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四十七話 皇女と部下と弟と

誰か私に文才と言う物を下さい

 戦いが惨たらしく凄惨である事は、非常に良い事だ。

 そうでなければ、人は戦いを望みすぎてしまうから。







 移動開始から二日目の朝、国境へ向けての移動は、敵からの発見を恐れて人里を避け、時には林の中を隠れながらの物になった。

 遅々として進むことの出来ない状況にイラつきを覚えながらも、遂に国境を越える事に成功し、既に着いている筈のエスト達を捜し、情報を頼りに向かった村で俺は再び弟に出会った。


「大丈夫ですか?兄さん」


 心配そうに俺に声を掛けるアルフレッドを無視して、弟の専属メイドのエルと言う女を見詰めた。


「・・・何か?」


 背格好と言い、今聞いた声と言い、あの伯爵邸の戦いの時の暗殺者に良く似ていると俺は感じた。


「お前、戦えるか?」


 俺の問い掛けに対して、メイドが答える。


「自衛程度には」


 俺がメイドに疑惑の目を向け続けていると、アルフレッドが焦ったように声を上げた。


「そんな事より、兄さん!皇女殿下達の下へ行きましょう!」


 俺はアルフレッドに疑問に感じた事を聞いた。


「何故、お前が殿下の事を知っている」


 アルフレッドは俺の質問に答えた。


「国境を越える前に街道で会ったんです。ニーナがエストさんと顔見知りだったので」


 俺がニーナ・ディアスの方を向くと、彼女が説明をする。


「以前にパーティーでお目にかかった事が御座いましたので、何事かと訪ねたのです」


「何だか困っている様子だったので、何か手伝えないかと思って着いてきたんです」


 そう言って、アルフレッドはエストと皇女殿下達のいる場所に案内すると申し出て、俺の前を歩き始めた。

 仕方が無く弟の後に続いて、それなりに大きな村の中を進み、一件の木造の家の前に着くと、アルフレッドがその扉を叩いて、エストを呼んだ」


「エストさん!兄さんが来ましたよ!」


 その言葉を聞いた途端に、扉が勢いよく開け放たれて、エストと殿下が飛び出してきた。


「団長!無事だったかい!?」


 俺に駆け寄って俺の二の腕を掴みながら俺の身を案じる言葉を掛けるエストの眼には、僅かながら涙が滲んでいた。


「ご無事でしたか?カイル様」


 最後に会った時と同じ格好の少し疲れた様子の皇女は、余り抑揚の無い声で俺を心配してくれた。

 俺は、エストに声を返すのもそこそこに、エスペリア皇女の前に進んで跪く。


「ご無事で何よりですエスペリア殿下。私の身を案じて下さり光栄に存じます。しかし、この度の件に着きまして、貴女様を大変危険な目に遭わせてしまった事を深く謝罪いたします」


 跪いて深く頭を下げながら謝罪の言葉を口にする俺に、エスペリア皇女は俺の手を取って立つように言った。


「立って顔を上げて見せて下さい。カイル様は悪くはありません。寧ろ最善を尽くして私を助けて下さいました。貴方は見事に任務を果たしました」


「・・・ありがとうございます。その様に言って頂いて、心救われました」


 その後、何時までも家の前で騒ぐわけにも行かず、全員で中に入り、そこでクリストフとも再会を果たした。







「それで、本隊の到着までどのくらい掛かる?」


 椅子に座り、薬草を溶かしたお茶を啜りながらエストに訪ねると、直ぐに答えが返ってきた。


「確かな事は言えないけど、最短で明後日には到着する筈だよ」


「予想よりも早いな」


 俺が、エストの言葉に少し楽観的過ぎないかと懸念を表すと、エストの予想の根拠が直ぐに示された。


「伝令に出した者が戻ってきていてね、それによると、ハンス達の作戦が予想以上に早く終わって、伝令を伝えた時点では、ボリスグラードに全部隊が居たそうなんだ。ただ、弾薬の準備とか部隊教練なんかで、少し時間が欲しいてハンスが言ってたんだ」


 俺はエストの説明を聞いてから、そうかと呟いて、残りのお茶を一息に飲み干した。


「兄さん」


 俺がお茶を飲み終えたタイミングでアルフレッドが俺に話しかけてきた。


「兄さんは如何するつもりなんですか?」


 何を等と聞く必要は無かった。

 アルフレッドが何を聞いているのかなんて簡単に察する事が出来た。


「無論、義務を果たすだけだ」


「その義務とは・・・」


「反逆者は粛清しなければならない」


 俺がそう言った瞬間、アルフレッドが貴族らしからぬ事を言い出した。


「如何してもしなければならないのですか?例えばもっと穏便な方法は無いのですか?」


「愚問だ。国家に対する反逆は、全員一律死刑となる。それは如何なる場合であっても実行される」


 俺の説明にアルフレッドは、しつこく食ってかかってきた。


「住民の殆どはただ流されただけで、首謀者を捕まえればそれで良いでは無いですか。全員を殺す必要は無いはずです」


「それで終わらなければ如何するつもりだ。その方法を態々取るメリットは何だ?第一にどうやって実行するんだ?」


「それは・・・でも、反乱に加担していない人は如何するんですか」


「止めなかった時点で同罪だ」


 アルフレッドに言いながら、俺は何を生っちょろい事を言っているのかと思ったが、そこで、自分が染まってしまったのだと気が付いた。

 だからと言って、方法を変える様な事をするつもりは全く無く、頭の中で戦略を練った。


「考え直して下さい兄さん。こんな事をしても何も生み出しません。どうか、もう一度考えて・・・」


 アルフレッドが言い続ける途中で、俺は言葉を被せて黙らせた。


「お前に何が分かると言うのだ。俺は自分に与えられた義務を全うするだけで、お前にどうこう言われる筋合いは無い」


「兄さん・・・」


「一度反乱が起きてしまえば、他の領に飛び火してしまう可能性がある。例え間諜の仕業であろうと国に反旗を翻した時点で、奴等の運命は決定したのだ」


「・・・」


 遂に、アルフレッドを黙らせる事に成功した俺は、テーブルの上に広げられた地図に目を落として、部隊の配置を決める。

 その間、恨めしそうなアルフレッドの視線を背に感じていたが、完全に無視して、敵を殲滅する準備を進めた。







 その夜、身体の傷が疼いてしまい、眠れなくなった俺は、家の外に出て夜空を眺めていた。

 その時、人の視線を感じた俺は、そちらを向かずに声を掛けた。


「何か話があるのなら出てくると良い。見ているだけならどっかに行け。殺すつもりならお前は暗殺には向いていないから諦めろ」


「・・・」


 俺の言葉を聞いて無言で物陰から出てきたのは、あのアルフレッドの専属メイドだった。


「・・・エルとか言ったな」


「はい・・・」


 たったの一言のやり取りの後、無言のまま暗闇の中に佇んでいた俺達二人は、ある瞬間に視線が合い、それからメイドの方から話しかけてきた。


「申し訳御座いませんでした・・・」


 何が何て聞くまでも無く、伯爵邸での事だろう。

 俺は、頭を下げたメイドに無かって言った。


「この反乱には、あの馬鹿者が関わっているのか」


 俺が、そう問い掛けるとメイドはビクリと身体を震わせて、倒していた上体を起こして背筋を伸ばして答えた。


「間接的にですが・・・アイン様の事で」


 メイドの口から出てきた少女の名に、俺は何となく納得して、更に続ける。


「あの小娘の兄弟でもあの場に居たか?」


「はい・・・」


 その後の話で分かったのは、アルフレッドがここに来た理由だった。

 アルフレッドは領でアインに出会い、彼女の兄を捜すのに協力する事にして、テベリアに来たのだと言う。

 アインとアインの兄は孤児院で育ち、その後アインの兄は孤児院を抜け出して行方知れずとなり、アインはその行方を追って放浪していたらしく、その末にテベリアに来ていると言う情報を入手した。

 そのアインの兄を漸く見付けたと思えば、革命だ何だと言ってテベリアの反乱に加担していたらしく、アルフレッドはアインの兄を助けようとした結果、あの夜の俺とメイドの戦闘に繋がったらしい。


「・・・あの馬鹿が・・・」


 アルフレッドが俺に食ってかかってきた理由も分かった所で、俺はこのメイドを如何してやろうかと思った。


「・・・どうかアルフレッド様は・・・アル様の事は助けて頂けないでしょうか」


「あの馬鹿者を気遣うのに、自分の命乞いはしないのだな・・・」


 俺がそう言うと、メイドは強い意志を滲ませた瞳で俺を見ながら言い返してきた。


「貴方に取って憎むべき馬鹿者でも、私にとっては愛するただ一人の方です。その愛する方の為になるのなら私は喜んでこの首を差し出しましょう」


 言い切って満足げな表情の彼女は、雲の間から伸びてきた月明かりに照らされて、とても美しく気高く尊い存在として俺の眼に焼き付いた。


「何故私にはそう言ってくれる者が居ないのかと膝を着きたくなる言葉だな。あの馬鹿者には過ぎたる女だ」


「・・・」


「安心しろ、あの馬鹿者を処罰すれば俺や家にも累が及ぶ。それはお前を処罰しても同じ事だ」


「では・・・」


「不肖の弟だが、頼んだ」


 俺がその言葉を口にした瞬間、メイドは驚いた様な表情で俺を凝視した。


「どうした?」


 メイドの様子を不思議に思って訪ねると、メイドは恐る恐る答えた。


「いえ・・・意外でしたので」


「何がだ?」


「私はてっきり・・・アルフレッド様の事を嫌っていらっしゃるのかと思っていました」


 と答えるメイドに俺は返した。


「確かにあの馬鹿の事は嫌いだが、それでも奴は俺の弟だ。時間も場所もそれなりに共にしていたし、血の繋がらないとは言え家族なのだ」


 それは、俺の本心だった。

 良く比べられて、アルフレッドの方が贔屓されていた気もするし、俺の欲しい物を何でも持っていて、腹立たしくも感じる。

 しかし、それでも、生まれてからの殆どの時間を共に過ごしてきていた家族なのだから、弟なのだから心配しないはずが無いのだ。

 嫌いなのも確かではあるが。


「俺の心がもっと広ければ、俺達は良い兄弟だったかもしれないな」


 そう呟いた言葉が、メイドに届いたかどうかは知らないが、俺は返事を待たずに、自分に用意された部屋へと向かう。

 傷の疼きは何時の間にかに治まっていた。


「・・・十分に、良いご兄弟では無いですか・・・」


 メイドの言葉は誰も居ない暗闇の中に溶け込んで言った。

 その言葉が本当に誰の下にも届かなかったのかは分からないまま。

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