六十二話 昼戦
浜辺に立って海を眺める俺は、コレからの事に思いを馳せた。
結局、昨夜は敵も攻撃を止めたらしく、街に帰った俺は一端眠りに着き、ゆっくりと食事を取る事が出来た。
「マジでどうすっかな・・・」
この世界の海戦は、魔術師を乗せたガレオン船と、それを護衛する多数のガレー船によって行われる。
魔術師の使う強力な魔法は、場合によっては複数の艦船を沈める事が出来るが、ある程度の安定した足場が必要で、それにはガレオン船が丁度良いのだ。
しかし、ガレオン船は帆船で在るために制限が多く、また魔術師の数が少ないが故に、絶対数が揃える事が出来ない。
そこで、海軍の任務遂行のための数を揃える事と、風による制限を受けない機動力を確保するためにガレー船が使い続けられている。
海戦の展開は、両艦隊が互いを認識する所から始まる。
艦隊に帆船が組み込まれている以上、基本的に向かい風を受ける艦隊が先制攻撃を取る。
艦隊の旗艦を兼ねる事の多いガレオンを中心に、ガレー船が目的に合わせた陣形を取り、魔法の射程距離まで入る。
そこから魔法による砲撃を行い、徐々に距離を詰め、最後はガレー船によるラムアタックと接舷しての白兵戦によって勝敗を決する。
基本的には大砲が出る以前の地球の海戦と余り変わりが無いが、艦隊の規模よりも魔術師の数が物を言う場面が多く、一度の海戦での被害が大きくなる傾向にあった。
アンゲイル公国が強力な海軍国家である理由は、ある程度の能力を持つ魔術師を他国と比べて多く確保出来る事が出来るのと、歴史的に優れた造船技術を持ち、建材も豊富である事、そして、優秀な船乗りが多い事による。
しかし、今の共和国海軍に対しては、コレまで常に優勢を保ち続けてきた公国も太刀打ちは出来ないだろう。
最早、共和国と公国の海軍力の差は、19世紀のイギリスと16世紀初めのフランス位の開きがあり、現状で共和国海軍は世界最強の海軍として、他のどの国の海軍が向かって来ようと圧倒する事だろう。
「・・・」
敵の事を考えれば考えるほどに頭が痛くなる。
今までも楽な敵は居なかったし、簡単な戦いも無かったが、今回ばかりは如何して良いのか、全く分からなかった。
「コレから如何するんだ?」
そんな海を見ながら黄昏れていた俺に、レッドが声を掛けてきた。
俺は、レッドの方を向かずに海を見たまま応じる。
「話は着いたのか?」
俺がそう聞くと、レッドは何も言わずに俺の隣まで来て、少し気まずそうに言った。
「まあ・・・取り敢えず、今はアンタと戦う事に決まったよ・・・」
俺達が街へ戻った時、俺がレッドに問い詰められていた所に、リシェが怒鳴り込んできたのだ。
リシェはレッドに対して危ない事はするなと言い、それに対してレッドが言い返したために二人は口論になった。
最終的には、周りに居た奥さん達と漁師の男達が間に入り、話し合いをする事になったらしく、どうやら、今の今まで話し合いは続いていたようだ。
「まったく・・・アイツは昔から心配性なんだよな・・・」
そう、ぼやくレッドはその場に座り込んで指で砂を弄っている。
俺は尚も水平線を眺めながら、レッドのぼやきを聞いて、二人の事を羨ましく思っていた。
「・・・なあ、カイルは好きな女とかって居るのか?」
そのレッドの問い掛けを聞いた時、俺の頭に一瞬だけ婚約者の事が浮かんだが、俺は頭を振ってその考えを捨てる。
そして、レッドに言った。
「・・・いや、居ないな・・・多分」
「なんだよ多分って」
今の時間は昼を少し過ぎた頃、爽やかな海風が頬を撫で付ける.
このまま何時までも変わらなければと思う俺の考えとは裏腹に、俺の視線の先の水平線に、黒い物が映り込む。
その姿を見た瞬間の、レッドの反応は早く、感心する物だった。
「!!」
レッドがその船影を視界に捉えると、直ぐに立ち上がって街の方へと走り、声を上げた。
「敵だ!敵が来たぞ!!」
どうやら連中は夜襲だの奇襲だのを斬り捨てて力押しに来たらしく、真っ昼間に堂々と乗り込んできた。
俺は、最早諦めの域に達した様な心境で、拳銃の残弾とサーベルの刃を軽く確認して、浜に上げられていたガレー船に近づいた。
「カイル!如何すれば良い!!」
近くに居たらしい漁師の男達を引き連れたレッドが俺に訪ねてきた。
それに対して俺は、静かに答えた。
「上陸されれば勝ち目は無い。かなり勝ち目は薄いが、船で決着を付ける」
そう答えてから、俺は手近な一人に頼み事をした。
「俺の屋敷に行って、一番奥の俺の部屋の机の上に置いてある布に包まれた物と、その直ぐ側にあるキャンバス地の肩掛けを持って来てくれ」
俺の頼みを聞くなり、走って行く男の背を見送って、俺はガレー船を海に向かって押した。
全長10m程で漕ぎ手の数は20人程度、武装は何も着いておらず、敵の船に対して優位なのは小回りと、短時間の最高速力のみだった。
ぼちぼち騒ぎを聞きつけた兵士達も集まると、漕ぎ手を含めて総勢40名、向かってくる敵艦に向けて船を漕ぎ出した。
船が浜から離れる寸前、俺が頼み事をした男が戻ってくると、そのまま船に飛び乗り、船は一気に加速した。
「良いか!この戦いは俺達に勝ち目は無い!敵の砲撃が掠めただけで俺達は終わりだ!」
持ってきて貰った荷物を受け取り、キャンバスバッグを片から下げると、威勢良くオールを動かす男達に向けて、俺が言った。
本来ならば、こんな士気の下がる事を言うのは得策では無いのだが、それでも俺は言葉を続ける。
「コッチのどんな攻撃を当てようと、敵は微塵も揺らぎはしない!一発逆転の上手い手なんて物も無い!正直言って犬死にでしか無い!」
「「「・・・」」」
男達は無言で船を漕ぎ続けた。
慣れた手付きでオールを動かす腕に淀みは無く、ただ俺の話は確りと聞いていた。
「俺達は勝ちに行くのでは無い!死にに行くのだ!どうだ!怖いか!!」
「怖くなんか無い!!この程度でブルっていちゃあ漁師なんか務まらん!!」
「「おおよ!!」」
俺の言葉に一人の漁師が答えを返すと、後に続いて全員が声を上げた。
俺は、それだけで満足だった。
このどうしようも無いボンクラの素人共が歴戦の我が兵団の仲間達にダブって見えて、途轍もなく心強く思った。
「・・・良し!ならば良しだ!!俺も腹が決まった!!このまま真っ正面から突っ込め!!」
「「「おお!!」」」
俺の言葉と共に、船が更に速度を増し、波飛沫を上げて敵艦に向かって突き進む。
既に敵艦までは、その距離を目測で600mまで縮めており、此方の存在に気付いた敵が舵を右に切って左舷を此方に向けようとしていた。
その動きを見て、俺は叫んだ。
「左に切れ!敵の側面に出るな!!」
その俺の声に従って、レッドが舵を操作して船は左に曲がる。
旋回速度と旋回半径では此方が圧倒的に有利であるため、俺達は敵の砲の散布界に入る前に正面へと出る事が出来た。
「もっとだ!もっと速度を出せ!!」
俺の声に従って、船は更に速力を上げて敵艦へと向かう、その間にも敵は此方に砲を向けようと更に右へと回頭する。
それに対して、此方も負けじと回り込むように敵の船首の前へと出る。
「っ!次は右だ!急げ!」
敵艦は今度は舵を左に切り出して右舷を此方に向けよとする。
此方にフェイントを掛けつつ、追い風を受ける状況を保とうとしたらしく、艦の限界ギリギリの旋回半径で左回頭をしていた。
此方も負けじと右旋回を掛ける。
大きく船が傾くのが感じられる状況で、俺は必死で次の敵の動きを見定めた。
「そのままそのまま!!敵の鼻っ柱を捉え続けろ!!」
そう言った直後、いきなり風向きが変わった。
それまで南から北へ向けて緩やかに吹いていた風向きが、一瞬にして西からの強い風に変わった。
敵艦は、まるでそれを見越していたかの如く三本のメインマストの帆をたたんでおり、一瞬にして速力を落としたかと思うと、その風に合わせる様に、敵艦が舵を戻して再び右に旋回を始めた。
そして、艦が回頭を始めると今度は一気に帆を張って加速して簡単に左舷を此方に向けた。
「なっ!?」
余りに鮮やかな操艦に、間抜けな声を上げてしまった俺だが、直ぐに頭を切り替えた。
「っ!!レッド!右に旋回!!左側漕ぐの止め!右側ブレーキを掛けろ!!」
咄嗟に俺が出した号令に、全員が直ぐに反応して見せた。
レッドが舵を目一杯に切り、右側の漕ぎ手達が力一杯にオールを固定して、更に左側がオールを上げた。
そればかりか、左側に居た男達が右側に寄って体重を掛ける。
次の瞬間、船は殆どその場で超信地旋回するかの如くに右へと回頭して見せた。
「今だ!漕げ!」
距離300で敵艦が一瞬にして此方と反航する様に旋回して見せた。
その意趣返しをするが如く、此方も一瞬にして同航状態にすると、男達が力一杯に船を漕いで増速した。
そして、敵艦に対して艦首に向けて回り込む様に進むと、間一髪の所で敵艦が砲撃をしてきた。
「・・・」
背後の海に幾つもの水柱が立つのが分かったが、もしもあの中に残っていれば、間違いなく沈められていたはずだ。
そう考えるだけで怖気が立つが、それでも俺は自分を奮い立たせるように叫んだ。
「もっと速く!もっと速くだ!!」
怖じ気づきそうな自分と男達に向かって叫びながら、俺は荷物を包んでいた布を解いて中身を取りだした。
「・・・頼むぞ」
そう呟く俺の手には、一丁のライフルが握られている。
それは射程も威力もコレまでの物とは桁違いの物であり、この世界で初にして唯一のボルトアクションライフルである。




