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六十八話 反撃の時

またもや余り進みませんでした。

まさか、この話がここまで長くなるとは、思いもよりませんでした。

 拝啓、カイル・メディシア様へ、貴方からの久し振りの手紙を拝見させて頂き、大変嬉しく思います。

 実に二年間もの間、何の音沙汰も無く寂しく思っていた所に、届いた手紙は麾下将兵共々、一字一句逃さぬとばかりに拝見させて頂きまして、遂に雌伏の時が終わる物と歓喜に震えた物です。

 さて、内容を改めさせて頂いた所、貴方の言うとおりに実行させて頂くのは、現状では余りにも困難であると言わざるを得ず、ご期待に完全に添える事は出来ないと判断し、勝手ながら独自の裁量を取らせて頂きました。

 つきましては、レンジャー大隊から二個小隊を抽出した上でコレを先遣隊として派遣させて頂き、方々への掛け合いの後で追加の部隊を派遣させて頂きたいと思います。

 レンジャー大隊の編成及び訓練、装備に関しましては、貴方様からの要望通りに全てを終えており、常に物心両面での準備を完了させていました。

 一先ず、先遣部隊の指揮官としてリゼ大尉をその任に着けてお送りいたします。

 それでは、またお会いする日を心待ちにしております。

 アラン・スミスより。







 狭い路地の先のY字交差点で、6名の敵分隊が気を抜いてたむろしているのが見える。

 12名のレンジャーは交差点の内の二方向から敵に照準を合わせ、号令を今かと待ち構えている。


「撃て」


 そして、俺の言葉と共に大尉達が引き金を引き、敵の分隊を打ち崩す。

 やや高めの銃声と共に撃ち出された光弾が、敵の兵士の命を容易く刈り取り、その後の石造りの家屋に弾痕を刻みつけた。

 ライフルの装備により射撃の精度と射程が大幅に向上した銃兵は、無防備の敵に対して先制攻撃を取る事が出来れば、射撃した人数とほぼ同じだけの敵を射殺可能で、一斉射撃の火力はマスケットとは比較にならなかった。


「クリア」


「此方もクリア」


 射撃後に敵の撃ち漏らしが無いか、ワルドとライカンが確認し、周囲に敵が残っていない事を確認すると、俺も広場に出た。


「見事だ」


「ありがとうございます」


 俺が近くに居た黒人の兵士が、敵の1人の眉間を撃ち抜いたのを見て褒めると、彼は少し照れた様に笑って答えた。


「よくぞここまで訓練したな大尉」


「はい」


 レンジャーの構想はテベリア危機が終わった後に、帝国のウシャの森での事も合わせて、考えついていた。

 歩兵部隊の前進支援をするだけだった散兵に、偵察部隊の任務も統合し、威力偵察や敵の後方撹乱を可能とするために、乗馬によって高い機動力を確保する。

 兵にもより高度な教育と訓練を施し、装備も高精度のライフルを装備させる。

 所謂、乗馬散兵、或いは猟兵と呼ばれる兵種の編成を考えていたのだが、俺が自ら着手する前に公国に来る事になってしまったため、一応概要と訓練の内容、装備などの指定をする書類だけをアダムスに渡して後は全く触れる事は無かった。

 正直なところ少し不安に感じていたのだが、アダムスは俺の思う通りの部隊を造り上げてくれていた様で、ますます、あの男の有能さに驚いた。

 そんな風に思いつつ、俺はリゼ大尉に更に言葉を投げ掛けた。


「どの程度の人数までならば対応出来る」


 少し維持の悪い質問をしたと思ったが、リゼ大尉は直ぐに答えた。


「状況にもよります・・・しかし、ヤレと言われれば最大限に努力します」


 言外に死ぬまで戦うと言われた俺は少し驚き、それから大尉に言った。


「大尉」


「はい」


「ワルドと後2人を俺に貸してくれ。大尉は他の8名を連れて騒ぎを起こしつつ住民の解放を頼む」


 俺が大尉に言うと、大尉は直ぐにワルドの他に1人のライカンと黒人の青年を近くに呼び寄せる。


「グリム、モケイネス!」


「「はい!」」


「ワルド少尉と共に団長に着いて行ってくれ」


「「了解!」」


 2人は返事をすると俺の方に向いた。


「久し振りだな団長」


 ライカンの青年に言われてどこで会ったライカンだろうかと思うと、その声を聞いて思い出した。


「ウシャの森では世話になったな」


「・・・忘れてただろ」


 正直、ライカンの見分けが毛の色と体格位でしか着かない為、不意に言われると誰だか分からない事が多々ある。

 特に、このグリムは毛並みも体格もワルドにそっくりで、2人並ぶと見分けがつかない。

 本人達に言わせると全く似ていないらしいが、ライカン以外の人種からすると、非常に分かりづらい。

 等と思っていると、黒人の青年モケイネスが話し掛けてくる。


「宜しく御願いします」


 どこか見覚えのある顔立ちの青年の顔を見詰めると、彼の口からその答えとなる言葉が発せられる。


「ガラで兄がお世話になりました。貴方に見送られて兄も名誉に思っている筈です」


「ボンチャイの弟か」


 ガラの戦いで死んでしまった、あの勇敢で気の良い青年を思い出す。


「お前もあそこに居たんだよな」


「勿論です。あの戦いは我々にとっては教訓となる物でした」


 あの夜に死んだ黒人は決して少なくは無い。

 その後の戦いでも数を減らして行った事を考えると、良くも生きて戦い抜いてこられた物だと感心する。

 簡単に顔合わせを済ませると、俺は早速行動に移る。


「大尉!後は任せた!」


 リゼ大尉にそう言いながら、先ずは俺の住んでいる屋敷へと向かう。

 路地を抜けて、時に敵をやり過ごして東へ300m程進み、屋敷の周りに敵の気配が無い事を確認すると、足早に中へと入った。

 そこで、戦闘で失った弾薬を補充する。

 キャンバスバッグにクリップを詰め込み、ライフルの弾倉にも弾を込める。

 同じ様に拳銃にも6発の弾を込め、腰の弾囊に予備の弾を治め、サーベルを新しい物に取り替えた。

 服も茶色のコートがボロボロになっていて動き辛いと感じ、コートを脱ぎ捨てると、適当にグレーのジャケットを取りだして袖を通す。

 後は特に取り替える物も無いと装備を調え終えた俺は、待っていた3人に向き直って話を始めた。


「さて、コレからの行動について説明をしよう」


 そう言って俺は、黙って俺の眼を見詰める3人に話す。


「現在、街はほぼ完全に敵の手に落ちており、街の掃討もほぼ終了しているだろう。この段階で此方が取れる手段は無いと言えるが、幸いな事にお前達が来てくれた」


 俺が褒める様に言うと、モケイネスが嬉しそうに頬を綻ばせるが、直ぐに引き締める。


「敵は有力な海上戦力と、そこから得られる強力な支援火力を背景に有利に事を進めているが、そこを着けば逆転の可能性は十分にあると俺は考えている」


「具体的には?」


 俺の話の途中でワルドが遠慮無く聞いてくる。

 俺は、その問い掛けに答える様に更に話を続けた。


「まず、湾内に展開する敵の艦は、全部で三隻いる。港に一隻が既に着き、浜から少し離れた所にも一隻停泊している。これらはどちらも大型の戦闘艦であるが、帆を畳んで錨を降ろしている事から急な行動には出られない。俺達が狙うのは最期の一隻、湾の出口に居座る小型のフリゲートだ」


 フリゲートとは一層の砲甲板と上甲板に30門程度の砲を持つ、比較的小型の快速船である。

 火力も防御も三等艦と比べれば遥かに劣る物であるが、此方は直ぐに動ける様に、ある程度帆を下ろしやすくしており、また錨も降ろしては居なかった。


「このフリゲートを奪うのが第一目標だ」


「どうやって奪うんだ?それに我々は船は動かせんぞ?」


 船を動かした事が無いと言うワルドであるが、その実、海を見るのすら今回が初めての事であり、それはグリムもモケイネスも同じ事だった。

 俺にしても、船に乗った事は何度もあり、海上戦も経験はしたが、船を動かすとなると話は別だ。

 それを分かって居てか、ワルドは更に言葉を続けた。


「第一、奪えたとしても、敵の武器を使う事は出来るのか?我々は見た事も使われた事も無い。訓練された事であれば一切不安は無いが、コレは能力の外の話だ」


 ワルドの言う事も尤もだった。

 しかし、俺にはある程度心当たりがあった。


「俺に良い考えがある」


 そして、その考えは既に実行に移されていた。







「よお旦那、準備は出来てるよ」


 屋敷を出た俺達は一度街を出て街道を下り、それから俺達が上陸した街の外の浜に来た。

 そこで俺を待っていたのがジョルジュだった。


「準備は出来ているか?」


「勿論でさぁ」


 俺の問い掛けに答えたのは1人の若い漁師だった。

 彼の後には一隻の小型のボートが組み立てられていて、何人かの若者が念入りに孔や隙間が無いかを見て回っている。


「カイルよ、この男は信じられるのか?」


 俺が船の様子を見ていると、ワルドがジョルジュを指して指摘する。

 そんなワルドに対して、ジョルジュが言い返した。


「安心しなよ、裏切ったりなんかしねぇからさ」


 茶化すように言うジョルジュに、ワルドは強い口調で言う。


「到底信用できる物では無いな。貴様の言う事が本当ならば、貴様は既に母国を裏切っているのだからな」


「・・・ありゃ本当だ。コレは一本取られたかな?」


 尚も巫山戯た様に言うジョルジュだったが、不意に表情を引き締め、平坦な声色で一言言った。


「・・・ザラスも一枚岩じゃあ無いんだよ狼の旦那」


「・・・」


 ザラス共和国は実は他民族国家で、特に内陸部と沿岸部では随分と民族性が異なっており、好戦的で拡大主義の強い内陸部とは違い、沿岸部は陽気で人懐っこく、保守的で平和主義な性質だった。

 議会の大多数の議席が内陸部の人間で埋まっている為に沿岸部はかなり虐げられ、国に対して反発心を強めているのだ。

 ジョルジュが俺に協力してくれる事になったのも、今回の作戦が失敗すれば、内陸民の推し進める政策を批難する材料になると思っての事だった。


「まあ、楽しくやりましょうや狼の旦那」


「フンッ・・・」


 そんな2人のやり取りを尻目に、俺も舟の点検に混じり、そして、異常が無いと見るや否や、声を上げる。


「では諸君、作戦開始だ。船に乗り込め」


 今この場に居るのは、俺とワルド達3人の他に、ジョルジュと公国の兵士が2人、漁師が10人、それと街から避難してきた老人や女子供が30人ばかりだ。

 俺は教会のある丘を下る時に漁師の青年とジョルジュに小型の舟を用意するように頼んだのだが、この舟がどこにあった物なのかが気になった。


「ところでこの舟は如何したんだ?」


 俺の問い掛けに答えたのは、矢張り漁師の青年だ。


「ここにずっとあったんだよ」


 青年の説明に疑問符を浮かべる俺だったが、それを察した青年が更に付け加える。


「この浜にも昔は何隻か舟を置いてたんだけど、今はもう使わなくなってそのまんまにしてたんだ」


 そう言われながら、舟の縁を掴んで中に乗ろうとすると、手の中で船の木材の一部が崩れて粉になってしまう。


「・・・」


 それを見た青年は、笑いながら言った。


「大丈夫大丈夫!こんなの良くある事だから」


 その青年の言葉に激しく不安を抱いた俺だったが、今更止めるとも言い辛く、総勢17人で舟に乗り込んで海へと漕ぎ出した。


「浮いた・・・」


 幸いにも舟は崩れたり浸水したりと言う事も無く、ゆっくりと浦の中を外海に向かって進んで行った。

 若干の不安を感じさせながら、俺はこの戦いの最後の作戦に打って出た。

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