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七十話 久し振りの勝利、

「左に舵を取れ!」


 微風を上手く受けながらフリゲートは進み出した。

 俺の号令と共に操舵手が舵輪を回すと、船の船首が左に振れだす。

 思った以上にスムーズに動き出した事に、密かに胸を撫で下ろしていると、ワルドが声を上げた。


「敵が動き出したぞ!」


 異変に気が付いた二隻の敵艦が動き出した。

 港に係留されている方の艦は動きが鈍く、中々動き出せない様子であったが、浜の近くに停泊している方は既に帆の半分ほどを張って錨を上げている。


「浜の方から叩く。左舷砲戦用意!」


 言いながら操舵手に手で動きを指示して、敵艦の右側に回り込ませる。

 流石に快速のフリゲートだけあって、速度が出やすく小回りが利き、俺の思う通りに艦は簡単に敵艦の背後に回り込む事が出来た。

 その後も、速力を増したフリゲートは動き始めたばかりの敵艦の右側に出る。

 後甲板にいる俺には、フリゲートよりも一層高い位置にある敵艦の上甲板の様子が良く見えて、敵の船員が慌ただしく動きながら砲の準備を進めている。

 コチラは既に砲撃の準備は整っていて、彼等の準備が終わるのを待つ義理の無い俺は、一言叫んだ。


「撃て!!」


 俺の命令の一拍後の砲撃の瞬間、後甲板で士気を取っている敵の士官と眼が合った気がした。

 その直後に耳を劈く砲声と共に砲弾が撃ち出されると、砲弾は敵艦の艦尾付近の砲甲板に命中し、幾つかの小さくない穴を穿った。


「次だ!早く次を撃て!!」


 フリゲートの上甲板にある砲は全部で五門、対して敵艦の砲は片舷で四十門もあり、斉射を喰らおうものなら、コチラは幽霊船にされてしまう。


「ワルド!敵の士官を狙え!!」


 甲板上で動く船員達の中で、他の者とは違う服装で指示を飛ばしている兵士が何人か見受けられた。

 ワルドに命じたのは、その士官を狙撃して敵の統制と士気を下げるのが目的だった。

 俺の言葉にワルドは直ぐに反応し、背負っていたライフルを手に取って射撃を始める。

 ソレに倣うようにグリムとモケイネスも射撃を始めた。


「速力を上げろ!」


 漁師に命じて俺は、フリゲートの速力を上げさせる。

 丁度追い風になった事もあって、横帆を幾つか張ると、フリゲートは一気に加速して、敵艦の真横に着いた。


「旦那ぁ!撃ってくるぞ!!」


 ジョルジュが、敵艦が砲撃してくると警告する言葉を発する。

 敵の右舷の砲門が幾つか開いており、その中から砲口がせり出してきていて、何時でも打てる状況になっているのが見えた。


「増速!!」


 俺は更に速力を上げさせるように声を上げて、敵艦の真横を通り過ぎる様に命じるが、その時、敵の砲が火を噴いた。

 フリゲートの物よりも幾分大きな砲から撃ち出された大きな砲弾は、しかし、増速するコチラに当たる事は無く、そのまま大きな水柱を造るだけだった。


「取り舵一杯!」


 フリゲートが敵艦を完全に追い越した瞬間、俺は操舵手に取り舵を命じて急速旋回させる。

 敵艦の進路上に乗り出しながら左に旋回するフリゲートは、慣性で船体が大きく傾く。


「撃て!!」


 大きく左に傾いた状態で放たれた砲弾は、敵艦の艦首の水線付近に命中する。


「面舵!!」


 砲撃の次の瞬間には面舵を命じて艦を復元させる。

 水線を撃ち抜かれた敵艦は急激な浸水が発生して艦首が徐々に沈み込み始めた。

 戦列艦同士の戦いは、最初に同航状態での砲撃戦から徐々に近づいていき、敵艦へと乗り込んで白兵戦で決着を付けるのが通常である。

 戦列艦の砲は俯角が取れず、砲撃戦では敵艦の中央から上にしか砲弾が当たらず、特別な状況を除いては浸水は発生はしない。

 だが、今回は白兵戦をする人員も時間も無く、また、もう一隻の敵艦を控えている事から、手早く敵を沈める必要があった。

 そこで、俺はガレオン船型の船に見られる不安定さを利用して、高速からの急速旋回で艦を傾けさせて無理矢理に砲に俯角を取らせ、水線への砲撃を実行した。

 ガレオンから続くシップタイプの船は安定性がやや悪く、また防水区画などの浸水対策が取られている訳でも無いため、予想以上に効果は高かった。


「次だ!!右舷砲撃用意!!」


 既に沈みかけている敵艦に見切りを付けると、俺は次のもう一隻の敵艦に意識を切り換えて、戦闘の用意をさせる。

 敵艦は既に港から離れていて、コチラには眼もくれずに湾の外に向かって速力を上げていた。


「如何するんだ?」


 ワルドが俺に訪ねる、

 敵を追うのか追わないのかと言う事だが、次の動きは、もう既に決まっている。

 俺は自分の判断に従って声を張った。


「敵は無視だ!港の残敵を掃討する!!砲撃用意!!」


 そう言って俺は、右舷の砲を街へと向けさせる。

 リゼ大尉達の方が上手く行っていれば、敵は港に集結している筈で、そこに砲撃を加えれば甚大な被害をもたらす事が出来る筈だ。


「敵は見えるか!誰か答えろ!!」


 揺れる船の上、港までは400mは在ろうかと言う状況で、港の状況を確認できないかと聞くと、1人が答えた。


「見えます!!港は敵で一杯です!!」


 そう答えたのはモケイネスだった。

 誰も答える事の出来ない状況で、双眼鏡も何も無しに、彼は港の状況がどんな風なのかを自信を持って見えると言った。

 周りの者達も俺と同じく、驚愕に満ちた眼で驚異的な視力を持つ青年を見詰めた。


「確かか?間違いないか?」


 余りの事に信じられなかった俺が念を押して確認すると、モケイネスは変わらず自信満々に頷いて見せた。


「・・・」


 暫く彼の目を見詰めて、俺は腹を決めて声を上げた。


「砲撃開始!目標は港の敵部隊だ!」


 困惑の色を隠せない漁師達だったが、俺の言う事には確りと従って、砲撃を開始した。


「どんどん撃て!」


 半ばヤケクソになった様に漁師達は自分達の故郷の街に砲弾を撃ち込み続け、砲身から煙りが出始めた頃に、ジョルジュが砲撃を止める様に言った。


「止めろ!それ以上撃つと爆発すっぞ!」


 撃ち込んだ砲弾は全部で60発ほどで、殆どは港に当たって付近の建築物などに目に見えて甚大な損害を与えている。

 その被害の全容は徐々に港に近付くなりに鮮明になり、見るも無惨な姿を晒していた。


「大丈夫だよな・・・」


 流石に心配になったのか、誰かが小さく呟いた言葉がヤケに良く聞こえたが、誰も答える者は無く、ただ港を見詰めるだけだった。


「モケイネス何か見えるか?」


 眼の良いモケイネスに訪ねるが、彼は無言で横に首を振るだけだ。


「誰か何か見えないか!」


 俺の問い掛けに対して、誰もが何も見えないと答えるだけで、雰囲気が暗くなり始める。


「アレを見ろ!!」


 その時、グリムが何かを指差して叫ぶ。

 グリムの指差す方を見ると港の奥の方から人影が現れ始める。

 その人影は徐々に増えていき、甲板に緊張が走るが、直ぐに杞憂であると知ることが出来た。


「大尉だ!アレは大尉だ!」


 いち早く叫んだのはモケイネスで、ソレから人影が味方や街の住民である事に気が付くと、歓喜の声を上げた。


「港に着けろ!作戦は成功だ!!」


 喜びに叫び声を上げる連中を窘めながら、俺はコチラを見詰めてくるリゼ大尉と8人の兵士を見て安堵の溜息を漏らしてしまった。

 しかし、手放しに喜んで浮かれる事も出来ない。

 敵はもう一隻いるのだから。

何処かにネタと文才が落ちていない物でしょうか。

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