五十話 罪と断罪
国境の街を焼き、予定を変更して小休止を挟んだ後、兵団は再び進み始めた。
兵団は予定通りに三方に別れ、俺は第一大隊と共に街道を南進し、その途中で遭遇した敵の部隊を粉砕しつつ領都に着いた。
領都北門から直線で300mほどの所に天幕を張り、各中隊は第一中隊を門の正面に配置して、それを最左翼に以降は順に間隔を空けて東側に向かって横隊を形成した。
「領都は予想よりも大幅に要塞化が進んでいる様じゃないか」
兵団本部の天幕の中、領都の様子を見ながらエストが言った。
エストの言う通り、領都の周辺には堀が掘られていて、侵入経路となり得る建物の間にはブロックや土嚢が積まれていた。
恐らく俺が逃げてから要塞化されたのだろう。
「お前なら如何攻める?」
俺がエストに訪ねると、エストは少し考えてから答えた。
「・・・そうだね、僕なら正面から堂々と行くかな」
「やっぱそれしか無いよな・・・」
各隊のここまでの攻撃によって、現在、領都の中には推定で二万程度がひしめいていると予想され、此方との兵力差は十倍にも及ぶ。
通常、攻城戦の場合、最低でも敵の三倍の兵力を必要とすると言われ、更に攻城兵器等を使っても攻め落とすには数日から数週間を要する。
いくら敵が烏合の衆で、此方が経験豊富の精兵揃いと言っても、短期間で攻略するのは容易な事では無いことくらい分かり切っている。
「で、正面切って殴り合って勝つ自信は?」
俺がエストに更に訪ねると、自信なさげに答えた。
「勝つ自信はあるよ・・・けれど、その時に大隊が残っているかは断言出来ないね」
せめて、あと一個歩兵大隊があれば、或いは砲兵でも居れば、そう思わずには居られないが、無い物ねだりをしても仕方が無かった。
「マジで如何すっかな・・・」
正直言って、打つ手が無かった。
いっそ打って出て来て貰った方が助かるのだが、完全に立て籠もってしまっていて、此方が出来るのは被害覚悟で攻めるか、安全策を取って相手の我慢が切れるのを待つか、どちらかだろう。
「取り敢えず、一当てしてみるか」
そう呟いてエストに命じる。
「二個中隊を前進させて敵の様子を探って見てくれ。二、三撃っても何も無ければ、下げて良い」
エストは返事を返すなり天幕を飛び出して、自ら第二第三中隊を率いて領都に向かう。
俺はその様子を本部から眺めて敵の動きを探った。
「全体止まれ!!」
遠くからでも良く聞こえるエストの号令に従った二つの中隊は、北門から100m程手前で三列横隊のまま止まった。
「構え!!」
それから射撃準備に入ったエスト達に対して、敵からの反応は特に見られなかった。
「撃て!!」
一列目と二列目が当時に射撃を行い、北門とその周辺の建物や障害に光弾が当たるが、如何せん距離が離れすぎていたために、簡単に弾けて消えてしまう。
その後直ぐに、領都の中から笑い声が聞こえてきた。
どうやら先程の射撃に対しての嘲笑の様で、笑い声に混じって罵倒や此方を馬鹿にする声も聞こえた。
「っ!全体!四十歩前進!前進後は二列横隊だ!!」
笑い声に腹を立てたエストは、怒りに任せて更に領都へと近付くように命じてしまった。
二列横隊を命じた事からも、エストの怒りの程が窺い知れるが、俺はエストの判断に不安を覚える。
「第一中隊!前進!」
不測の事態に備えて、俺は独断で目の前の第一中隊に前進の号令を出す。
その際に俺は中隊にはついて行かず、中隊長に緊急時のエスト達の撤退支援だけをするように命じて、ヘンリーに乗って第四回中隊の下へと急いだ。
「撃て!!」
俺が丁度第四中隊の下へと着いた頃、エストの号令に合わせた斉射の銃声が響き渡る。
その直後、北門が開け放たれて中から傭兵共が走って出て来た。
「畜生!最悪だ!」
俺は一人悪態を吐くと、第四中隊の中隊長に向いて怒鳴るように命じた。
「おい!直ちに中隊を前進させろ!急げ!」
「り、了解!!」
俺の剣幕に圧されて中隊長が慌てて前進の指示を出し、それに従った中隊は三列横隊のまま行進を始めるが、俺は後ろから着いて言って更に怒鳴り付ける。
「それじゃ間に合わん!駆け足だ!」
中隊長の悲鳴のような号令に従って第四中隊は駆け足を始めた。
その間に、領都に近付きすぎていたエスト達は、射撃後の無防備な状態で敵の攻撃に遭ってしまい、一瞬で乱戦状態に持ち込まれてしまっていた。
第一中隊は、その様子を見て、中隊の行進速度を速めて予定よりも更に近くまで近づき、中隊長が着剣をみ命じた。
「エスト!!後退しろ!!第一中隊が後ろに居るぞ!!」
俺の叫びを聞いたエストは、一瞬、後ろに近付いてきている第一中隊を確認して声を張り上げた。
「全体!徐々に後ろへ下がれ!」
銃剣も着けずにいた第二第三中隊は銃の銃床で殴るなどの抵抗を試みながら、ゆっくりと後退し始めた。
そして余裕の出来た者から着剣すると、数名規模の小さな横隊で味方の撤退を支援し始める。
「第一中隊!撃て!!」
戦闘の現場に到着した第一中隊は、味方に当てないように気を付けながら射撃を行い、一気に敵を怯ませた。
その隙に乗じて、エストニア以下の第二第三中隊は第一中隊の後まで逃げて体勢を立て直す。
「第四中隊速歩!息を整えつつ二列横隊!」
俺と第四中隊も現場近くに着くと、第四中隊に戦闘の準備に入らせた。
第四中隊は俺の言うとおりに動いてくれて、敵の後続の真横に着けた。
「第四中隊止まれ!!」
俺の号令後、別命無く一列目が片膝を付き、に二列横隊での斉射の体勢に入った。
「撃て!!」
走って直ぐだった事で、若干のタイミングと狙いのズレが出来てしまったが、何とか敵の後続に斉射を浴びせて、敵に甚大な被害を与える事が出来た。
「着剣!!」
俺はヘンリーの背に乗りカービンで敵を撃ちながら近接戦闘の用意をさせた。
「突撃!!」
斉射の威力と銃声に驚いて怯んでしまった敵に対して、更に追い打ちを掛けるように第四中隊を突撃させる。
それに合わせてエストが第一中隊を含めた三個中隊にも突撃の指示を出した。
結果として前後を挟まれる様な形で此方の逆襲を受けた傭兵共は、自分達の方が数で勝っているにも関わらず潰走して北門に走った。
「全体!北門に向けて追撃!!」
「待て!命令は取り消し!このまま後退しろ!!」
敵に追撃を命じようとしたエストに待ったを掛けて、命令を取り消す。
「何故だ!今が追撃のチャンスじゃないか!」
「・・・全体ゆっくりと後退しろ」
エストが俺の命令取り消しに抗議して詰め寄ってくるが、俺はエストの声を無視して部隊を下げさせた。
流石に敵の目の前で言い合いをして敵に隙を見せる愚を犯すことはせず渋々従い、部隊は最初の一まで戻った。
「何故あそこで追撃を掛けなかったんだい?」
本隊の天幕の中で、冷静さを取り戻したエストは、落ち着いた様子で俺に訪ねてきた。
確かにエストの言う通り、敵の撤退している時は無防備で打撃を与えるチャンスなのだが、あの状況では悪手だと俺は考えた。
「あのまま済し崩し的に戦闘を継続してしまうと戦力の逐次投入の愚を犯す事になる。それに、兵団の全力を投入しても、敵の士気が高いまま市街地戦に入ってしまえば袋叩き遭う事にもなってしまう」
先程の戦闘は突発的に起こった事で、あのままでは他の隊の攻撃が遅れてしまうか、最悪の場合第一大隊単独での戦闘になってしまう。
只でさえ無勢であるのに、更に兵力差を大きくしてしまった上で尚、地の利まで取られてはどうしようも無い。
あの状況では引くしか無かったのだ。
「・・・そう言う事か・・・済まなかった団長」
俺の言う事に納得したエストは素直に謝罪の言葉を述べて頭を下げた。
しかし、俺にはエストに対して更に言わなければならない事がある。
「エスト・・・何故、下がらなかった。何故、近づいた」
俺の追求に対して、エストは何も答えられ無かった。
俺は、そんなエストに更に言葉を掛ける。
「俺は言った筈だ。何も無ければ下がれと・・・それをお前は・・・」
以前から、エストは頭に血が上りやすく、無茶な行動が多々あったが、今回の事については如何してもフォロー出来なかった。
今回のエストの行動は完全に失敗であり、そのせいで第二中隊を中心に被害を被ってしまった。
「エスト。お前は今まで俺の事を何度も助けてくれた。頭に血が上って無茶な行動をしても、それが結果的に良い方へと転がってきた」
「・・・」
エストは無言で俺の眼を見て、俺の話を聞いた。
そんなエストに、俺は尚も言葉を続ける。
「だが、それだけじゃダメなんだ。お前は今や一部隊の長で士官で将校なんだ」
「・・・」
「俺も大概無能な団長かもしれないからエラそうな事は言えないけど。お前はもっと良く周りを見て、考えて行動しなければならない。部下の事を考えて、味方の事を考えて、敵の事を考えて行動しなければいけないんだ」
「・・・はい」
漸く、一言口を吐いた返事を聞いて、俺はエストを励ます様に言う。
「少しずつで良い。少しずつ俺と一緒に進歩しよう」
「カイル・・・」
「もしも、お前がまた頭に血を上らせたら俺がお前を止める。その代わりお前も、俺が間違いそうになったら・・・その時は俺を叩いてでも正してくれ」
「ああ・・・ああ、勿論だとも!」
「良し!この話はここまでだ。指揮官足る者、切り替えの早さも重要だ」
そう言って俺は、天幕の外に出て領都を睨んだ。
その時、領都の方からミハイルが声を上げてきた。
「カイル・メディシア!!コレが見えるか!!」
その次の瞬間、領都から一本の柱が立った。
俺は、その柱の先端に何かが括り付けられている事に気が付いて、何かと思い目を凝らし、ソレに気付いた瞬間全身が粟立った。
「カイル・メディシア!!この柱の先端の男が見えるか!!コイツはお前の命令に従っていた愚か者だ!!」
柱の先端に括り付けられていたのは、俺が情報の収集を命じたライフル兵の内の一人だった。
四人のライフル兵が今だ帰ってきていなかったのだが、その内の一人がああして貼り付けにされていると言う事は、残りの三人も無事では居ないであろう事が容易に想像出来る。
「カイル・メディシア!!聞こえているか!!今からお前に自分のした愚かの行為の結果を見せてやる!!」
その言葉を聞いた瞬間、俺は嫌な予感がして第一中隊の更に前まで走って叫んだ。
「やめろおおおおおおお!!!」
俺の叫びが響いた次の瞬間、柱の根元から先端に向かって一筋の炎が走って、先端のライフル兵が瞬く間に炎に包まれた。
ソレまで意識があったのかどうかは知らないが、炎に包まれてからライフル兵が絶叫する。
その声は身の毛もよだつ断末魔の叫びで、思わず耳を塞ぎたい気持ちに駆られた俺は、必死で堪えてその叫びを聞いた。
「あああああああああああ!!!!!」
叫びが木霊する中、後に居る第一中隊の兵士達からも動揺の気配が漂ってきていて、明らかに士気が下がり始めていた。
どうにかしなければいけないと思っても、俺は何も出来ずに地面に両膝を突いてしまっていた。
この時、俺自身も心が折れかけていたのだ。
「あああああああああ!!!!」
尚も絶叫するライフル兵の声が俺の鼓膜を震わせて、同時にミハイルの高笑いも聞こえてきた。
その時、ライフル兵の絶叫が一瞬止まった。
遂に息絶えてしまったのかと思った次の瞬間、ライフル兵は再び声を上げた。
「だ!団長おおおおお!!!!!」
彼は、炎に焼かれながら俺を呼んだ。
俺を呼んで、更に悲鳴混じりに声を張り上げた。
「団長おおお!!!殺してくれ!!!!殺してくれ!!!!」
殺せと叫ぶ彼に対して、俺は少しでも苦しみが和らぐのならと何とか殺してやれないかと思うが、彼の本意は俺の思っていたのとは違っていた。
「団長!!!殺してくれ!!!コイツらを!!!殺してくれ!!!!」
その声が、求めが、響いた瞬間、背後からのどよめきが治まり、領都から聞こえてきていた歓声も止んだ。
「コイツらを!!!殺せえええええ!!!!!必ずコイツらを地獄に!!!!!」
「止めさせろ!!今すぐあの男を殺せ!!」
慌ててミハイルが彼にこれ以上喋らせないように殺そうとして、矢を射るが、ソレでも彼は叫び続けた。
「団長!!!兵団の皆!!!コイツらを殺せ!!!コイツらに地獄をあじ・・・」
彼は最後まで叫ぼうとしていたが、遂に声を上げる事が出来なくなって、彼の叫び声が消えて、辺りはシンと静まり返った。
俺は、力の抜けていた両足に喝を入れると、踏ん張って立ち上がり、有らん限りの大声で叫んだ。
「カイル・メディシア兵団よ!!!聞いたか!!!彼の声を聞いたか!!!聞いたのならば答えよ!!!我々が何をすべきか答えよ!!!」
俺が言い切った後、一拍おいて轟音が響いてきた。
背後の本部から、直ぐ側の第一大隊から、領都を挟んだ第二大隊から、東側に散兵大隊から、西側の騎兵大隊から、返答の轟音が響いてきた。
「「「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」
その長く響いた轟音が止んで、俺は再び声を張り上げた。
「反逆者共!!!そしてミハイル!!!今の声を聞いたか!!!」
可笑しな事に、俺は聞こえるはずの無い領都からの動揺と脅える声が聞こえていた。
「俺はコレからあの兵士の言う通りお前達を殺してやる!!!皆殺しにしてやる!!!」
俺には領都の中の様子が手に取る様に感じ取れた。
奴等は、先程までとは打って変り、脅え竦みながら俺の言葉を聞いて己のした事を振り返る。
啜り泣いて許しを請う者も居る。
「貴様等の犯した罪の代価を支払わせてやる!!!覚悟しておけ!!!」
しかし、奴等は最早許される事は無い。
奴等は既に一線を越えてしまい、今さっき更なる一歩をふみこんでしまったのだ。
「・・・」
事ここに至り、如何して等と俺は口にせず、思いもしない。
何故ならばコレは必然なのだから。




