四十三話 伯爵邸の戦い
帝国から出たと言うことで、日常は終わりです。
果たして日常だったのか疑問ですが
「我々に自由を!!」
「封建社会に終止符を!!」
「圧政に屈するな!!」
等と勝手な事をほざきながら群がるウジ虫共は、つい先程、正面の門を突き破り、屋敷の周りを取り囲んだ。
「団長!!玄関が破られそうです!!」
一人のライフル兵が声を上げた。
近くの窓から様子を見ると、閉ざされた玄関の扉を手製のラムで破ろうとしているのが見えた。
俺は、窓から離れて、指示を飛ばす。
「油をぶっ掛けてやれ!!」
あらかじめ調理場で鍋に油を注いで火に掛けておいた物を、上から掛けるように言った。
その命は直ぐに実行に移され、三百度近くまで熱された油が玄関付近の連中の頭に降り注ぎ、同時に凄まじい悲鳴が響いた。
「第二分隊エントランスに集合!」
ライフル小隊を三つの分隊に分けた内、第二分隊に玄関に集まるように命じ、既に玄関の死守のために戦っていた第一分隊と合流させた。
「この扉はもう保たない。一階は放棄する」
この屋敷は三階建てで、二階へ上がる階段はこのエントランスホールにしか無い。
エントランスから奥に入ると食堂へ、左右の廊下は客間に通じ、階段は廊下の直ぐ側に左右に別れて二階に繋がっている。
一階を放棄すると決めて直ぐに、一階に残っている者を全員二階に上げて、エントランスの二つの階段にそれぞれの分隊を配置し、丁度玄関の扉付近で両分隊の射線が交わる十字射撃を行う。
「第一、第二分隊二列横隊!」
二階までの吹き抜けになっているエントランスホールの、両分隊に指示を出しつつ、一階を見下ろす事の出来る中央に俺は立ち、カービンを構えた。
「「「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
ミシミシと扉から音が鳴り、亀裂が入りながら一部が剥がれ落ち、扉の奥の連中の顔が見え始めた。
更にもう一度、ラムが叩きつけられると、扉の亀裂は更に大きくなり、穴も数も大きさも増して、後一度衝撃が加われば破壊されそうになる。
そして、後ろに下がったラムがもう一度勢いをつけて突進してきた直後、俺は声を上げた。
「第一、第二分隊後列撃て!!」
扉が破られる直前、ボロボロの扉に向かって斉射を行い、放たれた光弾が扉の奥の敵を撃ち抜くばかりか、飛び散った扉の破片が周囲にいた人間に襲い掛かる。
「後列弾込め!前列撃て!!」
負傷した同胞を乗り越えて、玄関に殺到する敵に向けて第二撃が与えられて、玄関が一瞬にして血に染まり、集団から悲鳴が上がった。
「突っ込め!突っ込め!!」
それでも奴等は諦めずに入り込んでくる。
だが、俺にとって今の状況は最高に敵を殺し安い状況でもある。
「一分隊後列撃て!」
自分自身、カービンを連射しながら、号令を発し、第一分隊後列の射撃後直ぐに第二分隊後列に射撃を命じる。
「第一分隊後列弾込め!第二分隊後列撃て!」
良くを言えば、今の倍の人数で十字射撃を出来れば正面を破られる事は無いと言い切る事が出来た。
しかし、無いものねだりをしても仕方が無い。
俺は今できる最善を尽くしてここを阻止する。
「行けぇ!!勝利は目前だ!!」
もう既に両分隊合わせて八回も斉射を浴びせているが、奴等は全く怯まない。
寧ろ勢いを増して玄関に殺到し、射撃で倒れる敵が段々と俺達に近づいてきていた。
「っち!!」
この状況は不味い。
今ここにいるのはライフル兵で小銃兵では無いのは問題だった。
確かにライフルの方が射程、威力、命中精度、全て小銃に比べて遥かに優れているのだが、その運用思想故に銃剣が無く、接近戦に弱いと言う問題がある。
散兵であるライフル兵は基本的に密集隊形を取らず散会して戦うため、特に士気が高く優秀な兵が集められているのだが、密集しない以上接近戦には滅法弱い。
そもそも、敵の高驚異目標を狙い主力部隊の前進支援が主な任務であり、端っから接近戦など一切考えられていないのだ。
銃剣が無い理由として、ライフル銃が繊細かつ高価で運用目的上接近戦での破損を防ぐためと言うのもある。
しかし、今はそれが仇となってしまっていた。
「もうすぐだ。もう少しで我々の勝利だ!!」
「「おおおおおおお!!」」
敵の士気は一切衰えず、寧ろ、敵を殺せば殺すほど敵は勢い付き、損害を気にせずに向かってきている。
コレまでの俺の戦いで、俺は常に味方の士気が旺盛で、また、殆どの戦いで戦力優勢の状態で戦ってきたが、完全に劣勢の戦いは経験が無く。
幾ら精鋭と信じるライフル兵と言えどこの状況下で士気を保つ事は余りにも困難な事だった。
「団長!これ以上は無理です!」
「敵を押さえられません!!」
戦闘開始から二時間、エントランスの戦闘が始まって二十分以上経って、そろそろ弾薬も底を着き始める頃合いだった。
最早、限界間近の状況で更なる困難が俺達に襲い掛かってくる。
「カイル様!カイル様!」
俺の下へ走り寄ってきたのは、テイルコートを着た若い執事見習いの青年で、彼は息を切らせて俺の直ぐ側まで来て、要件を伝えてきた。
「伯爵が!伯爵が討ち死にいたしました!」
三階の自室に居たはずの伯爵が殺されたと言う、信じられない言葉に、俺は一瞬思考が停止してしまった。
「カイル様!」
「団長!!」
「・・・っ!!ライフル小隊後退!エントランスを放棄する!!」
両分隊は俺の周りへとゆっくり後退しながら射撃を続け、合流と同時に中央の廊下の奥へと下がる。
左右に幾つかの扉のある廊下の中央、第一分隊を前列、第二分隊を後列として二列横隊を着くって阻止の体勢を取った。
俺は、その直ぐ背後で、執事見習いに伯爵の死んだ時の状況を聞いた。
「突然の事でした。突然、伯爵の私室に一人の女が現れて、伯爵の胸を一突きに貫いたのです」
その女は、伯爵を殺害後、窓から飛び降りて逃げて行ってしまい、伯爵は何も言うこと無く、既に事切れていた。
そう、話す執事見習いは無念と憤りから嗚咽を漏らしながら、そう伝えてくれた。
「団長!来ます!!」
階段を上ってきた敵が、狭い廊下に殺到して一瞬、動きを止めた。
「後列撃て!」
再び始まった分隊毎の斉射は、先程と同じく威力を発揮するが、明らかにジリ貧だと言う事が分かっていた。
「前列撃て!!」
二回目の第一分隊の射撃後、敵の中から一人が進み出てきた。
「最早、貴方方に勝ち目はありません。降服をお勧めいたします」
と、丁寧な言葉遣いで言った者は、声から察するに女性の様で、黒ずくめの姿に大ぶりのシミターを持っていた。
「アイツです!!アイツが伯爵を!!」
執事見習いがそう叫んで指を指し、伯爵を殺した者だと言う。
「どうか降服を」
抑揚の無い、冷たい声で尚も言い続ける女は、少しずつ此方に近付いて来た。
「降服を」
「団長・・・」
如何するのかと俺に小声で尋ねてくる兵の声に、俺は一人の兵士にカービンを渡しながら前に出て、小さく言った。
「戦闘終了・・・合図と共に逃げろ」
言うや否や、俺はサーベルを抜いて言い放つ。
「聞け!!このウジ虫共!!貴様らは我が王国に対して重大な反逆行為を行った!!私は王国陸軍大佐として、国家に対する反逆者に一切の容赦なく、その罪に対する断罪を行う。国家反逆罪に対する刑は一族郎党の処刑を持って完遂する!!よって、俺は貴様らを皆殺しにしてやる!!」
俺がそう言い切ると連中は、暫し互いに顔を見合わせて、それから大きな声を上げて笑い出した。
「笑いたくば笑え。それを最期の言葉にしてやる!!」
サーベルを上段に構え、俺は目の前の女に対して斬り掛かった。
「おおおおおおお!!!」
「・・・」
女は、それを受け止め、何も言わずに反撃してきた。
袈裟斬りからの三連撃を繰り出してきて、三撃目の切り払いから、更に右のソバットをに繋げてきた。
それに対し俺は、ソバットを左手で受けてから、サーベルで突きを放つ。
しかし、この突きは簡単に避けられてしまう。
バックステップで突きを避けて、今度はステップインしてきた女に対して、俺は右手を引いて左肩を前に突き出すようにダッキングしてステップインをする。
すると、自然と俺の左肩がカウンター気味に女のボディーにめり込む。
「ぐっ・・・!!」
そこで弾き飛ばされずに、堪えて見せるのは流石だが、俺は更に追撃をかける。
左足で女の右足を踏みつけ、その左足を軸にして身体を回転させながら右の肘を顎に叩き込んだ。
本来ならばサーベルで斬り付けて、しまうのが最も殺傷力が高い選択ではあったのだが、余りにも距離が近すぎたが故に、サーベルを振るだけの余地が無く、一撃を入れる事を優先しての判断だった。
「・・・!!」
咄嗟に身を引いたのか、足を押さえられていたためにスウェー気味に俺の肘を避けようとして、結果的に口に当たって声にならない叫びを上げた。
「今だ!!退却!!」
一連の戦いで完全に敵を怯ませる事に成功した俺は、背後の兵に命令を出し、それにしたがった兵達は、廊下の奥の窓を破って屋敷から飛び降りて行った。
そして、それを見送った直後、俺は背後からの一撃に意識を刈り取られて、目の前が暗闇に包まれた。




