現した感じで、船のマストの形状なども考えると、ナポレオン時代が中心だろうと思う。

 兵の練度と熟練兵の少なさから見て、つい最近に急速に改革に乗り出したと思われ、それだけの動きが出来る人物となると、かなり限られる。


「マイアル侵攻のイレーナか・・・」


 去年のマイアル侵攻で名を馳せ、この間の公国への侵攻の責任者でも在る新将軍なら、と考える。

 マイアルではかなり活躍したらしいが、具体的にどんな戦術を取ったとか、新兵器の投入などの詳しい話は全く入って来ず、その情報統制の徹底ぶりが逆に怪しい。


「ジョルジュは何か知っている事はあるか?」


「いや?何も知らんね」


 ジョルジュも知らないと言う共和国の詳しい情報をどうにか手に入れられないか、と頭を悩ませていると、背後からレッドが話し掛けてきた。


「よう、何怖い顔して悩んでんだ?」


「レッドか・・・艦の方は良いのか?」


「おう、大丈夫だ」


 共和国を追い返してから、レッドは公国海軍に所属する艦長として奪い取った三等艦を任されている。

 フリゲートは被害が大きすぎた為に、解体されてしまったが、共和国から奪った艦は俺達が奪った物の他に公国海軍でも三等艦を2隻奪取に成功しており、この三隻が実質的な公国海軍の全戦力となっている。

 レッドは現状で最も戦列艦での戦闘経験が豊富な艦長と言う事になり、戦力低下の著しい公国としては決して手放す事は出来ない存在となった。

 その話が来た時はレッドは喜んで居たのだが、その後にリシェを宥めるのには非常に苦労し、彼女の機嫌を取るのに二週間も掛かった程だ。


「カイルはコレから如何するんだ?」


 唐突にレッドが俺の今後の動きを訪ねてきた。

 本来なら他国の駐在武官に対して、余り詳しい動きを訪ねるのは宜しくないのだが、レッドの事だから深い事は考えていないだろう。

 別に敵国と言うわけでも無いし、俺の行動が把握されたからと言って、別段問題があるわけでも無かったので、俺は素直に答える。


「俺は本国に戻る事になる。」


「そうなのか?」


「ああ、二年も経ってほとぼりも冷めただろうし、何よりも国境の当たりで共和国の陸軍に動きが在るらしいからな」


 アレクト殿下からも正式な帰還命令が近日中に届くと手紙で通達されており、帰ってからの事は未定だが、取り敢えずは帰れる事になった。


「そうか・・・寂しくなるな」


 声を落として呟くレッドに、俺は背中を叩いて言った。


「シャキッとしろ!指揮官がそんな事では示しが付かん。それに、別れるのは最初から決まっていた事だ」


「・・・そうだな」


 そんな俺とレッドのやり取りをジョルジュが笑いながら見つめてきて、何となく居心地の悪い気がしていると、俺の耳に馬の蹄の音が聞こえてきた。


「はあっ!」


 何事かと思って音の方を向くと、リゼ大尉が俺の下へと馬を走らせて来た。

 大尉は俺の手前で馬を止めると、馬から下りて息を切らしながら話し掛けてくる。


「大変です団長!」


「如何した大尉?」


「こ、コレを・・・」


 大尉は俺に一通の手紙を差し出して来た。

 大尉には殿下からの手紙の返事を届けに行って貰っていたのだが、僅か5日の往復は明らかに異常だ。


「・・・」


 俺は、差し出された手紙を受け取ると無言で眼を通す。

 そして、そこに書かれている内容に酷く驚かされた。


「・・・大尉・・・コレは本当の事か?」


 信じたくないと言う願望が先行して、思わず訪ねるが、大尉は無言で首を縦に振った。


「マジか・・・」


「如何したんで?旦那?」


 横からジョルジュが訪ねてきて、俺は言っても良いものかと少し迷ってから、手紙の内容を口にした。


「・・・王国陸軍が共和国との国境を越境。国境最大の都市マラードを強襲し、コレを攻略。作戦の発案は第三王子ロムルス殿下」


 大尉によると、手紙が書かれたのは昨夜の事で、攻撃は既に一週間前の事だそうだ。

 手紙には、他にも軍団の編成も書かれている。

 軍団長にロムルス第三王子が就き、その補佐としてアーサー・ペイズリー陸軍卿が参加、麾下将兵は約2万程度、騎士団は参加せず歩兵だけの編成だと言う。

 そして、俺は参加部隊の中に見知った名前を見付ける。


「・・・ハンス兵団。旧カイル兵団隷下、ハンス中佐以下600名を持って編成」


 ハンスがこの戦いに参加している事が書かれており、ハンス兵団の構成する兵は元は俺の部下達だと言う事も書かれていた。

 俺はこの事について何か知っている事は無いかと、大尉に尋ねる。

 大尉は少し躊躇ってから、説明してくれた。


「貴方がいなくなって兵団が解体された時、殆どの者はアレクト王子が私兵として雇ってくれたのです・・・しかし、第三王子からの横槍が入って、ハンス中佐だけが陸軍の所属になってしまいました」


「どういう事だ?ペイズリー卿はアレクト殿下の味方では無いのか?」


「いえ、卿自信はアレクト王子の味方ですが、他の陸軍の首脳が第三王子の手の者になっているのです。共和国からの侵攻の不手際を責められて人事が一新されてしまった様です・・・最早、陸軍卿は名前だけ、御飾りの役職になりさがってしまいました」


「では、何故ペイズリー卿が?」


「・・・第三王子は今回の戦いが終わり次第に陸軍卿に難癖を付けて、その役職を剥奪するつもりです」


 余りにも第三王子の勝手が過ぎる。

 ここで俺に一つの疑問が生まれた。


「陛下は何も言わないのか?」


 俺が大尉に尋ねると、大尉は、ジョルジュとレッドを見てから俺の耳許で小さな声で言った。


「・・・実は、陛下は意識不明の状態なのです・・・」


「・・・何?」


「・・・去年の夏に倒れられてから、眼を覚まさないのです・・・」


 あの、獅子の如き国王陛下が意識不明と聞いて、俺は動揺を隠せずにいた。


「・・・マジか・・・」


 陛下が意識を失い、共和国侵攻の際の不手際でアレクト殿下の求心力が低下する間に、ロムルス王子は精力的に活動を続けて力を増しており、遂に陸軍を掌握したと言う事だ。

 ローゼン公爵が眼を光らせている騎士団にまでは手は出せなかったらしいが、それも時間の問題で、物理的な戦力としてアレクト殿下には俺が必要になったらしい。


「・・・殿下は内戦の可能性を考えておいでか」


「・・・何としても避けたいと・・・」


 大尉の渡して来た手紙には帰還命令の辞令書も付属しており、メモ書きに帰って来いと添えられている。


「団長・・・指示を」


 俺を見詰めて指示を仰ぐリゼ大尉の視線を受けながら、頭を掻きながら呟いた。


「・・・如何してこうなったかなぁ」


 そして俺は、大砲を見て、ジョルジュとレッドの方に視線を移してから口を開いて、行動を指示する。

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