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七十四話 決着

 一度距離を離した艦は、再び速力を上げて敵艦に近付いて行く。

 多くの士官を失った事で動きの悪くなった敵艦に対して、急速に左側から接近した。


「行くぞオラァ!!」


 レッドが気合いを入れるための声を上げて、舵を切ると、フリゲートが敵艦に体当たりをした。

 その瞬間、強い揺れが艦を襲い、俺は転びそうになるが、必死に堪えた。


「今だ行けぇ!!」


「っ!行くぞ!!レンジャーは俺に続け!!」


 レッドが声を上げるのに反応した俺は、ヤケクソ気味に敵艦に乗り込んで行った。


「撃てっ!!」


 俺が敵艦の縁に足を掛けるのが早かったか、それともジョルジュが声を上げるのが早かったか。

 敵艦に接した状態でコチラの砲が一斉に火を吹いた。


「団長に続け!!」


 周囲に船の破片が飛び散り、爆音の轟く中でリゼ大尉が声を上げると、レンジャーは一度斉射を敵に浴びせてから乗り込んだ。


「畜生!!ジョルジュの野郎!!」


 味方の砲撃に吹き飛ばされそうになった俺は、文句を言いながらサーベルを抜いた。


「おおおおお!!」


 敵艦に乗り込んだ俺に、煙の中から1人の敵の兵士が突っ込んで来た。

 助走を付けてから、突きを繰り出して来た敵に対して、俺はサーベルを使って敵の突きを右に流し、左手で相手の顎を殴る。

 拳から相手の歯が強く擦れ合う音と、顎の骨がズレる音が伝わって相手が口から血と奥歯を吐き出しながら後退った。


「は、はごがっ!?」


 左手で顎を押さえながら声を上げる敵兵は、サーベルを持つ右腕をダラリと垂らしながら俺を睨んだ。


「うらぁっ!!」


 そんな隙だらけの敵を、俺は右の前蹴りで蹴り倒し、首にサーベルの刃を叩き込んだ。

 そうして最初の敵を殺した俺は、今度は自分から敵兵に切り込む。


「っはぁ!!」


 砲の近くに居た1人の敵に向かった俺は、小さく踏み込みながら、肘だけを動かして左から右へサーベルを振って、敵の胸を切りつけた。


「ぐっ!!」


 切り込みが浅く、一撃で仕留めきれなかった敵は、傷口を押さえて声を上げながら後退る。

 何とか体勢を立て直そうとする敵だったが、俺は隙を与えない様に追撃を掛けた。

 半身の体勢で右から斬り掛かって、相手の左腕を斬り、更に相手の左脇を切り上げた。


「っは!?あ、ああ?」


 傷を抑えながらうつ伏せに倒れた敵は、少し声を上げると、ビクビクと痙攣しながら静かになった。


「ワルド!グリム!艦首に回れ!」


 周りを見渡して、ワルドとグリムに命じると、2人は無言で俺の指示に従って艦首に走る。

 既にレンジャーは全員が乗り込んでおり、フリゲートは俺達を置いて、船を離した。


「リゼ大尉!3人連れて下層甲板に行け!!」


「了解!!・・・お前達私に続け!!」


 船首の方の入り口から下に降りていく大尉と他の3人の姿が見えなくなった途端に、下の砲甲板から悲鳴が響いてきた。


「死ねっ!!」


 不意に、1人の敵の兵士が俺に向かって斬り掛かってきた。

 不意打ちの突きを大きく後に跳んで躱した俺は、敵に対して半身に立ってサーベルを構えながら敵を見据えた。

 その兵士は他の者と違ってサーベルでは無く、ブロードソードを持っている。

 刃渡りは短めの70cm程で身幅はレイピアと比べて遥かに広い4cm、柄にはナックルガードがあり、鍔の傷や繰り返し磨がれた後の残る剣の刃からして随分使い込まれた形跡があった。


「・・・」


「・・・」


 互いに無言で見つめ合う俺達は、半身で互いの剣の鋒を向け、円を描くように動きながら徐々に近付いて行った。


「っ・・・」


「・・・!」


 遂に鋒がぶつかり、手に持つサーベルに力が掛かり始めると、相手が剣の鋒を軽く振って俺のサーベルを弾こうとしてきた。

 それに対して、俺もサーベルを小まめに動かして相手の剣を絡め取る様に鋒を回した。


「っ!」


 しかし、俺が敵の剣を絡めて弾こうとした瞬間、逆に敵に動きを利用されてしまった。

 サーベルの鋒を時計回りに回して左上に弾こうと跳ね上げると、相手が一瞬剣を引いて俺のサーベルを躱し、剣を引いた状態から鋭い突きを放つ。


「っおお!!?」


 俺は寸での所で身を反らせながら右に躱すが、敵は更に続けて突いてきた。

 後に下がりながら攻撃を躱すが、とうとう踵が船縁にぶつかって逃げ場所を失ってしまう。


「っつあ!!」


 俺が思わず後を確認してしまった瞬間、正面の敵が声を上げて攻撃してきた。

 前のめりに踏み込みながらの突きは、コレまでに俺が見てきた中でも屈指の鋭さを誇っており、俺の人中に剣の鋒が吸い込まれる様に進んでくる。


「っ!」


 ヤケにゆっくりと進む時間の中で、奴は俺の命を刈り取る瞬間を幻視して、嫌らしい笑みを浮かべたのが見えた。

 確かに、普通であれば俺には避けられなかったかも知れない。

 だが、それでも俺は避けた。


「ッフ!!」


 身を屈めて突きを掻い潜り、一気に距離を詰めて懐に入ると、俺は左腕を相手の突き出した右腕に絡めて背後に回り込み、左足で相手の左の膝裏を蹴って体勢を崩して、首を締め上げた。


「グッ!!?」


 左腕で首を絞め、右手はサーベルを持ったままで後頭部に絡めて、力を込めながら右に一気にずらした。


「ガッ!!」


 骨の擦れる嫌な感触と共に、首があらぬ方向へ動いて身体から力が抜け、両腕がダラリと垂れた。

 ビクリと一度震えて、それからは全く動かなくなった死体から手を離して、他の敵を探す。


「つぇあああああ!!」


 襲ってきた敵を一刀の下に斬り伏せると、次の敵が向かってくる。

 2人の敵が一度に向かってくるのを迎え撃った。


「っ!」


「うおらあああ!!」


 最初の1人が声を上げてサーベルを振り上げると一直線に向かってくる。

 振り下ろされたサーベルを左に弾きながら懐に入り、サーベルで腹を真一文字に薙いだ。


「くはっ!?」


 それから脚を蹴って倒すと、2人目はコチラから攻撃を仕掛ける。


「ハッ!!」


 首を狙って右から斬り掛かると、相手は左手をサーベルの峰に当てて防御した。

 一瞬だけ鍔迫り合いの様になるが、俺は相手の左膝の裏にローキックを当てて体勢を崩し、サーベルを一端引いてから相手の右腋を切り上げる。


「あああああああ!」


 それから組み付いて、首筋にサーベルの刃の根本を宛がって首を跳ね飛ばした。

 2人を始末した俺に、更に新たな敵が向かって来た。

 単純に考えて200人対13人の戦いなのだから、敵は倒しても倒しても向かってくる。


「ッチ!!」


 数人まとめて向かってくる敵を見て、俺は左手で拳銃を抜いて引き金を引いた。

 6発全弾を撃ち尽くすと4人の敵が倒れるが、3人が向かって来る。


「クッソ!!」


 流石に3人も同時に相手をする自信は無く、弾を込める時間も無い。

 俺が覚悟を決めて迎え撃とうとした瞬間、俺の鼓膜を砲声が震わせて、次の瞬間には、木片と敵が宙に舞った。


「!?」


 突然の事に理解が追い付かない俺だったが、頭で考えるよりも先に身体が動き出し、床に伏せて頭を抑えた。

 次の瞬間には、先程の砲声が連なって聞こえて周辺に木片が飛び散った。


「畜生!!ジョルジュの野郎無茶しやがる!!」


 ジョルジュに文句を言いながら砲撃が止むのを待った。

 途轍もなく長い時間が掛かったような気がした砲撃が止んだ頃、俺は一旦頭を上げて周りを確認して立ち上がった。


「レンジャー!!」


 立ち上がって叫ぶと、ワルドとグリムが最初に跳んできた。

 他の6人も直ぐに現れて無事を確認した。


「全員異常ありません!」


「了解だ」


 さっきの砲撃は甲板に居た敵に対して強烈なダメージを与えたのは間違いないだろう。

 周囲には手足の千切れた敵の死体、頭だけになった死体、身体の何処か一部が散乱し、時折悶えながら声を上げる生存者が転がっていた。


「大尉は無事か?」


 俺が言った瞬間、何かが勢い良く跳んできた。


「ぬおっ!」


 勢い良く飛んできて俺の足下にゴロゴロと転がると、転がってきた者が俺のズボンの裾を掴んだ。


「団長・・・」


「大尉!」


 足下に転がってきた大尉は、身体中を真っ赤に染めていて、見れば左肩の辺りに大きな傷があった。


「大尉!大丈夫かリゼ大尉!!」


 俺が大尉の身体を揺さ振りながら声を掛けていると、ドサリと二つの球体が目の前に転がった。


「っ!?」


 いびつな形の球状のそれは、赤黒い液体を流していて、凹凸の中の眼球が俺の眼を見詰めてきた。

 さっきまで、俺と共に戦っていた二人の部下は、首だけになって俺の下へと帰ってきたのだ。


「他愛の無い連中だった」


 俺が、死んだ二人の首を見詰めて言葉を失っていると、一人の男が姿を現して、そう言った。


「っ!!」


 弾かれた様に顔を上げて声の主を睨み付けると、そこには豪奢な両手剣を持った壮年の士官が立っていた。

 他の士官よりも一層に偉そうな格好の男は、暗い金色髪をたなびかせ、肩に両手剣を担いで俺を睨んでくる。


「団長・・・気を付けて・・・」


 大尉に言われた俺は、気が付けば立ち上がって男の前に歩み出ていた。


「貴様・・・俺の部下を殺したのか・・・」


「それはお互い様だぞ・・・坊主」


 男は背が高く、170cm程の俺が見上げる程で、低く重厚な声で俺に言い返してきた。

 確かに、その通りだ。

 部下を殺されたと言う意味では、俺の方が、明らかに多くの奴の部下を殺している訳だから、それを言うのはフェアでは無いかも知れない。

 しかし、それでも言わずには居られなかった。


「・・・名は何だ?」


 俺が、男に尋ねると、男は鼻で笑ってから返した。


「先に名乗るのが礼儀だぞ?坊主・・・それに俺の方が年上なのだから敬え」


 明らかな挑発の言葉に、俺はドンドン冷たくなる思考で言い返す。


「それを言うなら俺は大佐だ。敵とは言え階級には従えよ中佐殿?」


「・・・ッチ!」


 俺の返した挑発に、男はイラついた様に舌打ちして名乗った。


「私は共和国海軍中佐、ルイス・マッカランだ・・・大佐殿」


「そうか中佐、私はカイル大佐だ・・・着いては今すぐにそのそっ首を跳ね飛ばしてやろう」


 俺はそう言うなりサーベルを構えた。


「ふっ!貴様程度には負ける方が難しいわ!!」


 先手はルイス中佐が取った。

 巨体に見合わないスピードで距離を詰めると、両手剣を上段から振り下ろしてくる。


「っ!」


 俺は床を右に転がって剣を躱すと、ガラ空きのルイス中佐の左肩目掛けてサーベルで斬り掛かった。


「・・・」


 しかし、ルイス中佐には焦った様子は無く、涼しい顔で俺の繰り出したサーベルを躱した。

 胸を反らすように左肩を動かして、一歩だけバックステップを踏み、俺の攻撃が通り過ぎると、右脚で蹴りを放って来る。


「・・・」


 強烈な蹴りを大きく後に下がる事で躱すが、その判断は直ぐに誤りだった事に気が付いた。

 俺が距離を取った次の瞬間に、両手剣の切り払いが俺を襲った。


「ぐおおおっ!!」


 寸での所でサーベルで受ける事が出来たが、余りの力に耐えきれずにサーベルを弾き飛ばされて、尻餅を着いてしまった。


「死ねっ!」


 無防備な状態の俺に、ルイス中佐が両手剣を力一杯に振り下ろして来た。

 俺は咄嗟に右に転がって振り下ろされる剣を避けたが、ルイス中佐は船の床に刺さった剣を力任せに俺の方に薙いだ。


「っ!?」


 予想以上に凄まじいルイス中佐の力に驚愕しつつも、俺は後転して剣を避けて右手でトマホークを構えた。


「ハアッ!」


 剣を振った直後の隙を晒したルイス中佐に、トマホークを右から振って脇腹を狙うが、ルイス中佐は右手でトマホークをガードした。

 狙いははずれてしまったが、利き腕を潰せたのならと考えたのは一瞬で、トマホークが当たった感覚が明らかに骨や肉に当たった感覚とは違っていた。


「んなっ!?」


 驚いて身体が硬直してしまった俺をルイス中佐は剣の柄頭で殴り、俺は右の脇腹に喰らって骨の折れる嫌な感覚を受けた。


「っぐ・・・!」


「済まんなぁ手には籠手が入っているのだ。まあ、備えあれば憂い無しだ」


 左手で右の脇を押さえる俺に、ルイス中佐が勝ち誇った様に言い放ち、剣を右肩に担ぎ尚した。


「カイル団長!!」


 無手になってしまった俺はルイス中佐から視線を外さずに構え、後からのリゼ大尉の言葉にも全く返事を返せなかった。


「ぬおおおおお!!」


 ルイス中佐が声を上げて剣を振り上げると、俺に目掛けて振り下ろしてきた。

 極限の状況で加速した思考の中で、俺はルイス中佐の背後に刺さっている俺のサーベルを見付け、直ぐに身体が反応してルイス中佐に向かった。

 ルイス中佐の足下を転がるようにすり抜けると、サーベルの所まで走って右手で柄を握った。


「ッチ!往生際の悪い奴だ!諦めてとっとと死ね!!」


 俺は痛む脇を無視して、左手でサーベルのグリップを握り直し、右手で懐から手拭いを取りだした。


「何だ?降服でもするのか?」


 俺の右手の白い手拭いを見て、笑いながら言うルイス中佐の言葉を無視して、俺は手拭いをサーベルと刀身の根本に巻き付けて右手で握った。


「・・・ふう」


 一息吐いた俺は、両手で握ったサーベルを大上段に構えてルイス中佐に向かった。


「おおおおおおお!!」


 声を上げたルイス中佐が肉薄してくると、肩に担いだ剣を俺に振り下ろす。

 それに対して、俺もサーベルを振り、ルイス中佐とは鍔迫り合いになった。


「おおおおおおお!!」


「ぐぬあああああ!!」


 体格と力で劣る俺は、ルイス中佐に一瞬で押し込まれるが、俺は剣を僅かに引いて右にいなした。


「ぬあっ!?」


 体勢を崩したルイス中佐に俺は更に追撃を掛ける。


「チェストおおお!!」


 前のめりになるルイス中佐の胴に両手で握ったサーベルの刀身を叩きつけ、居抜き胴で腹を真一文字に切り裂いた。


「ぐっ!貴様ぁ!!」


 ルイス中佐は、それでも俺に向かってきた。

 腹から血と臓物をはみ出させながらも右手で強引に両手剣を振るって俺に襲い掛かる。


「っああああああ!!」


 ルイス中佐の剣が振り切られる前に、俺は上段からサーベルを振り下ろして、籠手に護られているルイス中佐の前腕を切り落とした。


「っ!?」


 その瞬間、甲高い音を立ててサーベルの刀身が半ばから折れるが、俺は一切気にせずにルイス中佐の懐に入って胸に折れたサーベルを突き刺した。


「ぐっ!!」


「・・・」


 ルイス中佐は膝を着いて大人しくなったが、それでも死んではいなかった。


「・・・貴様のような坊主が大佐など・・・世も末よ・・・」


「俺もそう思うが、コレがお前の運命だ」


「ふんっ」


 ルイス中佐が若かった頃、戦場には銃も砲も無く、彼に取っての戦争は騎士同士の果たし合いだったのだろう。

 見ようによっては、彼も時代のうねりに取り込まれた被害者と言えなくも無く。

 文句を言う姿が少しだけ寂しそうに見えた。


「大佐・・・我が艦の・・・降服を受け容れてくれ・・・」


 今にも息絶えようとしているルイス中佐は、最後の力を振り絞って、降服の申し入れをしてきた。


「降服を受け容れよう。君の部下は丁重に扱う事を約束する」


「・・・」


 俺が返事を返すと、軽く微笑んで、それから何も言わずに崩れ落ちた。


「・・・聞け!!共和国兵の諸君!!君達の艦長は今ここに私が討ち取った!!諸君の艦長の最後の頼みとして、私は降服を受け容れる積もりだ!!今すぐに武器を棄てて投降すれば丁重に扱うと約束しよう!!」


 俺は有らん限りの力で声を振り絞り、降服を促した。


「降服に応じると言うのならば今すぐに軍旗を降ろして、帆を畳め!!」


 俺の言葉の後、少し間を置いて共和国の兵士が出てくると帆を畳んで軍旗を下ろし、降服の意を示した。


「・・・」


 漸く戦いが終わった事に安堵した俺は、誰にも聞こえない様に溜息を漏らした。

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