四十六話 ゲリラ・コマンド
最近、リリアナ嬢の事を良く思い出す。
と言うより、彼女の妄想や夢を見る事が多くなった気がする。
「なんで、こんな時に、あんな女の事を・・・」
「団長?」
隣を歩く兵士が、遂に俺の気でも触れたのかと心配そうに声を掛けてきた。
「イヤ・・・大丈夫だ。俺はまだ正気だよ」
そう言いながら、縄で縛られた俺達六人は、街の広場までの道程を罵声と石やゴミクズを投げ付けられながら歩いた。
「お前達、すまない」
俺が歩きながら部下達に謝罪の言葉を述べると、彼等は笑顔で答えた。
「団長、貴方が謝る事はありません」
「そうですよ、貴方は悪くない。貴方は俺達の為に最善を尽くしてくれたじゃ無いですか」
そう言う彼等の言葉を聞く度に、俺は尚更に申し訳ない気持ちで一杯になった。
「喋るな」
そんな俺達に、俺達を引っ立てているゴロツキが黙るように言った。
そして、とうとう広場が俺達の目に入ると、ソコには六本の柱と、薪やら藁やらが用意されていて、コレから俺達に起こる事が容易に想像できた。
「喜べ。お前達は火炙りにされるんだ」
相変わらずの嫌らしい笑い方のゴロツキがそう言って俺達を脅すが、俺は怯まずに言い返した。
「気をつけろよ」
「何がだ?」
「火遊びして、街を焼かない様に、気を付けろよ」
そう言っている間に、広場に着き、俺達は一人一人柱に貼り付けにされて、足下に薪と藁と、油が掛けられた。
「カイル・メディシア大佐」
ミハイルが芝居がかった風に俺の名を呼んだ。
「私は残念でならない。貴方の様な国のために戦う英雄が、まさか民を虐げるゲルト・ホルスに加担していた何て、実に残念でならない」
ミハイルの言葉に、広場に集まった観衆から俺を非難する声が高まって、石や生ゴミが更に激しく飛んできた。
「私は貴方が、ただ、少しだけ道を誤ってしまったのだと信じたい。ですので今一度貴方に聞きます」
さっきまでとは打って変わって、観衆が静まり返り、俺とミハイルに注目した。
「ゲルト・ホルスの圧政と不正の証拠は何処にあるのですか?また、貴方の知っている事はありますか?」
この場にいる全員が、俺の方を注視して、俺の言葉を待つ。
そんな中で、俺は口を開いて言い放った。
「言ってやろう。ホルス伯爵は人格者であり、今回の貴様らの反乱は、実に愚かな選択だった。彼の方には何の後ろ暗い所は無い。この領を纏めて行くに足る素晴らしい統治者だった」
俺の言葉を全て聞いた観衆は堰を切った様に罵詈雑言を俺に浴びせ掛け、石やゴミを投げ付けて、ミハイルに俺を早く殺せと叫んだ。
「・・・残念だ大佐」
そして、ミハイルが手で部下達に命じると、俺達の足下に松明を持った連中が近づいてきて、火を放った。
藁に火が着き、油の掛けられた薪に引火すると、一気に燃え上がり、俺の足に火が届いて熱くなってきた。
その様子をみた観衆からは大きな歓声が上がり、盛り上がりは最高潮に達した。
「団長!!」
何処からか、俺の名を呼ぶ叫び声が聞こえたかと思ったら、聞き慣れた破裂音が広場に響いた。
「何!?」
「団長!」
一番近くにいた部下に促されて、広場を囲む家の屋根の上を見ると、そこには十人ばかりのライフル兵が居て、敵に銃撃を浴びせていた。
「何故?」
と俺が口にすると、それに答える者が現れる。
「貴方を助ける為に決まっているでしょう」
気が付けば、俺の足下の火が消し止められていて、一人のライフル兵が俺を吊している縄をナイフで切ろうとしていた。
「逃げろと言ったはずだ」
俺が言うと、彼はあっけらかんと答える。
「あの場では命令に従って退却しましたが、その後の指示は貰っていません」
俺を縛っていた縄が切られ、自由の身になった俺が縛られていた手首を擦っていると、カービンと弾囊が手渡された。
「どうぞ」
「・・・感謝する」
礼を言いながら、カービンを手に取り、弾囊を身に付けて、俺はミハイルの方に銃口を向けて引き金を引いた。
「クソッ!!早く連中を始末しろ!!」
大声で命じながら後ろに下がるミハイルに対して、俺は言った。
「ミハイル!!俺は有言を実行するぞ!!」
「団長!引き上げます!」
と言って俺の手を引こうとする兵士に俺は言う。
「彼等がまだ残っている!」
この時点で、助け出されたのは俺一人だけで、他の五人は、未だに柱に括り着けられて、火炙りにされたままだった。
俺が五人を助ける様に言うと、その兵士は眼を伏せながら言った。
「時間がありません。彼等は・・・見捨てます」
頭では分かっていた。
彼等を助け出す時間は無いと言う事を理解していた。
しかし、俺の感情的な部分がそれを否定して、彼等を助け出せと叫んだ。
その時、何時も俺に心配の声を掛けてくれていた兵士が叫ぶ。
「団長!行って下さい!!」
彼は、既に腰までを火にまかれて苦悶の表情をしながら、俺に逃げろと叫び、その後に続いて他の四人からも逃げろと言う声が俺に掛けられた。
「団長!」
「カイル団長!!」
「・・・っく!」
「もう時間がありません!早く!」
「クソッ!!」
俺は声の限り叫びながら、彼等に背を向けて広場を後にした。
背後からは、置き去りにした者達の生きながらに身を焼かれる断末魔の叫びが聞こえ、それが俺の心に重くのし掛かって、俺の脚を止めようとする。
それでも俺は走り続けた。
「大丈夫ですか?」
アレから数時間、林の中で切り株に座って手当を受ける俺に、声が掛けられた。
「問題ない」
それに毅然と応えて無事な様子を部下達に見せ様としたが、やはり、何処かぎこちなくなってしまった。
耳に残る彼等の叫びと、牢の中でのやり取りを思い出しながら、俺は呟いた。
「俺は、あと何人の部下を殺せば良いんだろうな・・・」
その呟きに答える者は誰も居らず、俺は更に気が落ちて項垂れていると、森の中を、此方に向かって近づいてくる足音が聞こえてきた。
「っ!」
全員に緊張が走り、銃口を足音の方に向けて構えていると、その足跡の主が直ぐに現れた。
「ヘンリー!」
驚いた俺が名を呼ぶと、愛馬は俺の下へとよってきて、傷だらけの歪んだ顔に額を擦り付けて、甘える様な仕草を見せる。
「何故ここに?」
ヘンリーは皇女を乗せて国境の方へと向かわせた筈だったのだが、それがここにいる事に疑問を感じ、皇女立ちに何か有ったのかと心配になる。
しかし、その心配が杞憂である事が直ぐに分かった。
「コレは・・・書簡か?」
ヘンリーの鞍には、一枚の羊皮紙が丸められた状態で括り付けられていて、その内容は皇女たちが無事に国境を越えて、安全が確保できた事と、暴れるヘンリーにこの書簡を着けて放したと言う事がエストの字で書かれていた。
「そうか・・・無事だったか」
皇女達の無事を知ってホッと一息着いて、改めて、俺はヘンリーの首や鬣を撫でながら声を掛けた。
「良くやったなヘンリー。お前は最高の相棒だ」
俺の言葉に返事を返すように小さく鳴いて、俺の怪我を心配するように俺の頬を舐めた。
「さて・・・」
一頻りヘンリーの労を労い、落ち着いたところで、俺は二十人の部下達に向いて話を始めた。
「お前達、良くやってくれた。礼が遅れて済まない」
「いえ、我々の方こそ、救出が遅れてしまいました」
先ずは、互いに謝罪と礼から始まった。
「この先の事だが、俺はコレから皇女達に追い付いて、兵団本隊と合流する。その後この領で起きている反乱の鎮圧に乗り出すつもりだ」
俺の言葉に、部下達は揃って無言で頷きながら俺の眼を見る。
「エストなら、既に本隊に伝令を送っている筈だし、アラン中尉なら間違いなくハンスにその事を伝えるだろう。ハンスも情報を聞けば作戦を中止して集合して、此方に向かうはずだ」
期間的に、ハンス達の作戦は佳境を迎え、今から二日前にはハンス達に状況が伝えられている筈だ。
それから兵団の集結と、国境までの移動などを考えて、最短で一週間も有れば国境に全戦力が整って直ぐに行動に移せる様になっていると考えた。
「兵団が揃っているならば、反乱軍を皆殺しにするのに一週間も有れば十分だが、念には念を入れて、より確実に攻撃を成功させるために、お前達にもう一働きしてもらう」
「応っ!」
俺の言葉に揃って頷いて、俺の次の言葉を待つ彼等に、俺は作戦の説明をする。
「まず、最優先は敵の戦力とその配置の把握、それから装備や兵站の状況だ。領内のどの程度の範囲の領民が今回の事に加担しているのかが知りたい」
国家反逆罪に対する処罰は一律死刑であり、見付け次第に実行せねばならないと言う法律があり、軍人として俺は、忠実に実行する義務がある。
しかし、こう言った大規模な反乱などの場合
一々個人を特定して処罰する事など到底不可能であり、そう言う場合、反乱の起こった村、街、領、地域、の特定の範囲内全体を虱潰しにするのが通常である。
その為、取り敢えず領都にいる領民や傭兵は文字通り皆殺しにするのが決定で、あとは付近の村や町も反乱分子をあぶり出して処刑にする。
ミハイルやその仲間達から得られた情報によると、反乱は領内の広範囲で行われているらしく、下手をすれば、領を丸ごと掃討する必要があった。
しかし、俺個人としては、そんな手間の掛かる事をしたくは無いし、無実の人間を無実と知りながら処罰するのも気が引けるため、反乱の確認された範囲内だけを掃討したいと考えていた。
「お前達には、反乱の範囲を調べるのと、反乱地域内の敵戦力、補給を調べて貰いたい。序でに、余裕があれば敵の補給線や物資保管所、小規模な拠点の破壊も頼む」
サボタージュ、スカウト等の所謂ゲリラ・コマンドと言われる特殊作戦を彼等に命じた。
敵は烏合の衆と言えど、兵団の数倍の兵力を誇ると思われる為、できる限り消耗させておきたいと考えてのゲリラ・コマンドだ。
兵団の攻撃開始まではさほど時間が掛からないと思われるが、敵の戦力を削いでおくに越したことは無く。
俺は今までに無いほどヤル気に満ちていた。
「それでは、作戦開始」
ヘンリーに跨がって、彼らに言うと、俺は一路国境へと向かった。




