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六十三話 真昼の決闘

「なんだそりゃ?」


 俺は一人の漁師が訪ねるのを無視しながら、キャンバスバッグの中から弾薬を取りだした。

 弾薬は7.62mm×51の所謂、旧NATO弾と同じ規格であり、コレを五発一纏めのクリップを使って装填する。

 ライフルのハンドガードを左手で持ち、右手でボルトハンドルを持ち、一度上ボルトハンドルを上に押してから後に引いてボルトを開け、チャンバーに弾薬クリップを取り付け、固定式のマガジン内へと弾薬を押し込んでからボルトハンドルを前へと押してボルトを閉める。

 ストレートボルトハンドルの回転方式、コックオン・クロージング方式のボルトアクションは主に、イギリスのエンフィールド系の方式を真似て造ったが、工業力、製造技術の違いのためにボルトの動きが渋く、また強度不足の懸念から基本的に弱装弾を使う。

 そして俺は揺れる船の舳先に銃を持ったまましゃがみ込んだ。


「このままだ!」


 レッドが敵艦に向かおうとした瞬間、俺はそれを制する様に声を上げた。

 一体何だと思いながら、レッドは俺の指示に良く従ってくれた。

 背後に敵艦の艦尾を見ながら暫く進む。


「・・・来い」


 敵艦は尚も速力を上げて離れて行く。

 その事にレッドが心配する様に声を上げた。


「カイル!」


「・・・」


 俺は何も言わずに遠ざかる艦影を見詰め続けた。

 その時、遂に待ちわびた瞬間が訪れた。

 敵艦が此方を向こうと右に舵を切って回頭し始めた。

 それを見た瞬間、俺は声を上げ、レッドも直ぐに反応した。


「左回頭!急げ!!」


「おおっ!!」


 船は船首を左に向け始め、ほぼ横を向き始めた頃に風に煽られた。


「っ!」


 船が動揺し、舳先にいた俺が落ちそうになるが、レッドと漁師の男達の手慣れた操艦術によって船は回頭を終えた。

 レッドの舵取りは素晴らしく、風に煽られた動揺と追い風を上手く利用して素早く回頭すると、一気に速力を増した。

 それに対して、今度は向かい風に向かう事になる敵艦は帆を斜めに張り、向かい風に対しての限界角度近くで此方に近づいた。

 その結果、此方は敵艦に対して左舷に向かって鋭角に突っ込む事になるが、ここでレッドが再び舵を切る。

 速力を維持しつつも、徐々に左に船首を向けて行った。

 そうして、再び敵艦と真っ向勝負の形を作るが、今度は敵艦は逃げる以外には大きく艦を動かすことが出来ない。

 ここに来て漸く望む形になった俺は、揺れる舳先に立つと、ライフルを構えた。


「レッド!!敵艦から離れるなよ!!」


「おっしゃ!!任せろ!!」


 レッドに念を押す様に言った俺は、自分の役目に集中する。


「距離約300・・・当たるかな・・・」


 呟きながら、サイトを覗き込んだ俺の視界は波と船の動きで揺れていて良くは見えないが、確かに敵艦の上の人影を捉えた。


「・・・」


 深く息を吸い、息を止めて引き金をゆっくり引き絞った。

 コレまでの物とは少し違う銃声と共に打ち出された光弾は、昼間であるにも関わらず眩しいほどの光を発して真っ直ぐに飛んだ。

 しかし、放たれた光弾は敵艦にこそ当たった物の、敵の兵士を仕留める事は出来なかった。


「ちっ!」


 敵に当たらなかった事に舌打ちしながら、右手を動かしてぼるとハンドルを押し上げ、後に引くと薬莢を手で取りだした。

 割と作るのに苦労した物な為に勿体ないと感じた故の行動なのだが、素手で摘まんだ薬莢は非常に熱く、そのまま海に落としてしまった。


「・・・」


 少し惜しく思いながら意識を切り換えてボルトを前進させて次弾を装填した。

 そして、再び引き金を引いた。

 再び飛んで行く光弾は、今度は一人の敵兵を捉える。

 残念ながら、仕留めたのか掠めたのかは判別出来なかったが、俺は確かな手応えを感じた。


「・・・良し」


 再びボルトを動かして給弾を行うと、船が波を越えて動揺が僅かに空くなるタイミングを縫って、敵の艦上の兵士を撃った。

 既に彼我の距離が150mを切っていた時、最初の五発を全弾撃ち尽くすと、俺はその場でしゃがみ込んで装填を行った。

 揺れる船の上である為に中々装填に手間取っていると、敵艦の巨影が近付いたのが分かる。


「レッド!左舷だ!左舷に行け!!」


 その言葉に応える様に、船は僅かに右に動いた。

 敵の砲は俯角を取る事が出来ず、船の高低差を上手く生かせば、敵の砲撃は当たらず、此方からの射撃が甲板に届く位置が必ずある。

 非常にシビアな調整と見切りが必要となるが、勝つためには無茶を承知でやるしか無かった。


「野郎共!踏ん張れよ!!」


 レッドが景気付けにと声を上げると、船は速力を増して敵艦の左舷側を擦れ違った。


「っ!」


 その敵艦の左舷を擦れ違う最中、俺は甲板上に見えた敵に向けて引き金を引いた。

 時間にして五秒有るか無いかと言う短い間に、五発全弾を撃ち尽くすと、クリップを取りだして装填をする。

 俺が撃った一人が船から落ちて小さく水柱がたつが、そんな事を気にしている余裕は無い。

 俺は次の為に神経を研ぎ澄ませたが、そんな俺にレッドが声を掛けた。


「スッゲーな!!カイル!!」


 感嘆の声を上げるレッドに続いて、他の船乗り達も驚いた様な声を上げた。

 彼等とて銃くらいは知っているだろうが、連発できる銃など聞いたことも無いだろうし、何よりも揺れる船の上で敵に当てた事も驚愕なのだろう。


「・・・」


 無言のまま彼等の声を聞くが、俺はその言葉を聞いて悪い気はしなかった。


「レッド!」


「おうよ!!」


 俺が声を上げるが早いか、レッドは直ぐさま舵を切って船を敵に向けた。

 今度は背後から右舷に回り込んで同航の形を取る。


「・・・っ!」


 ギリギリ甲板の手摺付近の敵が見える角度で、俺は引き金を引き続けた。

 しかし、三人四人と撃ち殺すと遂に敵の姿が見えなくなってしまい、敵の損害を大きくする事が出来なくなってしまった。

 そんな状況に歯がみしていると、いきなり船が右にズレ始めた。


「レッド!!」


 何をする気だと声を上げてレッドの方へと振り返ると、レッドは何も言わずに俺の眼を見返してきた。


「・・・」


「・・・」


 俺はレッドの目を見ると何も言えなくなって、再び前を向いた。

 そして、ボルトを引いて五発新たに装填する。

 マガジンに新たに装填された五発とは別に、薬室には先に一発が込められており、コレで六発連続で撃てる。

 そうして覚悟を決めると、船は敵艦の砲の最大俯角の中に入り込んだ。


「っ!!」


 幾多の轟音が重なり連なる様に轟くと、敵艦の姿が立ちこめる煙の陰に消えた。

 次の瞬間、船が止まった。


「ぬおっ!!」


 凄まじい慣性に船から投げ出されそうになるが、それを何とか堪えると、目の前の海が爆ぜて水柱が高々と立った。


「今だ!全速力だ!!」


 背後にレッドの声が聞こえると、今度は一気に加速して敵に再び並んだ。


「カイル!」


「分かってる!!」


 レッドに促されるなり、俺は立ち上がって銃を構える。

 今度は甲板の上にいる敵の姿がハッキリと捉える事が出来た。

 右手の小指と薬指でクリップを挟んだままで的を撃つ様に敵を狙い撃ち、六発撃ち尽くすと俺はまったく体勢を変えないまま指に挟んでいたクリップを弾倉に取り付けて、中に押し込んだ。

 コレまでの経験則から次弾の発射までは約3分の猶予がある。

 その間にどれだけ敵を削げるかが鍵だ。

 その事を考えながら、俺は必死で撃ち続ける。

 撃ってはボルトを動かし、弾が切れればクリップを取りだして押し込んでの繰り返す。

 ルーチンワークの様に続けられていた行動が五回目に至った時、敵は思い切った行動に出た。


「マジか」


 そう呟く俺の視線の先では敵艦が九十度回頭して此方に艦首を向けた。

 絶妙な操艦術と帆の調整をやってのけた敵艦は真横から風を受けながらも、真っ直ぐに此方に向かってくる。

 これに対して此方が取れる動きは、このまま敵艦から離れるか左舷側を反航して擦れ違うしか無い。

 離れるのはあり得ない。

 もしも、ここで離れてしまえば近づくのは、より困難となり、確実に敵艦に近づける保証は無いのだ。

 レッドもそれを分かっているからこそ舵を左に切って敵に向かう。


「・・・」


 無言のまま船は敵艦の左舷を砲の俯角ギリギリに通過しようとしたその時、敵艦が再び動きを見せた。


「!?」


 敵艦は突如として風の流れに任せるように押され始めた。

 それと同時に船が敵艦の真横に入り、砲声が轟くと周囲の海に水柱が立って、船は木の葉の様に揺さ振られた。


「おおお!!」


 揺れる船から振り落とされそうになる中、俺は視界の端にレッドの姿を見た。

 レッドは水柱と波の間から確りと敵艦の姿を見詰め続け、絶妙な加減で舵を切り続ける。

 何時間にも感じられた敵の砲撃が止まった時、俺は奇跡を体験した。

 驚くべき事に船は沈んではおらず、衝撃で船内に幾ばくかの亀裂とそれによる浸水こそ有った物の、船は浮かび続けていて、一撃たりとも直撃を受けてはいなかった。

 俺は再び訪れた黄金の時間を存分に利用せんと立ち上がり、再度銃を敵に向ける。

 見える限りの敵兵に銃撃を浴びせ、可能な限りの被害を与えようと兎に角撃ち続けるが、それも時期に終わる。


「?・・・弾切れか?」


 何時の間にか、持ってきていた弾の全てを撃ち尽くしたかと思ったが、それは違い、先程の砲撃の動揺でかなりの数を落としていた事に気が付く。

 歯痒い思いをしていた俺にレッドが声を掛けてきた。


「カイル!この船は限界だ!」


 そう言われて船の中を見れば、先程から浸水が止まらず、どんどん海水が流れ込んでいる。

 ここに来て完全に戦闘能力を失い、最早何も出来る事は無いと悟ってレッドに言った。


「撤退だ!街に戻るぞ!」


 そう言って俺は銃を背負うと桶を持って水を掻き出した。

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