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五十八話 様々な悩み

 拝啓、親愛なるカイル様へ、ご機嫌いかがでしょうか、カイル様が公国へ赴いて早いことで一年と半年が経過いたしました。

 公国は一年を通して温暖で過ごしやすいと聞き、調べている内にわたくしも行ってみたいと思うようになりました。

 カイル様は仕事で公国に居られますが、もし宜しければ、公国の事も教えて頂ければと思います。

 さて、とうとうアレクト殿下が正式にアウレリア王国の時期国王として、王太子となられまして、今まで以上に精力的に国政に携わり、王国の内外で、ご活躍されています。

 何時の日か王太子殿下が王座に着いて王国を導かれる様になった時、カイル様が王国を守護する様になればと、わたくしは何時も思っています。

 そして、その時は、わたくしもカイル様の助けとなり、家を護れるように、励みたいと思います。

 それでは、お身体を大切にして、お過ごし下さい。

 カイル・メディシア様へ、リリアナ・ホークスより愛を込めて。







「・・・」


 俺は読んでいた手紙を机に置いて、カップを手に取って口を着ける。

 特別濃く入れたコーヒーを口に含むと、強い苦味の後に独特の香りが鼻を抜けた。

 そして俺は、手紙の事などさっさと忘れて昨日の事を思い返しながら、一枚の布を眺める。


「・・・不味いな」


 広げられた一枚の布に描かれている青地に冠を被った獅子と白い牡丹の華は、俺がこの世で一番嫌いな絵柄で、コレを見る度に激しい憎悪の気持ちが湧いてくる。

 この布がここに有るのは、船から盗んで来たからなのだが、この布、この旗が船に有ったと言う事が問題なのだ。


「・・・」


 コレから如何するかと思い天井を見上げると、騒がしい足音が部屋に向かって近づいて来た。


「カイル!」


 その足音の正体はレッドだった。

 レッドはノックもせずに部屋に飛び込んでくると、俺の見ていた旗を見て訪ねる。


「何だコレ?旗?」


 俺はレッドの問い掛けに答える。


「コレはただの旗じゃ無い。国旗だ」


「国旗?」


 何所の物かと言う様な表情をするレッドに説明をしてやる。


「共和国・・・ザラス共和国の国旗だ」


 俺が嫌いな筈だ。

 憎き敵国、ザラス共和国の国旗が船の中から見つかった。

 その船には多数の武器を積み、兵士を乗せていた。

 それがどういう事か、それが何を意味するのかと言えば、アレが共和国海軍の軍艦で、この世界では未知の最新兵器を大量に、少なくとも海賊に擬装して後方の襲撃に投入できる程度には保有していると言う事だ。


「状況が変わった」


 俺は、そう言って立ち上がると、頭に疑問符を浮かべるレッドを見ながら言う。

 そして、レッドを伴って屋敷を出ようとすると、レッドが思い出したように言った。


「ああ、そうだった。報告に来たんだ」


 そう言って報告を始めるレッドの言葉に俺は耳を傾けた。


「まず死んだ奴はいない。皆生きてる・・・けど、怪我人が多い、半分くらいはもう戦えない。その代わり親父達も参加するって言ってた」


 続くレッドの言葉は良い事と悪い事が半分ずつと言った感じで、人員が半減したが、また新たな志願者が入り、総数としては当初の三倍近くになった。

 とは言え、軍隊経験のある者は皆無で、新たな志願者が中年から壮年が中心という事は、それだけ訓練するのが大変になると言う事でも有り、俺は共和国の事も含めて、先の事を如何するか更に悩む事になる。


「如何したら良いんだ?」


 アホ面を晒して訪ねてきたレッドに、俺は溜息をつきながら指示を出した。


「取り敢えず何時も通りに浜に集まってろ・・・俺は執政官に会いに行くから、俺が行くまでにランニングと柔軟をしておけ」


「おっしゃ!分かった!」


 俺の指示を聞くなり、レッドは来た時同様に騒がしく出て行き、浜に目掛けて走り去った。


「・・・ん~」


 思わず額に手を当てながらうなる俺は、冷めてしまったコーヒーを一気に煽って、屋敷を出た。







「・・・本当ですか?」


「間違いないでしょう」


 屋敷を出て執政官の下へとやって来た俺は、彼に会うなり共和国の事を伝え、現状の不味さを伝える。

 それを聞いた執政官は、思わず信じたくない現実から眼を背けるように確認を取るが、俺は非常な事実のみを淡々と伝えた。


「あの海賊が共和国海軍の軍艦ですか・・・」


「ええ、昨夜の戦いでも、海賊にしては明らかに統制が取れていましたし、何よりもあんな兵器を海賊が持っているとは思えません」


 執政官は頭を抱えて俯き、そのままの姿勢で俺に訪ねた。


「あの兵器は一体何なんですか?」


 執政官の質問に俺は質問で返す。


「執政官も見た事は無いと?」


「ええ、勿論聞いた事も有りません」


 俺の問い掛けに即答する執政官に、俺は前世の知識を隠しつつ言う。


「私も詳しくは分からないが、恐らく魔法銃を大型化した物だろう。大型である分強力だが、相当に重量もあると思われる。アレが敵軍の主力艦に備わっているとすれば・・・」


 俺が一端言葉を句切ると、その後に続く言葉を執政官が吐き出した。


「公国の海軍では太刀打ち出来ないと言う事ですか」


「・・・」


 流石に俺も現実逃避がしたくなって、無言になるが、それ以上に執政官の受ける衝撃の方が勝るだろう。

 何せ、大陸にその名を轟かせる公国の海軍が、今まで二流と侮ってきた共和国の海軍に劣ると言うのだから、その心中は察するに余り有る。


「カイル大佐の見立てでは勝てますか?」


 敵の優勢を知りつつも、それでも尚勝てるか等と聞くのは、決して驕り等では無く、最後の希望か誇りなのだろう。

 俺は、そんな執政官に対して無情な答えを言い放った。


「無理だろう」


「・・・っ!」


「希望的観測で言えば、倍の数で戦って、生き残るのは一割程だ。現実的に言えば全滅する。ただの一隻たりとも港には帰らないだろう」


 強力な火力を持つ共和国の戦列艦に対して、如何に練度の高い公国の海軍と言えども、得意の白兵戦に持ち込む前に砲撃によって撃破される。

 例え一隻二隻を沈めても、関係は無い。

 今の公国海軍では共和国には万に一つにも勝ち目は無く、もしかしたら既にこの世に存在していない可能性すら有った。


「・・・カイル大佐」


「何か?」


「この街はどうなりますか?」


「次の襲撃を凌ぐ事は出来ません」


 敵は強力な上陸支援を受けつつ、大規模の上陸部隊を悠々と下ろす事が出来る。

 昨晩の戦いで、上陸地点を敵に知られてしまった上に、此方の大凡の兵力も割り出されている。

 この防衛戦はまったく勝ち目の無い戦いで、終わった後に待つのは、敵による容赦の無い蹂躙と略奪だ。


「私は・・・私は一体」


 如何したら良いのか、そんな執政官の呟きに答える事の出来る者は誰も居らず、沈痛な面持ちの執政官は、壊れた様に同じ事を呟くだけだった。


「執政官」


 そんな彼に、俺は意を決して話し掛ける。

 執政官は俺の声に反応して顔を上げると、今にも泣き出しそうな眼を俺に向けてきた。


「執政官。こう言っては何だが一つだけ可能性のある手が有る」


 俺がそう言うと、執政官は俺の胸座を掴みながら叫んだ。


「本当ですか!有るなら早く言って下さい!さあ!早く!」


「お、落ち着いてくれ執政官」


 何とか執政官を落ち着かせ、佇まいを直すと俺は口を開いた。


「敵に夜襲を掛ける」


「夜襲?」


 俺の言葉をオウムの様に繰り返す執政官に、頷いて返して、説明をする。


「敵の船は確かに強力だ。デカくて速くて、その上ハリネズミの様に武器を積んでいる・・・だが、敵は一隻だけ、僚艦は無い」


 何故、世の海軍は巨大な強力な戦闘艦ばかりを造らないのか、何故小さな弱い船も造るのか、それこそがこの作戦の鍵だった。


「確かに敵の船は強力だが、船員の練度はそれ程高くは無い」


「その根拠は?」


 俺の言葉に対して、執政官が訪ねる。


「昨夜のアイツは舷窓を開けたまま近づいてきていた。灯火管制も行わず、警戒もおざなりだ」


 コレは昨夜に、俺が船に近付いて侵入することが出来た事からも、信憑性の高い情報だった。

 如何に強力な船に乗っていて、優勢であったにしても、昨夜の敵船の行動には余りにもうかつと言わざるを得ない物が多々有った。

 浜での戦闘にしても、此方が優勢の防御側だった事を差し引いても、情けない結果としか言いようが無く、素人とは言わないが、実戦に慣れた兵士では無いことが明らかだ。

 その事を執政官に伝えると、彼は暫し考えてから俺に訪ねる。


「目標は?何所にいるのか目星はついているのですか?」


 その問い掛けに俺は自信満々に答える。


「勿論目星はついている。敵は余り遠くには離れては居ない。しかし、洋上に漂う何て事も無いだろうから、何処かしらの島の近くに停泊する筈だ。それでも、あの大型船が近付ける島は限られている」


 その上でと前置きをした俺は、テーブルに地図を広げて有る場所を指さした。


「ここは?」


 俺が指さしたのは、この街から南島に向かった所に有る二子島と呼ばれる場所だった。


「何人かの漁師から話は聞いてある。この二子島の間は波が穏やかで水深も深く幅もかなり有って、船体を隠すのにも好都合な場所だ」


 最早、俺はここ以外に敵が身を隠す事の出来る場所は無いと確信していた。

 そんな俺に執政官は更に質問をする。


「どうやって攻撃するのですか?」


 その質問に対する答えは実にシンプルな物だった。


「小型船数隻に分乗して夜陰に紛れて近づき、白兵戦を仕掛ける。例え近づく途中で見付かっても、小型船なら敵の攻撃に当たる確率は低く済むし、当たっても一撃で全滅する事は免れる」


「・・・」


 執政官に説明した俺は黙って彼の答えを待った。

 そして、一度彼は頷いてから、俺の眼を見て言った。


「分かりました・・・私にも出来る事が有れば言って下さい」


 その言葉を持っていたとばかりに、俺は早速彼に頼み事をする。


「ではまず武器をくれ。それと兵士もいるだけよこせ」


 そう言って俺は、執政官の屋敷を出て浜に向かう。

 俺の頭には今晩の作戦の事しか無く、それ以外の事は些細な事と、脚を早める。

 そんな俺に声を掛ける者が現れた。


「カイルさん?」


「・・・リシェか」


 リシェは俺に声を掛けるなり近寄ってきた。


「昨晩は大丈夫でしたか?随分大変だったみたいですけど」


 心配する様な言葉を掛ける彼女に、俺は短く答える。


「大事ない」


「そう・・・ですか・・・あっ!レッドから聞いたんですが、カイルさんって軍人さんだったんですね」


「まあな」


 以前会った時と同じように笑いながら話す彼女に対して、俺は少しだけ後ろめたい気持ちになってしまう。

 それは、彼女の幼馴染みであるレッドを、コレから死地に連れて行こうとしているからである。

 思えば、俺は今までに多くの部下を死なせてきたが、彼等の家族や友人知人と有ったことは無く、今になって急に怖くなってしまったのだ。


「如何したんですか?」


 そんな俺の様子に気が付いたリシェが首を傾げながら俺に訪ねる。


「・・・」


 俺は何も言えずに暫く黙っていると、彼女は俺に背を向けて喋り出した。


「・・・実は昨日レッドと喧嘩したんです」


「・・・」


 リシェの言葉を俺は黙って聞く。

 しかし、内心ではどんな事を言われるのかと、緊張していた。

 そんな、俺の心中を知ってか知らずか、彼女は言葉を続ける。


「何で危ない事をするのって、他の人に任せれば良いじゃないって言って・・・そしたら、レッドが言ったの」


「・・・」


「・・・カイルばかりに任せておけない。カイルがやるなら、俺もやらなければいけない。自分の故郷は自分で護るんだって・・・そう言われたんだ」


 俺はいたたまれない気持ちで、それでも彼女の言葉を聞き続ける。


「その時、私は思ったの・・・なんでカイルさんがここに来たんだって・・・他の場所に行けば、この街に来なければって、そうしたら、レッドが危ない事をしなくて済むって、そう思ったの」


「それは・・・」


 リシェの言葉に俺は思わず言葉を返そうとすると、彼女は振り返って、人差し指を俺の口に当てて黙らせた。

 その彼女の瞳には涙が浮かび、幾筋もの涙の後が頬に残っていた。

 そんな彼女の顔を見た瞬間に、俺は何も言えなくなってしまう。


「黙って聞いて・・・」


「・・・」


「・・・でも、違ったんだね・・・昨日の夜に街が襲われて、私が怖くて何も出来ないでいた時に、カイルさんは頑張ってくれて、レッドもそれに付いていって、それで街を護れて・・・」


「・・・」


「でも・・・でもね・・・怖いの。私は怖いの・・・レッドが帰ってこなくなるんじゃ無いかって・・・」


 嗚咽混じりに言葉を紡ぐ彼女に俺は何もしてやる事が出来ない。

 恐らく、今の彼女に何かしてやる事の出来るのは、この世界に一人しか居ないのでは無いかと思う。

 そして、俺は、そのたった一人を彼女から奪おうとしているのだ。


「ねえ・・・レッドじゃなきゃダメなの?」


 縋る様な目付きで俺に問い掛ける彼女に、俺は振り絞るように答えた。


「いや、レッドでは無ければいけないと言う事は無い」


「じゃあ・・・!」


 一度、彼女に希望を持たせる様な事を言って、彼女が言葉を発しようとした時、俺が言葉を被せる。


「だが・・・アイツに取っては今この時で無ければいけないだろう」


「え?」


「もしも、アイツを置いて戦いに行けば、アイツは一生を後悔と共に過ごす事になる。残りの人生を死んだ様に生きる事になる」


「それの何がいけないの!」


 悲痛に叫ぶリシェは、俺に非難の言葉を浴びせて縋りついて懇願する。


「御願いだから!御願いだから私からレッドを奪わないでよ!!何でもするから!彼のためなら何でもするから!!」


 そう言って何としてでもレッドを連れて行かせまいとする彼女に、俺は更に言葉を続ける。


「リシェに取ってはそれが一番かもしれないが、アイツに取ってはこれ程辛い事はない。同じ男としてその辛さを知っている。だから、俺はアイツが嫌だと言わない限り連れて行く」


「何で・・・?生きていればそれで良いじゃ無い・・・」


「男のプライドって言うのは、女からしてみれば幼稚で馬鹿な物かもしれない。けど、男はそのプライドに全てを掛けて生きているんだ・・・女には絶対に分からない事だ」


「どうして・・・どうしてそうなの・・・?」


 信じられないと言う風に言葉を呟き続ける彼女の痛ましい姿に、一瞬、謝罪の言葉を言いそうになるが俺はそれを堪え、彼女を置いて浜へと向かう。

 そんな俺に地ベタにへたり込んだままの彼女が声を投げ付けてきた。


「許さない!レッドが死んだら絶対に許さない!!貴方を呪ってやる!!」


 背中に呪詛を受けながら、俺は黙って浜へと向かう。

 その最中、彼女の言葉が耳から離れず、本当に呪いを掛けられたかの様だった。


「やっぱり、戦いなんて碌な物じゃ無い。一生、自堕落に生きていけたらどれ程素晴らしい事かな・・・」


 そんな、俺の呟きは、最早適うことが無いのかもしれないと予感していた。


「カイル!」


 そして、俺が浜に到着すると、レッドを初めとした全員が集まっており、俺は彼等の前に立つと、気合いを入れて言った。


「お前達!!今度はコッチから行くぞ!!」


「「「おおおおおおおお!!!」」」

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