外伝 俺の知らない間に、色々誤解されている件
「むぅ・・・」
朝も早くから書類に向かっているが、作業は遅々として進まず、積み上げられた書類は一向に減る気配が無かった。
「少し休憩されては如何ですか?」
ここ最近で癖になってしまった眉間の皺を揉みほぐしていた私に声が掛けられた。
「・・・そう言う訳にもいかない事は、お前も知っている筈だぞソロモン」
「それはそうでしたね殿下」
二年前から私の下で働く様になったソロモンは、何時も私に嫌みの様な事を言っては、私の尻を叩いて働かせてくれる。
彼に何かを言われる度に、私は二年前の後悔を思い出す事が出来た。
「・・・もう、二年か・・・」
窓から見えた南の空を見て呟くと、ソロモンが黙ってお茶の準備を始める。
爽やかな見た目とは裏腹に、骨張って傷の目立つ手で煎れる彼のお茶は、無骨であっさりとしているのにも関わらず、妙に癖になる味をしていた。
「大佐はお元気ですかね・・・」
「・・・恐らくな・・・」
お茶を煎れながら呟いたソロモンの言葉は、私の胸を強く締め付けた。
「カイルは私を怨んでいるだろうか・・・」
ソコまで言った私は、直ぐにカイルの事を思い出して否定の言葉を口にした。
「アイツは、こんな私の事でも怨んではくれないだろうな・・・」
いっその事、私を酷く罵って唾でも吐きかけてくれれば楽なのだが、私の頭の中のカイルは何も言わずに敬礼をする。
ソコには怨みも辛みも無く、ただ一人の軍人として任務を果たす男の姿だけが思い浮かんだ。
「でしょうね・・・大佐なら本心から何も思っていないと言うでしょうね」
ソロモンの言葉に、私は無言で頷いた。
あの責任感の塊の様な男は、常に私と国に対しての忠誠を示し、軍人としての義務を果たしてきた。
「・・・だと言うのに・・・私はアイツを助けてやる事が出来なかった・・・!」
私に取ってカイル・メディシアと言う男は、私が最も信頼する友であり、最大の後悔の象徴でもあった。
「・・・」
テベリアの悲劇と呼ばれる様になったあの日、カイルの帰還を待っていた私の下に伝令が駆け込んできた。
伝令の内容はテベリアで反乱が発生、カイルと皇女が巻き込まれたと言う内容の物で、私は直ぐに剣を取って騎士団を率いて助けに向かおうとした。
しかし、状況がそれを許してくれなかった。
あの当時、タイミング悪く幾つかの家で不正が発覚したり、他の領でも反乱の前兆が見られたため騎士団は待機命令が出ていたのだ。
さらに、あの頃から弟が突然勢力を拡大して、私に対抗の意志を見せ始め、私は王都を離れる訳にはいかなくなってしまった。
結局、テベリアに騎士団を派遣した時には既にカイルが全てを片付け終えた後で、私は何も出来なかった。
「・・・しかし・・・腑に落ちませんね」
「・・・うむ」
ソロモンの言った通り、私には腑に落ちない事が多々あった。
その最たる物が、テベリアの悲劇の噂の伝達速度だ。
カイルが王都に帰還した頃、ほぼ同時に王都にテベリアの悲劇とカイルに付いての噂が完全に広まっていたが、その速度が余りにも速すぎる。
カイルの兵団の行軍能力は我が国でも最速と言える早さだが、それを上回るスピードで王都へと辿り着いた噂は、一体誰が広めたのか全く分かっていない。
それに、テベリアでのカイルの行動は軍の反乱に対する対処としては決して批難される所は無く、いくら軍内部での妬みがあったとしても、それだけで左遷されるのは不自然と言わざるを得ないだろう。
「あの時は何もかもが異常だった」
「異常と言えば、大佐の対応もおかしいですね」
ソロモンの言うカイルの不可思議な行動と言えば、あの時、カイルは自己弁護を一切行おうとせず、まるで自ら軍を離れようとしていたかの様に公国へと向かった。
「カイルは謙遜の過ぎる男だとは私も思うが、だとしても、不当な扱いに甘んじる男では無い」
「ええ、テベリア伯の事でショックを受けたにしても、不自然です」
今だ計り知れない男の事を思いながら唸っていると、部屋のドアが叩かれた。
「入れ」
入室の許可を出すと、扉を開けて現れたのは一人の騎士だった。
「失礼いたします」
「如何した?」
「共和国軍に動きあり、海軍艦艇が夜の内に出港しました」
騎士はそれだけを報告すると書簡を置いて足早に部屋を去った。
「ふむ・・・」
書簡には詳細な伝令が書かれており、それによると、4日前に共和国海軍の大型帆船10隻が夜間に出港したとあった。
「帆船だけですか?ガレー船は?」
ソロモンに聞かれて、書簡の文章を隅々まで読んでもガレー船に動きがあったとは書かれておらず、私はそれを伝えて呟いた。
「大方、最近攻め落とした島への物資輸送だろう」
私は、そう結論づけて書類を机に置くが、、虫の知らせか、何か違和感を覚えた。
「・・・そう言えば、一週間前にも同じ様な報告が上がっていなかったか?」
ソロモンに尋ねると、彼は直ぐに答える。
「ええ、確かに一週間前にも同じ様に、帆船が数隻出港したと報告がありました。確か今から20日も前の事の筈です」
徐々に徐々に、私の頭の中の違和感が大きくなって行った。
「・・・ここ最近・・・一年間での共和国の動きは・・・」
ソコまで言って、私はある報告を思い出した。
「ソロモン!」
「はい!」
「確か、共和国内で錬金術師が集められていると報告があったな」
一年半前に共和国内で錬金術師が活発に募集されていた事を思い出し、ソロモンに尋ねると、直ぐに答えが返ってきた。
「はい、国内どころか、国外からも呼び寄せていたはずです」
私は、以前に聞いたソロモンの話を思い出す。
「確か、お前はカイルに命じられて、何か研究をしていたな」
「・・・はい」
「その研究は、確実に秘匿されているか?」
「その筈ですが・・・」
そう言ったソロモンは、何かを思い出して言った。
「確か・・・帝国で大佐が一度使用したかと」
私の中で不安はどんどん膨れ上がって行き、私は一つの帰結に辿り着いた。
「ソロモン」
「何でしょうか?」
「今すぐにアランを呼んで欲しい」
私がそう命じると、ソロモンは何も聞かずに行動に移そうと部屋から出ようとするが、それは、侵入者によって阻まれた。
「どうも久し振りだねソロモン中尉」
「スミス中佐!」
私が呼ぶように頼んだアラン・スミスは、自分からその姿を現した。
「何故ここに?」
私が訪ねると、アランは柔和な笑みを浮かべて答える。
「実は、私の所に面白い尋ね人が来まして」
そう言って、アランは部屋の外に隠していた人物を中に招き入れる。
「失礼いたします」
そう言って入ってきたのは、小柄な身体に小麦色の肌の、久し振りに見る人物だった。
「ナジームじゃないか」
「如何したんだ?大佐のお世話をしている筈じゃ?」
私とソロモンが訪ねると、ナジームに変わってアランが口を開いた。
「いや、私も随分ビックリしたよ・・・けど、この手紙を読んだ時はもっとビックリした」
そう言って一通の手紙を差し出してきた。
「・・・」
私は、無言で手紙を受け取って中を読むと、今までの全ての疑問が解けて、思わず笑ってしまった。
「そう言う事だったのか・・・」
思わず私が呟くと、アランが言った。
「やはり、貴方もそう思いますか?」
「ああ・・・全く、カイルには驚かされてばかりだ」
何故、カイルが自己弁護をしなかったのか、何故、言われるがままに兵団を解散して、公国へ行ったのか、その謎の答えは最近の共和国の動きと、カイルの手紙によって解き明かされた。
「アイツは未来が見えているのでは無いか?」
思わず呟いた私の言葉に、その場の全員が頷いた。
「偶然にしてはできすぎていて、予想していたのであれば、それは人智を超える知謀と言えるだろうね」
「あの人は・・・全く・・・」
カイルの手紙の内容と、報告にあった共和国の不審な動きを摺り合わせれば、自ずと、共和国海軍の公国への侵攻が予想できる。
帆船ばかりと言うのが気掛かりだったが、それも錬金術師の大量動員で説明が付いた。
「アイツは、コレを二年前から読んでいたのか・・・」
新兵器を携えた共和国による公国への侵攻。
カイルはそれを阻止するために公国へと行ったのだ。
「この手紙を読んだ瞬間に鳥肌が立ちましたよ・・・何故、私にレンジャーを編成させたのか、彼はコレを読んでいたんです」
全く、カイルには適わない。
アイツは何時も人の予想の上を行く。
「・・・ソロモン」
私がソロモンに声を掛けると、ソロモンは直ぐに私の欲しい言葉を返してくれた。
「弾薬と馬の準備は出来ています。こんな事もあろうかと、レンジャー大隊を直ぐに動かせるだけの物資は常に確保しておきました」
それを聞いて、私はアランの方を見るが、アランからも直ぐに言葉が返ってきた。
「私の方でも既にリゼ大尉に出動待機を命じてあります、一個中隊が直ちに出発出来る体勢は整っています。御命令ならば半日以内に、大隊ごと移動可能です」
「・・・」
二人の答えを聞いて、やはりカイルには適わないと感じた。
「カイルは本当に恐ろしい兵団を作っていたのだな・・・アラン・スミス中佐!」
「はっ!」
「今すぐに作戦を開始してくれ!」
「了解いたしました!」
「ただし、面倒を避ける為に最初の派遣部隊は規模を縮小してくれ」
「了解!」
私が言うなり、アランはナジームを連れて部屋から出て行った。
「さて・・・私も頑張るとするかな」
アランの背を見送った私は、公国にいる友の事を思いながら山のような書類に向かった。
全て勘違いです。




