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五十六話 ゴロツキ

 拝啓、そちらは元気だろうか、隊の者達も訓練に励んでいるだろうか、早くも一年と半年の月日が流れて私はスッカリと変わり果てた姿になってしまった。

 私にとって、兵団の再編と訓練を十分に出来ないままお前達を置いて離れる事になったのは甚だ遺憾であり心残りだ。

 後任を任せたお前が私の指示書の通りに部隊再編を行い、装備の更新を行っている事を信じるばかりである。

 さて、この度一年半ぶりに連絡を取るためにこの手紙を書いた訳だが、その本題に移るとしよう。

 現在、私は公国に置いてある仕事を任される事となったのだが、その仕事に置いて早速大きな問題に直面する事になり、目下の所解決策を模索中だ。

 その仕事と言うのが思えもよく知る所である私の最も得意と言っては何だが、それなりに経験のある事だ。

 今回、仕事に関連してお前に頼みたい事があるのだが内容について詳しく記す事は出来ない。

 ついては、私がここへ来る直前に渡して置いた書類の第三項第二節を参照してほしい。

 親愛なるアラン・スミスへ、カイル・メディシアより。







 手紙を書き終えてペンを置き、手紙を羊皮紙に包んで丈夫な革製の筒の中に入れて蓋をすると蝋で封じた。


「良いか、この手紙は誰にも読まれてはいけない。そして、何が有っても必ず届けるんだ」


「はい」


 ナジームの返事を聞いた俺は満足して頷き、手紙の入った筒を託した。

 ナジームは手紙を受け取ると、無くさないようにカバンに入れて、肩から掛ける。


「それでは行ってきます」


 そう言うなり、ナジームは部屋から出て、手紙の配達に向かう。

 行き先はアウレリアの王都、擬装の為に一度東に行ってから隣国を通り、十五日後に到着する予定だ。


「さて・・・」


 ナジームを送り出した俺はサーベルを持ち拳銃を腰のホルスターに納めると屋敷から出て海岸へと向かう。

 予定ではレッドが海岸に仲間を集める事になっていて、俺は其奴らを兵士として最低限使い物になるようにしなければならなかった。


「吉と出るか凶と出るか・・・」


 海岸へと向かう俺は一抹の不安を覚え、足取りが重くなるのを感じ、しかし、妙な高揚感を感じるのも事実だった。

 そして、街を抜けて海岸が眼に入ると、そこには威勢の良い日焼けした数十人の男が集まっていた。


「おっ!来たか!」


 俺に気が付いたレッドが声を上げると、男達が俺の方を向いた。

 皆年若く、十代半ばから二十代前半の男達は逞しく、日焼けした肌を惜しげも無く晒した格好で、若干挑発的な視線を俺に向けてきた。


「コレで全部か?」


 俺がレッドに訪ねると、彼が答えた。


「ああ、全部で四十三人、お前も含めて四十四人だ」


 レッドの背後の彼等に視線を移すと、一人の威勢の良いのが俺に話し掛けてきた。


「なんだぁ?こんなデブが俺達の大将かよ?レッドよぉ、おめぇ正気かぁ?」


 そう言ってきた男は、長身のレッドよりも尚背が幾分高く、また、肩幅が広く、逞しい二の腕を見せ付ける様に、上半身には何も着ておらず、鋭く精悍な顔付きは威圧感があった。

 俺はそんな男に向かって言った。


「おい」


「んあぁ?」


「お前の歳は幾つだ」


 俺が問うと、男は挑発的な口調で答えた。


「二十だよ坊ちゃん」


 俺は、そんな男に対して冷静に言う。


「俺は十六だ」


 そう言うと、男は少し驚いた様な表情を見せた後に、鼻で笑って言った。


「はっ!デブの癖に餓鬼ときたか!おい!坊主コレは遊びじゃねぇんだぞ?!」


 完全に舐めてかかってくる男に俺は言い返す。


「その通りだ遊びでは無い。だからお前は帰った方が良いぞ?」


 その言葉を聞くと男が顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。


「ンだぁ!ごらぁ!!この毛も生え揃ってねぇ様な餓鬼がぁ!!ああぁ!?」


 そんな風に凄んでくる男だったが、俺にはその姿が酷く滑稽に写る。

 半引き籠もり状態だった前世の俺ならばいざ知らず。

 命をかけた戦いを経験して、敵の殺気を幾度も浴びてきた今の俺に取っては、この程度のチンピラ風情の威圧など無いに等しい物だった。


「おい、お前は軍に居た事はあるか?戦争に行った事は有るか?」


「ああん!?」


 頭に血を登らせて不明瞭な声を上げる男に俺は首を掴んで引き寄せるともう一度訪ねた。


「もう一度聞くぞ?お前は、戦場に立った事はあるのか?」


 俺が殺気を込めた視線で男の眼の奥を見ながらゆっくりと訪ねると、男の顔が青くなり、先程の威勢は何所かへと消えてしまって大人しく答えた。


「な、無い・・・」


 その言葉を聞いた俺は男の首を掴んでいた手を放して言い放った。


「良く聞け。この中に俺を歳と聞いて侮る者が居るだろう。だが戦場に居た経験ならば俺の方が上だ。潜った修羅場の数ならば俺の方が遥かに上だ。俺を餓鬼と笑いたければ笑え、デブと馬鹿にしたければすれば良い・・・だが、俺からすればお前らの姿は実に滑稽に写る。何の根拠も無い自信を持って粋がるだけのお前らが哀れにすら思える」


 そこまで俺が言うと、少し萎縮していた男達が怒りの眼を俺に向けて、鼻息を荒くさせた。


「なんだ?怒っているのか?人は図星を突かれると一番腹立たしく思うらしいが・・・正にその通りだな!」


「んだぁ!オラぁ!!」


「テメェ!ぶっ殺してやらぁ!!」


 遂に我慢の利かなくなった一人が俺に向かってくると、堰を切ったように全員が俺に向かってきた。

 俺はそんな男達を見て、冷静に腰のホルスターから拳銃を抜くと、空に向かって一発撃った。


「「「「「!!!!!」」」」」


 男達は聞いた事の無い銃声に怯み、脚を止めてしまう。

 そんな男達の足下に向かって銃口を向けると、もう一度引き金を引いた。


「うおっ!?」


 突然地面が爆ぜたのに驚いた男達が脚を止めて声を上げた。


「如何した。この程度でビビっているのか?」


「・・・」


 何も言わずに俯いてしまった連中に対して、俺は更に声を掛ける。


「所詮はそんな物だ。粋がってみても年下の俺にすら勝てないのだ」


 折れてしまった彼等は何も言い返すことが出来ず、ただ俺の言葉を聞くだけだった。


「教えて置いてやろう。戦場で対峙する敵は俺などよりも遥かに恐ろしい。何故ならば奴等は死に物狂いで、俺達を殺しに来る。決して手加減はしてはくれない。そして、誰も助けてはくれない。お前達がやろうとしていたのはそう言う事だ」


「・・・」


「お前達に聞こう。本気で戦う気はあるのか?逃げ出さず、敵に殺される覚悟はあるのか?」


 俺が挑発的に彼等に言うと、彼等は暫く俯いて黙って居たが、一人の男が顔を上げて声を上げた。


「やってやる・・・」


「何だって?」


「やってやるよ!ああ・・・やってやるよ!クズみたいな、どうしようも無い俺達だけど、この街が好きなんだ!皆この街に・・・この街の人達に甘えてきて生きてきて・・・だから、今度は俺達がこの街に返す時なんだ!!」


 彼は途中から声を震わせて言葉を紡ぎ出し、一端句切ると、俺の眼を見詰めて再び喋り出した。


「俺達は戦いの事は何にも分かんねぇ。だから・・・御願いします・・・俺達に戦いを教えて下さい」


 彼がそう言って頭を下げると、他の者達も口々に俺に言いながら頭を下げた。


「カイル・・・俺からも御願いだ」


 俺の背後にいたレッドからも声が掛けられた。


「お前の言う通り、甘く無いのかもしれない・・・でも、俺やコイツらがこの街を護りたいと思っているのも本気なんだ。幸い、俺達はガタイだけはこの通りの物だ。根性だけは有るつもりだ。だから、何とか助けてくれ」


 正直、俺はこう言うのは好きだ。

 海賊がどれ程の物なのかは分からないし、高々一個小隊程度の人数で何所まで出来るのかも分からない。

 それでも、この、どうしようも無い連中の言葉を聞くと胸が熱くなってきて、コイツらに妙な親近感の様な、不思議な気持ちが込み上げてくる。

 そして、俺は連中に向かって言い放つ。


「良し分かった!やってやろう!お前らを扱き使って地獄に叩き落としてやる!!」


「・・・お、おう」


 一年半ぶりに自分に渇を入れるつもりで言ってやったのだが、反応は芳しくなかった。

 やはり、こう言うのは勝手知ったる仲間内出なければ通じないのだと、今更になって気が付いた。

 そんな当たり前の事を痛感しつつ、俺は連中に尋ねた。


「取り敢えず・・・武器はあるのか?」


 俺の質問を聞いた連中は暫く黙ってから、声を発した。


「あっ・・・」


 この時、俺が最初に始める事が決定した。

 後に、俺はこの時ほど、ダズルとソロモン達の存在の重要性を感じた事は無く、頭脳労働担当の居ない状況の大変さを痛感した。







「で、何か武器になりそうな物はあるか?」


 海岸に座る連中の前に立つ俺が聞くと、彼等は、それぞれが持ってきた武器になりそうな物を掲げた。


「え~と・・・棍棒に鉈に斧に銛・・・」


 正直、ガラクタのような物ばかりが集まってしまった。

 こんな物しか手に入らない現状に軽く目眩を覚える俺だったが、悩んでいても仕方が無いと割り切って、行動に移る事にした。


「取り敢えず、ランニングだ。海岸を端から端まで走ってこい」


 俺の言葉を聞いた瞬間、連中からブーイングが上がるが、俺はそんな連中に対して、銃口を向けると躊躇わずに引き金を引く。

 銃声と共に地面の砂が爆ぜると、連中が一斉に飛び上がった。


「さっさと行ってこい!!」


 更に怒鳴りながら空に向けて二、三発撃つと悲鳴を上げながら走り出した。

 そんな連中を見送ると俺も海岸を走り出した。

 荒くなる息を押さえながら、俺は先のことを考えるが、思考の行き着く先は真っ暗闇だった。

 

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