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五十五話 新たな戦いと、その第一歩

今回は短いです

 屋敷に戻った俺は、ナジームの小言もそこそこに、自室に籠もって老女に言われた言葉を己の中で反芻した。

 それから考えを巡らせて、食事を取るのも忘れて物思いに耽り、ナジームによってベッドの中へと蹴り込まれるまで深い思考の海に潜り続けていた。


「・・・」


 翌日は何時ものような悪夢を見ることも無く、久し振りに快眠と言う物を味わう事が出来た俺は、ナジームに頼んで湯を沸かすと、身体と髪を洗う。


「貴方が湯浴みをするなんて久し振りですね」


「ああ、正に心洗われる気分だ」


 久し振りの湯浴みはとても心地良く、思わず頬が緩んで口角が上がった。


「どう言う心境の変化ですか?」


 髪を洗う俺にナジームが訪ねてくるが、俺はどうとも答える事が出来ずに窮した。

 そして、漸く一言だけ言葉を発する事が出来た。


「まあ、何となくな」


「何ですかそれ・・・」


 湯浴みを終えた俺は久し振りの心地よさを感じながら次の動きを考えていた。

 その時、屋敷の扉が叩かれて、俺を呼ぶ声が響いた。


「ナジーム」


 俺が言うや否や、ナジームが玄関へと向かい、その間に俺は麻のシャツと革のズボンを履いて出て行った。


「私に何か用か?」


 そう言って出て行くと、そこにはこの国の兵士を引き連れた執政官が何やら書状を持って俺を待っていた。


「カイル・メディシア大佐ですか?」


 街の運営と管理を国から任されている執政官は、公国の紋章が着いた黒いマントを身に付けていて、年齢や身分を問わずに優秀な者が集められたこの国最高のエリートで在る。

 俺の前に現れた執政官はまだ年若く、二十そこそこと言った感じの緑色の髪の青年だった。

 俺が本当にカイル・メディシアであるのか問い掛けてきた彼に俺が肯定の意を返すと、自己紹介を始めた。


「お初にお目に掛かります。私はこのフィオルの執政官、アリストと申します。本日は貴方にご依頼が在って参りました」


 少し焦った様子の執政官に対して、俺は本題に入るように促す。


「要件を言え」


「はい、実は貴方に頼みたいのは、ここ最近近辺の海に出没する海賊を退治して頂きたいと思いまして」


「海賊?」


「はい」


 執政官の話を聞いて、俺は不可解に思ったことをそのまま訪ねる。


「海賊退治は海軍の仕事では無いか?私は陸軍の人間だし、それ以前にこの国の軍人と言う訳でも無いぞ」


「それは重々承知しております」


「なら何故だ」


 執政官は苦虫を噛みつぶしたような表情で事情を説明し始めた。


「現在、我が国の海軍は南西海域で共和国海軍と睨み合い状態で、此方に動かせる余裕が無いのです。かと言って我が国の陸軍は非常に弱小である上に、其方も東側の国境地帯で反乱の緊張が高まっているのです」


「つまり、国に余力が無いから同盟国の軍人に助けを求めようと言う事か?」


「有り体に言えばそういう事です」


「しかし、俺に出来る事は何も無いぞ?俺はここに左遷されてきた御飾りの駐在武官だし、と言うか曲がりなりにも国の代表として派遣されているのに首都に居ないのだからそれ位分かるだろ?」


「・・・はい」


 一体彼は俺にどんな期待を寄せてここに来たのかは分からないが、ハッキリ言って俺に出来ることは何も無く、申し訳ないが帰れとしか言いようが無かった。


「大佐は数々の戦いを制してきた英雄だと聞き及んでいます」


「過大評価だな」


 俺を持ち上げようとする執政官の言葉を俺は否定する。

 しかし、それでも執政官は諦めずに言葉を続けた。


「何でも、最初はご自分で兵を訓練して戦いに勝利していたとか」


 そう言われると懐かしい気持ちになるが、その後の事を思い出して言った。


「勝った後に生きていた奴は数えるほどしかいない」


 幾ら褒めて持ち上げようとしても否定されてしまう、執政官は遂には泣き落としに掛かって、俺に縋り付いてきた。


「どうかこの街を助けて下さい!私は執政官です政治は出来ますが戦うことは出来ないのです!だから、どうか!」



 彼の様子から必死である事は十分に伝わってくるが、だからと言って首を縦に振る俺では無く、彼が何と言おうとも、俺には何も出来無かった。

 兵は一人も居ない。

 海上戦のノウハウも無い。

 コレで勝てと言うのはどだい無理な話なのだ。

 いい加減にしつこい彼に諦めろと言おうとした瞬間、俺の屋敷に新たな来客が現れた。


「おい!執政官はここにいるか!」


 そう言って乗り込んできたのは一昨日在ったばかりのレッドだった。


「レッド?」


 俺がそう呟くと、レッドは驚いた様な表情で俺を見て言った。


「何でカイルがここにいんだ?」


「ここに住んでる」


 互いにかなり驚きつつも、レッドが執政官に詰め寄って言った。


「俺に任せろ!俺が海賊を追っ払ってやるよ!」


 どうやらレッドは自分が海賊を退治すると志願してきているらしく、かなり血を滾らせている様子だ。


「しかしですね・・・君はただの漁師の子供でしょう?戦ったことは在るのですか?」


 冷静な執政官の問い掛けにレッドは日焼けした逞しい二の腕を見せ付けて、自信満々に答えた。


「応よ!喧嘩なら負け知らずよ!」


「ああ・・・」


 思わずと言った風に額を押さえる執政官を余所に、レッドが話の矛先を此方に向けてきた。


「所で何でコイツがお前の所に来てんだ?」


 そう聞かれた俺は正直に答えた。


「その執政官が俺に海賊退治をしろと言ってきたんだ」


「はあ!?カイルに!?何で!?」


 俺を呼び捨てにした事に目聡く気が付いた執政官は、レッドの頭を叩いて言った。


「口の利き方に気を付けろ!この方カイル様はアウレリア王国の貴族にして陸軍の大佐だ!お前などが軽口を聞いて良い相手では無いのだぞ!」


「んだよ・・・俺とカイルはマブだから良いんだよ」


 俺は何時の間にかレッドの中で友人にされていたらしい。

 何となく今まで周りにいなかったタイプの男だと思いつつ、俺は彼の事が嫌いでは無かった。


「頼むよ執政官さん!俺にやらせてくれ!俺だってこの街で生まれてこの街で育ってきたんだよ!それをあんなドチンピラなんかに荒らされて、腹に据えかねてんだよ!頼む!頼みます!!」


 そう思いの丈をぶつけて頭を下げる青年を見て、俺は決心を着けて執政官に声を掛けた。


「アリスト執政官」


「何でしょうか?」


 俺が執政官に声を掛け、それに応じて俺に向いている間もレッドは頭を下げ続けていた。

 そんな中で俺は執政官に対して言う。


「執政官。君の依頼を受けよう」


「っ!本当ですか!!」


 俺が依頼を受けると言うと、執政官は喜びの表情を浮かべて礼を言う。


「ありがとうございます!!」


 勢い良く身体を追って頭を下げる執政官は全身から喜びの雰囲気を撒き散らしていて、見ているだけで喜んでいるのが分かった。


「ただし・・・」


 そんな執政官に対して俺は言葉を続ける。


「条件としてそこにいるレッドを俺の副官として使わせて貰う」


 そう言った瞬間に執政官は眼を丸く見開いて驚愕し、レッドが顔を上げて俺に詰め寄った。


「その言葉は本当か!?カイル!!」


「ああ、丁度兵士が必要だった所だし、俺は陸軍だから海のことは良く分からんからな。頼りにしているぞ」


 俺の言葉を聞いたレッドは、俺を両手で力強く抱き締めてはしゃぎながら喜びを表した。


「よっしゃ!!よっしゃ!!やってやるぜ!!やってやるぜ!!」


「しょ、正気ですか?」


「至って正気だ。それとも君は今すぐに代わりの水兵を用意できるのかね?」


 俺の言葉を聞いた執政官は無言で否定して、諦めたように肩を下ろした。

 狂喜するレッドに抱き締められながら身体を揺すられる俺は、誰に言うでも無く呟く


「戦いか・・・如何してこうなるんだろうな」


 そう言いつつも俺は不思議な高揚感を感じてコレから始まる戦いに思いを馳せた。

 それは果たして俺が軍人だからなのか、それとも戦いに狂って血に飢えてしまっているからなのかは分からないが、一つ確かな事は、俺はもう一度自分の脚で戦場に戻ろうとしている事だけだった。

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