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六十四話 無い者強請り

お久しぶりです。

何とか更新できましたが、内容はお察しです。

愛想を尽かされていない方が居られれば、どうぞお目汚しですがお付き合い下さい。

 遂に浸水の激しいガレー船は限界を迎え、俺達は船を棄てた。

 船に乗り込んでいた兵士達は装備を切り離し、漁師達も何も持たずに泳ぎ出す。

 俺は流石に銃を棄てる事は出来ず、背中に背負ったままで必死になって泳いだ。

 もしかしたら今の人生で一番辛かったかもしれない程ギリギリの状態だったが、何とか足の着く所まで泳ぎ切った。


「ハア・・・ハア・・・ハア・・・」


「大丈夫か?」


 心配したレッドが俺に声を掛けてくるが、俺は息を整えるので精一杯で、返事が出来なかった。

 対するレッドの方は、かなり余裕の様子で、他の漁師達も少し息を弾ませるだけに留まっていた。


「次は如何するんだ?」


 一人の漁師の男が俺に訪ねると、周りにいる全員が俺に注目する。

 俺は周りからの視線を感じると、一度深呼吸してから顔を上げた。


「・・・ここは何所だ?」


 まず俺が知りたいのは現在の位置だった。

 船が沈む直前では街が見えていたが、俺達が泳ぎ着いたのは、街の近くでは無かった。


「あ~・・・多分、西に流されたか?」


 俺の問い掛けに若い漁師が答える。


「街まではどの位ある?」


「そんなに離れてねぇな、林を抜ければ街道に出っから、東に行けば街の入り口に行けるはずだ。大体四十分くれぇか?」


 そう言って漁師の指さす背後には、僅かな登りになった雑木林がある。

 俺は若い漁師に尋ねた。


「直接街に向かう事は出来ないか?」


「いや、無理だ。ここは浦になってて、浅い湾になってる内の街とは崖で分断されてっから」


 山越えくらいなら何とかなったかもしれないが

崖越えはどうにもならない。

 海を通るルートは300m程泳ぐ事になる上に、浦から出ると波が荒くなって崖に叩きつけられる恐れがあった。


「林を抜けるしか無いな」


 諦めて正攻法のレートを通る事にした俺は、全員を引き連れて林に入っていった。

 幸いな事に林はそれ程厳しい所では無く、足下も見えていて歩きやすい物だった。


「・・・アイツらが居れば・・・」


「アイツらって?」


 俺がぼやいたのを聞いていたらしく、レッドが訪ねてきた。

 俺は別に隠す事でも無いと話した。


「俺の部下・・・兵団の仲間の事だ」


「其奴らがいたらどうだったんだ?」


 俺の部下達、兵団がここに居れば、少し想像してみた俺は、自信を持ってレッドの問い掛けに答えた。


「一個中隊も居れば最初の一戦で勝負が着いていたな」


 間違いなく敵を殲滅できただろう。

 最初の敵の上陸の時点で全員を射殺し、その後に乗り込んでいって制圧できたはずだ。

 それこそ散兵が居れば一方的な戦いになっただろうし、ライカンが居れば船での戦いも随分楽だったと思う。


「カイルは如何して軍隊に入ったんだ?まだ16だろ?」


 そう言われた俺は、少し訂正して言葉を返す。


「正式に軍人になったのは14の時だ」


「14歳!?」


 俺の言葉を聞いて驚いた様子のレッドを余所に俺は言葉を続ける。


「別に入りたくて入った訳じゃ無い。戦争に行って戦ってたら何時の間にか軍人に成っていた」


「何で戦争に行ったんだ?」


「親に行けって言われたからだ。断る事は出来なかった」


 話しているとあの時の事を思い出してしまう。

 たったの二年前の事だと言うのに、随分昔の事の様に思えてくる。


「・・・俺は親に嫌われてたからな」


 俺がそう言うとレッドは随分と驚いた。


「親に嫌われるって・・・お前の親父さんはお前が嫌いだから戦争に行かせたのか!?」


「まあ、そうだな・・・多分、俺が死ぬのを期待してたんじゃ無いか?」


 俺の言う事がかなり信じられない事だったらしく、レッドは絶句してしまった。


「お貴族様って言うのは、自分の子供も殺すんか?」


 俺とレッドの話を聞いていた中年の漁師が、そう言って話に混ざってきた。

 どうやら俺の言う事が相当衝撃的だった様で、周りに居る連中が俺の事を見ている。

 そんな中で俺は、何も気にする事無く返す。


「まあ、家にもよるが、少なくとも家の場合は俺を殺す気だろうな・・・何でこんなに嫌われてるのかは知らないがな」


「・・・貴族って大変なんだな」


「そうでも無いよ、基本的に領民の税金で暮らして、あんまり仕事しなくて良いし、戦争に行く時も領民と騎士を引き連れていくだけだし」


 実際、貴族は余り働かない。

 領地を経営するにしても、基本は専門家や頭の良い奴を雇って丸投げにしたりするし、戦争に行くにしても傭兵や騎士を引き連れて行って、戦場では何もせずに騎士に丸投げが殆どで、場合によっては自分で戦地に行かない場合もある。

 よく考えれば、俺の時も代理で騎士を送ればそれで済む話で、俺が出陣する必要は無いはずなのだ。

 そう考えると、父はよっぽど俺に死んで欲しかったと見える。

 そんな事を話している内に林を抜け、少しして街道を見付けると、東に向かって歩き出した。

 その直後、進む先の空に黒煙が立ち上り、耳を劈く炸裂音が轟いた。


「何だ!?」


「走れ!!」


 言うや否や、俺は走り出した。

 街道を東に向かって走り、上り坂を駆け上がった先で俺の眼に映ったのは、今正に街に向けて砲撃を続ける敵の船だった。


「止めろぉおおお!!!」


 俺の後から着いてきたレッド達は、街が襲われているのを見るや否や、急いで港に向かって駆け下りて行く。

 俺は止める事も出来ず、後を着いて行くしかなかった。


「おおおおおお!!」


 港に向かう途中、初めてレッドと会った広場に差し掛かった時、住民の女性に襲い掛かる共和国兵に遭遇した。

 その光景を見たレッドは、雄叫びを上げて共和国兵に殴り掛かり、一人の漁師が襲われていた女性を引き起こして避難させる。


「敵だ!攻撃!!」


 レッドが敵の兵士を押し倒し、馬乗りになって殴りつけていると、今度は敵の増援が広場に入ってくる。

 船から逃げる際に武器を棄ててしまった此方の兵士や漁師達は、その辺に落ちていた角材や鈍器を拾って応戦する。

 俺もサーベルを抜いて戦いに参加する。


「やああああ!!」


 サーベルを抜いた瞬間、一人の兵士が俺に向かってくる。

 粗末な服装の20そこそこの若い兵士は、短めのサーベルを上段から振り下ろしてきた。


「っ!」


 俺は一歩踏み込みながら攻撃を躱し、左手で胸座を掴んでからサーベルの刃を押し込む様に首にめり込ませた。

 サーベルの刃が首の肉を裂き、血管まで達した瞬間に鮮やかな赤い血が噴き出した。


「ガッ・・・アッ!」


 そのままサーベルの刃を引いて抜き、兵士の腹を蹴って倒すと、傷口を両手で押さえながらビクビクと痙攣してのたうち回る。


「・・・」


 何も言わずに俺は次の敵に眼を向ける。

 次の敵は、同じく若く身体の小さな兵士で、明らかに脅えていたが、気にする事無く攻撃を仕掛けた。


「フッ!」


 短く息を吐きながら大きく踏み込み、円を描くようにサーベルを袈裟に振り下ろした。

 この一撃は上手い事受け止められてしまい、鍔迫り合いになるが、その状態から足払いで体勢を崩すと、顔面を踏みつける。

 声を上げる事も出来ずに意識を失った敵から興味を無くし、俺は次を探した。


「コッチだ!!加勢しろ!!」


 その時、更に新たな敵が広場へとやって来る。

 徐々に数を増して優位に立ち始める敵勢に対して、此方はまともな武器も無く、追い詰められ始めた。


「後退しろ!!バラバラに路地に逃げ込め!!」


 一体何人が俺の言う事に従ったかは分からないが、命じて直ぐに俺は路地に入る。

 敵の追撃は無く、その事が広場の状況を知る手掛かりとなって、残った者の最後を悟る事が出来た。


「何人いる・・・」


「8人だ」


 俺の問い掛けに答えたのはレッドだった。

 どうやらレッドは俺の言う事を聞いて逃げたらしく、幸運な事に同じ場所に逃げ延びる事が出来た。


「ここは何所だ?」


 その問いに答えるのはまたしてもレッドだった。

 レッドは少し周りを見回して、自分の記憶と照らし合わせるように考えてから答える。


「多分、家の近くだ。このまま登れば教会に着く」


 レッドからの答えを聞いて直ぐに、俺は次の行動を決める。


「教会に行こう。あそこなら立て籠もって暫くは持ち堪える筈だ」


「その後は?」


 そう聞かれて、俺は答えに窮した。

 僅か8人で教会に立て籠もってみた所で、そこから反撃に移るなど、土台無理な話で、結果の先延ばしになるだけだ。


「・・・」


 そんな俺の沈黙からレッド達も察したらしく、それ以上は何も聞いてこなかった。


「行こう・・・案内してくれ」


「・・・」


 俺がそう言ってレッドに促すと、レッドも無言で歩き始めた。

 足取りは重く、思考は霧が掛かった様に先が読めず、ただひたすらに今この時を乗り切る事しか出来ずにいる。

 いや、果たして今すらも乗り切れているのかも分からなかった。


「ここを出れば教会への道に入る」


 レッドは振り向かずに言って、先へと進んだ。

 漸く薄暗い路地から出ると、太陽の光に少し目が眩み、明るさに目が慣れると、教会が見えた。


「離して下さい!離して下さい!!」


 悲鳴の様な若い女の声が聞こえてきた。

 聞き覚えのある、その声に一番早く反応したのはレッドだった。


「っ!!」


 声が聞こえた途端レッドが坂道を駆け上り始めた。

 俺も他の6人を引き連れて後に続くがレッドはドンドン加速して急な上り坂を駆け上がって行き、俺達は置いて行かれてしまった。

 何とか追い付こうと出来る限り急いで坂を登り、行きも絶え絶えになりながら登り切ったのは、レッドが見えなくなってから暫く立ってからの事だ。

 漸く登り切ったと思って行きを整える俺の眼に移ったのは、衣服を剥ぎ取られて座り込むリシェと、その近くに倒れる老女。

 そして、此方に背を向ける4人の敵に対して、左脇を手で押さえながら対峙しているレッドの姿だった。

 その光景を見た瞬間に俺は今すぐに自分のするべき事を理解して、同時に身体が動き出した。


「・・・!!」


 俺に背を向けてレッドに対峙する共和国兵に対して、20m程の距離を走って詰め、背後から襲い掛かった。


「ぬおっ!?」


 最初の一撃で1人取れるかと思ったが、上手くは行かず、振り下ろしたサーベルは寸での所で躱されてしまう。


「フンッ!!」


 攻撃を躱された俺は、その勢いのまま右足を軸にして左の回し蹴りを繰り出し、攻撃を躱した敵の腹に叩き込む。

 俺の攻撃に合わせて、今度はレッドが一番近くの敵に襲い掛かった。

 レッドの手には敵から奪ったらしきサーベルが握られていて、拙いながらも懸命に振るって敵を襲う。

 そこへ遅れながら漸く追い付いてきた他の6人も加勢し、一気に敵を圧倒する。

 ここに来て不利を悟った敵は戦闘を止めて撤退しようとするが、戦闘経験の少ない敵兵が背を見せた瞬間に戦いは終結する。

 逃げようとした者から順に背中に攻撃を受けて引き倒され、後は留めを刺すだけの作業になった。


「ふう・・・」


 漸く一息付けると思って俺はサーベルを鞘に収めて軽く息を吐いた。

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