五十九話 甘さ、人間らしさ
漸く最新話が更新できました。
尚、出来は何時も通りです。
「静かに・・・静かに・・・」
そう自分に言い聞かせる様に呟きながら、俺は林の中を身を屈めて進む。
太陽が西に傾き、水平線の向こうへと消えるまで後二時間弱と言う時間、林の中は薄暗く、足下が覚束無い。
気を抜けば直ぐにでも木の根に脚を取られ、或いは石に躓きそうになる中を、俺は至って平静を保ったままで歩き続けた。
「見えた・・・」
目的の場所に到着し、思わず呟いた俺の視線の先には、僅かな光に照らされた二つの島の狭間の小さな入り江に隠れる敵の船が見えた。
黒光りする重厚な船体に三本のマスト、上甲板を含めて三層の甲板に砲が備え付けられており、見える限りで片舷に約四十門、両舷で約八十門を装備している事から、前世のイギリス海軍の等級に当て嵌めれば三等艦に相当する。
予想される兵力は約500から700近くで、あの街位なら簡単に制圧できる筈だが、同時に奇妙な事でもある。
と言うのも、通常、後方の通商破壊や単独での偵察行動ならば、もっと小さく快速の五等級以下の船で行う物で、一線級と言っても良い三層戦列艦の任務からは外れている様に思える。
また、先程から見える範囲での船員の動きを見ていると、どうにも素人臭さが残り軍人らしく無い。
「・・・」
俺はもう少し情報が得られないかと思い、敵艦の方へとゆっくりと近づいた。
息を潜め地面に伏せながら移動する俺を、敵は見付けることが出来ないまま接近を許してしまい、遂に目と鼻の先にまで到達した。
その、余りにもザルな警戒に罠を疑う程だった。
「・・・!」
俺が欲を掻いてもう少し近付けないかと思っていると、一人の若い兵士が慌てた様子で此方に向かってきた。
流石にバレたかと思った俺だったが、その考えは杞憂に終わり、その兵士は木の陰に入るとズボンを下ろして用を足し始めた。
「ふ~・・・漏れるかと思ったぜ・・・」
正に又とないチャンスだった。
俺は静かに背後に近づくと、出す物を出し切って身体を震わせた兵士の首に腕を回し、前腕と二の腕の筋肉に一気に力を込めて締め付け、仰向けに剥ぎ倒した。
「っぐう・・・!!」
一瞬、抵抗しようとして手足をバタつかせる兵士だったが、動脈と静脈を完全に押さえられると、物の4秒程で意識を手放した。
「・・・」
俺は兵士が完全に意識を失っている事を確認すると、成るべく音が出ないように木陰の奥に引き摺って行き、それから敵から見えない位置まで移動すると、今度は肩に担ぎ上げてその場を後にした。
「う・・・うん・・・?」
「起きたか」
暗い林の中で、気に縛り付けた兵士を起こすと、彼は何が起こったのか分からないと言った様子で、俺の顔を見上げた。
「俺は・・・」
未だに状況が飲み込めていない兵士に、俺は訪ねた。
「名前は?」
俺が言うと彼はボンヤリとした頭のまま答える。
「ジョルジュ・・・」
「姓は?」
「無い・・・」
恐らく軽い脳貧血になってしまっているらしく、意識がハッキリとするにはまだ掛かりそうだった。
そんな彼に、俺は出来る限り情報を聞き出そうと試みる。
「ジョルジュ、君は何しにここに来たんだ?何故軍艦に乗っているんだ?」
成るべく優しい声色で訪ねると、ジョルジュはポツポツと喋る。
「兵役義務で軍隊に入らせられて・・・漁師の息子だから海軍に・・・」
「そうか、大変だったな。それで、何でここに?」
「・・・それは・・・良く分からない・・・確か、アウレリアとの戦争に勝つ・・・っ!」
そこまで話していたジョルジュはいきなり意識がハッキリと覚醒したらしく、当たりを見回しながら自分の状況を確認した。
「何だ!?何なんだ!?」
俺は声を上げて狼狽えるジョルジュに対して、その腹を踏むように蹴り付ける。
痛みと衝撃で声を出せなくなったジョルジュに、俺は低い声で脅しを掛けながらサーベルの鋒を突きつけた。
「黙れ。質問に答えろ」
「・・・」
無言で俺を睨み付けるジョルジュに、俺は質問する。
「この作戦の発案は誰だ?」
「・・・」
何も言おうとしないジョルジュだったが、サーベルの刃を更に近づけて肌に触れさせると、口を開いて喋り出した。
「イレーナ将軍が作戦の発案者だと聞いている」
ジョルジュの答えた将軍の名に、俺は聞き覚えが無かった。
俺の知る限り、ザラス共和国の将軍は四人居るがその中にイレーナと言う名は無く、また全員が男で、俺はジョルジュが適当な事を言ったのかと疑った。
それをジョルジュ自身も感じ取ったらしく、慌てて説明を付け加える。
「イレーナ将軍は最近中将になったばかりで、コレが初めての作戦だ。去年の秋頃の南方作戦の功績で特進したんだ」
「去年の秋・・・南方・・・マイアル侵攻か」
去年の九月、共和国は南の海に存在するマイアルと言う諸島国家に侵攻した。
大小200程の島々からなるマイアルは、砂糖と茶葉の産地として知られ、さらには最近幾つかの島でかなり良質な鉄も産出する事が分かったばかりだ。
表向きには、元々共和国の前身であるザラス王国の統治にあった諸島の治安維持をすると言う名目の下、駐留部隊を送ったとの事だが、実際にはアウレリア侵攻とほぼ同規模の兵力を動員した侵略だった。
この事を共和国では、現地武装組織による反乱としてマイアル平定戦と呼んでいるが、他国では明らかに武力侵攻としてマイアル侵攻と呼んでいる。
「イレーナ将軍は少佐として参加して、現地で大佐まで昇進した。それから帰ってきてから今年の初めに中将になった」
「・・・随分、昇進が速いな・・・」
俺も大概、昇進が速い方だが、話に聞くイレーナと言う人物は僅か二ヶ月の戦いの間に少佐から大佐まで昇進した後、本国に戻ってから更に二ヶ月で二階級特進した様だ。
その以上と思えるほどの昇進のスピードだが、ジョルジュによると、旧貴族の出身で父親が現役の議会議長だとの事だった。
「将軍が指揮した戦いは全て大勝利で終わっている。マイアルの事も中盤からは全てイレーナ将軍が指揮を取っていた」
あの時は俺も逐一情報を集めて状況は把握していたが、確かに二週間が過ぎた当たりから明らかに作戦の傾向が変わっていて、指揮官が替わったかと思っていたが、その様な話が入ってこない事を不思議に思っていた。
旧貴族の士官が居るとは聞いていたし、議長の娘が軍人になっているのも聞いていたが、同一人物だとは知らなかった。
「議長の娘が中将に上がった事に疑問は感じなかったのか?」
「へっ・・・何時もの事だよ」
現在、共和国は全ての主権は国民にあり、国家元首を置かず国民の代表者である議員の集まる議会の採決によって全てが決まる事になっている。
しかし、実際には議会の進行や議員の取り纏めを行う立場の議長が大きな権限を持つようになり、事実上、議長が国家元首と言える立場になってしまっている。
更に、議員の過半数が旧貴族であり、それ以外の議員も元から貴族に従ってきた騎士や領主などであるため、議会政治が腐敗して王国時代と大差が無くなってしまっていた。
「国は俺達の事を奴隷の様に扱ってくる・・・爺さん達は王政の方がマシだったって言うくらいだ」
俺は段々と、ジョルジュの事が哀れに思えてきた。
そんなジョルジュは、どう言う思考に至ったのか分からないが、俺の聞く事に対して出来る限り知る限りの情報を喋る。
船の速力、砲の威力、射程、舷側の厚さ、積んできた物資、乗員と歩兵要員の練度と数、そして任務の内容。
「俺が聞いた限りで分かるのは、近々アウレリアに攻め込むって言う事とその為に公国に来たって事だ。俺達は公国海軍を倒す他に、沿岸を焼き払って公国を暫く動けなくするのが目的だ」
詳しい攻撃の時期やルートは流石に分からず、また、今回の作戦の共和国側の全戦力や、後方破壊に投入された船の数も攻撃地点も分からなかった。
それでも、ジョルジュから聞くことが出来た情報は非常に貴重な物で、彼の言葉を全て鵜呑みにするわけには行かないが、ある程度の判断材料が出来たと思えば、彼を捕まえたのは正解だった。
そして、粗方の情報を引き出した後、ジョルジュが俺に訪ねてきた。
「・・・俺はこの後どうなるんだ?殺されるのか?」
その問い掛けに、俺は何と答えるか迷ってしまった。
普通に考えれば殺すのだが、俺はジョルジュに対して情が湧いてしまっていた。
だからと言って、解放したり、ましてや連れて行ったりする訳にも行かず、どうしたものか悩み、その果てに決心する。
「・・・」
「殺すのか?」
無言でいる俺にジョルジュが訪ねるが、俺は何も答えずにジョルジュの口を布で塞ぎ、縛っていた縄を解いて立たせると、両手を後手で縛った。
「歩け。逃げるなよ・・・逃げたら殺さなければいけなくなる」
そう言って脅しを掛ける俺に、ジョルジュは振り向いて笑いかけ、俺の言う通りにした。
「・・・甘くなったな・・・」
その後、島の反対側の上陸地点で俺を待っていたレッド達は、ジョルジュを連れた俺を見て、驚いていた。
「カイル・・・ソイツは?」
ジョルジュを睨みながら訪ねるレッドに、俺は答えた。
「捕虜だ。丁重に扱えよ」
俺の言葉に納得のいかない様子の面々だったが、俺が有無を言わせない風に念を押すと黙って頷いた。
「それで、如何だった?」
レッドに聞かれた俺は、全員に聞こえる様に説明を始める。
「俺が目で見た情報と、コイツから聞き出した情報を合わせた上で言うが、まず、敵の総数は400弱と言った所だ」
敵の数を告げると、レッド達は驚いた様な怖じ気づいた様な表情を見せるが、それを気に止めず、俺は話を続けた。
「殆どの兵が徴兵されたばかりの素人ばかりだ。だが、下士官以上はそれなりに経験を積んでいる。恐らく今夜にでも街を襲うだろう」
俺がそこまで言うと、レッドが質問してくる。
「それで、俺達は何をすりゃ良いんだ?」
ここに居るのは俺を含めて48人。
半数はレッドを始めとした若者連中で後の半数の更に半分が従軍経験のある中年、残りはアリスト執政官から借りてきた兵士、コレが、あの街の精鋭だと言うのだから泣けてくる。
「予定では最初に陸戦を挑む積もりだったが、それは無しだ。敵が予想以上に多い」
俺の言葉を聞いた幾人かは、あからさまに安心した表情を見せ、胸を撫で下ろしている。
十倍の兵力差の戦いは経験した事が在るが、コイツらでそれをやるのは自殺行為でしか無く、また、あの時は必要だったからであり、他の手段が取れるのならば実行はしなかった。
俺は注目の中で、コレからの予定を告げる。
「日暮れ後、敵の出発に合わせて此方も出撃する。速度が出ない内に夜陰に紛れて強襲を掛ける」
そこまで言ってから、俺はレッドに向いて頼み事をした。
「レッド」
「何だ?」
「お前は今から何人かとジョルジュを連れて街に向かってくれ。捕虜だと言って執政官に渡した後は見張りとして残っていろ」
「なっ!?」
「他の者は直ぐにここに戻ってこい」
レッドが驚きに声を上げ抗議しようとするが、俺は、それを無視して話を続けた。
「良いか、俺達は圧倒的に不利だ。発見されれば万に一つの勝ち目も無くなる。敵艦に乗り込んで戦闘を開始するまでは一切声を上げるな」
「「おお」」」
「待てよ!カイル!」
話を続ける俺に、レッドが食って掛かって来た。
俺は仕方が無くレッドの話を聞いてやる事にする。
「・・・何だ?」
「何だじゃねぇよ!何で俺を外すんだよ!」
語気を荒げるレッドに対して、俺は冷静に対応する。
「大声を上げるな。敵に見付かったらどうする」
声を抑えるように俺が言葉を発するが、レッドは全く言うことを聞かずに、怒声を上げた。
「何で俺を帰すんだよ!コイツを置いたら俺も戻れば良いだろうが!」
「落ち着け、言ったはずだジョルジュを見張れと」
「何でそんな事をしなきゃいけないんだ!」
「貴重な捕虜だからな、殺されたりしたら適わん」
俺の説明を聞いて尚、俺に食ってかかるレッドに対して、俺は遂に強硬手段に出た。
「フンッ!」
胸座を掴んで抗議の声を上げ続けるレッドの鳩尾を、俺は思いっ切り殴る。
下から抉る様に叩き込まれるボディーアッパーは、筋肉の下の内臓まで衝撃を伝え、ゴリゴリと押し上げた。
「ゴブッ・・・!!」
突然の攻撃に対応出来なかったレッドは、衝撃に声を上げながら口から胃液を吐き、脚から力が抜けて膝から崩れ落ちた。
「船に積み込め」
俺が言うと、1人の中年の漁師がレッドを担ぎ上げて小舟に乗り、ジョルジュがそれに続いた。
それから4人が小舟に乗ってオールを取ると、浜に残る者達で船を海に向かって押した。
「頼んだぞ」
俺の言葉に反応した中年の漁師が手を上げて答えると、威勢良くオールを動かして消えていった。
「やっぱり甘くなったかな?」
「何がですか?」
俺の呟きに1人の兵士が訪ねてきたが、俺は首を振って何でも無いと答えて、残った連中に向かって言う。
「さて、日暮まで休もう。簡単にだが飯を食うぞ」
そう言って浜から林の方へと向かった。
少し飛んだ上に、話が余り進まない。
こうして書いていると、他の作者様達の凄さが分かります。
次回はもう少し頑張ろうと思います。
今回もお付き合い頂きありがとう御座いました。




