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四十五話 自白の強要

「良くやったなカイル」


 父上が、そう言って俺の頭を撫でる。

 大きくて暖かい掌が頭覆い、長い指で俺の髪を梳く様に、優しく撫でてくれる。


「頑張りましたねカイル」


 そう言って、母上が俺を後ろから抱きしめて、耳許で褒めてくれる。

 優しく慈愛に満ちた、俺を慈しむ声が、俺の鼓膜を震わせて脳を揺らす。


「カイル、お前は私達の誇りだよ」


「カイル、私の可愛い息子」


 そう言われる俺は、これまでに無いほどの幸福感に包まれて、思わず頬が緩んだ。


「お兄様!」


「兄さん!」


 何処かからか、俺の可愛い妹と弟の俺を呼ぶ声も聞こえてきた。


「カイル様」


 そして、美しい婚約者の美しい声が聞こえてきた。


「リリー!」







「・・・リリー!」


 婚約者の愛称を叫びながら、俺は目を覚まして上体を起こした。

 そいて、目に入った汚らしい石壁が目に写り、周囲を見回して、俺を呆然と見詰める部下達を確認して、漸く夢だったことに気が付いた。


「大丈夫ですか?」


 と声を掛けてくれたのは、前と同じ人物だった。

 俺は、心配そうに俺を見る彼に、安心させる様に返した。


「ああ・・・大丈夫だ・・・」


 喋ろうとして、口の中が酷く痛む事と、身体を向けようとして、全身が生林小用に重いことに気が付いた。


「無理をしない方が良いですよ」


「その様だな・・・」


 再び、仰向けに石の床の上に寝転がって、状況を整理する。


「・・・どれくらい・・・寝てた?」


 と聞くと、誰かが直ぐに答えてくれた。


「半日程です」


「そうか・・・」


 だとすれば、もうじき日が昇る頃だろうか、日が昇れば、また、尋問かなどと考えていると、俺の予想を裏切って、昨日と同じく男達が牢に入ってきて、俺を連れ出した。


「・・・また、マッサージしてくれるのか?今日は脚の筋肉を解してくれよ」


 意外な事に、俺はまだまだ減らず口を叩ける程余裕があったらしく。

 そんな風に挑発の言葉を口にすると、一人の男が俺の腹を殴ってきた。


「っぐ!」


「口を利くな」


 引きずられる様に連れて行かれた場所は、昨日と同じ部屋で、ソコには既にミハイルが待ち構えていた。

 俺は、部屋の中に用意されていた椅子に座らされると、早速ミハイルを挑発する。


「よう、良く眠れたか?お前みたいな気が小さい奴は些細な事で直ぐに凹むからな、気を付けろよ?」


 昨日同様、言った瞬間に左の頬に拳が叩き込まれて、口から血と唾を吐いた。


「貴様は、本当に口の減らない奴だな」


「・・・ありがとよ、お前が貧弱なお陰で自信が持てる」


 今度は右の頬に衝撃が走った。


「貴様は自分の置かれた状況が分からないのか?」


 と言われて俺は、やはり挑発で返す。


「分かってるさ・・・お前のお守りだろ?」


 もう一度、右の頬を殴られて、俺は目がチカチカと星が瞬くのが見えた。


「正直予想外だよ、君がこんなに我慢強い愚か者だとは思いもよらなかった・・・」


「俺も予想外だ。世の中にはお前ほど貧弱な奴がいるとは・・・」


 今度は言い切る前に、腹に蹴りがめり込んで、最期まで言うことが出来なかった。


「同じ事を何度やっても意味が無い。今日は昨日とは違うアプローチをしてみよう」


 そう言った瞬間、部屋の中に四人の男が入ってきて、俺を担ぎ上げた。


「楽しんでくるといい」


 そう聞こえたのを最後に、俺は部屋から連れ出されて、中庭に用意されていた十字に貼り付けにされた。


「おい、坊ちゃん。さっさと言う事言っちまった方が良いぞ?」


 ニタニタと黄色い歯を見せ付けながら言うのは、傭兵かゴロツキの類いの様な男で、他の三人も似たような奴だった。


「此方こそ、先に言っておいてやろう」


「?何だ?」


「俺を殺すなら今の内だぞ。でなければお前らを皆殺しにしてやるからな」


 俺の言葉をきいて一拍置き、互いに顔見合わせてから、ゴロツキ共は声を上げて笑い出した。


「そりゃ怖いな!」


 その次の瞬間、俺は胸に鋭い焼ける様な痛みを感じ、耳に独特の空気のはじける音が届いた。


「っ!!」


「どうだい!坊ちゃん!コレが鞭って奴だ!」


 二度三度と続けて、鞭は振るわれて、その度に肉の削げる様な痛みが胸に走った。


「どうだ?何か喋るか?」


「おお、喋るよ」


 と俺が言うと、鞭が振るわれるのが止まり、俺に近づいてきた。


「最初から素直にしてりゃ良かったんだよ」


「ほれ、早く言え」


「ああ・・・悪かったな・・・実はな・・・」


 一呼吸置いて、俺は口を開いた。


「お前の臭いが酷すぎて、何も聞いてないんだ・・・もう一度最初から説明してくれないか?」


 と言えば、帰ってきたのは、さっきまでよりも強力な鞭の一撃だった。


「面白ぇ・・・とことんやってやるよ」







「今日はこの位にしといてやる・・・」


 息を切らせたゴロツキが今日の尋問の終了を告げ、俺を縛り付けたまま去って行った。

 日は既に半分ほどが山の向こうに消えていて、どうやら俺は、一晩ここに捨て置かれる事になるようだった。


「・・・こんな時に、ランボー思い出すとか・・・俺も案外しぶといな・・・」


 自嘲気味に呟いた俺の言葉を聞く者は誰もおらず、徐々に冷えてきた外気が、傷口にエラく染みた。


「ああ、チーズが食いたいな」


 痛みと寒さから気を紛らわせようと、取り留めも無くどうでも良い独り言を、自然に始めた、俺は、気が付いたら、眼から涙が流れてきている事に気が付いた。

 磔にされた状況では、涙を拭う事も目頭を押さえる事もできずに、ぼやける視界の中で、平穏な日々に思いを馳せた。


「・・・どうして、こうなったんだろうな・・・」







 二日目、日が昇って暫くすると、ゴロツキ共がやって来て、声を掛けてきた。


「喋るなら今だぞ」


「案外優しいんだな。俺なら問答無用で始めてるぞ」


「じゃあ、望み通りにしてやる」


 その日の会話はそれだけで、日が沈むまでひたすらに暴力に晒され続けて、意識を失ってしまった。







「お貴族様のクセにしぶといな」


 三日目の朝は、その言葉で始まった。

 既に来ていた服は原形をとどめず、身体中がミミズ腫れで一回り大きくなってしまい、一応白人に分類されている筈の肌が、紫色に変色してしまっていた。


「今日は昨日までとは違うぞ」


 そう言って取り出されたのが、赤く赤熱したナイフで、この後、そのナイフで身体中に斬り付けられ、ミミズ腫れの上から切り傷と火傷が追加された。







 四日目、昨日の午後くらいから、俺は自分の左目が見えづらくなっている事に気が付いた。

 詳しくは、どうなっているのか分からないが、少なくとも、今後今よりも良くなる事は無いと直感していた。


「・・・」


 既に、身体も精神も限界を迎え、喋ることは愚か、息を吸う事ですら難儀するほどに消耗しており、いっそ死んだ方がマシに思えてきた。


「・・・?」


 気が付くと、目の前に初日にあった青年が立っていた。


「・・・何しに来た・・・」


「・・・何故」


「・・・?」


「何故、ソコまで出来るんだ。何が、貴方をソコまでさせるんだ」


 そう、思い詰めた表情で問い掛けられた俺は、思わず、答えてしまった。


「意地・・・矜持・・・誇り・・・色々呼び方はあるかもだが・・・単なる痩せ我慢だ・・・」


「・・・」


「別に、国の為にとかそんな大層な理由で我慢しているんじゃあ無い・・・ただ、今ここで折れたら、俺は後悔する」


「・・・」


「俺は、後悔したくないから。だから、やせ我慢を続ける」


 無言で俺の眼を見詰める青年に、俺は素直に話した。

 俺の話を聞いた青年は、何か衝撃を受けたような様子で、なにっも言わずに俺の前から去り、その後に来たゴロツキによって、今日も俺は痛め付けられた。

 しかし、青年に話した事が関係しているのか、俺は殆ど折れかけていた自分の精神を再び立ち直らせて、耐えることが出来た。

 焼けた鉄を押し付けられ、錆びてボロボロになった切れ味の悪いナイフで身体を傷つけられて、手足の爪を剥がれ、意識を失う直前までいたぶられたら水責めにされ、それでも俺は、決して弱音を吐かない。

 コイツらの求めている言葉を絶対に口にはしなかった。


「もう、諦めたらどうだ?言えば楽になるぞ?」


 そう言って、俺の口からホルス伯の事実無根の罪を白状する様に言われるが、俺は、それでも返してやる。


「クソ・・・食らえだ・・・馬鹿野郎」


 息も絶え絶えにそう言うと、パチパチと一人分の拍手が聞こえてきた。

 その、拍手の主は、ゆっくりと俺に近づいてきて、俺に声を掛けた。


「見上げた心意気だな大佐」


 その声はミハイルの物で、俺は、顔を上げる事が出来ないために、奴の顔を見られ無かったが、どんな表情で俺を見ているのかは想像がついた。


「正直、ここまで持つのは明らかに俺の予想外だった。君は、もっと根性の無い男だと思ってたよ」


「へっ・・・有りもしない事実を言えるほど・・・俺は器用じゃ無いんでね」


「なるほど、なら俺が台本を用意してやるから、それを読むと良い」


「お前の書いた字じゃ・・・汚くて読めねぇな」


「・・・相変わらずの減らず口だ」


 ミハイルは、何かを手にすると、俺に近づいてきて、俺の首を掴んで締め付けながら無理矢理に顔を上げさせた。

 奴の顔が俺の眼に写ると同時に、左胸に灼熱の痛みが俺を襲った。


「ぐおおおおおっ!!!」」


 痛みの正体は、赤熱したナイフが、ゆっくりと俺の左胸に突き立てられている事による物で、奴は俺の苦しむ様を見ながら、今度はナイフをグリグリと捻りながら深く押し込んだ。


「どうだ?苦しいか?・・・なら、早く楽になれ。俺の聞きたい事を言ってくれ」


「ぐっ!!!!!」


 最早、声にならない悲鳴を上げながら、俺はそれでも首を横に振った。


「強情な男だ」


 漸く、ナイフが引き抜かれると、俺の鼻腔を自分の身体が焼けるイヤな臭いがくすぐった。


「・・・しょうが無い。君から事実を聞き出せなかったのは痛いが・・・まあ、そんな物無くてもどうとでもなるか」


「・・・?」


「君はもう、用済みだ。明後日に君を部下共々処刑してやろう。せめて、この地の未来の為に役立ってくれ」


 そう言って、ミハイルは背を向けて去って行った。

 俺は、貼り付けから下ろされて、地面を引き摺られて久し振りの牢屋の石畳に投げ出された。


「団長!」


「・・・ああ」


 牢で俺を待っていたのは、随分久し振りに感じる部下達の姿で、彼等も多かれ少なかれ、身体を痛め付けられた後が残っていた。


「大丈夫・・・か?」


「ええ、大丈夫です!俺達は大丈夫ですとも!」


 泣きながら、俺の問い掛けに答えた兵士は、俺の顔を何かの布で拭ってくれた。


「済まない・・・どうやら、俺達はここで終わりらしい・・・」


「団長」


「済まなかったな・・・」


 その言葉を最後に、俺は意識を手放して久し振りの睡眠に入った。

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