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四十九話 銃火の力

「諸君、良く来てくれた。私は諸君等の働きに大いに感謝したい」


 目の前に居並ぶ2200名に向かって、俺は感謝の言葉を述べた。

 俺が皇女一行に合流して四日が経った頃、ハンスが率いる兵団本隊は、帝国での志願兵を追加して勢力をある程度回復し、とうとう俺の下までやって来た。

 俺の念願叶って、二つの歩兵大隊は全員が小銃を装備し、散兵大隊は殆どがライフル兵になっていた。

 兵団の編成は600人で構成される歩兵大隊二つと400の騎兵大隊は変わらないが、散兵大隊は人員が歩兵大隊に移ったために規模を縮小して400名になり、工兵と輸送も半数が歩兵に移った。

 特に変化が大きいのが散兵大隊で、弓兵中隊が消えて、150名のライフル中隊二つになり、残りの100名で新たに強襲偵察中隊を編成した。

 歩兵大隊は全ての中隊が小銃中隊となり、コレまでとは比較にならないほどの高い火力を手に入れた。


「ハンス!」


「はい。若様」


 俺がハンスの名を呼ぶと、直ぐさま応えて俺の前に来た。


「コレから直ぐに実戦だが、コイツらは使い物になるか?」


 俺がハンスに訪ねると、ハンスは自信満々に胸を張って答えた。


「問題ありません!総員準備完了しています!」


 そう答えたハンスの言葉に、俺は嬉しくなって声を張り上げた。


「良し分かった!ならば今すぐに作戦開始だ!兵団!回れ!右!」


 全員が即座に俺の号令に反応して回れ右をして、不動の姿勢を取った。

 その様子を見て、ハンスの言葉には嘘偽りは無いと判断した俺は、ハンスに第二大隊に戻る様に言うと、近くに寄ってきたヘンリーに跨がって進み出した。


「兵団前進!目標テベリア領領都!」







 テベリア内に残して活動させていたライフル兵からの情報によると、反乱は領都と国境の街、その周辺の8個の村で行われたらしく、俺の予想よりも遥かに限られた範囲での反乱だった。

 しかし、領の内外から人員が集まっていたらしく、その規模は最大でも五万人に上るとの事だ。

 反乱には農民や平民だけで無く傭兵や冒険者、盗賊、夜盗の類いも混じっており、それらの戦闘従事者だけでも五千人はいる見通しだ。

 良くもまあ、集めた物だと感心するが、俺はそれだけの数の敵がいると聞いても尚、一切の心配はしていなかった。

 敵は所詮烏合の衆、決して油断している訳でも見くびっている訳でも無く、純然たる事実として圧勝できると確信している。

 今回の戦いは戦場が広く、また敵の数も多いが、敵の本隊と首謀者を逃さない為にも極短期時間で一挙に圧倒制圧する必要があった。

 俺としては初めての戦術的な戦いでは無く戦略的な戦いとなる。


「では最終確認だ」


 国境を越える直前、一端兵団の前進を止めて各部隊の長を集めての作戦の最終確認を行う。

 現在この場にいるのが、第一歩兵大隊のエスト、第二歩兵大隊のハンス、騎兵大隊のアダムス、散兵大隊だけはシモンとリゼ少尉の二人がいるが、シモンにはライフルを使った戦闘が出来ないため、ライフル兵の指揮はリゼ少尉に任される事になったからだ。

 主に戦闘部隊を中心とした作戦会議ではあるが支援科の隊長も参加している。

 特に補給を担うソロモン中尉の役割は重要で、爆発的に増大した兵団の兵站は彼の双肩に掛かっていた。


「まず、兵団はこの先にある国境の街を攻撃し制圧する。できる限り迅速に攻め落としつつ、情報の遮断のために、ここは兵団の全力を持って包囲する事にする」


 二個の歩兵大隊を使って正面から半包囲するように弧を描くようにして攻撃し、機動力の高い騎兵大隊で後方を押さえて蓋をする。

 端っから降伏勧告や捕虜を取るつもりが無い今回は、街の動きを完全に無視して力押しで潰す事になる。


「恐らく二時間程度で街を攻め落とせるはずだが、念の為に残党の掃討も行い徹底的に叩き潰せ」


「了解」


「分かりました」


 ハンスとエストの二人が返事を返し、他の者も頷いて見せた。


「街を掃討後、兵団は東西に大きく開いて、周辺の攻撃目標の村の村人を領都に追い立てるようにして包囲する。この時、兵団の中央に第一歩兵大隊を置き、敵の規模大きく抵抗が予想される東側は第二歩兵大隊が担当する」


 兵団本隊は第一大隊と共に動き、真っ直ぐに領都に向けて南下、第二大隊が東側から6つの村を攻め落としながら徐々に領都の北側に移る。

 最終的に領都の南北をそれぞれの歩兵大隊で押さえて逃げ道を無くすのが狙いだった。


「西側からは騎兵大隊を使って二つの村を素早く落とし、その後に散兵大隊で掃討を行え」


 西側の攻撃目標の村は二つで、距離が開いている事から、騎兵を使って一気に落とした後、散兵で残党狩りをする。

 此方は、東側とは違ってこの時点で完全に落としてしまい、その後の動きをスムーズにしたい。

 全部隊が領都周辺に終結後は、領の南東に第二歩兵、北東に第一歩兵、真東に散兵大隊が来るようにして、西側に敢えて隙を作る。

 領都の出入り口は真南と真北に通りの両端があり、それがそのまま街道に繋がっている。


「騎兵大隊は領都に到着後、目立たないように遠廻りして西側に向かってくれ」


 俺の言葉を聞いたアダムスは、直ぐに察したように笑顔で答えた。


「了解したよカイル」


「タイミングはお前に任せる。お前なら上手くやるだろう」


「ありがとう」


 城壁に囲まれた街ならば出入り口を塞げばそれだけで敵の逃げ道を塞げたのだが、今回は城壁の無い街であるため、攻め落とすのは容易いが、殲滅するとなると少し手間が掛かる。


「この作戦の成否は諸君等の奮闘に掛かっている。気を引き締めて奴等を地獄に叩き込んでやれ。あの素人共に本当の戦争を教えてやるぞ」


「「「応っ!」」」


 それから直ぐに作戦は開始された。

 予定通りに兵団は前進を開始し、街の方が俺達を見付けた瞬間、まるで蜂の巣を突いた様な騒ぎになった。


「伝令!アラン大尉に騎兵大隊の行動開始を繰り上げ要請!」


「了解!」


 俺は、街の住人が逃げてしまうのを防ぐために、アダムスの騎兵大隊を予定よりも早く投入して逃げ道を塞がせた。


「両歩兵大隊はこのまま前進!50m手前で三度斉射を行う!」


「「「応っ!!!」」」


 街の方は住民や傭兵が一致団結して抵抗の意志を見せ、あらかじめ用意していたのか木製の柵などのバリケードを設置していた。

 俺はそれを見て、ダスル少尉を呼んだ。


「ダズル少尉!」


 身体の小さいドワーフの少尉は懸命に身体を動かして俺の下へ走ってきた。


「なんじゃい!」


「敵に障害物の設置と防護設備の設営が見れる。戦闘工兵の出番だ」


「了解じゃあ!!」


 敵の施設及び街などを攻撃する際、障害物があると、部隊は思うように能力を発揮できない場合がある。

 その様な場面で活躍するのが戦闘工兵と呼ばれる兵種だ。

 彼等戦闘工兵は、主に敵の防衛設備、障害等の破壊、撤去を主任務とし、時には敵の反撃の激しい中を果敢に前進して後続部隊のための橋頭堡を築き、部隊を勝利に満ちびく存在だ。

 コレまでの兵団の戦闘ではほぼ仕事が無いにも等しく、初めての戦闘工兵としての実戦と言う事で、ダズル少尉も俄然ヤル気を出していた。


「ライフル中隊は兵団の前進援護!200m手前で射撃開始!」


「了解!」


 元気の良い返事を返してくれたのは、最近メキメキと経験を積んだライフル中隊隊長のリゼ少尉で、彼女は現在第一ライフル中隊の隊長としてだけでは無く、第二ライフル中隊を含めた全ライフル兵の纏め役でもあった。


「このままじゃ彼女を追い出す事は出来ないな・・・」


 そして、遂に兵団が街まで50mの所まで接近し、両歩兵大隊に停止を命じた。


「着剣!」


 俺の指示に続いて指揮下の大隊にエストとハンスが着剣を命じる。

 銃剣は刃渡り30㎝の諸刃で、根元に行くほどに太く肉厚になる鎧通しの様な物で、着剣状態でも射撃が出来るように銃口の横に銃剣をはめる様な形になっている。

 一応、銃剣自体も短剣として使うことも出来なくは無いが、柄が非常に小さく持ちにくいため推奨はしない。


「歩兵隊斉射用意」


「第一大隊!各中隊装填!」


「第二中隊!各中隊弾込め!」


 二人が大隊の各中隊に装填を命じると、中隊長が装填を指示し、兵がそれに従って装填を行う。

 中隊の全員が装填を完了した時点で中隊長が大隊長に報告し、大隊の全中隊から報告が上がると、それが俺に報告される。

 そして、両大隊の報告が出揃うと、俺は次の命を下す。


「全隊射撃用意!」


 二つの大隊は、五つの中隊を横並びにし、各中隊も三列の横隊の射撃体勢を取る。

 中隊120名は縦3人横40人になり、それが大隊で5つ両大隊で10個で、一度の斉射は400人で行われそれが三回連続する。

 第一列目は立て膝で、二列目が一列目の直ぐ後ろ、銃口が一列目の人間の頭上に来る様になり、三列目が射撃する際は、二列目と三列目が交替する。


「第二列射撃開始」


 ハンスエストはまるで測ったかの様に同じタイミングで号令を出し、その直ぐ後に続いて轟音が鳴り響いた。

 今回の様な多重列の一斉射撃の際、射撃の順番は第二列目から始まり、最後に第一列目が射撃を行う。

 コレは、事故による味方への誤射を防ぐためである。

 今回は当てはまらないが、敵が突撃してきている状況で列を重ねて射撃する場合、一列目が不意に立ち上がってしまうと射撃に巻き込まれてしまう可能性がある。

 そうならない様にするために、後ろの列が手早く射撃を終えておけば、例え潰走になっても一列目が誤射に遭う危険は少なくなる。

 そう言う意味もあっての射撃方法だった。


「続けて第三列射撃」


 二列目の射撃終了後、直ぐさま二列目と三列目が交替し、号令の下射撃が行われた。

 交替して下がった二列目の兵士は、誰に言われるでも無く次弾を装填し、装填が終われば自然に控え銃の姿勢を取る。


「第一列射撃」


 最後に第一列が片膝を着いた姿勢で射撃を行う。

 射撃終了後、第一列は立ち上がって装填に入り、交替していた二列目と三列目が再び交替して下の並びに戻った。

 この三度の斉射はコレまでの兵団の戦いと比べて遥かに凄まじい迫力だったが、敵に対する直接的な被害と言う意味では、大した効果は無いだろう。

 距離が50mも離れていれば例え平原で撃っても三分の一も当たれば良い方の上に、障害物や遮蔽物があるのならば被害は更に半減してしまう。

 だが、この射撃の最大の狙いは敵を殺傷する事では無く、敵に脅しを掛けることだ。


「歩兵隊前進!以後の行動は各大隊長に任せる!」


「「了解!」」


 再び前進を開始した両大隊は凡そ1分半程で街に到達し、三度の斉射によって怯んだ敵は大した反撃をする事無く、街の内側へと下がっていった。


「ライフル兵を街の外郭線まで前進。シモンは偵察中隊を率いて撃ち漏らしの掃討を行え」


「了、解」


 この後、一時間と経たない内に戦闘は収束した。

 当初、傭兵及び冒険者からなる主力部隊は街のメインストリートの中央に防衛線を敷き、左右両側の路地や小道は付近の建物を壊して塞いでいた。

 住民は逃げようとして反対側から街の外を目指したが、待ち構えていた騎兵隊を見た瞬間に街の中へと戻り、女子供と老人を建物の中へと避難させて、男達は雑多な武器を持って戦列へと加わった。

 総兵力3000程で、数の上では此方の倍程だったのだが、戦闘終了後の此方の被害は恐るべき事に死者0と言う信じられない結果に終わる。

 路地を封鎖する事で回り込まれるのを防ごうとした事で、逆に自らの逃げ道を塞いでしまった敵は、数の優位も生かすことが出来ずに正面切って小銃部隊との戦闘に入り、近づく事すら出来ないまま射殺され、逃げ出した者から、待機していたシモン達や騎兵隊によって始末された。

 そして、今、俺はアルフレッドと相対していた。


「もう、勝負は着いたはずです!これ以上は必要無いはずです!」


「敵は皆殺しだ」


「しかし!彼等は降服しています!」


「捕虜は取らない。それに便衣兵が紛れている可能性もある」


 通りには戦闘を生き残った者達が並べられて、彼等の家族の見守る中、銃殺されようとしていた。

 文字通りに敵を皆殺しにしようとしていた俺に対して、アルフレッドが立ちはだかって止めてきた。


「そこまでする必要は無いはずです!なんで兄さんはそこまでするんですか!」


 敵の生き残りは目測で500程いたが、その中でも傭兵と冒険者は既に殺して、後は住民の男どもだった。

 アルフレッドの主張は、通常の戦闘であるのならば、概ね正しいと言えるのだが、今回のコレは戦闘では無く反逆者の処刑なのだ。


「其奴らは全員反逆者だ。反逆者は処刑せねばならない・・・勿論、男女、子供、老人の別なくな」


 俺が、そう言った瞬間にどよめきが起きて、女達からは悲鳴が上がった。


「兄さん!」


「これ以上はお前も同罪になるぞ」


「それでも構わない!僕はこんな事は認められません!兄さんがやめると言うまでここをどきません!」


 尚も食い下がるアルフレッドに俺もほとほと困り果てた。

 一体、如何したものかと頭を悩ませた。

 正直言って、この街の住民に対しては、俺も大して怨みとかが有るわけでも無く、態々こんな事をしたくも無いのだが、反逆に加担していたと言う事実がある以上、見逃す訳にも行かず、何か落とし所でも有ればと思っているのも事実だった。


「・・・全員銃を下げろ」


「兄さん・・・!」


 俺の言葉を聞いた、アルフレッドは喜びの声を上げ、通りに並べられていた住民の表情も明るくなった。

 しかし、次の瞬間、彼等には再び絶望が叩きつけられる。


「街に火を放て!この街を灰にするぞ!」


 言うや否や、直ちに行動に移されて、街の至る所に火がつけられる。


「兄さん!」


 俺はアルフレッドの抗議の言葉を無視して、燃え盛る街と、逃げ惑う住民を眺めた。


「団長」


 そんな俺にエストが声を掛けてきた。


「何だ?」


「逃げている住民は如何するんだい?」


 笑みを浮かべて俺に尋ねるエストに対して、俺は街から目を反らさずに答えた。


「反逆者は全員街と共に灰になる筈だ。故に掃討の必要は無い・・・それと、少し休憩にしよう」


「逃げた者は如何するんだい?」


「・・・逃げる奴はいない。街の外で見掛けたのなら、それは反逆者では無い」


 かなり強引な気もするが、そう言い切ると、エストは満面の笑みで了解し、隊の下へと戻っていった。


「・・・領都ではこうは行かないぞ・・・」


 誰に言うでも無く呟いた言葉は、街から届いた熱風に溶けて消えた。

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