四十四話 最高の夢、最悪の現実
題名変えてみました。
何と無く台詞調の題名を仮の題名にしていましたが、センス皆無ながら考えて着けてみました。
おかげで余計分かり難くなった気もしますが・・・
「・・・んむ?」
「目を覚まされましたか?」
俺が思い瞼を開け、ぼやける視界が定まってくると、ある人物が浮かび上がって来た。
「リリアナ嬢・・・?」
俺の目の前、俺を見下ろすような形で不仲の婚約者の顔が映り込む。
目鼻立ちのクッキリとした美麗の顔の長い睫毛の数が数えられそうな程の距離の彼女は、柔和な微笑みを浮かべながら、俺の髪を撫でていた。
「何故・・・リリアナ嬢が?」
余りの事態に状況が飲み込めず、思考が着いて行かない俺が呟くと、それを確りと聞いていたリリアナ嬢が言葉を返す。
「何故も何も・・・当たり前ではありませんか」
「え?」
「大丈夫ですか?私の呼び方も昔みたいで可笑しいですよ?」
と微笑みを浮かべながら言う彼女は、そう言いながらも俺の髪を撫でるのを止めず、俺の右頬に手を這わせてくる。
「昔みたい?」
「ええ、何時もみたいに呼んで下さい」
何時もみたいにとは、と疑問に思った瞬間俺の頭に、その呼び名が浮かぶ。
俺は、その呼び名を素直に口にした。
「リリー・・・」
「はい。カイル様」
そして、今、漸く自分の置かれている状況、体勢に気が付いた。
先程から、後頭部に柔らかい物が敷かれていると思ったが、それは彼女の太腿で、それを意識した瞬間、甘い花の蜜の様な香りが鼻腔をくすぐった。
「カイル様」
「な、何だ?」
呆然とする俺に彼女が話しかけてきて、今までに経験した事の無い事態に驚きながら返事をした。
「式の事なのですが、カイル様は何方をお呼びするのですか?」
と訪ねられた俺は、ある疑問を口にしてしまった。
「式?」
「もう・・・惚けないで下さい。わたくし達の結婚式の事です。まだ、寝ぼけておいでなのですか?」
彼女は俺の額を人差し指でトンと突いて、クスリと笑い、俺の見た事の無い表情で、俺の聞いた事のない声色で説明する
「カイル様はお知り合いがとても多いですから、少し大変ですね」
と、そう言う彼女はとても困った様に見えず、ともすれば、楽しそうに、そんな事を言った。
「皇太子殿下に皇女殿下、ローゼン公爵家の方々、宰相閣下、陸軍卿を初めとした軍部の方々、招待状を書くのには苦労しそうですね」
「・・・ああ、そうだな」
この状況に段々と慣れてくると、俺はこれ以上無いほどの幸福を感じ、再び瞼を閉じて彼女の美しい小鳥の歌声の様な声に耳を傾けて、意識を暗闇の底へと堕としていった。
「・・・んむ?」
「目を覚まされましたか?」
再び目を覚ました時、さっきまでとは明らかに違う事に俺は気付く。
何故ならば、俺の鼓膜を震わせるのは野太く逞しい男の声で、俺が身体を横たえて頭を着けているのは硬くジメジメした石畳だったからだ。
「・・・何故・・・リリーが居ないのか・・・」
そう口を吐いた俺に、男が答えた。
「団長・・・寝惚けているのですか?」
ぼやける視界が徐々にハッキリとして来ると、俺は自分の置かれている状況に直ぐに頭が追い付いて、意識を切り替えた。
「いや、済まんな・・・状況を教えてくれ」
男、一緒にここまで皇女を護衛してきたライフル兵の一人に俺が声を掛けると、彼は直ぐに答えてくれた。
「はっ!報告します。現在人数は団長以外6名、全員ライフル兵であります」
「怪我は無いか?他の者は如何した」
「ここに居る者は掠り傷程度です。他の者は戦死しました。伯爵邸の者は分かりません」
「分かった」
簡潔明瞭、俺の教えた通りに軍人らしく答えてくれた彼に短く礼を言って、俺は僅かに痛む後頭部に手を当てながら、夢の事を思い出してそれを振り切った。
「大丈夫ですか?お怪我を?」
「いや、問題ない」
心配してくれる彼に短く返しながら、この場に居る者達を見回した。
「第1、第2分隊の者は居るか?」
「・・・」
返事は無かった。
ここに居るのは全員が第3分隊の者で、どうやら第1第2の者は上手く逃げられたか皆殺しにされたかのどちらかの様だった。
「今はどのくらい時間が経っているか分かるか?」
次の俺の質問に一人が答える。
「恐らく、丸一日は経っているかと思われます」
「根拠は?」
「上から響いて来る生活音から推測しました」
「そうか・・・」
一体これから如何したものか、逃げるにしても方法は思い浮かばないし、逃げ出せても装備も無い支援も無い状況では直ぐに掴まるか、殺されるかのどちらかだと分かり切っている。
俺一人ならば挑戦しても良かったが、コイツら無策の行動に巻き込む訳には行かなかった。
「団長」
「何だ?」
無い頭を搾っている所に、一人の兵士が訪ねてきた。
「我々は、どうなるのでしょうか」
その言葉と同時に、全員が俺の方に注目し、俺の答えを待つ。
俺は、彼等の命を握っていると言う事実が、より一層強調されている状況に、冷や汗が流れるのを感じながら俺の予想を言う。
「このままだと殺されるだろう。リンチに遭うか拷問に掛けられるか、もしくはその両方か・・・少なくとも五体満足では居られないだろうな」
俺の言葉に表情を強張らせて、この先の境遇に思いを馳せる彼等に、俺は何と言って良いのか分からなくなってしまった。
そんな時、足音を響かせながら誰かが牢の前にやって来て口を開いた。
「カイル・メディシア」
俺の名を呼ぶ奴の顔は暗い牢の中では良く見えなかったが、俺はソイツの方を向いて答えた。
「俺がカイルだ。コイツらの指揮官だ」
「・・・」
俺が答えると、男は後ろに伴っていた男達に目配せし、再び足音を響かせながら来た道を引き返していった。
「来い」
男達は、剣や棍棒を手に取りながら牢の扉を開いて、俺に牢の外に出るように促した。
それに対して、俺は抵抗はせずに、大人しく従う事にした。
「団長・・・」
「カイル団長」
牢の外で、腕に鎖の拘束具を取り付けられている俺を見て、牢に残っている五人が心配そうに俺を呼んだ。
「大丈夫だ・・・心配するな」
俺は、彼等にそう声を掛けると、後ろから尻を小突かれて歩き出した。
暗くジメジメした牢獄の中を暫く歩くと、光の刺す階段へと連れられて、目を眩ませた俺はおぼつかない足取りで促されるままに階段を上った。
「ここは・・・」
階段を登った先は、伯爵邸の裏庭で、あの牢は伯爵邸の地下牢だったらしい。
裏庭から空を見上げると日が山脈に沈み始めていて、時刻は午後四時頃だと推測が出来た。
「歩け」
再び、尻を小突かれた俺は足を動かして、先導する男の後ろに着いて歩き、玄関に回って屋敷の中へと入っていった。
「入れ」
凄惨な戦いの後が残る戦トランスを抜け、階段を上がり、俺が通されたのは、奇しくも俺の泊まっていた一室だった。
そこで、扉が開けられて、言われるままに中に入ると椅子に座らされ、先に中に居た男が俺の方を振り向いた。
「・・・」
「・・・」
歳は十八、九と言った様子の、薄い茶髪に少し濃い肌の色の青年で、穏やかな優しそうな印象の顔立ちだった。
目測で175㎝程のさして高くない身長に痩せ型の厚いの無い身体も相まって、非常に頼りない弱々しい男だった。
「君に聞きたい事があります。メディシア中佐?」
俺は、そう声を掛けられて、努めて不機嫌そうな声色で言い返す。
「大佐だ」
自分の階級を間違われた事に、実際に少し腹が立ちながら返すと、彼は直ぐさま謝罪した。
「失礼しました・・・では、メディシア大佐」
「何か」
「貴方に聞きたい事があります。メディシア大佐」
まるで、俺の方が尋問しているのでは無いかと錯覚するほどに、彼の物腰は低く、到底、こう言った役回りには向いていないように感じた。
「この領の運営に関する書類等の行方に着いてお聞きしたい」
「・・・」
「ゲルトの執務室や書斎を調べて出てきた分以外の書類の心当たりは?」
言っている事の意味が理解できなかった。
コイツらは、そんな物を手に入れてどうしようと言うのか、俺はそれを訪ねた。
「そんな物をお前達が如何すると言うのだ」
「この領で長年行われてきた不正を正す。そして、コレからは皆で考えて、皆で決める新しい政治を始める」
どうやら、この男は何か勘違いしているらしい。
「お前は思い違いをしている」
「何?」
「お前達が思っている様な不正など無い。お前達が言う所の悪政とやらは、端からこの領では行われてなどいない」
俺は、俺の知る限りの事実を、彼に話してやった。
信じられないと言い、増税の事を引き合いに出せば、領の資金難と必要な河川の工事の事、街道の整備費用の事を教えてやった。
「そ、そんな・・・じゃあ、いきなり徴税に来たのは!?」
「前領主の残した戦費分の補填だ」
「若い男が連れて行かれたのは!」
「あの時は何処の領でも徴兵が行われていた。お前達だけでは無い」
「ゲルトは私腹を肥やして、贅の限りを・・・」
「この屋敷を見て、そんな事が言えるなら、貴様らの発想は余りにも貧困だ」
一つ一つ、彼の言う事に事実で返してやると、段々と言葉に勢いが無くなり、声も小さくなっていった。
「じゃあ、僕たちのした事は・・・」
「ただの勘違いと、国家に対する反逆」
完全に消沈して項垂れて、口から漏らした言葉に俺が答えてやると、更に深く頭を垂れた。
しかし、その後直ぐ、彼の態度が豹変した。
「いや、嘘だ!大佐は都合の悪い事を隠している!正義は僕達にある!!」
遂に気でも触れてしまったのか、そう大声で叫ぶ彼を見ながら、俺はある疑問が浮かんだ。
それは、彼等の言っていた文言の民主政治と言う部分だ。
現在、俺の知る限りで民主政を敷いている国は、ザラス共和国位で、あの国の市民革命も、国境の田舎領で領主に対する反乱から始まって、それが各地から中央に向かって広がっていったと聞いている。
こんな北の国境の田舎町の、まともな教育を受けた事の無い様な連中に民主政だの議会だのの発想が思い浮かぶ何て事は考えにくく、この男のさっきまでの様子から察せられる頭脳の事も考えると、明らかに黒幕がいる事が予想された。
「お前、民主だの独立だの、そんな言葉何処で聞いた」
俺がそう問い掛けると、彼は簡単に答えた。
「僕達のリーダーが考えた。西隣の共和国の考え方にならったらしい」
要するに共和国からの間諜の入れ知恵と言う事かと納得した。
「素晴らしい考え方だ。国や領の在り方を僕達の総意で決めることが出来る。もう、貴族にヘコヘコしなくても良くなる」
随分と上っ面な部分だけを聞きかじって判断している様だが、所詮は無学の民という事か、生まれてから時の読み書きすら出来ない奴なんてこんな物かと、前世とのギャップを感じた。
コイツは、俺が民主政治に興味を持ったと勘違いでもしたのか、薄っぺらな政治論を俺に語り出し、俺が捕虜で貴族で軍人だと言う事など忘れてしまったかの様だった。
そこへ、新たな人物が、俺の目の前に現れた。
「どうだ、何か情報は聞き出せたか?」
扉を開け、背後から俺の前にでて、彼に尋ねるのは、以外にも俺と同じくらいの歳の、端整な顔立ちの男だった。
「ミハイル君。残念だけど何も聞き出せていないんだ。中々強情で嘘ばかりついてくる」
ミハイルと呼ばれた少年は、俺の方を向いて、俺の顔を覗き込み、話しかけてきた。
「カイル・メディシア、メディシア家の長男にして王国陸軍の中佐」
また、中佐と言われた俺は、その事を確りと訂正する。
「大佐だ」
「何?」
「俺は大佐だ。中佐では無い」
「そうか、まあ、良い」
俺の言った事など興味が無いと言った風に、返して、再び口を開く。
「カイル大佐、いい加減に白状したらどうか?ゲルト・ホルスの悪政に関する事を洗い浚い話して、君の罪を少しでも償おうと思わないのか」
実に胡散臭い物言いのこの少年を、俺は最初の一言目から大嫌いになった。
だから、俺は言ってやる。
「クソ食らえだ馬鹿野郎」
その瞬間、俺は左の頬に強い衝撃を受けて、脳が揺さ振られ、視界がぶれるのを感じた。
「・・・っぶ!」
口の中に血の味が広がり、一気に液体に満たされたのお感じて、口の中の液体を足下に吐きかけた。
口から放出された液体は真っ赤に染まっていて、完全に口の中が切れている。
「大佐、私は無学な物でね・・・だから気が短いんだ。もう一度聞くから、真実を話してくれ」
そう言われても俺はもう一度言ってやった。
「クソ食らえだ」
今度は鼻に拳がめり込んだ。
鼻の潰れるイヤな音が脳内に響き、痛みと共に鼻の奥から液体が流れてくるのが感じられた。
「・・・この程度か?クソッタレ・・・コレならガキの拳の方がよっぽど聞くぞフニャ魔羅野郎」
「君は、よっぽどのマゾのようだな・・・大佐!」
無防備に座っている俺の腹に前蹴りが入り、椅子毎後ろに倒れた俺は、更に顔面を踏みつけられ、そのまま、グリグリと床に押しつけられた。
「大佐・・・似合わない我慢は止めろ。君は本当は弱虫で、痛いのが大嫌いな腰抜けだろう」
俺の顔面に置かれていた足が退けられて、俺の事を見下ろしながらミハイルが、知ったような口を利く。
それに対して俺は、言い返す。
「それで脅しのつもりか?貴様が俺の何を知っていると言うのだ。この程度の事、俺に取っては珍しくも無いし、貴様の幼稚な暴力など取るに足らん」
「口の減らない奴だな君は!」
俺の物言いに腹が立ったのか、語気を荒げて、再び俺に対する暴行を加え始めたミハイルは、徐々に息を荒くし顔を真っ赤にしながら、俺の腹を蹴り、顔を蹴り、うつ伏せになった俺の背中を思いっきり踏みつけた。
「良いだろう!お前が!そんなに!痛いのが良いのなら!!容赦なくやってやるよ!!」
一言喋る度に、何かしらの攻撃を加えてきて、流石に意識が遠のきかけたが、奴はそれを許さなかった。
俺の反応が薄くなるのを見て、近くにあった水差しの中身を俺にぶちまけて、更に水差し自体で俺の後頭部を殴打した。
「休めると思うな!!俺を虚仮にしやがって!!お前程度の府抜けたボンボンの勘違い野郎に!!」
「・・・利かねぇな・・・マッサージは終わったか?」
息を切らせて、攻撃の手を止めた奴に、それでも俺は挑発した。
別に何か策があるわけでも無く、ただ単に意地とコイツに対して言って何か言ってやりたいが為に俺は挑発した。
「ぐっ!貴様ぁ!!」
「そうやって直ぐに・・・頭に血を上らせる辺りが・・・貴様の程度の低さを物語るな・・・」
次の瞬間、俺は、自分の眼前に迫る何らかの木製の棒見て、意識を手放してしまった。




